2017年08月04日

(書評)「年収防衛 大恐慌時代に「自分防衛力」をつける」森永卓郎・著




テレビに出てくるコメンテーターは、誰もかれもが「庶民の代表ヅラ」を演じているものである。それが、視聴者にウケがいいと考えてのことなのだろう。ディレクターの指示かもしれない。視聴者が偏差値30代のバカで先導しやすい連中(B層)と想定して番組を作って放送しているとテレビ局の姿勢が見えるというものだ。勿論、コメンテーターが庶民の代表だと思っている視聴者などいやしないが、視聴者は大人なのでテレビ局に文句をつけたりしない。さりとて危害があるわけでもないからである。選挙期間中の立候補車の垂れ流される演説と同じで、生活の中を通り過ぎていく環境雑音のようなものだ。


著者である森永卓郎氏は、有名な経済アナリストで、テレビにコメンテーターとして登場したこともある。この人は庶民の代表を名乗っても相応しいと思える人物である。言うなればセコい人物なのだが、何をいうセコくなければお金は貯められないんだぞという信念を感じるからである。稼ぐことも大切だが、節約がまず大事であると強調するスタイルは非常に庶民的だ。私は好感をおぼえる。


庶民こそ、ラテマネーを浮かして消費を減らし倹約に勤め、家計を助けるべきなのである。自分のポケットからこぼれ落ちている小銭を減らすことが重要だからである。金銭的な余裕がないと人は不安定になるものだが、大概は、自身の生活内容を見直し行動に移すことで解決の糸口が見えるものだ。酒、タバコ、ギャンブルを嗜む人は、そのうちどれか1つでもやめてみるとよい。どれだけお金が手元に残る気づくべきである。また、お金を使うなら、現金唯物主義に陥らず、カードとポイントも見逃してはならない。節約やポイント還元を面倒くさい行為と感じるならそれまでだが、楽しむぐらいの余裕がほしいものだ。


内容は浅く広くという感じで、まさしく新書のそれ。気構えず気楽に読める、あなたの生活向上のための提案本。ちょっと古い本だが気にせず読める。やっぱ新自由主義はあかんで。

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2017年07月05日

(書評)「ドキュメント 高校中退 −いま、貧困がうまれる場所」青砥 恭・著


高校中退は、実質的に身分が中卒であることを意味する。そして、極めて世間体が悪い。「中卒は使い物にならない」「中卒だから、職にも就けない」などという認識が広く世の中に蔓延している事実を、誰しも実感として承知している。そして、「最低限、高卒」が社会的コンセンサスとなっている。

冷静に考えれば、これは誤解であって偏見である。中学校を卒業した人間が使い物にならないのなら義務教育は機能していないし、就職できないのは雇用者が中卒者を一方的に弾いているだけだからである。高度に専門的な職業はさておき、義務教育を終えた人間であれば大抵の仕事に従事できるからである(その場合、雇用者に「育てる気」がなくてはならない。即戦力を要求する、育てる気のない雇用者であれば不幸なことになる。もっとも、そうした雇用者が中卒者を雇うとは思えないが)。

しかし、実質的に中卒であると憂き目にあう。なぜなら、彼ら高校中退者=中卒者の大多数は、中学校を卒業した者が普遍的に備えているはずの学力を備えていないからである。就職というのは、ひとまずは絶対的な立場にある雇用者に「こいつとなら一緒に仕事ができる(したい)」と思わせることが根底にあるものなので、乱暴な表現をすれば「馬鹿」はお断りなのである。九九すらも満足にできない人間を雇う雇用者はいないのである。本書のタイトルにある「高校中退」の原因の根底には、深刻な学力低下が横たわっている。ドキュメントとあるように、本書にはその実態が生々しく記述されている。高校中退と学力低下の関係性について、多くの人は気づいていなかったはずであるから、一読すれば驚かされることだろう。そして、その深刻さがどれほど日本の社会を毀損しているか、考えさせられるだろう。貧困があるから高校中退が起きているのではなくて、学力低下と高校中退によって貧困に陥る(「貧困がうまれる」)のである。ここには、日本の識字率は世界一だとか学力ランキング上位の県の教育が云々といった、高校中退と全く無縁の位置にいる情報の陽は照らない。

恐ろしいのは、家庭が貧困であることが逃げられない呪いのように学力低下に結びついてくることだ。貧困が、有望な子どもたちの未来をどれほど奪ってきたことだろうか。社会全体が共有しなくてはならない悲劇が横たわっている。



子どもの貧困と学力低下についての問題は、ひところに比べ世に広まったかに思える。しかし相変わらず、貧困家庭でありながら学力低下で落ちぶれるのは本人の努力不足であると断ずる声がある。これはあまりにも一方的な感情論である。「衣食足りて礼節を知る」という諺があるが、勉強もまた、衣食が足りていなくてはならない。生活に余裕がなくてはならない。貧しいとは、学べないことなのである。

筆者は、学力低下に対する社会的なサポートが必要だと説く。筆者の考察の元に繰り返して述べられているが、日本の授業料は高額であるし、子は将来の国の宝であるから高校教育を義務教育とし、無償化すべきという主張がメインである。これはもっとものことのように思えるが、私は賛成できない。高校教育も義務教育化すれば、今度は「最低限、大卒(および専門学校卒)」に移行するだけの気がするからである。高等教育が無償化することも望まれる施策ではあるが、それよりも学力低下に対する処置、ことに貧困家庭に育つ子どもへの学力サポートの拡充が先決ではないかと思うからである。学力低下の始まりは、授業について行けなくなった時から始まるのだから、この時点での介入が求められる。子どもは、授業について行けたり、テストで点が取れれば安心するし、勉強に前向きになるものだ。

学校の授業について行けなかったりテストで点が取れないことで周りと比べられ自分が劣っていると判断させられるのは、本来、酷で一方的なことなのである。とくに大人には「テストの点が全てではない」と慰めのように述べることがあるが、子どもたちにとってはテストの点は絶対的な尺度なのである。テストで点が取れないと落ちこぼれ扱いするくせに、どこの口がそんなセリフを吐くのか。

学校のテストの点がその子の将来やその子の素晴らしさを保証する者でもなんでもないことなど大人は分かりきっている。けれども、小さな世界観に生きる子どもにとってそれは信じることができない。だから、テストの点が取れるように導くことこそが特効薬なのである。

過去の行き過ぎた受験戦争を反省して、テストの点だけでなくその子の良い面を伸ばすゆとり教育に舵が切られたが、うまくいかなかった。結局のところ子どもたちは、周りについて行けなくなって「落ちこぼれ扱いされる」ことに恐怖を抱くのであるから、そうならないためのサポートを拡充することが肝要であるし、学力低下の防止につながるだろう。貧困家庭の子どもへの対応も込めて、学校外の場所(市民会館や地区会館や図書館など)で、ボランティア講師によってなされるべきであろう。行政の協力をとりつけて、門戸を広くし、校区外の同年代の子との交流が促されるようにすると良いだろう。子どもの世界観を広く取り、少しでも多くの大人と接触させることは、子どもの成長に欠かせない糧となるからである。そしてまた、地域全体で、子どもの貧困と学力低下を阻止する姿勢を貫くことである。

考えさせられることの多い良書である。

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2017年06月19日

(書評)投資バカ


三度の飯より投資が好き!な人のことを書いた本ではありません。
バカはバカでも、悪意と嘲笑込めたバカなのです。

本書は、投資が好きかどうかは別として、銀行や証券会社のいいカモになっている不勉強で人任せな人を「投資バカ」であるとし、そんな投資バカにならないために注意してほしいことや知ってほしいことが書かれた本です。なお、著者はセゾン投信株式会社の社長ですから、結局のところ本書は、自社の顧客獲得のためのPR本と捉えばくてはならないのが普通です。とはいえ、自社の製品についてあれこれとしたセールストークはありません。業界暴露をベースとして、日本人はもっと投資の勉強をして用心深くなって下さいというメッセージが感じられる内容です。投信というのは、経済学のお友達というか、おそらく正解がないものなので、著者の考えが全て正しいことはないでしょうし、全面同意する必要もありません。

本書を好意的に解釈すると、「あなた(読者)の大切なお金を、金融商品の名のついた手数料獲得のエサに提供するべきではないし、金融マンに好き勝手にさせるべきではない。そして、資産形成はギャンブルではないと考えてほしい」という著者の親切心が全面にあります。なかなかユニークで面白い社長さんであります。資産形成に興味のある人は一読すると良いでしょう。

なお、私はこの本を読む前から、わずかな余剰金を投信積立にまわしています。30年継続したところでたいした金額にはなり得ない少額です(投資は、やはり金額の大きさがモノをいいます)が、普通預金やMRFに入れておくよりはよかろうという、一種の貯金感覚です。海外株式のETFとかも良さげなのですが、そんな種銭はありません。

余剰金をわずかなリスクと引き換えに投信積立に回すだけでも十分な資産形成になります。

これに加えて私は、病院にかかる人生から距離をおくために健康に留意しています。病気と付き合う人生への切符が、糖尿病を代表とする生活習慣病で、定期通院と薬剤を服用し続けることにかかるコストの重積はとんでもないことになるからです。投資の本には、なぜか健康であることの金銭的メリットがあまり書かれていませんが、不思議なことです。
 
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2017年05月19日

ビッグ・ファット・キャットの世界一簡単な英語の大百科事典




まとめ
英語に興味がある人すべてにオススメ


高校に進学する春休みの中学生が本書を手にしたなら、どれほど素晴らしいことだろう、と思う。
3年間学んできた中学生英語の真髄が、生き生きと、パズルのピースがカチカチとはまるように理解できる至福の快楽が得られるはずだからである。英語が英語として、もっと好きになるからである。

点を取ることを要求される試験の英語は苦手だけれど、でも、英語は好きだと思う学生が増えて欲しいと私は考える。英語の成績がパッとしなくても、英語が好きである気持ちがあるのなら、その子はいつだって粘り強く英語と向き合って楽しめる最大の資質を有している。英語の試験で優秀な点が取れることよりも、英語に前向きな感情を持っている方が遥かに良い。「ビッグ・ファット・キャット」シリーズの素晴らしいところは、勉強勉強しすぎた英語とは離れて、もっと気楽に英語に触れれば良いのだという緩さにある。入試問題にみられる長文読解の解き方を学ぶわけでもTOEICで良い成績を取るためでもない。楽しめる英語を、自分のペースで続けることで英語を身につけましょうというスタンス。そして、読むことの重要性を強調している。

頭の良い子なら、本書を通じて、英語への理解と精緻が向上した上で高校英語も優秀な成績が取れるようになるだろう。高校英語の成績には直結しないにせよ、英語への苦手意識や拒絶反応が消え、英語を学ぶことへの積極的な気持ちが湧くに違いない。ゲームにしろスポーツにせよ、そのルールが頭と身体で理解できるようになってくると、俄然と面白くなるものだからである。勢いがついてレールに乗ってしまえば、あとはしめたものだ。ペーパーバックにチャレンジする日は近い。


本書には、書き下ろしの新作「Big Fat Cat AND THE LOST PROMISE」が収録されている。いままでのシリーズには毛ほども存在しなかった恋模様が、おなじみのメンツを交えて描かれる。エドとジェーンの年齢設定が高すぎるような気がしてならないが、私の誤読であろう(多分)。

このエピソードを読み終えたら、「英語のブックガイド」を参考に洋書デビューを果たすと良い。
洋書というのは、不思議な存在感があるものだから、是非とも自分自身で手にしてもらいたい。

過去、私は明らかに難しすぎるものを選んで惨憺たる結果になったことがある。心の声「難しくても、頑張って訳して読んでみよう」は裏切られるので信用してはいけない。その結果生まれる挫折感ほどつまらぬ厄介モノはないのだ。格好つける必要はない。難しすぎない良質なもの(読み終わった後も、本棚に大切にしまっておける珠玉の存在にしたいものだ)を選定すべきである。柔道を習い始めたその日に一本背負いを練習することは決してないのである。

 
enjoy!!

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2017年03月14日

【書評】まんがでわかる超一流の雑談力





麻美たん萌え〜!地味目で寡黙で目つき悪いけど笑顔が可愛い女の子大好き!そりゃポールも惚れますわ… ハァハァ

というのは半分冗談。
本書は愛らしい絵柄でベストセラー(らしい)「超一流の雑談力」の中身を漫画で解説してくれている本であります。

マンガで分かる〜は、いまでは珍しい存在でもなくなりました。
手にして読むにはちょいと尻込みしてしまうビジネス本たちを対象に、様々、市場に登場しましたから、本屋に通うことが多い人はお気付きのように、かなりのラインナップ誇っています。難しい内容の書物は、原著からはいらず、解説本でもなんでも、まず平易なところから入門するのが良いのです。これは邪道ではなく、手っ取り早く理解していくための正当な方法です。原著でつまずいで時間を潰したり、折角の意欲を萎えさせる方が害悪だからです。マンガでわかるシリーズは売れているようですが、こうした需要があるからでしょう。より正確な知識を求める人は原著に当たれば良いだけの話です。

しかし、こうした本の多くは漫画として楽しんで読めるほどの魅力がありませんでした。画力が乏しいのではなく、漫画力が乏しいのです。漫画のカタチは取っているけれど、読んでいて面白くないのです。内容の出自がお堅いビジネス書ですから、それを単純に漫画に落とし込んだだけのものは面白いとは言いがたいのです。

本書はその点が克服されている感じで、親しみやすいライトな絵柄で説明くさくない内容のpになっています。ぶっちゃけ、「超一流の雑談力」の内容無視して漫画だけでも楽しめます。それほど深いストーリーでもなんでもないのですが、サラッと読ませてくれるあたり、高い漫画力といえるでしょう。麻美たん萌え〜

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さて、肝心の「雑談力」ですが、これはどうだろう。
本書を手に取った皆様が欲しているのは、初対面の相手や目上の相手、仕事で対面する人たちとの円滑なコミュニケーションを可能ならしめる雑談をするためのノウハウだと思われます。結論から言うと、本書にはその手の記載は特にありません。まず笑顔で相手の好意を得て、相手に話をさせて自分は傾聴する姿勢(この時に、発言をおうむ返ししたり相槌を打ったり、質問的発言で発言を促し、会話を膨らませる)をとろうというものです。ハウツーといえばそうかもしれませんが、とりあえず雑談に入るためのキッカケを豊富に用意するための内容とは言えない。ギャルゲーの「会話パネル」じゃあるまいし、現実世界のコミュニケーションは能動的なのです。

「口が1つで耳が2つあるのは、相手の話を2倍聞くためだ」とか、ユダヤの格言にあった気がしますが、相手に発言させてそれを膨らませて会話する手法は、お互いに自然で、実りのあるものだと思います。雑談は一人でするものではないからです。

この内容で1000円は安いとみるか内容が薄いからとみるか高いとみるかはあなた次第。私は安いと思いました。笑顔をつくるだけで無用な敵を作らず話がしやすくなると知れただけで満足です。感じのいい人って、総じて笑顔ですし聞き上手ですものね。
 
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2017年02月14日

【書評】消費税、常識のウソ




タイトルに訴求力がなく損をしている本。とても頭のいい人が消費税について簡素平坦な説明をしてくれる内容。部分的に難しい箇所もあるが、読み飛ばして構わない(そういう箇所こそが税制の肝であろうが、読者がそれを理解する必要はひとまずないから)。

一般的に悪とされる消費税増税だが、それが一面的な見方であることを述べる。本書では声高に批判姿勢を表していないが、結局のところ、現行の税制が極めて不公平と非効率に凝り固まっており、その変更や革新を提案して終わる前向さを包括している。


消費税増税を決して認めない姿勢の人は多い。私も、そうだ。ただし、私を含め、消費税増を心情的に許せないのであって、冷静に消費税について考えた末の意見でないことも共通するだろう。消費税増税はもう避けられないと、無力感と傍観をもって受け入れている人も多いだろう。大多数の国民がそうかもそれない。本書は、そういう人に読んで欲しい。本書を読むことで気持ちが晴れることはないが、招待の掴めない相手の顔ぐらいは見えるようになる。そうした差こそ、往々にして、後の福となるからである。

増税しか考えない財務省こそが日本の経済発展を妨げる悪省だ、とか、政治家は総理大臣を含めて財務官僚に洗脳され増税の必要性を囀る操り人形になるとか、財務省と官僚の悪口が、思慮と遠慮を欠いてそこかしこに吹き荒れている。火のないところに煙は立たずで、財務省が増税に熱心なのは本当だろうし、財務官僚が政治家に増税の必要性耳打ちするのも、事実だろう。ただ、それを十把一絡げに悪行と見なすのは早計である。本書にも記載があるが、なぜ消費税増に(国民から見て気狂いのように)固執するかについては理由がある。著者の出自からして、この説明の部分は極めて官僚的であり、完全に納得できるものではない。ただ、この意見に対して理詰めで反論できる政治家はいるだろうか?と思う。太く筋の通った理屈があるからだ。なるほど、財務省や官僚、増税やむなしのスタンスの政治家たちは、このような考えで動いているのだな、と思わせる話である。「この攻撃」をひらりマント的に返せる政治家は、少ないだろう。河村たかし名古屋市長ぐらいのものではないか。浮世には消費税増税絶対反対の野党議員や「庶民派」コメンテーターらがでかい顔をしているが、多数占める感情的反対派である国民に向けたアッピールい過ぎないから、反論なんてできやすまい。諸外国に比較して日本は〜、と、台所事情の違う諸外国比較意見(もっともらしいだけの価値しかない意見)を述べて有耶無耶にするのが関の山である。消費税増税に立ち向かうには、相当の知識精通とアイデア、これを実現できるたけの人脈と立場が必要である。反対意見をいうだけなら小学生でも言える。

その昔、消費税3%が導入された時、私は小学生だった。小遣いを握りしめて買い食いに出かけたときだ。100円で買えたジュースが110円になったことに強い理不尽さを感じた。いまでもありありと覚えている。そもそも、3%なのだから、103円でないとおかしいだろうと。成績不良素行不良の悪ガキでも、それぐらいの計算はできる。自販機では1円玉が使用できない事情は分かるが、消費税は10%ではない。憤りに狂った友達と私は自販機に小便を引っ掛け、釣り銭口に犬の糞を仕込んだ

いまでもこのときの我々の怒りは正当なる範囲であったとおもう。なぜなら、以降、メーカーは5%を契機に120円に値上げしたし、ポテトチップスの中身は減り続けて空気袋と化し、円安だろうが円高だろうが値下げもせず、姑息な便乗値上げを敢行する、消費者軽視の利益追求の姿勢を隠そうともしない聳え立つ糞であることが露呈したからだ。同様の、腹立たしい思いを経験した人は少なくないはずだ。これは私の推測だが、消費税の増税に対して国民は極めてヒステリックな心理が先行して反対しているように思えてならない。理解の底には、消費税増税の妥当性と必要性を理解している。しかし、現実的にその実施には理屈を超えて感情的に容認できないのである。この感情こそ消費税増税の大きな障壁となっているはずだ。

本書では、消費税の性質が分かりやすい表現で説明されている。消費活動に課税されるので誤魔化しがきかず取りっぱぐれがないとする。確かに、その通りだ。常に安定した固定的税収になる点も、財務の面からは望ましい長所だろう。インフラとおなじで、大局的な管理には「安定」が不可欠だからである。

また、本書で私が著者に好感を抱いたのは、利子や配当に課税する所得税は(消費税に比べ)公平でないと発言しているところと、もっと税制を整理・簡素化して徴税の透明化とコスト削減すべきであると述べているところである。複雑化するほど特例や抜け道ができ始めて不公平感が生じるからとしているが、要は利権や不正の発生を防げないからだと汲み取れる。著者が現在、財務官僚ではないからこそこうした意見が述べられるだけかもしれないが、その出自を考えれば信頼できる人物像に思える。終章の『理想の税制「ユナイテッド・タックス」』は短く簡素だが、魅力的で一考に値する構想。作者の虎の子にちがいない。アッサリとした記述でまとめられているのは、決して目立とうとしない官僚的気質の表れのようである。

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2017年02月03日

(書感)ドキュメント 底辺のアメリカ人 オバマは彼らの希望となるか



私はこの作者が好きである。これを読んで以来、ファンになったのだ。フツー以下のアメリカ人の姿を等身大で文章にしてくれる優れたライターだと思っている。お気に入りなのだ。

アメリカに興味がある人は少なくないと思う。わけても、色々と「極端な」お国柄であるところからくる観察対象としてこれほど面白い国もないところが興味深いのだ。歴史は浅いくせに奥深い国である。優れたところは大いに参考になるし、ダメなところは反面教師としてこれ以上なく適切なところをみせる。最近のアメリカは反面教師ばかりでダメダメにしか見えないが、なぜダメなのか分析して反面教師として、自国の舵取りに活かせることは変わらない。知れば知るほど嫌いになる国は韓国だが、知れば知るほど住みたくない気持ちになるのが米国である。そんな国なのに誰よりも愛国者であるマイケル・ムーアもまた、私のお気に入りの人物である。

米国発の黒人大統領バラク・オバマの大統領選を、市民目線で追っかけたドキュメンタリである。内容は現地のアメリカ国民へのインタビューが大半だが、そのインタビューを通じて、大統領選挙やアメリカ社会の背景を折り込み式に説明していく。貧困・教育・失業、そして移民と差別…宿痾にまみれたこの国をどうやって理想的な国に変えることができるのか。バラク・オバマをアメリカ国民はどう捉えているのか。頁をめくりながら、あなたは様々な思いを抱くだろう。

今になって思えば、期待と熱望を一身に背負ったキーフレーズ「CHANGE」は、実現できなかった。その失望か絶望か、更なる期待か、極端に振れるお国柄はトランプを大統領に据えた。毎日毎日、ニュースに登場しない日はない有様だ。反面教師だけの国に成り果てるのではないかと心配である。アメリカは同盟国なのであんまり無茶されると巻きぞえを食らうという意味で、であるが。
 
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2016年12月30日

【書評】英語のバカヤロー 「英語の壁」に挑んだ12人の日本人


英語を満足に話せたり読み書きしたりはできないけれど、英語には興味がある。そして、英語をどう勉強するかについては、人並み以上の知識を有していると自負している…。

このような人は多いはずである。日本人の多くは英語が好きで、英語をモノにしようとする念が強いからである。私も、そうだ。なぜそうなのかについては、様々な意見があろうし、それらを考察していくのも興味を惹かれる事柄だ。きっと、面白い論がでるだろう。英語には、どこか特別な趣の憧憬がある。

この本に登場する12人の日本人は、著名な研究者や世界の第一線で働く人たち。俗的に言えばインテリであり、当然ながら英語エキスパートを想像させられる。実際、その通りの人たちである。この本は、そんな人たちがどのように英語に立ち向かってきたか(いまも、どうなのか)をインタビューを通じてまとめ上げられたものが収められている。

英語を使わざるをえない環境に身を置けばなら英語がメキメキ用達するわけではないとか、英語ができる人は脳のOS言語が英語に置き換わっているのかと思いきやそうでもない(思考はやはり母国語で行われる)のだなとか、聞く・喋る・ジョークを打つのはやっぱり難しいのだなとか、側から想像するほど苦もなく習得したり使いこなせているわけではない実態が見えてくる。これをして自分の英語の未熟さに安堵する必要はない。艱難辛苦なしに英語をモノにすることはできないヨ(だから、苦労も努力もしよう)という応援と受けとればよろしい。

ボリューム不足と言ってしまえばそれまでだが、平易で読みやすいコンパクトな内容にまとまっている。英語を勉強している合間の休憩時間にに読むと脳に心地よさを感じるぐらいだ。受験勉強している学生であれ英語学習を自身に課している社会人であれ、気分転換にちょうど良い書であるから、興味がある方は手にとると宜しかろう。
 
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2016年11月03日

【書評】日本に絶望している人のための政治入門(三浦瑠麗/文藝春秋)


 久々に出逢ったすごい本。文章を読み解くことができない。頁を開き、文章を読み始めても目が文字上を通過するだけで頭に入ってこない。学匠的な論調であるのだがどこか婉曲的でとっつきにくい。文章との相性が悪いというか、まるで同極の磁石同士が反発するように、文字を読んでも頭に入ってこないのだ。

 文章というのは、己の考えを文字に起こして自分以外の相手に考えを理解してもらうための手段と考えることができる。読みやすい文章イコール優れた文章という単純な図式は成立しないところがあるものの、相手に伝わりにくい文章に比べれば遥かに優れている。文章は、読み手側の読解力に依存した面もあるにせよ、まずは伝わってナンボだ。

 本棚の肥やしになっていた本を読み返した時に、爪が食い込むほど集中して読破することがある。最初に読んだときは自分のレベルに合致していなかったが、年月を経て内容を理解できるレベルに自分が引き上げられた時に起こる現象である。この出逢いは読書の醍醐味のひとつであろう。えてしてお気に入りの一冊になり、生涯のラインナップ入りを果たすからである。

 後で読み返した時に驚きの再会を果たすことがあるために、ピンとこなかった本は処分せずに残しておくことも一考である。本書が、そうした一冊になってくれることを祈るばかりだ。さて、ストック用本棚の肥やしになってもらうとしようか。
 
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2016年11月02日

【書評】総理(山口敬之/幻冬社)


 世の中は「マスコミ」を蛇蝎のごとく嫌う人がいる。マスコミというだけで警戒する人もいる。お近づきになりたくない業界ということで距離を置く人が少なくない。だれも口には出さないだけで、マスコミは好かれていないのだ。嫌われていると断じてもよかろう。なぜ嫌うのか、その理由には変化があるようだ。

 昔は、やれ記者の態度が横柄だとか無礼だとか、記者の振る舞いが指摘された。これはいまも残っていて、例えば被害者宅に集団で押しかけて近所の迷惑も顧みない強硬取材を行うとか、被災者の神経を逆撫でするような礼節を欠く取材姿勢への批判がそれである。ニュースのタネを手に入れるために結果としてこうした態度をとってしまっうマスコミ側の理由も分かるが、度が過ぎている。マスコミのこうした行動様式は「連中の習性」として黙認されるに至っているようだ。

 現状、これに増して嫌われる理由が偏向報道である。マスコミはただ真実だけを報道してくれればいいのに(それこそがマスコミの仕事であるのに)ノイズをまじえたり曲解させた報道をすることが赤裸々になったからだ。スポンサーの存在が真実だけを報道する姿勢に水を差されているというマスコミ側の理由も分かるが、これも度が過ぎている。真実を報道する、その遂行のために、彼らには「知る権利」が与えられているはずなのだが、越権していると言わざるをえない。取材に対する返答が歪曲されることは平常運転である。決して気を許して付き合うべき存在ではないと考えた方がよい。


 本書は、安倍政権の舞台裏にいたジャーナリストによるノンフィクション・ルポである。政治というのは、人間と人間のぶつかり合いであるので、ニュースで知ることのできない舞台裏の話はえてして生々しい人間模様となる。それはやはり、興味を惹かれる題材だ。加えて著者の筆が乗っていて読みやすくまとめられているのだから、面白くないわけがない。政治は、人間と人間が感情を持ってぶつかり合う想像以上にアナログな群像劇である。

 ジャーナリストによるルポであって、安倍政権批評本ではない。「あの時、こういうやりとりがあった(その場に私が関わっていた)」という類であって、個人攻撃や政党批判や政策提言などは特に見られない。なぜ安倍政権の支持率が高止まりであるのかについて、作者の考察が混じっている程度。全体的にニュートラルな印象で淡々としている。その中で、安倍総理の人となりが好人物像というか、無菌的というか、美化されすぎにに思えてならないところがある。もっとも、付き合いが長ければ情も移るので悪く書けなくなりはなるだろう。それが人間というものである。

 このあたり、著者も自覚しているように、政治家に肉薄して取材を行うことは、腰巾着とか政党の走狗になるとか広報化とか、アレコレと批判される対象となりうる。確かに、その通りである。しかしそれでも、精緻な取材を行おうと思ったらジャーナリストは取材対象に肉薄しなくてはならないのも事実である。取材を通して得られた事実を歪曲したり曲解したりしなければ誹りを受けるいわれはない。あくまでこの本から受けた印象からの判断だが、私は、この著者は信頼できる人物だと思う。

 政治は結果が全てだとか、アベ政治死すべし!と拳をあげる人には向かない本である。政策の具体的ば提言や考察というのはなく、安倍政経批判もないからである。私は常々、政治にベストはないからベターをと考えるが、その意味で現政権はベターであり続けている。そしてまた、政治を担う政治家という人種を選ぶ選挙とは、薬に化けるかもしれない毒を選ぶ行為だと考える。比類なき教養を備え高潔で、決して驕ることのない人格者たる政治家を誰しも望むが、そうした傑物はえてして政治家にはならない。感情むき出しの人間同士が跋扈する鉄火場で闘い抜くにはタフな毒でないと勤まらないのであろう。
 
posted by ぎゅんた at 23:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 漫画以外の本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする