2017年11月08日

(書評)「難しいことはわかりませんが、お金の増やし方を教えてください!」


思うところ
普通預金や定期預金の金利が極限的に低い現代社会では、「貯金しておけばお金は増え」なくなりました。雀の涙ほどの利息も、ATMの手数料で吹っ飛んでしまうかもしれない。銀行の口座には、もはや、現金を預かってもらう意味しかありません。カーチャンに取り上げられ貯金されていたお年玉の金額が雪だるま式に増えていたあの時代はもう戻ってこないのであります。

でも、お金は増やしたい。
でも、なにをどうしたらいいのか、分からない。
定期預金に入れておく方法しか、知らない…

こういう人は、資産運用だ!といざ思い至っても失敗する未来が待っております。

なぜなら、世の中には、善人ヅラをしてあなたのお金を狙っている連中がわんさといるからであります。詐欺師と断じて良いでしょう。詐欺師との違いは、犯罪者と断罪されないスタンスを取っていることです。自分に利益を もたらすために、自分の正しい仕事だと思っていることです。

口座に振り込まれた退職金を手にする顧客に心配げな表情で「今後の生活のために投資で増やしませんか」と勧誘する銀行マンなどはその代表選手であります。顧客の無知不安に漬け込み手数料まみれのぼったくり金融商品を売りつけ食い物にしているのだから。顧客の大金を種銭に自分たちに手数料を貢がせる仕組みを作るのが彼に課せられたノルマなのです。金融というのは、人の不幸を銭に変える仕事でありますから、例えばこうした銀行マンも、人間として真っ当な人は良心の呵責に耐えられず潰れるかプッツンするか顔面神経麻痺的人格を会得するかのいずれかの運命をたどります。「弁護士や歯医者はいまや儲からない仕事」と囁かれるのと同様、銀行は退職率の高い極めてブラックな業界であることが周知されています。元々フツーでない人か、フツーでなくなった人たちで構成される職場であり組織なのですから当然です。そんな人たちが勧めてくる金融商品が、あなたの大切なお金を増やしてくれる手助けになるものかどうか、うがった姿勢かもしれませんが、疑ってかかるべきでありましょう。

他人をアテにしても始まらん、自分の資産は自分で増やすべし!と株やFXで投機に走ることもオススメできません。時間があってモニタの前に張り付いていることはできても、そのことが資産を増やすことに直結しませんし、そもそも投機は満身創痍になりながら生き抜いてきたプロでも勝ち続けることはできない茨の道。ハイリターンは魅力ですがあまりにリスキーです。

投機には、結局のところ射幸心を排除できないものです。射幸心ほど恐ろしいものはありません。アルコールと同じで、なぜかシレッと人間社会にまぎれていますが、油断ならぬ相手であります。「そんな奴だから」と理解の上で好きであることは自由ですが、決して気を許さないようにしておかなくてはなりません。一向に減ることのない自殺者の中には、無鉄砲な投機で破産したり借金まみれになってしまった人が少なくないのが現実です。射幸心を満たすなら「買ってはいけないギャンブル」の代表選手である宝くじの方がマシかもしれません。購入して、当選を夢みていれば良いだけの安全設計(リターンの望みはほぼゼロ)だからです。

投機は飲酒運転や保証人になることと同じようなものだと考えて良いと思います。決して手を出してはいけません。それは冒険心のないツマラン姿勢ではあるでしょう。ですが、それで良いのだと私は確信しています。



おおよそ、こんなところ
本書の内容は、対談方式で極めて平易に仕上げられています。諧謔を交えたスタイルで「知っておくべきこと」がバランスよく記述されている感じです。金融関係の本は、たいてい「ツマラナイ=読破もままならない」例が目立ちますが、本書はかなり読みやすく好印象です。

「銀行に近づくべからず」
「手数料の存在をまず考えよ」
「外貨預金はクソ」
「医療保険は不要」
「持ち家はリスク」
「NISAを使うと税制面で有利」
「確定拠出年金(iDeco)お得」

などなど、他書でも昔から述べられている内容であったりします。
だからこそ、重要なことですし、あなたが考慮すべき事実なのであります。


とにかくは、

1.金融機関の言いなりにならない(ボッタクリ金融商品をつかまされるから)
2.常に手数料の存在を考えよ

これだけでも頭に叩き込めるだけで良いと思います。日本人は人の良い人がやはり多いのでしょう、「銀行はお金を預かってくれているから」と好意的に解釈している人が目立ちます。その高い精神性を否定することは野暮ですが、実質は「(我々は)銀行にお金を貸し付けているだけ」であることは知っておくべきです。そしてまた、彼らが勧めてくる金融商品は、彼らの財政を潤すことのみが追求されていると考えればよいわけで、安易に飛びついてはなりません。

以前にラテマネーの話を記事にしましたが、手数料もまた、ラテマネーです。人のポケットから奪い取られる小銭を極限まで減らした状態に整えるだけでお金は減りにくく貯めやすくなります。


財産を増やすことだけに人生を費やす人は少数派でしょうし、お金のことばかり考える人生が楽しいわけがないと思う人が多数派でしょう。それでも、投資が人生に必要だというのであれば、選ぶべきものはシンプルにして、長期的な展望をもったものにするべきでしょう。要するに自分は働き、貯蓄と投資に回すお金を稼ぎ確保し、投資の方は放置プレイというやつです。社会人の大多数は仕事をしてサラリーを得る人生を歩んでいるわけですから、投資は等身大に徹したパートナーであれば良いとする考え方かなと思います。お金がお金を稼いでくる、手間のかかならない小さな仕組みをつくればよいのです。本書はその確かな一助となってくれるでしょう。ベストセラーなだけある本です。

posted by ぎゅんた at 08:33| Comment(0) | 漫画以外の本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月03日

わたモテ感想[喪124]モテないし友達の関係


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ゆりちゃんの本心が吐露されていた回だと思います。破壊力の高い回です。

わたモテの特色である、「情報量の多さ」は今回も健在ですが、それらを拾っていくと確証のない予想や考察が雑多に入り混じるため、ゆりちゃんを中心としたコメントに徹したいと思います。

読後、アンケートを送信した私は『ツァラツストラはこう言った』の「硬くなれ、苛酷になれ!」の頁を思い出しました。
「どうしてそう硬いのだ!」──あるときダイヤモンドにむかって木炭が言った。「われわれは親しい同族ではないのか?」──

どうしてそう軟らかいのだ?おお、わが兄弟よ、この"わたし"はそうたずねる。あなたがたは──わたしの兄弟ではないのか?

ツァラトゥストラはこう言った(下)第三部 古い石の板と新しい石の板 [29] ニーチェ(著)/氷上英廣(訳)岩波文庫



今回の話のまとめ
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ゆりちゃんのもこっち好きすぎ問題が顕在化(画像はイメージ)


思えばゆりちゃんはもこっちのことを黒木さん名前を呼んで話しかけているのに、もこっちは一度もゆりちゃんの名前を口にしていないんですね。自分から話しかけたりも、きっとあまりないのでしょう。それでもゆりちゃんは「黒木さんも自分と同じ、人付き合いが苦手な人」であることを確信しており、そのことが仲間意識を生んでいたはずです。クラスメイトであれども親しくなろうと考えたこともなかった人と、修学旅行で同じ班になったことがきっかけで学校生活でつむるようになった。これは間違いなく縁があったわけですし、ゆりちゃんの中でもこっちの存在感はどんどんと増していきました。元来、ゆりちゃんは積極的に他人と関わろうとしない内向的な性格ですが、真子さんの存在もあってもこっちと親交を深めていきます。3年生でも同じクラスになる夢も叶いました。ゆりちゃんの学校生活はこれで順風満帆!とおもいきや…


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いつものように一緒に帰ろうともこっちに声をかけたところ、「今日は用事があるから」と断られます。クラスメイト小宮山さんと、知らない人と会う約束があるようです。真子さんと2人で帰ることになったゆりちゃん。それはいままでの放課後のパターンだったのですが、今はもう違うのですね。
寄り道すがら、どことなく上の空でそぞろ歩き。もこっちのことを考えているに違いありません。恋する乙女です。この場面のゆりちゃんはどのようなことを考えているのでしょうか(設問)。

と、喫茶店にもこっちを含む3人の集団を発見し「黒木さん!」と声を出します。そこにいますは小宮山さんと1人の見目麗しい女の子(ゆうちゃん)。
黒木さんはあの可愛い人に会いにいっていたのかな?と真子さんは実質的な爆弾発言を口にします。店内の3人に声をかける真子。もこっちの友人であることに気づいたゆうちゃんは2人に同席を促しますが、社交辞令であることは明らかでありますから、真子さんは丁重にお断りをいれるわけです。ところが「あっちの席なら5人座れるけど…」とゆりちゃんが乱入コンビ発言。真子さんと読者に驚きが走る瞬間であります。


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激情が渦巻いているときのゆりちゃん特有の表情。ゆうちゃんとの「間接キス」がスイッチに…


席につき、初対面のゆうちゃんと挨拶を自己紹介を始める真子さん。この席に加わろうとしたのはゆりちゃんなのに、両手を脚に挟みながら会話に耳を傾けるのみ。黒木さんにはもこっちというあだ名があること、もこっちと呼ぶ成瀬優さんをゆうちゃんと呼んでいることを知ります。私のことを名前で呼んでもくれない黒木さんにこんな可愛くて優しくて気配りのできる友達がいた事実を突きつけられることになります。


これはゆりちゃん拗ねますわ……。


もこっちはいまや「自分は他人から好かれるわけない。いわんや、異性をや(モテない)」と、達観の境地に達しているようです。ゆりちゃんが自分のことを好いていることに気づかない鈍感さに繋がっていますし、そもそも友達=親友と極端な思考をしているようにも思えます。もこっちにとって友人は親友であるゆうちゃんだけであって、その他は、その実態は友人関係であるにも関わらず、知人か気になる存在として記号的な認識をしているのではないかと。実はこれ、「狭く深く」のゆりちゃんも同様な心理にあることが分かるわけで、要するにこの2人は同族なのです。

ゆりちゃんが修学旅行中のもこっちの失敗談の一部をまくしたてるシークエンスが始まります。このとき、ゆりちゃんは説明のつかない焦燥に駆られていたはず。黒木さんは私と同じはずなのに、学校外であだ名で呼びあう親友がいたんだ。そのことへの妬み嫉みを押し留めることができません。その矛先は、もこっちであり、ゆうちゃんであります。私は、あなたが知らない黒木さんを知っている。私だって黒木さんの大切な友達のはずなのに。

このシーンのゆりちゃんはとても痛々しくて胸が苦しくなります。
いたたまれないのは真子さんで、ゆりちゃんを化粧室にログアウトさせます。

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ゆりちゃんのパワー・ワード「え?なんで?」


興奮状態にある暴徒を制圧する際に拳銃に求められる性能は、なによりもストッピングパワーであります。真子さんは暴走状態にあるゆりちゃんを鎮めるために2人きりの場を設けました。目を覚ましてもらうために、なんと伝えればよいのか?軽く懊悩したことと思いますが、一言、「なんか…南さんみたいだったよ」と伝えます。現状を客観的に捉えてもらうことで冷静になってもらうために選び抜いた言葉だと思います(顔に汗かいてますし)。しかしゆりちゃんから脊髄反射拳を腕にもらってしまいます。「あいつ(南さん)と一緒にしないで!」という、純粋な怒りの感情が暴力の形で発露した瞬間です。

尤も、ゆりちゃんも馬鹿ではありませんから、客観的に自分の振る舞いが誤りであったことを悟ります。「……私 帰る」は心の中が自己嫌悪の気持ちでいっぱいになってしまったからでしょう。表情はわかりませんが、脚が力なく曲がっているようなところから推察するに半泣きに近い虚脱した表情だと思われます。もう心の中が嫌悪感でいっぱいで余裕がないので、この場から立ち去りたい気持ちに支配されていることが「バッグ後で持ってきて……」と「あの人に謝っといて…」のセリフに掛かります。

真子さんが偉いのは、ゆりちゃんが逃げることを許さないところです。ゆりちゃんが甘えの気持ちを自分に掛けてくることを理解していますが、それを拒絶して正す意思を曲げない。いかなる衝突が生じようと関係に亀裂が入れども、この2人の友情は脆くないからこそできるのです。作中で明かされてはいませんが幼馴染なんじゃないでしょうか。親しき仲にも礼儀ありといえど、幼少時からの長い付き合いは、いかなる衝突をも納得の上で呑み込み受容し受け流せる理屈抜きの関係に育つからです。そしてまた、ゆりちゃんは幼い頃はスクールカーストの頂点にいたのではないかとも、私は思うわけです

ゆりちゃんはゆうちゃんとLINE登録する際に自分の非礼を謝罪します。ゆうちゃんの目をみつめての真剣な謝罪でないところがゆりちゃんですが、それでも謝罪できるのは、現実から逃げず踏みとどまり状況を受け入れたわけですから大きな意味があります。ゆうちゃんは、ゆりちゃんを気持ちが分かっていたのですね。だからこそ、「あとでまた(LINEで高校でのもこっちの話を)聞かせてね。私は中学のもこっちのこと話してあげるから」という言葉がけができたのです。これでおあいこ!の意味も含まれているでしょう。なんとスマートで温かな対応でしょうか。ゆり選手完敗です

真子「いい人でよかったね」
ゆり「そうだね 黒木さんと違って」
真子「そういうこと言う」

ゆりちゃんはもこっちを自分と同じ人種(人付き合いが苦手・悪い人でははないがいい人でもない)であることを確信しています。だからこそ友人でありたいし、その確証を得たい気持ちに飢えているのです。加えて、真子さんもゆうちゃんも、私には眩しすぎるというコンプレックスを感じさせる発言でもあります。真子さんは瞬間的にその意味を悟ったに違いありません。そして、強く否定したい気持ちがあるはずです。



結局のところ
もこっちがゆりちゃんを名前(できればあだ名で)で呼べば事態は収束に向かいます。

救いがあるのは、もこっちが「あっちは黒木さん呼びだが、いまさら田村さんって呼ぶのもな」と考えているところ。2人の関係は既に特別枠だと認識しているからです。あだ名があればいいけど、あいつ友達いないからな…ってのは話のオチ用のギャグであり、もこっちがゆりちゃんを下に見ているわけではないでしょう。

もこっちとゆりちゃんがどう呼び合っていくことになるかは、今後のお楽しみですね。
「田村さん」と「ゆりさん」はNG扱いされて「ゆり」か「ゆりちゃん」を強制される一方で「黒木さん」呼びのままだったりして。

そんなゆりちゃんの精神性は、相当に幼いことは間違いありません。
そかし、成長する余地があるわけですから、無欠のクール&ビューティゆりちゃんに仕上がる未来が考えられます。ゆりちゃん萌え〜 

ゆりちゃんは、やっぱ、いいなあ……



そのほかの情報
・ネズミーランドへの遠足は来週
・放課後のもこっちはゆりちゃんから誘われ、真子さん、吉田さんの4人で帰宅することが多い様子
・ゆりちゃん=2つ結びのメス豚(こみさん視点)
・こみさん=ヨゴレ芸人
・ネモと岡田さんが冷戦中
・飲み物を口にした後に口元を手の甲で拭う女子はもこっちぐらいのもの(おっさんすぎる)
・修学旅行3日目、4人で行動時にもこっちが調べてあった食事処も2日目同様、味がイマイチだった
・修学旅行の帰路の新幹線では4人一緒だった。寝ぼけたもこっちが寝ていた吉田さんの胸を触った



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高校三年生にしてはゆりちゃんの精神性は幼くアンバランスなところがあります。一人っ子でしょうし、家庭環境になんらかの問題があるかもしれません。高校生の昼食にミスドはちょっとどうかと…朝、誰もいない食卓の上に500円玉が置かれている家庭を想像してしまいます。
ラベル:わたモテ
posted by ぎゅんた at 22:46| Comment(0) | 漫画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月21日

わたモテ感想 [喪123]モテないし弟が3-5にくる


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今回はもこっちが最後に二コマしか登場しない箸休め会です。
主たる登場人物は智貴くんとゆりちゃんとこみさんであり、MVPは伊藤さんです

主人公がいなくても面白く話ができるというのは素晴らしいことであります。これもまた、今までの話の地道な積み重ねがあったからこそで、ファンは感慨深いことでしょう。6ページと短いのですが、密度はなかなかのものです。

今後の伏線になってきそうな直接的な情報は、

1.遠足の行き先がネズミーランド
2.ダンボーさんはやっぱ強キャラ感がハンパねえ

のふたつでしょうか。
しかし、間接的な情報は多い。それこそが『わたモテ』の骨頂、豊富に散りばめられています。


今回の話のメインパーソンは智貴くんで、もこっちに呼ばれてお弁当を受け取りに来たところからスタートです。呼び出しておきながらもこっちはトイレで不在だったので教室前、窓際に背をして待つことに。上級生のクラスに入ることは心理的抵抗が大きいしタブーだからです。そこにいますは上機嫌の吉田さんで智貴くんを笑顔でコゾー呼ばわり。卒業式の日に「お前なにメンチ切っとるねん!」と絡んで来た姿とは違ってなんと見目麗しいことでしょう。可愛いの一言に他なりませんが、智貴くんは喜怒哀楽が激しいとかマジヤンキーだなとバッサリ。あまつさえスマホに映るネズミーランドをみて「そういえば遠足でネズミーランドに行くと言っていたな…ネズミーで浮かれるとかどこまでもヤンキーじゃねーか」と姉に負けず劣らずナチュラルにヤンキー罵倒。黒木家がヤンキーをディスる子育てをしたとは思えないので、これは姉譲りと考えて良さそうです。それはさておき、智貴くんが三年生の遠足のいきさきが行き先がネズミーランドであることをしっているのは、家庭でもこっちが学校行事について発言していることを示唆しているわけです。いえ「3年にもなってネズミーに遠足って、ヤンキーぐらいしか喜ばねっつの」とか発言していたことも容易に想像できるのですが。

それはさておき、ヤンキー吉田さんの見たこともない上機嫌さに癒される…のは読者だけであって、智貴くんはちょい引いてます。「なにガン飛ばしてんだ」的邂逅があったこと(喪116「モテないし二年目の卒業式(裏側)」)と、機嫌がいいからとはいえコゾー呼ばわりはアレだからです。

ここの展開、一夜漬けの試験当日のテンションがおかしくなった体験を思い出しました。他人との心理的な距離感の取り方の調整が効かなくなっていて、試験を控えた緊張と相まって、不可思議な心理状態に陥り、普段はそれほど親しくもない相手なのにお互いに既に打ち解けあっているような錯覚を覚え、勢いがついた妙なコミュニケーションをとっちゃったあのテンション。ネズミーランドに行きたくてたまらなかった吉田さん(喪106「モテないし最後の冬」参照)も同じ状態に陥ったのではないかと私なんかは思ってしまったわけで、なんともムズムズします。しかし横にいる智貴くんにとては、ただ居心地が悪い。もこっちに連絡をつけます。混んでんだよ!ロッカーにあるからもってけ!といつもの逆ギレ的罵倒指示。散々です。


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失礼しますと足を踏み入れた上級生のクラスにはヨガマットの上で柔軟しているダンボーさん。休み時間にこんなことをしている女子高生はプロのアスリートを目指す選手でもなければ存在しそうもありません。実際にポテンシャルの高さから、超人系運動選手の可能性があります。とばいえフツーにみれば奇行に他なりません。クラスメイトが総スルーなのも見逃せないところです。我が道を行き過ぎ。

智貴くんは発見した姉のロッカーからお弁当を探します。イヤホンで音楽を聴いていたゆりちゃんがその存在に気づき「そこ…黒木さんのロッカーだけど…」と躊躇なく声かけ。ここはあっさりとした展開ですが、ゆりちゃんは他人に無関心な娘。こんな行動を取るなんて信じられません。「黒木さんのロッカー」だからこそ行動に出たことがわかります。それも自然に。

智貴くんがもこっちの弟だと知ったゆりちゃんは、「弟がくるんだ」と嬉しそうだったもこっちを思い出します。お弁当を持ってきたもこっちが、席の近いゆりちゃんに話したのではないでしょうか。ゆりちゃんの受けた印象に間違いがなければ、智貴くんを得意げに紹介する意思があったことが伺えます。

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「なんかイメージと違うけど」というのは、ゆりちゃんの中で「黒木さんの弟」は、お土産に刀のキーホルダーを貰って喜ぶような男の子の印象(喪75「モテないしおみやげを買う」)が少なからずあったことと、「あの黒木さんの弟(想像)」があったためでしょう。いずれにせよマイナスのイメージは持たれなかったようですから、とりあえず智貴くん有利です。もしこの場にもこっちがいたら「こいつが、刀のキーホルダーを喜んでた私の弟」なんぞと紹介して台無しにしていた可能性が否定できないからです。

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弁当を発見し目的を達成した智貴くんは帰ろうとしますが、ここでゆりちゃんが「あの……ちょっと待って」と袖を引っ張ります。上級生の美少女にこんなことされようものなら普通の男ならイチコロですが、智貴くんは動じません。あんな蠱惑的な姉がいるので、もこっち以外の異性への興味が憧憬の念が薄くなっているのかもしれません。そんな2人の姿を目にした小宮山さんの暴走っぷりが今回のハイライト。酷いものです。ゆりちゃんはメスブタにされてしまいましたし、伊藤さんをドン引きさせる辣腕ド変態っぷりを華麗に披露してくれます。

小宮山さん気づいた智貴くんは「この人も同じクラスか!?やべー奴この組に集めたのか!?」と狼狽した様子を見せます。姉のクラスに弁当を取りに行ったらモンスターハウスだったのですから当然です。「やべー奴」というのは、もこっちと小宮山さんと吉田さんが該当しそうです。ゆりちゃんと伊藤さんはひとまず常識人扱いで除外だと思われます。

もうひとつ意図が読めないのが、もこっちが智貴くんが教室に来ることをゆりちゃんに嬉しそうに語っていたことです。たまたま機嫌が良かったのか、もこっちが何かを企てていたのか?しかし、教室呼ぶことで小宮山さんと智貴くんと会わせたい意図だけは間違いなくないはず。リア充であろう弟の存在を周囲に紹介することで、自分の立ち位置をあげるつもりがあったのか?以前のもこっちならいざ知らず、最近のもこっちがそのような行為にでるとは思えません。ゆりちゃんに弟を紹介するつもりがあったのかもしれませんが、そういう仲だろうか?と考えると否定したくなる。教室から帰ってくる智貴くんと出会っても「あ!(弁当を)もう取ったか!」という至極フラットな反応があるだけです。謎といえば謎なので、今後の伏線かもしれません。



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今回のゆりちゃん
いつも通り「ゆりちゃん可愛い」で流せてしまうのですが、注目したいのは「黒木さんのために」行動をとっていることです。というか、そのことしか意識になさそうな感じです。ファンの一部が夢見る「ゆり×智」は、今回の話からはまだ成立しそうもない段階です。袖を引っ張ったのは、もこっちが戻ってくるまでの時間稼ぎの必要あっての咄嗟の行動にすぎません。

「黒木さんのために引き止めたいけど…年下の男子と話すことなんかない……」

ここは最萌ポイントで、多くのゆりちゃんファンを沈めたに違いないコマです。ゆりちゃんには弟がいないとか、男子慣れしていないとか、やっぱりコミュ障気質であることなどが伺えます。野辺に咲く花の美しさに気づいた旅人が、ふと足を止めてしまうような儚さのある時間ですが、小宮山さんにブチ壊されます。だからと言ってゆりちゃんが狼狽したり不満げに思うことなどはありません。立ち去る智貴くんをみながら「黒木さん戻って来なかった」と平常精神です。もこっち好きすぎです。

思うにゆりちゃんは、友人と気持ちを共感することを強く求める娘なのでしょう。もとより他人と適当につるむのが苦手でできない(疲れる)ので、一緒にいても平気な人以外とは距離を置くスタンス。交友関係は「狭く深く」のタイプであります。いまでは真子さんだけでなく、修学旅行を経て親しくなった吉田さんやもこっちを特別に大切な相手だと考えています(喪 120「モテないし打ち上げる」)。

智貴くんが来ることを嬉しそうにしていたもこっちのために、ゆりちゃんは智貴くんを引き止めました。それは、もこっちと智貴くんを会わせたいがため。もこっちがなぜ嬉しそうだったのか、その理由を知りたい気持ちがあったはずですし、起こるであろう「黒木さんらしい結末」を共有したい気持ちもあったはずです。その気持ちの先行をして、智貴くんの袖を引っ張っちゃったのでしょう。ゆりちゃん萌え〜。ゆりちゃんは、やっぱいいなあ…
 
ラベル:わたモテ
posted by ぎゅんた at 18:22| Comment(0) | 漫画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月18日

(漫画紹介)「私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!」




いよいよ一層、面白くなって止まらない漫画が「わたモテ」である。

ここのところ、連載母体であるガンガンオンラインで最新話が更新されると数日にわたってファンが大騒ぎする祭りで盛り上がっている。連載初期の頃から固定ファンは付いていたが、最近は新規ファンともに作品の更新を祝い、アレコレ語り合う良い雰囲気が醸成されているところだ。作品についてアレコレと語れるのは、その世界に没頭できる魅力が詰まっているからであり、気軽に考察できる描写が散りばめられているからである。良質な文学作品は「行間を読む」ことを含め、読み手側に魅力的な世界を案内してくれるものであるが、最近の「わたモテ」は、従前の(アイデンティティである)痛々しさコメディを保持しながら主人公以外のキャラクターの群像劇へと移行しすることで、極めて魅力的な世界観が演出されるに至っている。

全然接点のないクラスメイト(当人にとってモブキャラ)であっても、ぶつかり、コミュニケーションをとり、人となりを知ることで、活き活きとした存在に変貌する。親しくなってみると、最初の印象と違って、随分と魅力的で個性的なルックスのヤツだったんだなと評価が覆ったりした経験は誰しもがあるはずだ。これは学校という小さいながらも社会の縮図である集団社会のなかでは極めて顕著である。

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うーん さすが慧眼の黒木さんです


コミックス8巻から始まる修学旅行編からこのあたりの種が蒔かれ始めていたが、上手に丁寧に育て上げられ、現在は11巻まで刊行されている。今冬発売予定の12巻は、現在の「お祭り」に直結してくる話(いわゆる「神回」)が多く収録されたトンデモナイ一冊になると予想されている。興味のある方は12巻だけでも購入してみるとよろしかろう。1-11巻を揃えたい衝動に駆られるだろう。そして、初期の頃の痛々しさ(必要な痛みなのだが)に戦慄することになるはずだ。それをして、改めて読み直すことになる12巻で言葉にできない静かな感動を覚えることになる。さあ、あなたも更新日に「祭り」に参加しよう!
 
ラベル:わたモテ
posted by ぎゅんた at 17:59| Comment(0) | 漫画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月17日

ラテマネーとつもり貯金


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ラテマネーという言葉があります。日常生活における、何気ない小さな出費のことを言います。卑近な例でいえば、フラッと立ち寄ったコンビニで適当に購入したお菓子やガム、飲み物などが該当しますが、タバコや不必要な会費、ATMの手数料なども含まれます。概念的な言葉なのです。

単体では、小さな出費なのです。

しかし、いっときの出費がたとえ軽微であっても、それが繰り返されるのであれば大きな出費に化けます。

お金が溜まらないと嘆く人の多くは、このラテマネーの比率が高いことが多いものです。

ただし、ラテマネーは単純な無駄遣いとは異なります。休憩用の嗜好品であったり、交友上の出費の側面もあるからです。購入の目的が曖昧模糊としており、無為で傾向的な心理からくる出費こそがラテマネーでありましょう。支払ったコストに見合う価値が得られない種の出費、回避できうる出費と考えるとよいでしょう。


なんだかんだと出費を迫られる場面ばかりの世の中ですから、金銭にどれほどの余裕があったとしても常に不足しているように思えてならない圧迫感が我々の意識を支配しているように思えてなりません。実際に、それは正しいでしょう。支払わざるを得ない月の固定費のウェイトが昔に比べ高い気がするからです。社会保険料や通信費がそれです。自由の利くお金の絶対量(要するに月の小遣い)が多ければひとまずは安心なのですが、私を含め多くの人はそうではないでしょう。その状況で無意識的な支出をしていれば、常に金欠に陥りやすくなります。ラテマネーを減らし節約することは美徳であり吝嗇にはあたりません。

我々は金欠を嘆く前に己のラテマネー状況を確認することが先決です。

ラテマネーは、言ってみれば購入しなくても問題にならない対象のためのコストでありますから、購入しなかった金額を「つもり貯金」に回すことができます。月額にしていくらになるか、想像がつくでしょうか。早速、実行してみましょう。我慢を強いられる場面もあるかもしれませんが、貯蓄に回してみましょう。数年で小さな財を成すことができるほどの金額であったことに、心胆、驚かされることになるでしょう。




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↓ 「ラテマネー」を提唱した人の原著(訳本)
posted by ぎゅんた at 23:39| Comment(0) | 日常茶飯(ちゃめし)ごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする