2017年10月17日

ラテマネーとつもり貯金


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ラテマネーという言葉があります。日常生活における、何気ない小さな出費のことを言います。卑近な例でいえば、フラッと立ち寄ったコンビニで適当に購入したお菓子やガム、飲み物などが該当しますが、タバコや不必要な会費、ATMの手数料なども含まれます。概念的な言葉なのです。

単体では、小さな出費なのです。

しかし、いっときの出費がたとえ軽微であっても、それが繰り返されるのであれば大きな出費に化けます。

お金が溜まらないと嘆く人の多くは、このラテマネーの比率が高いことが多いものです。

ただし、ラテマネーは単純な無駄遣いとは異なります。休憩用の嗜好品であったり、交友上の出費の側面もあるからです。購入の目的が曖昧模糊としており、無為で傾向的な心理からくる出費こそがラテマネーでありましょう。支払ったコストに見合う価値が得られない種の出費、回避できうる出費と考えるとよいでしょう。


なんだかんだと出費を迫られる場面ばかりの世の中ですから、金銭にどれほどの余裕があったとしても常に不足しているように思えてならない圧迫感が我々の意識を支配しているように思えてなりません。実際に、それは正しいでしょう。支払わざるを得ない月の固定費のウェイトが昔に比べ高い気がするからです。社会保険料や通信費がそれです。自由の利くお金の絶対量(要するに月の小遣い)が多ければひとまずは安心なのですが、私を含め多くの人はそうではないでしょう。その状況で無意識的な支出をしていれば、常に金欠に陥りやすくなります。ラテマネーを減らし節約することは美徳であり吝嗇にはあたりません。

我々は金欠を嘆く前に己のラテマネー状況を確認することが先決です。

ラテマネーは、言ってみれば購入しなくても問題にならない対象のためのコストでありますから、購入しなかった金額を「つもり貯金」に回すことができます。月額にしていくらになるか、想像がつくでしょうか。早速、実行してみましょう。我慢を強いられる場面もあるかもしれませんが、貯蓄に回してみましょう。数年で小さな財を成すことができるほどの金額であったことに、心胆、驚かされることになるでしょう。




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↓ 「ラテマネー」を提唱した人の原著(訳本)
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2016年06月28日

選挙とは、薬に化けるかもしれない毒を選ぶ行為である

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参議院選挙真最中である。期日前投票を済ませてきた。

選挙といえば政局だが、今回の参院選は日本共産党の存在感が目立っている気がする。与党をおびやかす大躍進が予想されている一方で「防衛費は人を殺すための予算」とおっしゃる議員がいたりと話題に事欠かない。実際、野党の最有力補になりそうな存在感である。日本共産党の支持率が上昇するということは、上流階級を快く思わない労働者層が増えているのではないかと邪推する。私の気のせいかもしれないし、トレンドかもしれない。ひょっとしたら世界を革命したがる有権者が増えているのかもしれない。いずれにせよ、選挙への関心や投票率が上がるのは良いことだ。共産党は与党にはなれないし、第一野党になれば現与党は必死こいて働くようになる。

身も蓋もない話だが、あなたが期待する候補に投票することで、あなたが期待した政策が社会に反映されることを期待してはいけない。実現されるにしても、相当にゆっくりと形を変えて行われる。「即実行」を喧伝する候補者は少なからず存在するが、過度な期待をしてはいけない。あなたがまず冷静に判断べきことは、自分の理念に近い党理やマニフェストを打ち出している党があるかどうかである。自分の理念に100%合致する政党はないものだが、そうした中で、最も近い政党を支持政党に据えるか、支持する政党がないとするかを決める。支持政党が得られたら、党の理念通りの考えを体現しているような議員を応援すると良い。「わが党は○○の路線を打ち出していますが、実は、私はそれに反対の立場で〜云々」などと述べる議員は信用ならないし、そうした議員を多く抱える政党はブレている。

本来、国民は政治は政治家に任せて無関心であるぐらいが理想だと考えられる。自分たちで選んだ議員が、信頼に足る働きぶりをすれば、だれだって政治は政治家に任せっきりで無関心でいられよう。政治不信だ投票率の危機的低下だというのは、社会にのどこかに狂いがあるのである。狂いのない社会を私は望むけれど、それは夢想である。社会の狂いを修正してくれるのが政治家であろうけれど、それを政治家に求めすぎるのも絵空事にすぎず、自らがと立ち上がる気概も更々ないのである。なので、政治にあまり文句は言えない。有権者の一人として選挙に必ず足を運ぶことがせいぜいである。

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2016年02月07日

CopyからMEGAにお引越し

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愛用していたクラウド型ストレージサービス「COPY」からサービス終了のお知らせが届いた。クラウド型ストレージも過渡期を過ぎたのか、サービスを終了するところが出始めているようだ。Copyはファイルが即座に同期されたりされなかったりと不安定な部分があったが、無料でも十分な容量があることとクリーンなインターフェイスが気に入っていただけに残念だ。

引越し先はCopyと似た使い方が出来るものであればなんでもよかったがMEGAにした。

導入は至極簡単で、アカウントを取ればすぐに利用できる。
この場合、ブラウザ上からアップロード/ダウンロードすることになる。
Copyのような、ローカルに同期フォルダをもたせて利用するには、MEGA Sync Client を導入すればよい。
iPadなどで利用するアプリももちろん存在する。所持しているiPad miniでインストールしようとしたところ、iOSのバージョンが6だと利用できないのが不満。DropboxとCopyは使えるのにちくしょう。

「フレンド紹介で容量追加サービス」はないものの、無料で50GBもの容量があるので当然か。
同期はめっぽう速いとはいえないが、Copy以下ではない。のんびり使うユーザーには十分である。アイコンがダサいのはご愛嬌。
 
posted by ぎゅんた at 12:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 日常茶飯(ちゃめし)ごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月25日

世間に数多ある、クラウド型ストレージにCopyはいかが?

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過去に記事にしたが、私はCopyを愛用している。

元々はDropboxを利用していていたのだが、どうにもストレージ容量が不足することと、「ユーザーのファイルの中身を検閲されている」噂が気になっていた。無料で利用している身分なのだから文句を言える立場でもないし、検閲されたら嫌だなと感じるデータをアップロードしなければ済む話ではある。そもそも検閲が心配ならBitcasaでも使えということだろう。

Dropboxの(無料サービスでの)容量不足は、他のクラウド型ストレージを併用して解消しようと考えた。その時、Googleドライブ、Amazonストレージ、Copyを試用してみて、Copyだけで充分だなあと思い至ったのであった。

私のような管理能力の低いタイプは、アチコチにファイルをアップロードしても効率が悪い。ユーザーの利用の仕方にも依るだろうが、少なくとも私は、シンプルにひとつのサービスを利用するだけで充分だった。Copyは、容量も使いやすさも申し分がなかった。実際に利用してみて、不満もほとんどない。Copyは、オススメしたいクラウド型ストレージサービスだ。

最初から用意されている容量(無料なら15GB)とユーザーフレンドリーな使いやすさに加えて気に入っているのが、同期を解除して、クラウド上にのみデータを置いておくことが可能なことだ。

PC側でCopyのフォルダに放り込んだファイルは、同期され、クラウド上に同じファイルが置かれることになる。ファイルが少ないうちは気にならなくても、無造作に放り込みまくっていくと、ローカル側の容量が圧迫されていくことになる。

最近のPCは、過去のそれと比べて比較にならないほどの大容量HDであるから、所詮は15GBの領域の容量のせめぎ合いなど瑣末なことかもしれない。しかし、されど15GBである。一昔前の標準的なHD容量だ(考えが古いか?)。また、無用にファイルを多く所有することを望ましくないと考えるユーザーだって、いるだろう。

HDに保存し続けるのも如何なものかと考えるファイルを、クラウド上に置いて置く使い方は有益である。オンライン上にファイルの倉庫を持つようなものだ。Copyでは、それが出来る。私のような、HDの残り要領を常に気にするタイプのユーザー(ゴミ箱を空にすることが習性になっている)には、こうした使い方ができることはありがたいことだ。

もし、Copyを導入するなら、まずは無料版からはじめることになるだろう。
その場合は15GBの容量が手に入るが、その際、紹介を経てアカウント登録すると+5GBの容量プレゼントがある。また、アカウント獲得後に他人を紹介するごとに5GBのプレゼントが受けられる。

こちらから登録すれば、あなたと私に5GBのプレゼントである。なんともまあ、大容量時代になったものだ。
 
posted by ぎゅんた at 21:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 日常茶飯(ちゃめし)ごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月29日

坂井あわら倫理法人会300会記念特別モーニングセミナー

知り合い経由で参加。ちなみに私は倫理法人会会員ではない。入会を勧められてはいる。モーニングセミナーに参加すること自体は無料である。

この倫理法人会という組織はどのようなものか、私は知らなかった。ネットで検索するとイロイロと出てくるが、別に宗教ではない。神様を崇めたりしないし、壺を売りつけられもしない。明るい事業主たちの社交的勉強会のようなものである。ただ、開始時に全員で倫理法人会の歌「夢限りなく」を歌って、万人幸福の栞を輪読し、演壇に立つ人のお話を聞くだけである。

倫理に基づく考えが全面にわたってあるため、オトナになってから受ける修身や道徳の授業みたいである。現代版寺子屋タイム。自己啓発のきっかけづくり。人としての正しいあり方を再考し、重んじ、実践していく会とでもいおうか。これがどうにも全体主義的なので宗教っぽくはある。

大家族や部活動に代表される縦社会に慣れていたり居心地の良さを感じるタイプの人に向いている気がする。反対に、そうでないひとは蕁麻疹まみれで気絶するかもしれない。私は縦社会こそ日本人の組織形態だと考えている一方で居心地の悪さをおぼえる中途半端なタイプであるから、正しく真面目な組織だなと感じる一方で、属したいとは決して思わないのである。

無料だからと足繁く参加し続けるのも厚顔無恥で不徳であるから、もう行くのはやめようと思う。同じ時間に何かするなら、近所を散歩して落ちているゴミを拾っている方が私の性に合っている。


結論
社会に貢献するために、自分の事業の拡大と発展を願っているがそれは社長のみならず従業員たちの成長なくしては達成できないと考えている人、顧客作りを視野にいれた人脈作りを望んでいる人、ひとかどの人物の講話を聞くのが好きな人、早朝がヒマでしゃあない人、意識高い人、らに向いている会だと思われる。なお、名刺とfacebookのアカウントは必携アイテムである。
 
posted by ぎゅんた at 09:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 日常茶飯(ちゃめし)ごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月13日

社会が豊かになるには

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まとめ
・払いたくて仕方のない税金システムを渇望
・国が安楽死(尊厳死を認め、安楽死(尊厳死)施設が稼働すれば社会は明るくなる

10%前提で8%にまでなった消費税
様々なところから搾取しようとするクソな税金(特に自動車関連)
破綻済みでゾンビの体と化している国民年金
なぜか外国人に支給される生活保護
日本人の顔をして社会に潜伏している売国不穏因子
さらに現代の生活必需品であろう携帯電話にまで税金を課されようとしている
移民政策を掲げる政治家たち
少子超高齢化社会


パッと思いつく社会に対する憂い事はこんなところだ。

よくもまあ日本社会にモラルハザードが起こって社会が崩壊せぬものだと関心することしきりである。他国と比べれば、あいもかわらず世の中は平和で恵まれた国である。テレビをつければ面の皮の厚そうな連中が、どうでもいいくだらないことを真面目に深刻そうにコメントし、画面端にワイプ表示されている。どうでもいいくだらないことを真面目に深刻そうにコメントできるほど安穏としか社会である、ともいえる。…が、我々は政府やマスコミに飼い殺しにされている気がしてならないと、そう感じている国民は多いだろう。けれども、実際に武器を手に取り立ち上がろうとまで憤る人は殆どいない。市役所を取り囲んで声をあげているのは職業左翼の人たちである。不満があろうとも黙ってお上に従い仕事に勤しみ慎ましく生活することを美徳とする国民性が窺い知れる。「和を以って貴しと為す」の精神がDNAに刻み込まれているとしか思えない。狭い島国なので、性質が厚顔無恥でもなければとても生きていけない実情があるのである。

日本社会は崩壊せずとも、国は斜陽に入っている。いまどきこれを否定する人はおるまい。国力が低下しているのである。その原因は日本企業の総力の衰えと少子高齢化による人材の枯渇が原因である。日本企業の衰えは、(企業の)納税への拒否感と技術流出に原因があり、更に、その状況で望ましい有望な人材が集まらなくなっていることと職人・ベテランの引退による減少が追い打ちをかけている。日本は資源の乏しい自然豊かな島国で、人材こそを資源とする国であることはいうまでもない。

企業が納税に対して激しい拒否感を示すことは、あまり遡上にあげられることはないようだが、深刻な社会問題である。そもそも国民が税金を払いたくないと考えているのに、企業が率先して税金を払いたがる訳がない。最近ではAmazonが入植国に税金を収めていないことが取り沙汰された。合法的に税金を収めないか、法の隙間を突いて税金を最小限に抑えることが企業努力とみなされる趨勢である。これは、経営者であればだれしも、なるべく税金を払わないで済むことを第一に考えるからに他ならない。税金を払いたいと考える者などいないのである。なぜだろう?などと考えるまでもない。自らの納めた税金が納得の行く運用をされていないと感じるからである。納税は義務であるから渋々に、深く考えると頭痛のタネになるから目を瞑っている人が大半だろう。

税金についてフラットに考えると、高額納税者は神様仏様に等しい存在であると認識すべきである。その高額な納税こそが多くの民を支える慈悲となるからである。国民の殆どは意識もしていないが高額納税者の多大なる恩恵に助けられているのである。単純に、お金を稼げる人やお金を循環させられる人は善い人なのだ。納税や経済面で社会に多大なる恩恵をもたらしてくれる存在だからである。少なくとも高額納税者は万人に尊敬される人材であろう。昔から現代に至るも、金持ちは悪人像としてステレオタイプに描かれる。金持ちは鼻持ちならないやつと見做されるわけだが、これは悲しく非礼でもったいないことだ。実態は逆で、金持ちでないもののほうが生活に余裕がないことを原因とした愚劣で醜悪な人物(程度の低い人物)であることが殆どである。清貧とは理想論に過ぎない。蔑まれる金持ちは、稼ぎ方に問題があった者に限られる。

話がそれたが、要は、多額の税金を収めてもさっぱりメリットがないことが問題なのである。高額納税者は国民から尊敬を受けるどころか、感謝のひとつもされない。それどころか「悪どい事をして稼いだ銭なんだから、もっと多く税金を納めるのが当然だ」などと評価されることすらある。特に貧困層からそう評価される。高額納税者は偉いから讃えよとする社会も歪んでいるが、高額納税者を目の敵にする社会もまた歪んでいる。多額の税金を納める立場の人間が、もっと気持ちよく納税できるような社会であって欲しいしと思うし、納める税金が累進課税であるなら、納めた税金に累進して社会メリットがもたらされて然るべきだろう。みんなが競うように税金を収めたくなるような税制にしたほうが豊かで楽しい社会になるはずだ。民主主義で資本主義なのだから、皆が気持ちよく納税できるシステムが望まれる。これは夢想論かもしれないけれども、私はそう考える。心が貧しい時代だから我々は対策しなくてはならないと社会学者が騒いで数十年経った。それで、なにか変わったのだろうか?「古き良き時代だった」昭和の特定の時代の特定の舞台をテイストにした回顧主義が幅をきかせただけだろう。少なくとも、貧しい時代の方が心が豊かだったなんて、それは正解ではない。人生を楽しむには自身に余裕が不可欠である。


有望な人材が少ないこと。これは、単純なところ母数が多ければ優秀な個体の総数が増加するので、少子化は直結して不利に働く。中国やインドの台頭は、母数の大きさから発生する精鋭の多さによるものである。また、人口の多い社会は、それだけ潜在的な経済の伸び代が大きく永続的になる。日本は和の精神を大切にする横並び村社会で山ばかりの狭い島国あるから、単純な人口の増加は環境抵抗になるから望ましくないとも考えられるが、しかし、人口の減少は如実に国力に響いてしまう。少子高齢化は将来の先細りを意味するから早急に手をつけなくてはならない。いま早急に手をつけたところで向こう十数年は若年層は薄いままであるが、その層を支えるための若年層を用意しておかなくてはならない。

昨今、左翼思想家がことさらに移民政策を訴えているが、その甘言にのれば、終戦後の在日の例と同じ禍根を将来に残すことになる。歴史の主人公である人間自体は、過去も現在も未来もその本質はなにも変わらない。歴史に学ばなくはならない。そもそも左翼思想家らが大好きな「欧米」で移民政策がことごとく大失敗に陥っているが、なぜそのことは口にしないのか。近い将来におこりうる朝鮮半島有事にて発生する難民を受け折れるための下準備ではないかと勘ぐってしまう。いずれにせよ、移民政策で少子化の解消は起こり得ない。きて欲しい移民は人格的・能力的に優れた日本国の為になる人材であって犯罪者でもその予備軍ではない。移民政策は、経済規模の維持には多少有効かもしれないが活性化には有効ではない。将来的なデメリットが多すぎるし、国民感情としても望まれる政策ではない。海外の優秀な人材は、そもそも自国に留まるか渡米するかのどちらかであって、日本へはこないだろう(メリットがないと理解しているから)。観光にはくるだろうが。

若者が将来に不安を抱かない社会であれば、少子化が進行することはないのではないかと思う。将来に希望が抱けず、不安が払拭しきれないと、人は貯蓄に走り支出を抑えようとするだろう。そうなると、経済活動は停滞し、不景気になる。不景気になれば給料が下がり雇用が減る。結婚も子育てもお金がなくてできない。将来に不安がある上にお金がない。現代日本の少子化の本体はこれだろう。年金や健康保険を払うだけで精一杯なのだ。ワーキングプアで未来ある若者が生活保護に転落するケースも目立つ。生活保護が社会の(最低限の文化的な生活のための)セーフティであったのは過去の話で、一種の貴族階級であるとまことしやかに論じらることがあるが、私も同感である。それでも、生活が保証されたことで彼らが子どもを産み育ててくれるのなら良いことかもしれない。確かにこの層の人たちは子どもを産んでくれるが、しかし、あえて酷いことを述べるが、生活保護を受給する人々の子どもが将来的に社会的に貢献する人物になり得るものだろうか。私はその疑問を払拭できない。差別発言といえばその通りだが、教育にはお金がかかるし、環境が大切であることは自明だからである。子どもは易く朱に交わって赤くなり、易く低きに流れる。

納税が重負担になるほど若者にはお金がなく、どれだけ税金を課しても財政赤字なほど国にはお金がない。誰も税金は収めたいと考えず、将来の「もしも」を考えると財布の紐を締めることしかできない。

私はふと、国が安楽死(尊厳死)を認め、安楽死(尊厳死)施設を稼働させれば今の日本に多大なメリットがあるのではないかと考えるのである。Q.O.Lが著しく低下した状態にある寝たきりの人や、回復の望みのない延命治療を受け続けている人たちの、少なくとも一部には恩恵になるのではないか。本人には生きる意思がないのに、その意思を無視する形で生かされている場合が多いのではないか。我々が考えているほど、「もしも」の状態になったあとの延命を望む人は多くないのではないか。周囲に迷惑をかけて生きながらえるならば、潔く死を選びたい人もいるだろう。自分が認知症になって社会のお荷物になるなら、死を選びたいと考えているのは私だけではあるまい。自殺はしたくないと考えているだけである。本人が尊厳死を望むことが自殺とどう違うのかについては議論の余地があるが、誰も口にしないだけで、安楽死(尊厳死)は、生きる我々に与えられるべき人生の選択肢のひとつである。もし安楽死(尊厳死)施設が稼働すれば、最初は戸惑いや混乱があってもすぐに受けいられらることになるだろう。日本人の死生観からいって、拒否反応はほとんどないはずである。そして、医療負担や介護負担の軽減は、社会に多大な即時的メリットをもたらすからである。いざという時にキチンと死ねることが確信できていることも、将来に対する不安の払拭に不可欠なのである。
 

iPadから送信
posted by ぎゅんた at 00:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 日常茶飯(ちゃめし)ごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月12日

忍び寄るiP2700…

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互換性がないがゆえに難民と化したインクたち

実家の「Windows2k対応というロートルで、純正インクだけをガブガブ喰らっていたくせに、インクカートリッジを交換した瞬間に死亡した」プリンタは窓から投げ捨てられたが、あろうことか両親が突如プリンタを買ってきた。店員に相談してwin2kに対応するプリンタをかってきたから、パソコンにつなげて使えるようにしてくれという。いまどきまだwin2k対応のプリンタがあるとは驚きだが、やはり世の中には古いパソコンを使い続けるユーザーもいるわけで、メーカーもそうした事情を考慮しているのだろう。俺は心が暖かくなった。

さてそのプリンタはCanonのIP2700であった。最近のキャノンのインクジェットプリンタの再安価モデルのはずである。Canonというだけで心情的にふぁっくだが、win2k対応ならば文句あるまい。流石に他のメーカーのプリンタにはwin2k対応のものは無かったであろうから。梱包されたプリンタを取り出し配線する。インスコ用CDをドライブに食べさせる。

しかし、ドライバをインストールしようとしたところ拒否られてしまった。
途中までは順調にいくくせに、最後のほうで突如発狂して撥ねられてしまうのだ。何度やりなおしても同じだ!
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※画像はイメージ

さてはと説明書を精読してみればwin2k対応ではないのである。店員に嘘をつかまされたのか、両親が勘違いをしたのか明らかではない。俺は心が寒くなった。

仕方がないので自分のパソコンに接続することにした。Windows7は懐の広いやつなので、飼い主がCanonが嫌いでもインスコを受け付けるのである。まさか自分のパソコンとふぁっきゃ(Fuck'n Canonの略である)ip2700プリンタがオトモダチとなるとは…ロクでも無い画像をプリントして悪戯に使う、その主犯になってもらおう。


ってなわけで冒頭画像のインクたち
・BCL-3eBK
・BCL-7eM
・BCL-7eY
が路頭に迷ってしまったので人攫い使ってくれる心優しい方がいらっしゃいましたらお譲りします。ヤフオクに出品したり火焔放射器(キンチョール+ライター)で焼き払うするのはめどいし、さりとて捨てるのは勿体無い。
取り付け期限は最短のものが「2014.08」となっていますが、問題なく使えるでしょう。多分。純正品だし。
 
posted by ぎゅんた at 20:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 日常茶飯(ちゃめし)ごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月21日

血は水より濃く、血はインクより安い

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まとめ
インク商法だと?ふざけるなぁ!


世の中にFuckの種は尽きまじ。そのなかの優等生が純正インクの価格である。プリンタ本体の価格はまやかし。むしろ必要な替えインクを揃える方が高くつくかもしれない。インクが切れたら本体をヤフオクで売っぱらって、また同じプリンタを買ってきた方がいいんじゃないか?というかプリンタが安く思えてしまうほどインクが高すぎる。プリンタを使わないままでいると蒸発したり、モノクロ印刷してもちゃっかりカラーインクを使ったり、起動するだけで勝手にインクを消費したり。これがファックでなくてなんだというのか。キャノンやエプソンの社員だってプライベートじゃ純正インク使ってないだろが。地底に戻りやがれ!

怨嗟に等しいこのような思いは世界中に溢れているわけで、当然、カートリッジに自前でインクをブチ込んで使うユーザーが現れる。そのうち、社外品として詰め替えキットが出るようになった。純正インクに比べるとカラークオリティに劣り、長期耐久性がない(色褪せる)そうだが、大多数のユーザーはそんなもん求めないのである。求める場合は、プレゼンテーション用だったりする。それは純正インクで印刷するし、もしくは写真屋で印刷すれるかコンビニ印刷すればよいのだ。ユーザーの多くはプライベート用として、コストを気にすることなく気軽にプリンタと接したいだけだ。純正インクの高さは、そんなユーザーの淡い気持ちをへし折る無粋な邪魔者にすぎない。


さて、こんなことは昔から有名な話。貴方は既にご存知だろうし、カラー印刷はコンビニで済ませる賢いタイプだろう。私もそうしていた。しかし、春から仕事でどうしても職場にプリンタを設置せねばならなくなったのだ。

実家には古いキャノンのプリンタがあり、それをアテにしていたのだが、Windows2k対応というロートルで、純正インクだけをガブガブ喰らっていたくせに、インクカートリッジを交換した瞬間に死亡したのである。これでファックと呟かない者がいようか(まだ在庫の替えインクあるんだぞボケ!)。このロートルを窓から投げ捨て、ニューカマーのプリンタを用意せねばならなくなったことに俺は頭を抱えた。

そして
・コンビニでの印刷では仕事が追いつかない
・純正インクを買うと同じプリンタが買えるほど高い
・インクが切れたらプリンタを売って、新品を買い直すのは面倒
・社外品の詰め替えインクを活用すれば手間はともかく安くつく
・社外品のインクはメーカーの保証が得られなくなるが、どのみち安い本体なので上等(クソ高いインクでクソ殿様商売しているクソメーカーに保証を求めるのも癪であるし、どのみちクソ対応しかされない)
・なんとなくキャノンはふぁっく

こう思案した。

あとは安価で詰め替えインクが用意できるモデルを購入するだけである。
ブラザーかエプソンかの安価モデルを買えば良いとなったのだが、ブラザーのものは大きさとケーブルの挿入口の位置の点で少し難があったのでエプソンにした。PX-045Aである。あまり評判が良くない機種のようだ(プリンタにうるさい人からすると我慢ならない天が多いらしい)が、詰め替えインクが存在するし、シンプルでちょうどよい機種に感じる。壊れやすいとかインクがすぐ切れるとか画質が悪いとか、そんな意見は知らん。5千円程度で買える格安プリンタにあれこれ要求するのは野暮である。繰り返し述べるが、私には適当にカラーと白黒印刷ができて、社外詰め替えインクが用意されている安いプリンタであれば良いのだ。そしてそれはシンプルな機能でしかないから、プリンタ本体も小さくて済む。コードレスWiFi仕様とか現代風なの機種もあるが、値段が少し上がるし、どのみち電源のケーブルは有線であるから無視する。私に限らず、昔からのパソコンゲーマーは「コードレス」に性能的な魅力をあまり感じないタチだろう。コードレスマウスでFPSなんぞ遊べるわけがない。


実存するPX-045A
使用してみた感じ、印刷速度が遅いとか作動音がうるさいとか、安物感があるが、そもそも安物なので気にしてはならない。この値段でプリンタとスキャナとコピーができるのだから十分だろう。まだインク切れは起こしていないが、切れた際は詰め替えインクで対応する予定である。純正インクは高すぎる。

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2014年04月10日

【プロバイダー選び】ヤフーBBはオススメしません

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まとめ
私が契約していたのは、YahooBBのADSLの一番安いプランであった。回線速度に不満はなかったが、解約に伴う手続きがとにかくアンフレンドリーさが酷いと感じたのでこの記事を書いた。


新生活も落ち着き始め、そろそろネット回線を引こうとなった時に貴方の前に現れるタスクがプロバイダ選びである。ITの時代が幕開けしてから時も経ち、プロバイダは選び放題の時代となった。余程のド田舎にあって、他に選択肢がなければ仕方のない話かもしれないが、それすらも過去の話だろう。そして、どこを選んでも同じではなく、サービス内容と利用料金には各社で色々と差があるものだ。

プロバイダが提供するサービスで最も重要なポイントは、安い回線が手軽に利用できるかどうかであろう。やれメールサービスやらセキュリティサービスやらは、ポルシェのオプション商法よろしく「あれもこれもとヤケに高い」範疇をでない。電気店でパソコンを購入した流れでネット開通も同時に済ませてしまう初心者はともかく、普通の一個人のユーザーは必要とすまい。それら「過剰の」サービスはそのまま利用料金に跳ね返ってくる。古参・大手のプロバイダは、概ね、これに該当しよう。安心とブランド料と割り切れるなら選ぶとよい。

繰り返すが、プロバイダに求める条件で最も重要なのは「手軽に安く」である。回線が少々貧弱でも、繋がればよいのだ(最も貧弱なADSL回線であっても、アナログ回線時代に比べれば木炭車とレシプロ機ぐらいの差があり、実用上に不満は出るまい)。そして、手続きがとにかく簡単であるユーザーフレンドリーさも外してはならない。いままで数社のプロバイダを乗り継いできたが、好感度が高かったのはエキサイトBBで、中庸がOCNで、最低最悪に近いのがYahooBBである。今回はその最低最悪のYahooBBの解約について述べたい。

ネットで調べれば多くの報告を得ることができるが、昔からヤフーBBは解約に伴う苦情が多い。すんなり解約しづらいのである。私自身、引っ越しに伴って解約手続きを先日に済ませたところだが、なるほど「すんなり」とは言い難い感じであった。そもそもYahooBBのサイトにログインして解約について書かれたページに辿り着くことすらできない。ようやくたどり着いてみれば、信じられないことに、このネット全盛の時代にあって解約は電話でオペレーターを介さなくては受け付けてくれないという。面倒くせえが仕方がない。そして電話をかけると自動案内から始まる。これが妙に分かりにくい上に何段階もある。それをくぐり抜けてようやくオペレーターと話せるかと思いきや、回線が貧弱なためかオペレーターに繫がるまで10分以上待たされることもザラ。それどころか、24時間対応でもない。貴方は、平日昼間に電話をして、オペレーターにつながるまで最低でも10分は覚悟しなくてはならない。ようやくオペレーターに繋がったとおもえば、解約理由を述べなくてはならない。こちらはただ解約したいだけなのに根掘り葉掘り状況を訊かれるのだ。そしてグダグダと解約させないための訳のわからないプランを託宣される。解約したいと言っているだけなのに、どれだけ手間と時間を取らせるのかとイライラさせられるは必定。しかし貴方は耐えなくてはならない。

この試練を越えると、正式に解約手続きを承認するための書類(とモデム等返信用封筒)が契約時の住所に届けられる。引っ越し先に届けてとお願いしても却下される。なので既に引っ越していたり、書類到着時に部屋を引き払っていたりするとピンチに陥る。なにしろ書類を送らないと延々に料金を請求されるのだ。
郵便局には早めに転送届けを出しておくことは勿論だが、解約手続き自体を早めに余裕をもって済まさねばならない。だが、先述の通り、唯一の解約手続きへの電話がつながりにくいのだ。ここに貴方は、悪意を感じないだろうか?

ネットは携帯電話と同じで、開通したら安心してそのまま使い続けるユーザーが大多数である。とかく契約から開通までが煩わしいものだから、途中で鞍替えする気にならない、そうした心理がある。だからといって、契約さえとれてしまえばこっちのものと、明らかに解約し辛くしている企業は非良心的で企業姿勢が問われる。消費税増税にかこつけて小賢しく便乗値上げをする企業も同じである。無知蒙昧の民草から金を巻き上げるのが大企業のビジネスの本性とはいえ、あまりに道義に欠いた姿勢は糾弾されるべきであるし、そうでなくとも、我々は不買という形で意思を示せば良いのである。

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2014年04月03日

便乗値上げは死滅しろ

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消費税増税でいよいよ8%になったわけで、それに伴う混乱が生じた。増税前の駆け込み需要もあれば、増税を悟らせない姑息な便乗値上げである。増税を迎えあえて値段は下げるすき家は例外中の例外である。

最近の話題であるが、スーパー等で商品に掲げられる値段が突如税抜き価格になっているという。今回の消費税増に伴い、税抜き価格の表示が認められることになったのが原因としてある。つまりは、いままで105円であったものが105円(税抜き)でのプライスタグ。結局は8%の消費税がかかれば108円以上の価格(113.4円)になる。便乗値上げと断じて差し支えあるまい。税抜き表示が認められるからやっているだけであると店側に大義名分はあれど、実にせせこましい姿勢を感じないか。馬鹿は常に搾取される世の中とはいえ、混乱に付け入って搾取しようとする薄汚い商魂を消費者に感じさせるのはよくない。たかが10円や20円の範囲の話だからガタガタ文句をつけるのは格好悪いことかもしれないが、しかし、セコい手で消費者を騙そうとする姿勢は格好良くあるまい。値上げするなら堂々とあげればよい。結局は卑怯な印象を消費者に与えるところとなり、客足が遠のくかもしれないことに気づかないのか。

一般に消費者は、販売者に対し無力であると考えられているが、それは個人対企業の図式から導かれるバイアスである。消費者は決して無力にはあらず、不買という最大の権利と武器がある。消費税増は確かに負担だが、それは増税前と同じ消費をするからに他ならない。ならば、消費内容を再興し、無駄な買い物を控えるだけでも負担分は回避できる可能性がある。また、納得のいかない売り方をする販売者に対しては不買することで己の意思を突きつけることができるのである。

このタイミングの消費税増税は確かにアホらしい愚策極まりない。
同時に、自分の消費活動を見直すタイムリーな時期にあると考えるべきである。

posted by ぎゅんた at 13:51| Comment(2) | TrackBack(0) | 日常茶飯(ちゃめし)ごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする