2017年03月27日

(感想)これは愛じゃないので、よろしくB



面白くなるかもしれないと惰性で買い続けて三冊目。やっぱり面白くない

別マ本誌で連載が続いているのをみる限り、人気が無いわけではないようだ。別マの手用読者と違って私は30代のおっさんなので、「好きになることができない」と意見したところでティッシュ箱の蓋(捨てるやつ)程度の価値であろう。

そんな私には半ば確信めいた後枠がある。従前の湯木のじん作品を愛し続けてきたファンは、「これ愛」を好意的に受け止めていないはずであろうことだ。どことなく覚めた目でこの作品を追っているのではないかと、思うのである。

「なにが嫌いかよりなにが好きかで自分を語れよ!」とルフィに似たやつが言っていたが、なにが好きかで自分を語ると、どうにも浅薄な意見になりがちだ。すごく良かった、感銘を受けた、勇気付けられた、とにかく感動した、etc 、意識高い系のSNSへの投稿記事じゃるまいし、無駄なことではないが無為なことだ。嫌い(好きではない)な理由をのべることほど感情的な意見もないが、所詮人間は感情の塊であるから、それでいいと思う。そして、意見としてみたとき、なにが嫌いかで語る方が容易だし、記事にしやすい意味で無難なところがある(だから評論家は、なんでも批判しているようにみえる)。自分が好きなことを語ることは、幸せなことだし、否定されるものではない。私も「これ愛」の好きなところを語りたい。しかしそれは叶わない。「これ愛」は、嫌いではないが、好きになることができない。

少女漫画になにを求めるかといえば、非自己的恋愛体験や他人様の恋愛模様の傍観的観察といった野次馬根性の充足である。応援したいと願うことのできる魅力的なキャラクターであればあるほど、これは満たされる。最後はハッピーエンドを迎えるが、それを祝福できればできるほど良い余韻を読者に残す。おおよそ、このようなものであろう。

「藤代さん系。」「青山月子です!」その他の過去の作品群には、多くの魅力的なキャラクターが登場した。漫画的表現が加味されるから、現実的にはいそうでいないモデル像となるけれども、湯木のじんワールドの代表選手のような個性に満ち溢れていた。彼らは同性や異性や、年下年上同級生、大人たちと接し、いなし、同調し、反目し、感情をぶつけ合う。そして、成長した。懸想する相手とぶつかり合って、何かに気づき、成長することで互いを理解できたから、ハッピーエンドを迎えられた。そしてそれは、わりかし2人だけの閉じた世界でのことなのだった。この筋書きドラマに女性作者ならではのシュールなギャグを添え、細く清潔な線で描かた独特の少女漫画こそが湯木のじんワールドなのだった。

翻って、「これ愛」ではどうだろう。
あえて今までの路線とは変えた作風にしていることは分かる。けれど、それだけであって、私が読みたい湯木のじんワールドとは異なっている。話の展開が凡百なイマドキの少女漫画のそれに過ぎない。絵柄は相変わらずだし、性的描写が極端に排除された清潔な世界は不変であるところはいいのだが、その世界への没頭と心酔を促してくれるものではない。要するに、続きが気になって手がつかないほど愛すべき作品ではない。まことに慚愧に堪えない。作者は、この作品を楽しんで描いてるのだろうか。また、過去作品からのファンは、この作品をどう評価しているのだろう。

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2016年07月28日

漫画感想「青山月子です!#0」


青山月子です!#0 は、「青山月子です!」の原型となる読み切り.ver であり、単行本「今日もあいつは丸かった」に収録されている。改めて読みなおすとやはり傑出の出来で、別マSISTERで初めて読んだときの強い衝撃を思い起こすことができる。プロットの優劣が連載作品となったときに決定的な差を生むものであることを証明する作品。「#0」の破壊力に打ちのめされた人は少なくないはずである。

おまけページを参照するに、照れ隠しなのか本音なのか分からないが、作者はあまり#0に思い入れはないようだ。けれども、
…他の奴が青山月子はそんなことしないとか
こんなんじゃないとか言っても
そんなの オレ 知らないし
青山月子は人を殴るんだよ
オレにとっては お前が青山月子だよ

このシーンを中心に作者の魂がペンに乗りに乗っている様をヒシヒシと感じる。絵柄も、この頃の方が少女漫画らしいそこはかとない儚さが線の細さで描かれているようで好みである。


作者の最新作となる「今日もあいつは丸かった」「これは愛じゃないので、よろしく」を読む限り、どうも読者にウケる少女漫画路線に舵を切ったように思えてならない。従前の「藤代さん系。」「茜君のココロ」「青山月子です!」の名前タイトル三部作と読み比べればわかる。

名前タイトル三部作が、「二人が主人公の小さな世界で、二人が心を通い合わせて理解し始め惹かれあっていく過程を、シュールなギャグで彩りながら、少女漫画特有の綺麗な心理描写を織り込み読者の胸を打たせて完結させていくスタイル」であるなら、新作はそれらの味が薄れた代わりにドタバタ要素が組み込まれて華やかになっている印象。しかし私には凡百な少女漫画に埋もれてしまう内容になったのではないかと思えてならない。中堅のベテラン少女漫画家として、特定の読者へのスマッシュヒットを見込める内容よりも、より多くの支持を得られる内容にチャレンジすることは間違いではない(大ゴケだけは御免こうむりたい)。けれども、ファンというのはひどく我儘であって、それは例えば、贔屓にしていたマイナーバンドがメジャーバンドになると途端に熱が冷めてファンを降りるような、そうした複雑な心理を内包しているものである。一番大きな不満は、収録されると思っていた「睨んでますか?いいえ、睨んでません」が収録されていなかったことである。この話が湯木のじん作品のマイベスト。目つき悪いヒロイン好き。
 
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2016年03月13日

別マ4月号より「これは愛じゃないので、よろしく」感想

写真 2016-03-21 22 33 47.jpg

待望の新連載。

…だったのだが、続き(次号)が気にならない。「これ読み切りです」でも納得してしまう内容では。湯木のじんワールドへのトリップにより頁をグイグイと読み耽ってしまう感じに乏しい。

従前、湯木のじん先生の作品は、ありふれた少女漫画とは異なったテイストに満ちていた。別マ読者の大多数に受ける内容かそうでないかでいえば、おそらく、そうでない立ち位置にあっただろう。端麗な線で構成された世界で繰り広げられる、テンション低めのシュール調ギャグを基調とした恋模様が心地よいと感じていた私にとって、この新連載は違和感をおぼえる。いままでの作品に比べて、あまりキャラクター像に魅力や奥深さを感じない。湯木のじんらしくない、というほどではないのだが。

勝手に想像するに、長期連載を勝ち取れる路線への舵取りを始めたのではないか。どんな素晴らしい作品を描いても、雑誌に連載されなければ、売れなければ食っていけない。

現時点の私にできることは、別マ本誌のアンケートハガキで応援することと、単行本を買い揃えることぐらいである。

ところで、読み切り作品「にらんでますか?いいえ、にらんでません」を収録した単行本が発売されるのはいつなのだろうか。湯木のじん作品の中で、あの話がいちばん好きだ。 
 
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2015年12月01日

漫画感想「青山月子です!」第三巻


いつもどおり裏表紙のイラストはやたらキュート

別マ本誌連載時には、随分と駆け足な最終回だと感じたが、改めて読み直したいま、うまくハッピーエンドに纏まっていることが分かり、膝を打った。とはいえ、加賀美くんの家庭事情や、出番の消えた都築くんとか、「黒木くんxあっくん」のゆくえ、といったサイドストーリーが全て回収されていないところが気にはなる。それでも、ハッピーエンドに綺麗に収束してくれたことの安堵感が遥かに勝る。

湯木のじん先生もそれは分かっていただろう。しかしこれ以上、話を詰め込んだり拡充をはかるとすると、話数は増えるものの、俯瞰的にみると散漫化するリスクがでてくる。そのことを避けたのではないか、そう思われる。昨今の漫画にみられる傾向だが、ちょっとでもヒットすると引き伸ばし展開になりストーリーのテンポが落ちる。結果、巻数は増えていく一方で、中身の密度は低い。カルピスジュースをさらに薄めて飲もうとするものはいない。スパッと全3巻で終わらせているのは潔い。ファンとしては、もう少し他のストーリー展開や後日譚を求めたくなるけれども。


改めて「青山月子です!」の魅力をまとめる。

・完全天然キャラの月子さん言動の面白さ
・完全無欠キャラの加賀美くんが月子さんに振り回されるコメディ
・お互いに惹かれあっていく恋模様
・記憶を失う前の月子さんとの決別

そして、エンディングは「いま」の月子さんを、自他ともに受けいれる大円団。

記憶喪失モノは、その結末は悲劇的になりそうなものだと私は思う。だから、この作品は、最初、ひょっとしたらアンハッピーエンドになるかもしれないとも思った。記憶を取り戻す代わりに、加賀美くんとの思い出を全て失う結末を描くのではないかと考えた。しかし、そうではなかった。今の記憶に干渉することなく、昔の記憶を思い出すという極めて都合の良い路線でもなく、いま、生きている自分を受け入れる再生の物語が描かれた。

過去の作品を顧みるに、湯木のじん先生は一貫した考えを貫いて漫画を描いておられるようだ。まず、物語はハッピーエンドで終わればよい。漫画は漫画だからである。俯瞰的な視点で己の作品を捉えているところがある。なので、ストーリー上の細かな点は、物語がハッピーエンドに終わるならそちらを優先するし、多少の齟齬や辻褄合わせや説明に紙面を割くことはしない。冷徹なのである。そう思えば、全12話で終了する本作もまた宜なるかな。もうすこし物足りない気がするけれども、その後を引く名残惜しさが、また、湯木のじん作品の特色でもある。決して出涸らし茶を読者には出すまいという意思を私は感じる。粋だあね。



まとめ
ぎゅんたは湯木のじん先生を応援しています。

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2015年09月15日

漫画感想「青山月子です!」第12話 竜頭蛇尾 を否めず 別マ10月号

最終回。畳み掛けるようにアッサリ終わってしまっていて、感動の余韻が乏しい。最終回ということに気づかない人もいるのではないか。ソードマスターヤマトほどではないが、性急な感じは否めない。打ち切りなのだろうか。それとも、作者が描きたいことを描いてしまったので、単行本収録に都合のいい話数で〆たかったのだろうか?

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2015年08月12日

漫画感想「青山月子です!」第11話 痛棒 別マ9月号

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月子さんが、過去の自分よりもいま想う人を選んだことの残酷さを知る話。感想をうまく書くことができない。

いまや過去の自分は実感のない幻。今の自分は実体。いまのままでいたい。過去の自分に負けず劣らず愛おしい人たちに囲まれているから。月子さんは、なにより、加賀美くんを想う自分(記憶)を失いたくない一心なのである。

その一方で、自分を愛し育ててくれた母親の心中を悟る。他人のような「あの人」は、ただ昔の自分が帰ってきて欲しくてたまらない。今の自分は、あの人にとって月子の形をした他人でしかない。その自分が生きていることこそが、喪失感を与え続ける責苦となっている現実。でも、月子さんはいまのままでいたい。そんな自分が母親を傷つけてしまっていることを自責し涙を流す。

読者の多くは月子さんを応援するだろう。
しかし私は、月子さんの母親の気持ちが分かる。親となり、子を育てる経験があれば、我が子が愛おしければ愛しいほど、我が子が自分の記憶を失うことの悲劇が理解できる(今の月子さんにとっては、加賀美くんが記憶喪失にでもならない限り理解できない喪失感なのだ)。それでも、たとえ記憶を失っていても、生きている我が子を認め応援せねばならないのが親のつとめであろう。「あの人」には、月子さんとのコミュニケーションと時間が必要なのである。

物語がどのような結末を迎えるのか、それは次回の最終回で明らかとなる。


まとめ
ぎゅんたは湯木のじん先生を応援しています。


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2015年07月13日

漫画感想「青山月子です!」第10話 秋波

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このページをめくったあと、貴方はとんでもない衝撃を受けるだろう

やばいのである

別冊マーガレットを手にとったら、真っ先に「青山月子です!」を捜す人々(私を含めて少なくないはずである)の全員が、今回の話を読んで、とてつもない情動を受けたはずだ。とにかく、危険だ

思えば、月子さんにとって加賀美くんは、切望していた友人であり信頼できる相手なのであった。人は、他者との関わりを通じて己を知り成長できる。一緒にいて心地よい人、落ち着く人、楽しい人、は、自分の波長に合う特別な他人とも言えよう。そして、そうした相手がいなくてはならない。それが異性であれば、恋慕感情に発展もしよう。同性の友人、あっくんの存在ができてはじめて、月子さんは加賀美くんへの意識が友愛の情から恋慕の情に移行したのだと見る。



物語は、このままハッピーエンドになだれ込み終幕の運びになるのだろうか。
それとも、突如、記憶の回復(記憶喪失期の記憶の喪失)が起こり、現在の青山月子の消失(本来の青山月子の復活)といったドラマに転じていくのか。

1話以降、杳としてしれない母親の存在が気にかかるし(父親も)、加賀美くんの家庭事情も燻りの火種となる気がしている。

湯木のじん先生の作風を考えると、シリアス路線(バッドエンド)に舵を切りすぎることはないだろうから杞憂であろうと思う一方、作風を開拓する意味でシリアス路線に挑戦されるかもしれないとも思う。

いずれにせよ、一介のファンに過ぎない私は応援し続けることしかできない。
11話を楽しみにまた一ヶ月を生きることにしよう。


まとめ
ぎゅんたは湯木のじん先生を応援しています


青山月子です! 1
青山月子です! 2
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2015年06月16日

漫画感想「青山月子です!」第9話 はじめに名前があった

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2人の仲直りと再生の巻。

記憶喪失になっても覚えていた自分の名前は、月子さんにとっての本体であり、ふたりを結びつけたはじまりだったのです。

(一話以降登場しない)母親は、月子さんを「月子」と呼んでいるのだろうけれど、自分の娘と思っていないニュアンスのままなのかもしれない。いい名前だな、と言ってくれた加賀美くんは、月子さんにとってどれほど暖かい存在であったのだろう。だから、加賀美くんに「お前」としか呼ばれなくなると、身を引き裂かれそうに辛く悲しい気持ちになるのです。

自分の名前を大切にしている月子さんをみると胸が苦しくなります。それを覆してくれる加賀美くんをみると救われた気持ちになります。ずっと、月子と加賀美くんの間柄でいて欲しいと頬が緩むのです。

posted by ぎゅんた at 05:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 湯木のじん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月15日

漫画感想「青山月子です!」第8話 角逐と痛棒

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6/25は書店へ

 第4話に続き、またもボディブローのような質量ある読後感。私を含む読者の多くは、次回までヤキモキさせられ続けるわけで、これは連載漫画の実に罪深いところだ。6/25発売の2巻も4話収録になるであろうから、2巻のラストがこの第8話になるわけで、これはもう計算づくの所業であろう。

 今回の話は、月子さんと加賀美くんの告白寸劇のようなものだ。そして、男性読者視点からすると加賀美くんの心境がよくわかるのである。

 年頃の男子が、女子に告白するのは、想像以上の勇気を必要とするのである。一般に、男児は女性に面と向かって恋慕感情をストレートに口にできないのである。口にせず、態度や婉曲表現で伝えようとすることが多いだろう。これを男の硬派性とみるか、甘えと見るか、独自の恥の文化とみるか、は様々であろうが、確実なのは、男性側からの告白には、とてつもない勇気を要するのである。贔屓目にみれば、それだけ、気持ちが本物だと評価できよう。現実的には感情にストレートな傾向のある外国人い多いと思われるが、息を吸うのと同じように好きだ愛してると口にする男性も存在する。確かにそのような男性はモテるようだ。女性は好きとか愛していると言われたがっている生き物でもあるし、逆に男性がそれだけ自分の気持ちを伝えずにいることを意味してもいる。しかし、そうした態度を心の篭っていない軽薄な態度と評価する女性もいる。確かなのは、相手を恋慕する「好き(愛している)」なる気持ちは、極めて重要な感情ということだ。

 加賀美くんは月子さんに、遠回しに自分の気持ちを伝えてようとする。このとき、加賀美くんは一切、月子さんに目を合わせようとしていない。照れているのだろう。フツーなら、これで加賀美くんの気持ちが伝わって頬を赤らめるようなものだが、相手が月子さんなのでちょっと困った流れになってしまった。

 加賀美くんは拗ねてしまう。彼なりに配慮して、勇を鼓して気持ちを口にしたのに、月子さんはそれを受け止めなかったからであります。

 なぜ、月子さんが加賀美くんの気持ちを受け止めなかったのか。月子さんだからというよりは、きっと、加賀美くんを好いている自分が掴めていないのである。うまく気持ちにできない…と感じたり、加賀美くんにアタックしている女の子に「協力」の態度にでるのも、根底にある月子さんの心の動揺を現している。

 結論を述べると、次話が読みたくて喉から手。湯木のじん先生は実に罪深いことをなさる方であります。
 
posted by ぎゅんた at 13:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 湯木のじん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月15日

漫画感想「青山月子です!」 第7話 指呼の間

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作者は楽しんで描いたのだろうなと思う回である。

加賀美くんは肝心の場面で鈍くなるキャラなのか。月子さんのいう「あっくん」の存在が気になって仕方が無い様子。一方、月子さんの振る舞いはいつもと全く変わらない。あまつさえ「あっくん」と合コンをするという。畢竟、加賀美くんはやきもきに終止するわけであります。

そんなあっくんは、女の子にモテモテの長身・ボーイッシュ・ショートカット・姉御肌・純情と、私を含む世の中の男たちの心を鷲掴みにして離さない萌えキャラクタであります。

本名は阿久津紗英。あっくんとは、取り巻きファンの女の子たちがつけた渾名なのですね。

月子さんのいう「あっくん」は、阿久津紗英。
加賀美くんのとらえている「あっくん」はモテモテ男子。
加えて、加賀美くんはいよいよ月子さんに恋慕感情を抱き始めている。

これが、誤解の招いた人間恋模様劇に発展せずしてなんであろう。フツーの少女漫画なら2〜3話は引っ張りそうなネタです。

しかし湯木のじん先生はそうしない。
加賀美くんの誤解と嫉妬は描かれているけれども、尾を引くことなく澄明。意馬心猿なぞどこ吹く風。ドロドロネチネチはしないのであります。そして月子さんに告白する流れにサラリと移行している。枯淡なので読者によっては味気なく感じるかもですが、私は好きです。この描写にある関係こそがこのふたりだなあと思うからです。
 
posted by ぎゅんた at 06:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 湯木のじん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする