2017年12月12日

(書評)『緋色のメス』大鐘稔彦・著



医療モノ小説。

著者は医師であり小説家である大鐘稔彦氏。「孤高のメス」シリーズで有名である。また、漫画「メスよ輝け!」「青ひげは行く」「ザ・レジデント」の原作担当でもある。外科医を主人公に据えた医療現場で起こるドラマと閉鎖的な医者社会の姿をリアリティを交えて描写してくることで定評がある。

作風は、およそ信頼に足るプロの姿でない医師が多く登場し、医師という職業にしても、世間一般で考えられているような魅力的なものでは決してなく、心身ともに疲弊しきる一介の肉体労働者に過ぎない描写がなされる。そこには医師として生きてきた作者なりの心情が色強く反映されていることが窺いしれる。話の展開は断定的でワンパターンな傾向がみられるものの、「でもまあ、そうだよね」と憐憫と親しみを感じられる人間味ある物語が展開される。それが特徴であり、長所でもある。面白いのだ。

本作『緋色のメス』もまた、そのベクトルから漏れない。

しかし肝心の、面白いかどうかという、単純至極な結論を導き出すなら、面白くなかったと言わざるをえない。題名から『孤高のメス』の姉妹作品であると不要な勘違いをされないか心配になる。



[コピペでストーリーのあらすじ]
宮城県の公立病院に勤める看護婦・中条志津は、四十七歳の春、乳癌を宣告される。彼女が治療先に選んだのは、秋田の鄙びた炭鉱町が経営する小さな病院だった。執刀を依頼したのは、この病院に勤務する外科医・佐倉周平。かつて人妻の身ながら激しく愛した相手だった。二十年ぶりの再会を果たした二人は、運命の歯車が再び動き出すのを感じた。


ここから、どのような物語を想像するだろうか?

面映ゆい想いを抱いた2人が主役であったが、志津の乳癌は外科手術で根治される。過去の想い出は美しき秘め事となり、各々はまた新たな人生を歩み始めるー

およそ、こんな内容を想像するのではなかろうか。少なくとも、私はそう思って手に取った。

全然、違った。生々しく醜悪な破廉恥ドラマでしかない男女の痴情のもつれを、美談に仕立て上げているように小説風に料理したようなものだったからだ。

面白い物語というのは、往々にして失ったり欠けたりしている何かを取り戻していく過程が描写されるものである。それが、王道というものだ。本作にも確かにそうしたプロットはみられるし、事実、決して退屈な物語と唾棄されるものではない。

しかし、払拭しきれない生理的な不快感が常につきまとう。不倫などとんでもない!と考える向きの人には、およそ薦めることすらできそうもない。大鐘稔彦氏の性的な描写は、少なくとも私の肌に合わない。

それにしても外科医を中心にした医療モノでありながら、読んでいて医師という仕事にさっぱり魅力をおぼえないのは著者の意図したところだろうか。

自分の生活や人生の一部を犠牲にしてでも、他人を病から救うために行動できる精神を持ち続けていない務まりそうもなさそうな職業におもえる。少なくとも私は、他人のために睡眠時間を削られるなんて我慢がならないし体力もないから予選落ちである。よしんば体力馬鹿であったとしても、責任と重圧感で気が触れてしまいそうだ。医師の自殺率は高いのである。

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2017年11月08日

(書評)「難しいことはわかりませんが、お金の増やし方を教えてください!」


思うところ
普通預金や定期預金の金利が極限的に低い現代社会では、「貯金しておけばお金は増え」なくなりました。雀の涙ほどの利息も、ATMの手数料で吹っ飛んでしまうかもしれない。銀行の口座には、もはや、現金を預かってもらう意味しかありません。カーチャンに取り上げられ貯金されていたお年玉の金額が雪だるま式に増えていたあの時代はもう戻ってこないのであります。

でも、お金は増やしたい。
でも、なにをどうしたらいいのか、分からない。
定期預金に入れておく方法しか、知らない…

こういう人は、資産運用だ!といざ思い至っても失敗する未来が待っております。

なぜなら、世の中には、善人ヅラをしてあなたのお金を狙っている連中がわんさといるからであります。詐欺師と断じて良いでしょう。詐欺師との違いは、犯罪者と断罪されないスタンスを取っていることです。自分に利益を もたらすために、自分の正しい仕事だと思っていることです。

口座に振り込まれた退職金を手にする顧客に心配げな表情で「今後の生活のために投資で増やしませんか」と勧誘する銀行マンなどはその代表選手であります。顧客の無知不安に漬け込み手数料まみれのぼったくり金融商品を売りつけ食い物にしているのだから。顧客の大金を種銭に自分たちに手数料を貢がせる仕組みを作るのが彼に課せられたノルマなのです。金融というのは、人の不幸を銭に変える仕事でありますから、例えばこうした銀行マンも、人間として真っ当な人は良心の呵責に耐えられず潰れるかプッツンするか顔面神経麻痺的人格を会得するかのいずれかの運命をたどります。「弁護士や歯医者はいまや儲からない仕事」と囁かれるのと同様、銀行は退職率の高い極めてブラックな業界であることが周知されています。元々フツーでない人か、フツーでなくなった人たちで構成される職場であり組織なのですから当然です。そんな人たちが勧めてくる金融商品が、あなたの大切なお金を増やしてくれる手助けになるものかどうか、うがった姿勢かもしれませんが、疑ってかかるべきでありましょう。

他人をアテにしても始まらん、自分の資産は自分で増やすべし!と株やFXで投機に走ることもオススメできません。時間があってモニタの前に張り付いていることはできても、そのことが資産を増やすことに直結しませんし、そもそも投機は満身創痍になりながら生き抜いてきたプロでも勝ち続けることはできない茨の道。ハイリターンは魅力ですがあまりにリスキーです。

投機には、結局のところ射幸心を排除できないものです。射幸心ほど恐ろしいものはありません。アルコールと同じで、なぜかシレッと人間社会にまぎれていますが、油断ならぬ相手であります。「そんな奴だから」と理解の上で好きであることは自由ですが、決して気を許さないようにしておかなくてはなりません。一向に減ることのない自殺者の中には、無鉄砲な投機で破産したり借金まみれになってしまった人が少なくないのが現実です。射幸心を満たすなら「買ってはいけないギャンブル」の代表選手である宝くじの方がマシかもしれません。購入して、当選を夢みていれば良いだけの安全設計(リターンの望みはほぼゼロ)だからです。

投機は飲酒運転や保証人になることと同じようなものだと考えて良いと思います。決して手を出してはいけません。それは冒険心のないツマラン姿勢ではあるでしょう。ですが、それで良いのだと私は確信しています。



おおよそ、こんなところ
本書の内容は、対談方式で極めて平易に仕上げられています。諧謔を交えたスタイルで「知っておくべきこと」がバランスよく記述されている感じです。金融関係の本は、たいてい「ツマラナイ=読破もままならない」例が目立ちますが、本書はかなり読みやすく好印象です。

「銀行に近づくべからず」
「手数料の存在をまず考えよ」
「外貨預金はクソ」
「医療保険は不要」
「持ち家はリスク」
「NISAを使うと税制面で有利」
「確定拠出年金(iDeco)お得」

などなど、他書でも昔から述べられている内容であったりします。
だからこそ、重要なことですし、あなたが考慮すべき事実なのであります。


とにかくは、

1.金融機関の言いなりにならない(ボッタクリ金融商品をつかまされるから)
2.常に手数料の存在を考えよ

これだけでも頭に叩き込めるだけで良いと思います。日本人は人の良い人がやはり多いのでしょう、「銀行はお金を預かってくれているから」と好意的に解釈している人が目立ちます。その高い精神性を否定することは野暮ですが、実質は「(我々は)銀行にお金を貸し付けているだけ」であることは知っておくべきです。そしてまた、彼らが勧めてくる金融商品は、彼らの財政を潤すことのみが追求されていると考えればよいわけで、安易に飛びついてはなりません。

以前にラテマネーの話を記事にしましたが、手数料もまた、ラテマネーです。人のポケットから奪い取られる小銭を極限まで減らした状態に整えるだけでお金は減りにくく貯めやすくなります。


財産を増やすことだけに人生を費やす人は少数派でしょうし、お金のことばかり考える人生が楽しいわけがないと思う人が多数派でしょう。それでも、投資が人生に必要だというのであれば、選ぶべきものはシンプルにして、長期的な展望をもったものにするべきでしょう。要するに自分は働き、貯蓄と投資に回すお金を稼ぎ確保し、投資の方は放置プレイというやつです。社会人の大多数は仕事をしてサラリーを得る人生を歩んでいるわけですから、投資は等身大に徹したパートナーであれば良いとする考え方かなと思います。お金がお金を稼いでくる、手間のかかならない小さな仕組みをつくればよいのです。本書はその確かな一助となってくれるでしょう。ベストセラーなだけある本です。

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2017年08月04日

(書評)「年収防衛 大恐慌時代に「自分防衛力」をつける」森永卓郎・著




テレビに出てくるコメンテーターは、誰もかれもが「庶民の代表ヅラ」を演じているものである。それが、視聴者にウケがいいと考えてのことなのだろう。ディレクターの指示かもしれない。視聴者が偏差値30代のバカで先導しやすい連中(B層)と想定して番組を作って放送しているとテレビ局の姿勢が見えるというものだ。勿論、コメンテーターが庶民の代表だと思っている視聴者などいやしないが、視聴者は大人なのでテレビ局に文句をつけたりしない。さりとて危害があるわけでもないからである。選挙期間中の立候補車の垂れ流される演説と同じで、生活の中を通り過ぎていく環境雑音のようなものだ。


著者である森永卓郎氏は、有名な経済アナリストで、テレビにコメンテーターとして登場したこともある。この人は庶民の代表を名乗っても相応しいと思える人物である。言うなればセコい人物なのだが、何をいうセコくなければお金は貯められないんだぞという信念を感じるからである。稼ぐことも大切だが、節約がまず大事であると強調するスタイルは非常に庶民的だ。私は好感をおぼえる。


庶民こそ、ラテマネーを浮かして消費を減らし倹約に勤め、家計を助けるべきなのである。自分のポケットからこぼれ落ちている小銭を減らすことが重要だからである。金銭的な余裕がないと人は不安定になるものだが、大概は、自身の生活内容を見直し行動に移すことで解決の糸口が見えるものだ。酒、タバコ、ギャンブルを嗜む人は、そのうちどれか1つでもやめてみるとよい。どれだけお金が手元に残る気づくべきである。また、お金を使うなら、現金唯物主義に陥らず、カードとポイントも見逃してはならない。節約やポイント還元を面倒くさい行為と感じるならそれまでだが、楽しむぐらいの余裕がほしいものだ。


内容は浅く広くという感じで、まさしく新書のそれ。気構えず気楽に読める、あなたの生活向上のための提案本。ちょっと古い本だが気にせず読める。やっぱ新自由主義はあかんで。

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2017年07月08日

(読書メモ)「30過ぎたら利息で暮らせ!」原尻淳一・著




サラリーマン向けのビジネス書。マーケティングについて、また、学びとビジネスへの応用と実践と発展についてがストーリー仕立てで書かれた本。肩肘はらず気楽に読める内容。2009年発行。

本書の中から、個人的に印象に残った箇所を記憶頼りに抜粋したのが以下である。



マーケティング
扱う商品やサービスと世の中とをマッチングし、売れる確率を高めていく作業。

マーケティングとは商売の道具である。「いかに失敗しない確率を高めるか」の思考技術でもある。よく耳にするマーケティング戦略とは、商売戦略のことである。


商売を考えたとき、最も重要なことは「売り上げ」である。売り上げはシンプルな公式で成り立っている。

売り上げ=客の頭数 ✖️ 客の来店頻度 ✖️ 客単価

マーケティング戦略は、この3つのボタンのどれを押すかの問題。頭数の戦略か、頻度の戦略か、量の戦略か。



リバース・エンジニアリング学習
マーケティングの理論や方法は自分の身で実践してみる。必ず一度、自分の生活で理論の有効性や本質を確かめ、そこで得た理解を業務に持ち込む。マーケティングで行うことには、必ず自分の生活の中に、それと対応する要素がある。そこで、自分の身体感覚で実験しながら解析し、教科書的な抽象概念を補正し意味を深く理解する。それをビジネス構築に反映しようとする学習行動のこと。

新しく知ったビジネス理論があったら、それを実生活で取りこみ反映する。結果をフィードバックし、実際の仕事に応用する。



マーケッターが、やらなくてはならない仕事の根幹
自分が扱う商品を、市場やトレンドに最適化すること。
商品やサービスを売るための業務と、母親が子どもを想ってカレーライスを作る作業は、商品と顧客のニーズをマッチングさせるという点においてまったく同じ。

これは簡単なようで意外に難しい。コミュニケーションの秘訣を知っていなくてはならない。コミュニケーションがうまくいくかどうかは、いかに相手のことを想い、相手にとって必要なことを察知して、そこに自分の意見や考えを重ねることができるかにかかっている。相手を想って、自分の言葉を重ねることを、日常的にトレーニングしていくべきである。会社でも家族や友人と一緒のときも、全ての場合において、まず相手が何を望んでいるのか、そして自分は何ができるのか、その点を考えてから言葉を発する癖をつけるようにする。相手を想って発した言葉に、相手がどう反応したかをノートにまとめていくと良い。相手を想うとは、相手の立場で物事を考えることである。だから、相手の意図がわかりやすくなる。相手の意図がわかれば、自分のやるべきことが明確になる。



アウトプットのために自分のデータベースを構築する
ビジネスに使える知識や情報は、常にアウトプットにつなげることを意識する。アウトプットのレベルを高めたいのなら、たくさんインプットして有効な知識や情報をたくさん吸収することである。読書からでも、インターネットからでも、自分で撮った写真でも、使えそうな情報はストックし、整理しておく。



スペシャリストとして重要なこと
「変わらぬ本質を、どうやって新しい技術やトレンドやターゲットに適応させていくか」ということであり、優れたプロはそのための編集能力に長けているものである。

スペシャリストは会社で積み上げた知識がとても深いので、その知識を原資として形成される価値の利息が大きくなる。自覚的にスペシャリストを目指し、そこで培った経験や知識を活かして自分の価値を膨らませることが大切である。また、人間関係を広げることも忘れずに。生き方の幅が広がるだけでなく、自分が所有するスペシャリティの価値を認めてくれる人との出会いがあるかもしれない。

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2017年07月05日

(書評)「ドキュメント 高校中退 −いま、貧困がうまれる場所」青砥 恭・著


高校中退は、実質的に身分が中卒であることを意味する。そして、極めて世間体が悪い。「中卒は使い物にならない」「中卒だから、職にも就けない」などという認識が広く世の中に蔓延している事実を、誰しも実感として承知している。そして、「最低限、高卒」が社会的コンセンサスとなっている。

冷静に考えれば、これは誤解であって偏見である。中学校を卒業した人間が使い物にならないのなら義務教育は機能していないし、就職できないのは雇用者が中卒者を一方的に弾いているだけだからである。高度に専門的な職業はさておき、義務教育を終えた人間であれば大抵の仕事に従事できるからである(その場合、雇用者に「育てる気」がなくてはならない。即戦力を要求する、育てる気のない雇用者であれば不幸なことになる。もっとも、そうした雇用者が中卒者を雇うとは思えないが)。

しかし、実質的に中卒であると憂き目にあう。なぜなら、彼ら高校中退者=中卒者の大多数は、中学校を卒業した者が普遍的に備えているはずの学力を備えていないからである。就職というのは、ひとまずは絶対的な立場にある雇用者に「こいつとなら一緒に仕事ができる(したい)」と思わせることが根底にあるものなので、乱暴な表現をすれば「馬鹿」はお断りなのである。九九すらも満足にできない人間を雇う雇用者はいないのである。本書のタイトルにある「高校中退」の原因の根底には、深刻な学力低下が横たわっている。ドキュメントとあるように、本書にはその実態が生々しく記述されている。高校中退と学力低下の関係性について、多くの人は気づいていなかったはずであるから、一読すれば驚かされることだろう。そして、その深刻さがどれほど日本の社会を毀損しているか、考えさせられるだろう。貧困があるから高校中退が起きているのではなくて、学力低下と高校中退によって貧困に陥る(「貧困がうまれる」)のである。ここには、日本の識字率は世界一だとか学力ランキング上位の県の教育が云々といった、高校中退と全く無縁の位置にいる情報の陽は照らない。

恐ろしいのは、家庭が貧困であることが逃げられない呪いのように学力低下に結びついてくることだ。貧困が、有望な子どもたちの未来をどれほど奪ってきたことだろうか。社会全体が共有しなくてはならない悲劇が横たわっている。



子どもの貧困と学力低下についての問題は、ひところに比べ世に広まったかに思える。しかし相変わらず、貧困家庭でありながら学力低下で落ちぶれるのは本人の努力不足であると断ずる声がある。これはあまりにも一方的な感情論である。「衣食足りて礼節を知る」という諺があるが、勉強もまた、衣食が足りていなくてはならない。生活に余裕がなくてはならない。貧しいとは、学べないことなのである。

筆者は、学力低下に対する社会的なサポートが必要だと説く。筆者の考察の元に繰り返して述べられているが、日本の授業料は高額であるし、子は将来の国の宝であるから高校教育を義務教育とし、無償化すべきという主張がメインである。これはもっとものことのように思えるが、私は賛成できない。高校教育も義務教育化すれば、今度は「最低限、大卒(および専門学校卒)」に移行するだけの気がするからである。高等教育が無償化することも望まれる施策ではあるが、それよりも学力低下に対する処置、ことに貧困家庭に育つ子どもへの学力サポートの拡充が先決ではないかと思うからである。学力低下の始まりは、授業について行けなくなった時から始まるのだから、この時点での介入が求められる。子どもは、授業について行けたり、テストで点が取れれば安心するし、勉強に前向きになるものだ。

学校の授業について行けなかったりテストで点が取れないことで周りと比べられ自分が劣っていると判断させられるのは、本来、酷で一方的なことなのである。とくに大人には「テストの点が全てではない」と慰めのように述べることがあるが、子どもたちにとってはテストの点は絶対的な尺度なのである。テストで点が取れないと落ちこぼれ扱いするくせに、どこの口がそんなセリフを吐くのか。

学校のテストの点がその子の将来やその子の素晴らしさを保証する者でもなんでもないことなど大人は分かりきっている。けれども、小さな世界観に生きる子どもにとってそれは信じることができない。だから、テストの点が取れるように導くことこそが特効薬なのである。

過去の行き過ぎた受験戦争を反省して、テストの点だけでなくその子の良い面を伸ばすゆとり教育に舵が切られたが、うまくいかなかった。結局のところ子どもたちは、周りについて行けなくなって「落ちこぼれ扱いされる」ことに恐怖を抱くのであるから、そうならないためのサポートを拡充することが肝要であるし、学力低下の防止につながるだろう。貧困家庭の子どもへの対応も込めて、学校外の場所(市民会館や地区会館や図書館など)で、ボランティア講師によってなされるべきであろう。行政の協力をとりつけて、門戸を広くし、校区外の同年代の子との交流が促されるようにすると良いだろう。子どもの世界観を広く取り、少しでも多くの大人と接触させることは、子どもの成長に欠かせない糧となるからである。そしてまた、地域全体で、子どもの貧困と学力低下を阻止する姿勢を貫くことである。

考えさせられることの多い良書である。

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2017年06月19日

(書評)投資バカ


三度の飯より投資が好き!な人のことを書いた本ではありません。
バカはバカでも、悪意と嘲笑込めたバカなのです。

本書は、投資が好きかどうかは別として、銀行や証券会社のいいカモになっている不勉強で人任せな人を「投資バカ」であるとし、そんな投資バカにならないために注意してほしいことや知ってほしいことが書かれた本です。なお、著者はセゾン投信株式会社の社長ですから、結局のところ本書は、自社の顧客獲得のためのPR本と捉えばくてはならないのが普通です。とはいえ、自社の製品についてあれこれとしたセールストークはありません。業界暴露をベースとして、日本人はもっと投資の勉強をして用心深くなって下さいというメッセージが感じられる内容です。投信というのは、経済学のお友達というか、おそらく正解がないものなので、著者の考えが全て正しいことはないでしょうし、全面同意する必要もありません。

本書を好意的に解釈すると、「あなた(読者)の大切なお金を、金融商品の名のついた手数料獲得のエサに提供するべきではないし、金融マンに好き勝手にさせるべきではない。そして、資産形成はギャンブルではないと考えてほしい」という著者の親切心が全面にあります。なかなかユニークで面白い社長さんであります。資産形成に興味のある人は一読すると良いでしょう。

なお、私はこの本を読む前から、わずかな余剰金を投信積立にまわしています。30年継続したところでたいした金額にはなり得ない少額です(投資は、やはり金額の大きさがモノをいいます)が、普通預金やMRFに入れておくよりはよかろうという、一種の貯金感覚です。海外株式のETFとかも良さげなのですが、そんな種銭はありません。

余剰金をわずかなリスクと引き換えに投信積立に回すだけでも十分な資産形成になります。

これに加えて私は、病院にかかる人生から距離をおくために健康に留意しています。病気と付き合う人生への切符が、糖尿病を代表とする生活習慣病で、定期通院と薬剤を服用し続けることにかかるコストの重積はとんでもないことになるからです。投資の本には、なぜか健康であることの金銭的メリットがあまり書かれていませんが、不思議なことです。
 
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2017年05月19日

ビッグ・ファット・キャットの世界一簡単な英語の大百科事典




まとめ
英語に興味がある人すべてにオススメ


高校に進学する春休みの中学生が本書を手にしたなら、どれほど素晴らしいことだろう、と思う。
3年間学んできた中学生英語の真髄が、生き生きと、パズルのピースがカチカチとはまるように理解できる至福の快楽が得られるはずだからである。英語が英語として、もっと好きになるからである。

点を取ることを要求される試験の英語は苦手だけれど、でも、英語は好きだと思う学生が増えて欲しいと私は考える。英語の成績がパッとしなくても、英語が好きである気持ちがあるのなら、その子はいつだって粘り強く英語と向き合って楽しめる最大の資質を有している。英語の試験で優秀な点が取れることよりも、英語に前向きな感情を持っている方が遥かに良い。「ビッグ・ファット・キャット」シリーズの素晴らしいところは、勉強勉強しすぎた英語とは離れて、もっと気楽に英語に触れれば良いのだという緩さにある。入試問題にみられる長文読解の解き方を学ぶわけでもTOEICで良い成績を取るためでもない。楽しめる英語を、自分のペースで続けることで英語を身につけましょうというスタンス。そして、読むことの重要性を強調している。

頭の良い子なら、本書を通じて、英語への理解と精緻が向上した上で高校英語も優秀な成績が取れるようになるだろう。高校英語の成績には直結しないにせよ、英語への苦手意識や拒絶反応が消え、英語を学ぶことへの積極的な気持ちが湧くに違いない。ゲームにしろスポーツにせよ、そのルールが頭と身体で理解できるようになってくると、俄然と面白くなるものだからである。勢いがついてレールに乗ってしまえば、あとはしめたものだ。ペーパーバックにチャレンジする日は近い。


本書には、書き下ろしの新作「Big Fat Cat AND THE LOST PROMISE」が収録されている。いままでのシリーズには毛ほども存在しなかった恋模様が、おなじみのメンツを交えて描かれる。エドとジェーンの年齢設定が高すぎるような気がしてならないが、私の誤読であろう(多分)。

このエピソードを読み終えたら、「英語のブックガイド」を参考に洋書デビューを果たすと良い。
洋書というのは、不思議な存在感があるものだから、是非とも自分自身で手にしてもらいたい。

過去、私は明らかに難しすぎるものを選んで惨憺たる結果になったことがある。心の声「難しくても、頑張って訳して読んでみよう」は裏切られるので信用してはいけない。その結果生まれる挫折感ほどつまらぬ厄介モノはないのだ。格好つける必要はない。難しすぎない良質なもの(読み終わった後も、本棚に大切にしまっておける珠玉の存在にしたいものだ)を選定すべきである。柔道を習い始めたその日に一本背負いを練習することは決してないのである。

 
enjoy!!

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2017年03月14日

【書評】まんがでわかる超一流の雑談力





麻美たん萌え〜!地味目で寡黙で目つき悪いけど笑顔が可愛い女の子大好き!そりゃポールも惚れますわ… ハァハァ

というのは半分冗談。
本書は愛らしい絵柄でベストセラー(らしい)「超一流の雑談力」の中身を漫画で解説してくれている本であります。

マンガで分かる〜は、いまでは珍しい存在でもなくなりました。
手にして読むにはちょいと尻込みしてしまうビジネス本たちを対象に、様々、市場に登場しましたから、本屋に通うことが多い人はお気付きのように、かなりのラインナップ誇っています。難しい内容の書物は、原著からはいらず、解説本でもなんでも、まず平易なところから入門するのが良いのです。これは邪道ではなく、手っ取り早く理解していくための正当な方法です。原著でつまずいで時間を潰したり、折角の意欲を萎えさせる方が害悪だからです。マンガでわかるシリーズは売れているようですが、こうした需要があるからでしょう。より正確な知識を求める人は原著に当たれば良いだけの話です。

しかし、こうした本の多くは漫画として楽しんで読めるほどの魅力がありませんでした。画力が乏しいのではなく、漫画力が乏しいのです。漫画のカタチは取っているけれど、読んでいて面白くないのです。内容の出自がお堅いビジネス書ですから、それを単純に漫画に落とし込んだだけのものは面白いとは言いがたいのです。

本書はその点が克服されている感じで、親しみやすいライトな絵柄で説明くさくない内容のpになっています。ぶっちゃけ、「超一流の雑談力」の内容無視して漫画だけでも楽しめます。それほど深いストーリーでもなんでもないのですが、サラッと読ませてくれるあたり、高い漫画力といえるでしょう。麻美たん萌え〜

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さて、肝心の「雑談力」ですが、これはどうだろう。
本書を手に取った皆様が欲しているのは、初対面の相手や目上の相手、仕事で対面する人たちとの円滑なコミュニケーションを可能ならしめる雑談をするためのノウハウだと思われます。結論から言うと、本書にはその手の記載は特にありません。まず笑顔で相手の好意を得て、相手に話をさせて自分は傾聴する姿勢(この時に、発言をおうむ返ししたり相槌を打ったり、質問的発言で発言を促し、会話を膨らませる)をとろうというものです。ハウツーといえばそうかもしれませんが、とりあえず雑談に入るためのキッカケを豊富に用意するための内容とは言えない。ギャルゲーの「会話パネル」じゃあるまいし、現実世界のコミュニケーションは能動的なのです。

「口が1つで耳が2つあるのは、相手の話を2倍聞くためだ」とか、ユダヤの格言にあった気がしますが、相手に発言させてそれを膨らませて会話する手法は、お互いに自然で、実りのあるものだと思います。雑談は一人でするものではないからです。

この内容で1000円は安いとみるか内容が薄いからとみるか高いとみるかはあなた次第。私は安いと思いました。笑顔をつくるだけで無用な敵を作らず話がしやすくなると知れただけで満足です。感じのいい人って、総じて笑顔ですし聞き上手ですものね。
 
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2017年02月14日

【書評】消費税、常識のウソ




タイトルに訴求力がなく損をしている本。とても頭のいい人が消費税について簡素平坦な説明をしてくれる内容。部分的に難しい箇所もあるが、読み飛ばして構わない(そういう箇所こそが税制の肝であろうが、読者がそれを理解する必要はひとまずないから)。

一般的に悪とされる消費税増税だが、それが一面的な見方であることを述べる。本書では声高に批判姿勢を表していないが、結局のところ、現行の税制が極めて不公平と非効率に凝り固まっており、その変更や革新を提案して終わる前向さを包括している。


消費税増税を決して認めない姿勢の人は多い。私も、そうだ。ただし、私を含め、消費税増を心情的に許せないのであって、冷静に消費税について考えた末の意見でないことも共通するだろう。消費税増税はもう避けられないと、無力感と傍観をもって受け入れている人も多いだろう。大多数の国民がそうかもそれない。本書は、そういう人に読んで欲しい。本書を読むことで気持ちが晴れることはないが、招待の掴めない相手の顔ぐらいは見えるようになる。そうした差こそ、往々にして、後の福となるからである。

増税しか考えない財務省こそが日本の経済発展を妨げる悪省だ、とか、政治家は総理大臣を含めて財務官僚に洗脳され増税の必要性を囀る操り人形になるとか、財務省と官僚の悪口が、思慮と遠慮を欠いてそこかしこに吹き荒れている。火のないところに煙は立たずで、財務省が増税に熱心なのは本当だろうし、財務官僚が政治家に増税の必要性耳打ちするのも、事実だろう。ただ、それを十把一絡げに悪行と見なすのは早計である。本書にも記載があるが、なぜ消費税増に(国民から見て気狂いのように)固執するかについては理由がある。著者の出自からして、この説明の部分は極めて官僚的であり、完全に納得できるものではない。ただ、この意見に対して理詰めで反論できる政治家はいるだろうか?と思う。太く筋の通った理屈があるからだ。なるほど、財務省や官僚、増税やむなしのスタンスの政治家たちは、このような考えで動いているのだな、と思わせる話である。「この攻撃」をひらりマント的に返せる政治家は、少ないだろう。河村たかし名古屋市長ぐらいのものではないか。浮世には消費税増税絶対反対の野党議員や「庶民派」コメンテーターらがでかい顔をしているが、多数占める感情的反対派である国民に向けたアッピールい過ぎないから、反論なんてできやすまい。諸外国に比較して日本は〜、と、台所事情の違う諸外国比較意見(もっともらしいだけの価値しかない意見)を述べて有耶無耶にするのが関の山である。消費税増税に立ち向かうには、相当の知識精通とアイデア、これを実現できるたけの人脈と立場が必要である。反対意見をいうだけなら小学生でも言える。

その昔、消費税3%が導入された時、私は小学生だった。小遣いを握りしめて買い食いに出かけたときだ。100円で買えたジュースが110円になったことに強い理不尽さを感じた。いまでもありありと覚えている。そもそも、3%なのだから、103円でないとおかしいだろうと。成績不良素行不良の悪ガキでも、それぐらいの計算はできる。自販機では1円玉が使用できない事情は分かるが、消費税は10%ではない。憤りに狂った友達と私は自販機に小便を引っ掛け、釣り銭口に犬の糞を仕込んだ

いまでもこのときの我々の怒りは正当なる範囲であったとおもう。なぜなら、以降、メーカーは5%を契機に120円に値上げしたし、ポテトチップスの中身は減り続けて空気袋と化し、円安だろうが円高だろうが値下げもせず、姑息な便乗値上げを敢行する、消費者軽視の利益追求の姿勢を隠そうともしない聳え立つ糞であることが露呈したからだ。同様の、腹立たしい思いを経験した人は少なくないはずだ。これは私の推測だが、消費税の増税に対して国民は極めてヒステリックな心理が先行して反対しているように思えてならない。理解の底には、消費税増税の妥当性と必要性を理解している。しかし、現実的にその実施には理屈を超えて感情的に容認できないのである。この感情こそ消費税増税の大きな障壁となっているはずだ。

本書では、消費税の性質が分かりやすい表現で説明されている。消費活動に課税されるので誤魔化しがきかず取りっぱぐれがないとする。確かに、その通りだ。常に安定した固定的税収になる点も、財務の面からは望ましい長所だろう。インフラとおなじで、大局的な管理には「安定」が不可欠だからである。

また、本書で私が著者に好感を抱いたのは、利子や配当に課税する所得税は(消費税に比べ)公平でないと発言しているところと、もっと税制を整理・簡素化して徴税の透明化とコスト削減すべきであると述べているところである。複雑化するほど特例や抜け道ができ始めて不公平感が生じるからとしているが、要は利権や不正の発生を防げないからだと汲み取れる。著者が現在、財務官僚ではないからこそこうした意見が述べられるだけかもしれないが、その出自を考えれば信頼できる人物像に思える。終章の『理想の税制「ユナイテッド・タックス」』は短く簡素だが、魅力的で一考に値する構想。作者の虎の子にちがいない。アッサリとした記述でまとめられているのは、決して目立とうとしない官僚的気質の表れのようである。

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2017年02月03日

(書感)ドキュメント 底辺のアメリカ人 オバマは彼らの希望となるか



私はこの作者が好きである。これを読んで以来、ファンになったのだ。フツー以下のアメリカ人の姿を等身大で文章にしてくれる優れたライターだと思っている。お気に入りなのだ。

アメリカに興味がある人は少なくないと思う。わけても、色々と「極端な」お国柄であるところからくる観察対象としてこれほど面白い国もないところが興味深いのだ。歴史は浅いくせに奥深い国である。優れたところは大いに参考になるし、ダメなところは反面教師としてこれ以上なく適切なところをみせる。最近のアメリカは反面教師ばかりでダメダメにしか見えないが、なぜダメなのか分析して反面教師として、自国の舵取りに活かせることは変わらない。知れば知るほど嫌いになる国は韓国だが、知れば知るほど住みたくない気持ちになるのが米国である。そんな国なのに誰よりも愛国者であるマイケル・ムーアもまた、私のお気に入りの人物である。

米国発の黒人大統領バラク・オバマの大統領選を、市民目線で追っかけたドキュメンタリである。内容は現地のアメリカ国民へのインタビューが大半だが、そのインタビューを通じて、大統領選挙やアメリカ社会の背景を折り込み式に説明していく。貧困・教育・失業、そして移民と差別…宿痾にまみれたこの国をどうやって理想的な国に変えることができるのか。バラク・オバマをアメリカ国民はどう捉えているのか。頁をめくりながら、あなたは様々な思いを抱くだろう。

今になって思えば、期待と熱望を一身に背負ったキーフレーズ「CHANGE」は、実現できなかった。その失望か絶望か、更なる期待か、極端に振れるお国柄はトランプを大統領に据えた。毎日毎日、ニュースに登場しない日はない有様だ。反面教師だけの国に成り果てるのではないかと心配である。アメリカは同盟国なのであんまり無茶されると巻きぞえを食らうという意味で、であるが。
 
posted by ぎゅんた at 12:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 漫画以外の本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする