2017年11月23日

(映画感想)『孤高のメス』



大鐘稔彦氏の小説『孤高のメス』の実写映画。小説よりも、これの漫画原作となる『メスよ輝け!』の方が有名かもしれない。その漫画にしても、1990年代に連載されていたものであるから、古い内容だ。それを実写化しようというのであるから、今更感を否定できないところがあろう。しかしそれは礼を失した杞憂である。上手に練り上げられた脚本によって見事な実写映画に仕上がっている。原作ファンの殆どが納得するだろう。


メス、とあるように本作は外科医を主人公にした医療ものである。
民間病院で患者の命を救うことを第一に考えている凄腕の外科医・当麻鉄彦と、大学病院医局との確執や軋轢をドラマに盛り込んでいる。時代背景は1989年で、命を救うための肝臓移植についてメインテーマとなる

医療漫画といえば『ブラックジャック』が有名だが、内容的に荒唐無稽である。一方この『メスよ輝け!』は脂の乗った現役医師の書いたシナリオであり、当麻鉄彦の医師としての真摯な姿勢と権威主義的な大学病院の姿勢が対比的であり、またリアルに描かれている。『白い巨塔』をより漫画的に親しみやすくした感じか。とにかく主人公である当麻鉄彦が魅力的な外科医で惚れ惚れする。こんな医者がいてくれれば……と誰もが思うだろう。対比されるように、腕も人格も未熟でありながら態度だけは一人前以上な尊大な医者がわんさと登場するので余計にその念を強くする。現実的には医者も人間であるから、不器用で下手な者もいるし、感情的で欲深い生き物であることを殊更に批判しきれないものである。当麻鉄彦は極めて例外的なのであり、ひとつの理想像に違いない。しかし、患者の命を救うことだけを考え、腕が立ち、恬淡とした人格者であるこの外科医は本当に格好良く、実在してくれることを願うばかりの気持ちにさせられる。自己犠牲を厭わず患者に尽くし、素人と専門家の距離を把握した上でコミュニケーションをとり、最善の治療を行う。そこには深い信頼関係がある。だからこそ、命と真正面から向かい合う熱いドラマが生まれる。

本作『孤高のメス』も『メスよ輝け!』も、主人公は当麻鉄彦であるが、若干、キャラクターお味付けが異なる。どちらも石部金吉タイプなのであるが、映画版の方は朴訥さが強調された感じである。漫画版は僅かに感情的で純朴さが強調される。いずれにせよ「当麻先生が実在するなら、こうであろう」という想像にピタリ合致しているのは見事で、これは采配と役者の演技力の賜物であろう。

当麻鉄彦はひとつの理想的な医師の姿であるなら、その反対もまた存在する。漫画原作『メスよ輝け!』や、同原作の『青ひげは行く』『ザ・レジデント』に山のように出てくる。かなり生々しいエグさで、「実際にこんな医者が少なくないのかな…」と暗澹たる気持ちにさせられること請け合いだ。大鐘稔彦先生が、こういうダメ医師に煮え湯を飲まされる思いを散々にされてきたのか、世の医師たちへの反面教師としての警句なのか。医学がどれほど進歩しようと、いつまでたっても「良い医者の選び方」特集が消えることはない。


オススメ映画。邦画好きなら迷うことはない。
実写映画に食指は動かないが医療もの漫画は好き、という方は漫画の方を。『青ひげは行く』『メスよ輝け!』『ザ・レジデント』の順でオススメだ。

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2017年11月20日

わたモテ予想「ゆりちゃんともこっちはどう呼び合うようになるのか」

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更新が気になって上の空のファンも多いはず


暇じゃなくても頭の片隅にいつもあるのが「わたモテの最新話」であります。かつてここまで作品に夢中になり、続きを渇望する漫画は少なかった。ここ最近でいえば「藤代さん系。」と「青山月子です!」ぐらいです。高校生の女の子の心理や友情を扱う作品が好物なのだとバレます。


現時点の最新話である「124:モテないし友達の関係」ではゆりちゃんがハイライトでした。元々ゆりちゃんは修学旅行で一緒になったサブキャラ出身。ここまで人気キャラに育つとは、読者も作者も思予想しなかったに違いありません。だからこそ打算抜きの荒々しい魅力があるわけです。


私がゆりちゃんスキーになったのは登場してまもない初期の頃です。

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吉田さんともこっちの「馬鹿な」やり取りを汗をかいてみている姿をみて惚れました。ここのシーンはいつ見てもジワジワくるお気に入りの場面。わたモテはシュールギャグ漫画なのです。ネズミーランド遠足イベントでも同じような場面があるとワタシ歓喜。



次回の[喪125]がどうなるか予想がつきませんが、暇に任せた妄想混じりの考察程度ならできましょう。

いきなりネズミーランド遠足には飛ばないでしょうから、ネモと岡田さんの確執イベントと絡めて、もこっちがゆりちゃんをなんらかの名前で呼ぶようになる消化的流れが自然かなと思います。

どことなくよそよそしい感じのもこっちとゆりちゃんの姿をみてネモが「喧嘩でもしたの?」と訊き、いやそんなと否定するもこっち。その2人を見つめる南さんに不穏な笑み。そんな南さんを見つめる岡田さんが腰を上げてネモに接触、。やり取りはあまり想像がつきませんが、お互いの真意を知って仲直り(この2人は親友なので、確執を乗り越えられる)することに。加藤さんか吉田さんが絡みそうな気がします。

もっとも、読者の期待や予想をいい意味で裏切ってくる作者のことですから、こんなのチンケな妄想にすぎません。果たして更新日、どうなってしまうものか楽しみで仕方がありません。



ゆりちゃんともこっちはお互いをどう呼びあうか?
名前があることで人は自分を認識できるものです。
虜囚や囚人が看守に番号で呼ばれるのは理由があるのです。名前を否定されるのは辛いことなのです。番号呼びされて喜ぶのは厨二病患者かMタイプな人ぐらいでしょう。

ゆりちゃんは「もこっち」呼びをしないと思います。「ゆうちゃん」由来の専用の呼び名であることを知っていますし、そのこと自体を尊重するだろうからです。意図的な親しみを残すように「黒木さん」呼びのままで行くか、せいぜい「とも」呼びでしょう。ゆりちゃんが切望していることは、もこっちに名前で呼ばれることだからです。

もこっちは「なんか百合っぽいから『ゆり』のままでいいか…『百合ちゃん』にしよ」と浅薄淡白な考え。ゆりちゃんは「それでいいよ」と真顔(でも内心では喜んでいるのが分かる表情)で対応しそうです。もこっちにちゃん付けで呼ばれることは、もこっちの親友ポジションである「ゆうちゃん」と同格であり、それをして自分自身も親友ポジションに収まったと考えられなくもないからです。そういうことで喜ぶのがゆりちゃんだからです。めんどくs

ゆりちゃんは、やっぱいいなあ…
 
ラベル:わたモテ
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2017年11月19日

(映画感想)『ザ・ゲスト』


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そこはかとないチープさが、作品の質をエエ感じに仕上げることに成功したB級映画。

なにしろタイトル場面から噴飯ものなのである。しかし出オチではない。「悪くないな」と思えば最後まで鑑賞していることだろう。そして、あなたのB級作品コレクションに燦然と加わることになるだろう。映画鑑賞が好きな人はみておこう。米国の田舎町を舞台にしたスリラー事件の始まりだ。

礼節ある精悍な人物デイビッドを信じて自分たちのテリトリーに入れたことで町をも巻き込む大惨事になっていまう物語である。全体的に懐かしい雰囲気を感じられる。こどもの頃に楽しんだ「洋画」に出会えた感じだ。

相手の信頼を得るには、まず見た目の良さと礼節、そして自分が役に立つ存在であることをアピールすることである。ピーターソン一家がデイビッドに失った息子ケイレブを重ね合わせるまでに時間は要さない。デイビッドはピーターソン一家を懐柔させることが目的ではなく、ケイレブとの約束である「家族を頼む」を純粋に守るために訪問しているので真剣なのである。しかし、そんなデイビッドの言動の端々から、異端さが垣間見えるようになり、次第に彼の正体が明らかになるところが本作のハイライト。起承転が無駄なくコンパクトに、ちょっとした遊び心の描写もあったりで飽きないクオリティ。久々に出会えた掘り出しモノ。オススメ。R-15作品。

http://the-guest.jp/
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2017年11月14日

【試乗】ステップワゴン SPADA HYBRID G・EX(FF)


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まとめ
ミドルサイズミニバンに燃費と先進性実用性を強く求める人にオススメ


新型ステップワゴンもマイナーチェンジを迎え、ホンダ自慢のi-MMD:intelligent Multi Mode Drive)が搭載されたハイブリッドモデルが登場した。システムはオデッセイハイブリッドのものと同一だという。過去のホンダのハイブリッドモデルに使用されていたIMAは、シンプル安価であったが、EV走行ができなかったりハイブリッドに期待されるほどの好燃費を叩き出せなかった。なによりエンジン主体で違和感のない走行感は、ハイブリッドの名前に掛けられる「先進性」に欠けていたためにトヨタのTHSに大敗を喫することになった。エンジンを黒子のようにアシストするIMAは運転フィーリングが自然な点が好きであったが、あと一歩の物足りない感は否定できなかった(CR-Zの最終型でモーターアシストを意図的に最大化するPlusSportスイッチがステアリングに装備されてかなり魅力的になったが、遅すぎた)。

i-MMDはモーターを発電用と走行用にモーターを2機搭載している。オデッセイハイブリッドに搭載されているものと同様とのことだが、オデッセイハイブリッドに乗ったことがはない。メカニズムについての詳述は避けるが、基本的にはモーター走行であり、EV走行ができることと燃費が極めて良いことが特徴のようだ。加速が良くて燃費が良いためのホンダのハイブリッドである。

マイナーチェンジによってフロントマスクに押し出し感が強まっている。ミニバンに威圧感を求めても仕方がないと思うが、威圧感がなければないで商用車みたいな素っ気なさと味気なさに見舞われるので、需要のあるトレンドなのであろう。昨今のミニバンに代表されるドヤ顔レースの中では、ホンダらしい良いシンプルなデザインまとまっており、精悍さがうまく表現できたのではないだろうか。

ステップワゴンの売れ筋はスパーダだそうであり、ハイブリッドモデルはスパーダにのみ設定されている。スパーダでないステップワゴン(要するに『ステップワゴン』)は、全てのグレードでホンダセンシングが装備されたこと以外に大きな変更はないようだ。スパーダのためのマイナーチェンジといえよう。なお、スパーダは標準のステップワゴン全幅は同じ1695mmだが全長が70mm長い4760mmとなる。車内の広さを求められるミニバンで5ナンバーに固辞した点は好感が持てる。これより大きく快適でスタイリッシュなミニバンを求めるならばオデッセイを、というところか。なお現行オデッセイの全幅と全長は1820×4830(mm)となっている。エリシオンとの統合もあったのだろうが、大きくなったものである。



ドライビング
座席に座ったところ、ミニバンでありながら視点が低いことに違和感を覚えた。着座位置の高いはずのミニバンなのに、視界が悪く落ち着かない感じがしたため、シート横の高さをアジャストするレバーをコキコキと動かして、座面をあげて違和感のない位置を合わせる必要があった。着座位置は低い方がドライビングプレジャーに溢れるが、ミニバンにそれを求めても仕方がない。やや高い位置から前方を見渡して安全のための視界を積極的に確保するべきであろう。

停車状態からの発進はハイブリッド車特有のEV走行であり、静かなものである。国道に左折で合流して速度をあげようと緩やかにアクセルペダルを踏み込むと自然な加速フィールであることが分かる。ECOモードとの切り替えも可能であるが、想像していた「動力性能の去勢(急加速をできなくして燃費を稼ぐためのもの)」とは異なり、動力性能がガタ落ちする感じはなかった。動力性能を犠牲にせず「努めて省エネ」にするのだろう。これは使えるECOモードだ。街乗りでは常時ECOモードでよかろう。試乗なのでOFF固定で走ることにする。

「モーターは最大トルクを瞬間的に発揮するものなので、EV走行は加速がゴイス」と聞いていたにで、坂道をキビキビ登るためにアクセルを強めに踏んでみる。途端にキーンとかミーンという高周波的な、ガソリン車では聞くことのない種の音が途端に耳に届くようになり、ゴーッと車体が音とともに猛加速を始める。今まで静かだったくせに急に大きな音が鳴り加速が始まるわけだから、同乗者は驚きそうだ。加速時にパワーユニットが自身の存在を主張することは、機械が備える魅力のひとつと考えることができる。もっとも、ノイズが多く混じると不快な音=騒音となるから、無条件に歓迎されるおのではない。ステップワゴン スパーダハイブリッドの加速時に耳に入る音は、あまり好ましく感じられるものではなかった

ステップワゴン スパーダハイブリッドの加速性能は高い部類に入るだろう。おそらく0-100kmは8.5〜9.0秒ぐらいではないか。ファミリー向けミニバンにしては立派な動力性能であるが、必要以上過剰以下なので韋駄天ではない。

ブレーキはカックン気味であり、低速走行時の速度調節が神経質であることが気になった。減速時にカックンにならないようペダル操作をすればいいだけであり、慣れで解決する問題だろう。制動力は高く、安心感がある。

ホンダセンシングに備わる車線逸脱防止機能を実験してみようと、わざとステアリングを切らずゆっくりと車の鼻先を車道外側線に向けていくと、ステアリングにベンベンベン!と振動がきて、車の鼻先が自動的に道路の中央に戻ることが確認できた。もっとも、白線が老朽化で剥がれたりして途切れていたり、2車線道路の中央に引かれた車線境界線では反応してくれない様子なので過信は禁物だ。追突防止機能やアダプティブクルーズコントロールは今回の試乗で試していない。こうしたありがたいセーフティ機能は、ドライバーの疲労軽減のためのアシストであり、それをして自動車事故を未然に防ぐための転ばぬ先の杖である。およそ自動車事故ほど理不尽で救いのない厄災はないので、普及が進んでいくことを喜ばしく思っている。なお、ハイブリッドモデルのみ、アダプティブクルーズコントロールに全車速追従機能(渋滞時追従機能)が追加されている。

カーブを曲がるときは、ある程度以上の速度であると車高ゆえに揺れが感じられる。ステアリングは全般的にアンダー基調であること隠さずに、安定性重視の安全性優先がみて取れる。操舵に要する力は平均的であり、軽自動車や他社競合車種のようなフニャ◯ン・ハンドルとは異なる。コーナーをクリアしていくためにステアリングを切って曲がり始めたら、そのまま切り増しせず保持していれば綺麗に曲がるラインをトレースするようにスーッと気持ちよく曲がっていく。ミニバンに運転の楽しみを求めても仕方がないことかもしれないが、ドライビングプレジャーの追求を放棄していないホンダらしい作り込みが感じられる。



ユーティリティ
新型ステップワゴンの大きな特徴はリアの「わくわくゲート」と左右独立格納式になった3列目シートであろう。4代目ステップワゴンの3列目シートは一体型で床下格納式であった。グルンと回転してシートが一瞬で床下に収納されるメカニズムは、胸を熱くさせるギミックであった。新型ステップワゴンでは、更に進化して左右独立格納式になった。これをして、わくわくゲートの存在意義がより強調されるパッケージになった。3列目シートの左側だけを床下に仕舞えば、わくわくゲートを開けてすぐに3列目(右側)に座れるからである。3列目シートに常に2人が座るわけではないし、多少の不自然さはあれど、片方が床下に収納されてフラットな床があれば、3列目シート特有の閉鎖的圧迫感も解消される面で有利だ。自家用車における3列目シートは、元来エマージェンシーな存在であり成人男性が長時間座っているにはいささか窮屈なものと相場が決まっている。私は身長176センチ体重68kgのおっさんだが、実際に3列目シートに座った状態で移動してみた(嫁が運転)が快適であった。足元がちょっと狭い分は2列目を少し前にスライドさせれば解決する。シート座面が薄めとか固いとかはあるにせよ、現行プレマシーの3列目シートに比べれば天国である。

3列目シートを展開しておき車内からの荷物置き場にするか、床下収納にしてカーゴスペースを確保しておくかは乗り手次第。左右どちらの3列目シートを展開している状態でも、折りたたみ式ベビーカーを載せられる程度のスペースが確保されている。細かな収納スペースや工夫は、車内の至る所に存在する。

わくわくゲートはリアのデザインのシンメトリーを損なっており、一見してゲテモノであまり好評ではないようだが、実際に使用してみれば「これはアリ」と思えるホンダらしいギミックであることに気づくだろう。カマを掘られたり後退時にリアをぶつけたりする事態は考えたくないが……。

いま新車でミニバンをなにか買おうとするとき、このステップワゴンは有力な選択肢になるだろう。アクの強すぎないフロントマスクと真面目に追求されたユーティリティ、ハイブリッドを求めないならガソリンモデルも用意されている。個人的にはガソリンモデルを気楽に末長く乗ってみたい。







ガソリン車であっても加速時にはエンジン音で車内が煩くなるものだが、直4以上の気筒数のエンジンや大排気量エンジンであると、音色を楽しめる余裕がもたらされる場面が多い。ヘボな直4や1.5Lクラスだとイマイチだが、2Lの直4なら、荒々しい獰猛さを感じられる音になり、4気筒以上だと迫力のあるビート音が奏でられている気分になれたりもする。大排気量の自然吸気エンジンは、もうそれだけで無条件に素晴らしいと屈服させられる悪魔的魅力に満ち溢れている。エンスーの多くは、やはりこうした音が好きなはずで、それは私も同様である。

GHアテンザ25Zに載るのは2.5LのMZRで、実用トルクと経済性重視のロングストローク型であり、エンスーを熱くさせる要素は少ない。2500ccで170馬力(レギュラー仕様)と聞けば、おおよそ想像がつくであろう。ただ、2500回転から上に回していくと肚の底を刺激する迫力ある音を出す点で気に入っている。たった500ccの差が、大排気量エンジンの小さな片鱗として組み込み隠されている感じだ。単に自分が長く所有しているから贔屓目で判断してしまうバイアスがあるにせよ、やはり私は自然吸気の直4以上のガソリンエンジンの感覚を捨て去ることができない。



いまやミニバンよりSUVか?
スライドドアを諦める変節を発動して流行りのSUV市場に飛び込むのも良いだろう。その場合、3列目シートを備えるSUVがターゲットになると思われるので候補は絞られてくる。

トヨタ・ランドクルーザー
レクサス・LX
スバル・クロスオーバー7
三菱・アウトランダー
三菱・パジェロ(ロング)
マツダ・CX-8

海外勢力も候補に入れると

ベンツ・GLS
アウディ・Q7
ランドローバー・ディスカバリー
ボルボ・XC90
キャデラック・エスカレード

などが挙げられる。
 
posted by ぎゅんた at 08:39| Comment(0) | 試乗 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月11日

ミニバンへのステップアップのかほり


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子どもたちの笑顔がやっぱり、全てやなあ…


家族を持つと嫁はミニバンを求める。
いま乗っているGHアテンザ25Zでは役不足だと嫁から突き上げを食らうのである。

後部座席にチャイルドシートを二機搭載して快適なドライブができるしトランクスペースにチャイルドカートも搭載できるのに何が不満なんだこのメス豚ァーッ!と拳をあげそうになるが、父母と一緒に出かけられないと訴えられると拳を下さざるをえない。しかし父母を交えた第三世帯移動をする機会が、年に何回あるというのか。そうした場合、レンタカーを利用するのが賢い消費者だと私は思うし、異論を唱える男は少なかろう。もっとも、嫁にそんな理屈は通じない。可愛い女の子がイチャイチャしていたら百合カップルかな?と思ったり、いい男ふたりがイチャイチャしていたら薔薇族かなと思ってしまう現象と同様、嫁がミニバンを欲するのはまさしく理屈抜きなのかもやしれぬ。

GHアテンザももう10万キロをこえたベテランの域に育った。
一般に走行距離10万キロを超えたクルマは、需要の高いモデルでなければ値がつかない。東南アジアやロシアに横流しして儲けるのはわかってるんだよバカヤローと悪態をついても始まらない。値段がつかないなら走行不能になるまで乗り続けて最後まで添い遂げる気概もあるものの、これは故障寸前の古いパソコンを意地でも使い続けるようなものである。男は、愛着のあるものを末長くいつまだでも手元に置いておきたくなるものだが、我儘で非生産的な行為にすぎない。特に本人の趣味の類である場合はなおさらだ。モノを大切にしている姿勢を免罪符に、周囲の迷惑を顧みない朴念仁と化しやすい。

GHアテンザ25Zは、中途半端で非力なMZR2.5(直4)を積んだハッチバックにMT設定のあるなんちゃってスポーツにすぎない。贔屓目に評価すれば加速時に重厚でパンチのあるエンジンフィールと流麗で洒落たエクステリア(斜め後ろから見ると格好よい)を有するマイナー車種であり、私自身はMTが好きなこともあって気に入っている贔屓の目で見なければ「燃費良くない、威張り利かない、たいして速くない」三重苦に見舞われる。不人気マイナー車種が好きで、多少はスポーティで、MT設定があって、中古でお買い得なクルマを求める人に向いている。以前にもこのような感想を記事にした記憶があるので、私の中でのGHアテンザ25Zの評価は変わってないのであろう。なお、0-100kmは概ね8.5-8.7秒であり、コンパクトカーよりは速いが、見た目ほど速くはない。


地方ではクルマがなくては生活できない、のはホント
マイカーがなければ生活に大きな制限を喰らい、周囲の同調圧力に常に晒される地方の田舎に居を構える子連れの家族に必要なクルマは、結論はミニバンなのである。いざという時の実用的な3列目シートもしくはカーゴスペースを確保しており、スライドドアを採用しているところから実用性が高いことである。それでいてハイエースと違ってファミリー向けな気配りがなされていて乗りやすく扱いやすい設計になっていることだ。ルックスは、箱型になるが故に大きな制約があるためにスタイリッシュとは無縁になる。もっとも、スタイリッシュなクルマで自己表現自己満足を得ようとすると実用性が犠牲になるわけで、要するに相容れないのである。

スライドドアは、やはり所有してみるとありがたみが分かるモノであり、小さい子どもがいる場合はなおさらだ。これは子どものドアパンチを防ぐことにありがたみがあるのではなく、ドアを全開にできない状態で子どもの乗り降りを強いられるストレスから解放される面で意義がある。ドアパンチを防ぐために最も必要なのはスライドドアではなく躾である(スライドドアが子どものドアパンチ事故を防ぐ有効なセーフティであることは事実だが、周囲の確認もせず車内から飛び出していく子どもであれば別の事故に見舞われてしまっては意味がない。パッシブなセーフティは重要だが、躾の方がより優先される)。道路も駐車場もとにかく広い国であればスライドドアはさほど求められないだろう。しかし日本はそうではない。狭い国土に、まだまだ多くの道路や駐車場が「旧車規格」のまま、昨今のクルマの肥大化に追従することなく存在しているからである。


家族と乗るクルマ
多くのミニバンの制作コンセプトには「家族」が打ち出されている。販売ターゲットが子どものいる家庭向けなのだから当然であるのだが、それをしてミニバンはファミリーカーであり、生活臭を払拭できないクルマにならざるをえない。昔の私もそうだったし、独身貴族のクルマ好きはミニバンに拒絶反応を示すものであるが、その禍根はミニバンの生活臭にある。ミニバンは走りがたるいだのMT設定がないだのという文句はお為ごかしにすぎない。ミニバン乗りは運転が横暴だの下手だのという意見も耳にするが、言っちゃ悪いが黒色の軽自動車やプリウスの方が当てはまる気がするし、それすらも、実際は母数の大きさの問題であり、「よく見るクルマ=売れているクルマ」であるからこそ目立っているにすぎない。ミニバンは売れているということであるし、世間の家庭の半数はミニバンを所有しているだろう。私は、それでいいと思う。ミニバンは利便性を真剣に考えて作り込まれている商品力の高さがあるし、良いものは良いものとして消費者が選ぶ、消費活動の本来的な実態が認められるからである。

ガソリンモデルの現行VOXYに試乗したしたとき、若い父親像を押し出したキャラクターには同調できず欲しいとは思わなかったものの、ミニバンとして考えられたパッケージングであることは理解できた。限られた制約の中で精悍さを表現したり、ブランドイメージを打ち出したり、遊び心を感じさせるエッセンスがインテリアに込められたり、ミニバンに求められるユーティリティに妥協していないと思わせてくれたからである。

ミニバンというのは、愛する我が子を含め家族で行動するための優れた道具であり、所有することで生活がより豊かになるのであれば、それは我が子がお金で買えないことと同様、プライスレスな「生活の中の楽しさ」をもたらしてくれるだろう。子どもも、広くてバスのような車内空間が好きなものだ。ミニバンは確かにクルマ好きの琴線に触れるどころか逆撫でしたりもするが、所有するクルマに自分の趣味性をかぶせることよりも、子どもと過ごす時間を大切にしたい親の想いは尊いものである。文章にするとなんだか気恥ずかしいが、間違ってはおるまい。現状、販売されているミニバンのほとんどは過酷な市場競争で凌ぎを削ってきた生え抜きばかりであるから、好みと相性に合致するモデルを選べば間違いはおこさないだろう。中古で過去のモデル群から選ぶのも楽しい。マツダの・ビアンテとか三菱・デリカD5とか渋くてステキ。


会うは別れの始まり
さてGHアテンザとお別れしてミニバン迎えることになる未来は、次回の車検までに訪れそうだ。どうなることやら分からないが、次は、「私のクルマ」から「家族のクルマ」になることは確定である。おそらくスライドドアを備えたミニバンになるのだろう。マニュアルトランスミッションともお別れだ。私にできることは別れの日までGHアテンザを大切に乗り、想い出を作っておくことだけである。お金ないんですけどそれは

posted by ぎゅんた at 17:24| Comment(0) | クルマ(なんでも) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする