2016年07月28日

漫画感想「青山月子です!#0」


青山月子です!#0 は、「青山月子です!」の原型となる読み切り.ver であり、単行本「今日もあいつは丸かった」に収録されている。改めて読みなおすとやはり傑出の出来で、別マSISTERで初めて読んだときの強い衝撃を思い起こすことができる。プロットの優劣が連載作品となったときに決定的な差を生むものであることを証明する作品。「#0」の破壊力に打ちのめされた人は少なくないはずである。

おまけページを参照するに、照れ隠しなのか本音なのか分からないが、作者はあまり#0に思い入れはないようだ。けれども、
…他の奴が青山月子はそんなことしないとか
こんなんじゃないとか言っても
そんなの オレ 知らないし
青山月子は人を殴るんだよ
オレにとっては お前が青山月子だよ

このシーンを中心に作者の魂がペンに乗りに乗っている様をヒシヒシと感じる。絵柄も、この頃の方が少女漫画らしいそこはかとない儚さが線の細さで描かれているようで好みである。


作者の最新作となる「今日もあいつは丸かった」「これは愛じゃないので、よろしく」を読む限り、どうも読者にウケる少女漫画路線に舵を切ったように思えてならない。従前の「藤代さん系。」「茜君のココロ」「青山月子です!」の名前タイトル三部作と読み比べればわかる。

名前タイトル三部作が、「二人が主人公の小さな世界で、二人が心を通い合わせて理解し始め惹かれあっていく過程を、シュールなギャグで彩りながら、少女漫画特有の綺麗な心理描写を織り込み読者の胸を打たせて完結させていくスタイル」であるなら、新作はそれらの味が薄れた代わりにドタバタ要素が組み込まれて華やかになっている印象。しかし私には凡百な少女漫画に埋もれてしまう内容になったのではないかと思えてならない。中堅のベテラン少女漫画家として、特定の読者へのスマッシュヒットを見込める内容よりも、より多くの支持を得られる内容にチャレンジすることは間違いではない(大ゴケだけは御免こうむりたい)。けれども、ファンというのはひどく我儘であって、それは例えば、贔屓にしていたマイナーバンドがメジャーバンドになると途端に熱が冷めてファンを降りるような、そうした複雑な心理を内包しているものである。一番大きな不満は、収録されると思っていた「睨んでますか?いいえ、睨んでません」が収録されていなかったことである。この話が湯木のじん作品のマイベスト。目つき悪いヒロイン好き。
 
posted by ぎゅんた at 22:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 湯木のじん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月20日

これってタブの木の種子だったのね

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子どもの頃、夏頃になると地面に転がっていたコレ。うずらの卵のような模様をしたお菓子みたいなコレ。「ヘビの卵や〜」なんて言いながら投げ合っていたものだったが、その正体はタブノキの種子だった。

タブノキは日本の国土に幅広く認められる大型の常緑広葉樹。鎮守の森にいくと目にすることができる。樹齢3桁クラスになると、その巨体さとあいまって相当に神々しい姿となり、土地のシンボルと化し始める。

そんなタブノキ、種は青々しい実の中にある。実の果肉を除去すれば種を得られるので果物のようだ。ただし、実も果肉もボリュームは極めて少ないから、実質的には鳥たちの餌になっている。実を食べた鳥は糞をするわけだが、種子は消化されずに出てくる。子どもの頃に投げ合った「ヘビの卵」の正体は、タブノキの実が鳥の糞を経て姿を現した種子だったのである。タブノキは、鳥に実を提供することで、自分の子孫を遠くに運ばせているわけである。果肉に包まれた種子は、果肉があると発芽が抑制されるので、自然の仕組みとは、本当によくできたものだ。

タブノキを種から発芽させることを考えた時、実をきれいに除去するか、鳥の糞を経由した種子を拾ってくることを考えることになる。後者が容易で現実的だろう。種子は乾燥を嫌うため、拾ったらすぐに水につける。水につけると、特徴的なうずらの卵模様は消えて茶色くなる。これを湿った土のなかに埋めておくと芽を出す。6月に拾った種子を土に埋めておいたものが3週間ぐらい経って芽を出し始めたので、どんぐり全般と異なり、冬を越させる(一定期間、低温状態に保つと発芽スイッチが入る)必要はないようである。木をすぐにでも育てたい貴方は種子を拾いに行こう。
ラベル:樹木
posted by ぎゅんた at 13:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 自然 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月07日

映画感想「ボルケーノ」 これがアメリカン魂ってやつかしら?

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1997年の映画。私が高校生なんぞをしていた時代の映画で、レンタルビデオ(DVDではない)で借りた記憶がある。そして、印象深い作品だ。ただ若いころに観たから、という単純な理由ではない。内容にインパクトがあったからである。

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全てを飲みこみ焼き尽くす溶岩の猛威を主軸にいたディザスタームービーで、ストーリーや展開がコンパクトに纏められている印象を受けた。ツッコミを入れたくなるところも散見するが、それも野暮かなと思わせるパワーがある。アメリカ人が普遍的に抱いているか尊重している(ハズの)自己犠牲精神やみんなで手を取り合って難敵に勝利するエッセンスが極めて素直に描かれているからである。実際のアメリカ人はもっと金にうるさい強欲さに満ちた自分勝手な人種だろうと分かっていながら、この作品で描かれているような自己犠牲精神や協調難敵打破路線魅力を否定することができない。米国映画によって確立された、キリスト教をベースにした偶像的な印象(善くみせるためのセルフプロデュース)であったとしても、アメリカ人のそうした民族性には惹かれるものがある。あまり嫌味な印象を受けないのは、災害時名物ヒャッハー略奪や人種差別問題提起シーンがあったり、やたら電話での口論が多かったり、早口で自己陶酔したようなセリフを吐きまくるレポーターの姿といった、いかにもアメリカ人的な「あ〜あ。」な姿も描かれているからだろう。

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自然災害のジャンルとしては噴火ではなく溶岩という極めて地味なものながら、迫る溶岩の恐ろしさを描いた点が白眉。人間ドラマ模様も、描写不足さは否めないものの、バランスよくストーリーに折り込まれたテンポの良さが光る。いきおい、倦まず弛まずストーリーを引っ張る。奇をてらったところのない王道路線なので安心してみていられる。時代を感じるやや古くさい映像がまた良い味を出している。

posted by ぎゅんた at 18:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする