2017年06月16日

(映画感想)「奪還者(原題:THE ROVER)」 人間のパートナーはやっぱり


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世界経済が崩壊して10年後のオーストラリアを舞台とした物語。

こういう設定を聞くと「マッドマックス」「北斗の拳」を想起し、肩パッドバギーにまたがったモヒカン男がヒャッハーしている荒野を想像してしまうものですが、いえ私もそうなのですが、この「奪還者」は異なります。乗り物は存在しますが、肩パッドもバギーもモヒカンも登場しません。実際に世界経済が崩壊してしまったら、どうなるのか?を監督なりに考えて反映された世界(といってもオーストラリアだけですが)が横たわるように描かれています。低予算映画ですが、虚無と荒涼をたっぷり味わる出来はお見事。

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現実的というか、いややっぱヒャッハーにはならんよねというか、そうやろなあというか。
なにしろ、登場する人間たちの多くは生きる屍というか、目的もなくただ生きているだけというか。普通、もうちょっとサバイバルのためにアクティブに活動するでしょうよという想像を裏切っての無気力具合を見せてくれます。寄る辺のない蘆(アシ)のように、ただ生きているから、惰性で生きているだけで、希望を持って生きていこうとする意志が希薄です。

略奪や強盗、小競り合いに殺人は普通に起きている世界のようですが、強欲な悪党が富を集めるために行われているわけではない様子がみてとれます。富を集めても仕方がないという、欲望の鍋の底に穴が開いちゃっている心理が蔓延しているようです。その割には、現金が米ドル優位で通用したりするあたりが妙味。競争原理の働かなくなった資本主義ってこんな世界なのかもしれない。中国企業の流入と台頭、実効的支配が始まりつつありそうな描写が実にスパイシー。

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物語冒頭で敵役の悪党どもが登場しますが、彼らにしたって、生きていくために必要だから暴力行為に出たのであって、殺しを肯定しているわけでも楽しんでいるわけでもありません。それが証拠に、主人公と対峙した時に銃で殺すわけでもなく、気絶させただけで立ち去っています。人間同士、ナチュラルに銃を突きつけあってコミュニケーションを取る世界であったとしても、ど過ぎた欲望がなければ人は、人殺しは肯定されないのかもしれません。別に彼らが慈悲深かったわけではないはずです。必要もないのに殺すのもメンドクセーってところかも。それが後に自分たちに悲劇として降りかかってくることになるのが皮肉なのですが。

一方の主人公は、次第にわかってくるのですが、人殺しを厭いません。殺してもさしてなんら精神に痛痒をきたさない平素っぷりです。「壊れている」ことが分かります。なぜ彼がそうなのかとか、そんな彼が実は、とかがこの映画に大きな含みを持たせる全てになってきます。しかし、まったくもって救いはない。すごい映画だ。
 
posted by ぎゅんた at 13:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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