2016年12月01日

映画感想「星を追う子ども」説得力のない優しい世界

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まとめ
駄作ではないが面白くもない


喪失感を抱きながら生きる3人の主要人物らが登場する。舞台はアガルタという地底世界(地上からアガルタに入る際に重力が反転したのだろうと想像させる場面がある。なぜ天候が存在するかは謎)で、死者を蘇らせることのできる生死の門を目指す旅を描く。

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「当てるな」と指示していますが、体の近くを掠っただけで肉片になると思います


やたら高いところから飛び降りまくるシーンが目立つ作品。飛び降りる。普通は死ぬ。着地シーンは描かない。なので死なない。細かいところが終始ハッキリしない作品になっている。舞台のアガルタが架空のファンタシー世界なので、理屈ぬきで楽しめばいいだけの話をかもしれないが、残念ながら、物語に没頭できるほど作り込まれていない。3人が行動することに共感と納得ができないからである。意味深なセリフも心情の吐露も号泣シーンも、「台本にそうあるので、そう演技してます」以上の印象を受けない。冷めた気持ちでただそれを眺めているだけだ。

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(`・ω・´)


2度と地上に戻れないかもしれない未知の世界への危険な旅になるというのに、なぜアスナはモリサキに同行する決意をしたのか(小学6年生の少女がさして逡巡もせず)。

10年前に亡くした妻を蘇らせるために死者の門を目指すモリサキは分かりやすい。しかし、なぜそこまで妻を愛しているのか、蘇らせたいかの真意が分からない(「それが愛だ」と監督は真顔で考えているのかもしれないが、普通、10年も経てば妻を喪失したことへの心理的な決着はつくものだ。「本当に愛した人なら亡くしたことでより愛が深くなる」とも考えられるが、純粋すぎる童貞の考えにすぎないと思う。モリサキは蘇らせた妻になにかを伝えたいのか。聞きたいのか。ただ抱きしめたいのか、なにも分からない。)。

シンはアガルタ人であり、亡きシュンの弟である。優れた兄と違って半人前だと思っている。シュンを想うヒロインに正対する存在であるはずだが、物語の都合の良い牽引役以上の存在感がない。

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アガルタという架空の世界は、オープンワールド・ゲームの舞台にすると映えそうであった。それはつまり、「どこかで見たことがあるアレが豊富」の裏返しだが、普遍的なファンタジー世界を描けているということであり、これは王道といえる。本作のストーリーは、そのエッセンスに、「異世界の冒険と終着点からから得た知見と自己の成長。そして未来を生きることを選ぶ人間の姿」を持つ。これも王道といえよう。加えて、人が本質的に抱くべき「命について」をストーリーに巧みに織り込んでいることから、この脚本を書いた人(深海誠)の性根の優しさを垣間見ることができる。問題は、それなのに面白くないというところにある。もったいないとこだ。

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決して駄作ではないが、気を使って好意的に解釈しないと面白いと評価できないところが残念。「君の名は。」で燦然たる名声を勝ち得た深海誠にも、こうした迷走期があったのだと思うと感慨深い。

posted by ぎゅんた at 22:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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