2017年02月23日

【試乗】ストリーム(FF/4AT)


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まとめ
・当時のホンダの良心とユーザー思いの思想設計を感じ取ることが出来る、実力ある家族向け実用車
・1.7L VTEC(FF/4AT)では力不足で必要最低限のスペックでは
・シートが私の腰に全くフィットしなかった点が残念



GHアテンザの車検の代車。ホンダの初代ストリーム。
H17年式、1.7LのFF(CBA-RN1) 走行距離12.5万km 前期型のボトムグレードのようである。

ホンダ・ストリームを語るときに欠かせないのがトヨタ・ウィッシュであろう。
これは有名な話だが、要するにトヨタがストリームを丸パクリ(+α)して発売したのがウィッシュなのである。真偽のほどは諸説あるし、丸パクリと断ずるには感情的すぎる気がするが、トヨタは昔から後出しじゃんけん的車種をぶつけてシェアを奪う戦法をとるところがあるため「火のないところに煙」になっているようだ。当のトヨタは「ユーザーが望む車を出しているだけ」と飄々と答えるだろう。…ウィッシュ(望み)をストリームにぶつけられたホンダはよくブチ切れなかったものだとと思う。


ウィッシュをぶつけられることになったこの初代ストリーム、どこが優れているかみてみよう。

すぐにわかるのは、その優れたパッケージングである。5ナンバーで中庸な全長と全高サイズながら3列シートを備えているのだ。エクステリアデザインは、もちろん、古さがあり、格好いいと一口にはいえないのだが、この当時のホンダ・デザインである「シンプル基調で嫌味のない範囲でスタイリッシュに纏め上げた」感に満ちている。下手な加飾・装飾がなく、余計なプレスラインがないのである。この時代のホンダ車のデザインが、私は好きだ。

狭い空間に無理のある設計からくる貧乏くさい窮屈さはなく、乗り込んでみれば、とても広いわけではないけれど、予想よりも広い空間が確保されていることに気づく。3列シートは流石に狭く緊急用の域を出ないことには目を瞑らなければならないが、あると無いので差は大きい。必要の無いときは手荷物置き場に利用するか、フラット収納して荷室にできる。シートアレンジの使い勝手は古臭さを残すが、時代を考えれば驚異的である。

運転席に座っても、コンパクトサイズの幅でありながら充分な広さがあり、楽である。ホンダらしい工夫のされた耐久性重視のサイドテーブルがあり、小物収納もあらゆる面で豊富である。ホンダは限られた空間を無駄なく上手に利用する設計が得意なようだ(この経験が後のN-BOXに引き継がれたのだろう)。手の触れられる範囲に用いられているインテリアの材質も水や汚れ、紫外線に対し耐久性のあるものを優先しているようだ。快適さが確保された空間で人も荷物も乗せられるパッケージング。家族、若者たちへのホンダからのプレゼントのようだ。大ヒットしたのは当然である。

実際に運転席に乗って運転使用とすると、着座位置が高い。そして腰のすわりが悪く落ち着かない。着座位置が高いのは実用車なのでかまわないのだが、腰のすわりが悪いのは堪える。シートの角度を色々調整したりしたが、結局、すわりの良いポジションは得られぬままであった。シートのホールド性もイマイチでこのシートで長距離運転は勘弁してほしいところ。カタログには「ストリームがめざす、スポーティでしっとり・しなやか・スムーズなフィールを座り心地でも体感できるよう、こだわりを注いだ1列目シートです」とあるが、本当か?2列目に座っている分には、腰のすわりの悪さはさして気にならなかった(しかし、決して良くはない)。

運転席周りは窮屈でなく、広さを感じる。ドリンクホルダーや小物収納など日常の使い勝手が考慮されている設計に気づく。インパネ周りとダッシュボードへの移行性がなくデザイン的にどうかとは思うが、目くじらを立てるほどのものでもない。ダッシュボードは安い人工皮財布みたいな模様のプラスチックだが、耐久性抜群素材であることと目に優しい点で優れている。一般的に安っぽいインテリアと評される類なのだろうが、私は気にならなかった。一般乗用車では、優れた耐久性や目に優しい素材を用いる方が遥かに重要である。ステアリングがやけに大きい気がする。

エンジン屋のホンダの1.7L VTECは4ATとのマッチングでこの車体をどう引っ張ってくれるのか。

まず、サイドブレーキを解除し、シフトをドライブに入れてブレーキをリリースすると力強いクリープをみせる。元気のよさを感じるが、ちょっと強すぎな気がしないでもない(バック時のクリープも、同様に強い)。これは期待出来る動力性能かも、と思わせるが、その期待は半分は裏切られる。パワフルではないからである。
しばしば「エンジンはこの車体には非力かと思いきや、必要十分な動力性能…」と評される向きがあるが、大雑把に言えば、確かにその範疇だ。だが、これは正確にはやや非力の裏返しである。なぜなら、この試乗は一人で、荷物も載せていない状態だからである。積載が増えれば必要十分ではなくなる。荷物をさして積まず、一人や二人での移動が多い人には過不足のない動力かもしれない。しかし、それ以上の場面で辛くなる。クルマには「余力のある動力性能こそが安全を確保する」面もあるので、ここは2.0L-i-VTEC(K20A)を選択する方が良い。[PS/kg・m]が130/15.8から156/19.2に向上するのは大きい。過去に私が乗っていたDC5インテグラ(最終後期型)TYPE-S とTYPE-RのエンジンもK20Aだったから、贔屓してしまう気持ちもある。K20Aは歴史的名機である

と、1.7L VTECを乏しているようだが、ホンダらしさのある良いエンジンである。1.7Lとハンパで珍しい型だが、優れたエンジンだからこそ採用されたのだろう。排気量通りの常識的なパワーを有する量産型ユニットであるが、綺麗に回るし素直なパワーを出す。K20Aほどではないが、回した時に快音を奏でるのも良い。

Dドライブに入れた状態でアクセルをベタ踏みすると、一拍の間をおいてエンジンは猛然と回転数を上げる。4000rpmあたりから、雑味のない迫力のある整った音が聞こえ、車体は急加速する。ギアはレヴ6800rpmできっちり変速するあたりがホンダらしい。このときの加速感はなかなかの迫力であるが、実は決して速くはない。そして100km/hを超えると頭打ち感が出始めると同時に、車体の安定性に揺らぎが出始める。高速道路の巡行は100km/hを目指さない方が安全で燃費の面で良さそうだ。

なお、Dドライブに入れた状態で一定速度巡行やアクセルワークが穏やかな運転、もしくはアクセルを抜くとECOランプが点灯する。この時代に既にホンダはさりげなくECOランプを実装していたのであった。夜間ドライブ時にこのランプが点灯すると、視界の片隅に「ポッ」と点灯が走るのが分かり、どこか心地よい気持ちになれる。

ブレーキはややスポンジーで頼りないところがあるが、カックンブレーキではない。踏みしろが大きいので、踏み込みが浅いと利きが弱く感じてしまう。踏めば利くわけなので、すぐに慣れる。

ステアリングフィールは僅かに重めで、この手のクルマにしては思ったほど遊びがない。年数と走行距離がかさんだ「トウのたった」固体にしてはシャキッとしている。弱アンダー基調で、キビキビ曲がるわけではなく、一般的にいって癖のない味付けか。足回りは驚くべきことにマクファーソン/ダブルウイッシュボーンが奢られているが、あまりに速度の乗った状態で曲がろうとすると遠心力に振られて車体の接地感が少し消えたりするところがある。横転はしないだろうが、ワインディングを攻めたらちょっと怖い思いをしそうだ。ボディ剛性を高め足回りを固めたAbsoluteグレードなら楽しめるかもしれない。

乗り心地は可もなく不可もなく。代車で古くて走行距離が嵩んだクルマにしては乗り心地が存外に良いなあという印象。ホンダの乗り味は一般的に硬く、乗り心地が悪いといわれるが、トヨタ車一般と比べれば…という枕詞が抜けている。その意味では、確かに硬いかもしれない。ただ、普通は気にならないだろう。気にするほど高額なランクの車種でもないし、快適な乗り心地を第一に期待される車種でもないからである。

あまり走りに過度な期待はしない方が良いが、ユーザーの実用性が大切にされていて、回せば快楽的なエンジンと奢られた足回りがついてくる妙味あるホンダらしいクルマがこのストリームである。


スライドドアは不要で、
なるべくコンパクトなサイズで、
いざという時に使える3列シートがあり、
充分な室内空間からくる使い勝手の良さと積載量が確保されていて、
日常の相棒として長く使えそうな耐久性がありそうな、

クルマを探している人には有力な候補になるだろう。
話を繰り返してしまい強縮だが、シートの座り心地ががイマイチなのが引っかかるのと、選ぶなら2.0Li-VTEC
を積んだグレードであることは重ねて述べておきたい。速さをさして求めないなら、1.7L VTECでOK。
 
posted by ぎゅんた at 13:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 試乗 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月14日

【書評】消費税、常識のウソ




タイトルに訴求力がなく損をしている本。とても頭のいい人が消費税について簡素平坦な説明をしてくれる内容。部分的に難しい箇所もあるが、読み飛ばして構わない(そういう箇所こそが税制の肝であろうが、読者がそれを理解する必要はひとまずないから)。

一般的に悪とされる消費税増税だが、それが一面的な見方であることを述べる。本書では声高に批判姿勢を表していないが、結局のところ、現行の税制が極めて不公平と非効率に凝り固まっており、その変更や革新を提案して終わる前向さを包括している。


消費税増税を決して認めない姿勢の人は多い。私も、そうだ。ただし、私を含め、消費税増を心情的に許せないのであって、冷静に消費税について考えた末の意見でないことも共通するだろう。消費税増税はもう避けられないと、無力感と傍観をもって受け入れている人も多いだろう。大多数の国民がそうかもそれない。本書は、そういう人に読んで欲しい。本書を読むことで気持ちが晴れることはないが、招待の掴めない相手の顔ぐらいは見えるようになる。そうした差こそ、往々にして、後の福となるからである。

増税しか考えない財務省こそが日本の経済発展を妨げる悪省だ、とか、政治家は総理大臣を含めて財務官僚に洗脳され増税の必要性を囀る操り人形になるとか、財務省と官僚の悪口が、思慮と遠慮を欠いてそこかしこに吹き荒れている。火のないところに煙は立たずで、財務省が増税に熱心なのは本当だろうし、財務官僚が政治家に増税の必要性耳打ちするのも、事実だろう。ただ、それを十把一絡げに悪行と見なすのは早計である。本書にも記載があるが、なぜ消費税増に(国民から見て気狂いのように)固執するかについては理由がある。著者の出自からして、この説明の部分は極めて官僚的であり、完全に納得できるものではない。ただ、この意見に対して理詰めで反論できる政治家はいるだろうか?と思う。太く筋の通った理屈があるからだ。なるほど、財務省や官僚、増税やむなしのスタンスの政治家たちは、このような考えで動いているのだな、と思わせる話である。「この攻撃」をひらりマント的に返せる政治家は、少ないだろう。河村たかし名古屋市長ぐらいのものではないか。浮世には消費税増税絶対反対の野党議員や「庶民派」コメンテーターらがでかい顔をしているが、多数占める感情的反対派である国民に向けたアッピールい過ぎないから、反論なんてできやすまい。諸外国に比較して日本は〜、と、台所事情の違う諸外国比較意見(もっともらしいだけの価値しかない意見)を述べて有耶無耶にするのが関の山である。消費税増税に立ち向かうには、相当の知識精通とアイデア、これを実現できるたけの人脈と立場が必要である。反対意見をいうだけなら小学生でも言える。

その昔、消費税3%が導入された時、私は小学生だった。小遣いを握りしめて買い食いに出かけたときだ。100円で買えたジュースが110円になったことに強い理不尽さを感じた。いまでもありありと覚えている。そもそも、3%なのだから、103円でないとおかしいだろうと。成績不良素行不良の悪ガキでも、それぐらいの計算はできる。自販機では1円玉が使用できない事情は分かるが、消費税は10%ではない。憤りに狂った友達と私は自販機に小便を引っ掛け、釣り銭口に犬の糞を仕込んだ

いまでもこのときの我々の怒りは正当なる範囲であったとおもう。なぜなら、以降、メーカーは5%を契機に120円に値上げしたし、ポテトチップスの中身は減り続けて空気袋と化し、円安だろうが円高だろうが値下げもせず、姑息な便乗値上げを敢行する、消費者軽視の利益追求の姿勢を隠そうともしない聳え立つ糞であることが露呈したからだ。同様の、腹立たしい思いを経験した人は少なくないはずだ。これは私の推測だが、消費税の増税に対して国民は極めてヒステリックな心理が先行して反対しているように思えてならない。理解の底には、消費税増税の妥当性と必要性を理解している。しかし、現実的にその実施には理屈を超えて感情的に容認できないのである。この感情こそ消費税増税の大きな障壁となっているはずだ。

本書では、消費税の性質が分かりやすい表現で説明されている。消費活動に課税されるので誤魔化しがきかず取りっぱぐれがないとする。確かに、その通りだ。常に安定した固定的税収になる点も、財務の面からは望ましい長所だろう。インフラとおなじで、大局的な管理には「安定」が不可欠だからである。

また、本書で私が著者に好感を抱いたのは、利子や配当に課税する所得税は(消費税に比べ)公平でないと発言しているところと、もっと税制を整理・簡素化して徴税の透明化とコスト削減すべきであると述べているところである。複雑化するほど特例や抜け道ができ始めて不公平感が生じるからとしているが、要は利権や不正の発生を防げないからだと汲み取れる。著者が現在、財務官僚ではないからこそこうした意見が述べられるだけかもしれないが、その出自を考えれば信頼できる人物像に思える。終章の『理想の税制「ユナイテッド・タックス」』は短く簡素だが、魅力的で一考に値する構想。作者の虎の子にちがいない。アッサリとした記述でまとめられているのは、決して目立とうとしない官僚的気質の表れのようである。

posted by ぎゅんた at 23:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 漫画以外の本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月03日

(書感)ドキュメント 底辺のアメリカ人 オバマは彼らの希望となるか



私はこの作者が好きである。これを読んで以来、ファンになったのだ。フツー以下のアメリカ人の姿を等身大で文章にしてくれる優れたライターだと思っている。お気に入りなのだ。

アメリカに興味がある人は少なくないと思う。わけても、色々と「極端な」お国柄であるところからくる観察対象としてこれほど面白い国もないところが興味深いのだ。歴史は浅いくせに奥深い国である。優れたところは大いに参考になるし、ダメなところは反面教師としてこれ以上なく適切なところをみせる。最近のアメリカは反面教師ばかりでダメダメにしか見えないが、なぜダメなのか分析して反面教師として、自国の舵取りに活かせることは変わらない。知れば知るほど嫌いになる国は韓国だが、知れば知るほど住みたくない気持ちになるのが米国である。そんな国なのに誰よりも愛国者であるマイケル・ムーアもまた、私のお気に入りの人物である。

米国発の黒人大統領バラク・オバマの大統領選を、市民目線で追っかけたドキュメンタリである。内容は現地のアメリカ国民へのインタビューが大半だが、そのインタビューを通じて、大統領選挙やアメリカ社会の背景を折り込み式に説明していく。貧困・教育・失業、そして移民と差別…宿痾にまみれたこの国をどうやって理想的な国に変えることができるのか。バラク・オバマをアメリカ国民はどう捉えているのか。頁をめくりながら、あなたは様々な思いを抱くだろう。

今になって思えば、期待と熱望を一身に背負ったキーフレーズ「CHANGE」は、実現できなかった。その失望か絶望か、更なる期待か、極端に振れるお国柄はトランプを大統領に据えた。毎日毎日、ニュースに登場しない日はない有様だ。反面教師だけの国に成り果てるのではないかと心配である。アメリカは同盟国なのであんまり無茶されると巻きぞえを食らうという意味で、であるが。
 
posted by ぎゅんた at 12:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 漫画以外の本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする