2016年06月28日

選挙とは、薬に化けるかもしれない毒を選ぶ行為である

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参議院選挙真最中である。期日前投票を済ませてきた。

選挙といえば政局だが、今回の参院選は日本共産党の存在感が目立っている気がする。与党をおびやかす大躍進が予想されている一方で「防衛費は人を殺すための予算」とおっしゃる議員がいたりと話題に事欠かない。実際、野党の最有力補になりそうな存在感である。日本共産党の支持率が上昇するということは、上流階級を快く思わない労働者層が増えているのではないかと邪推する。私の気のせいかもしれないし、トレンドかもしれない。ひょっとしたら世界を革命したがる有権者が増えているのかもしれない。いずれにせよ、選挙への関心や投票率が上がるのは良いことだ。共産党は与党にはなれないし、第一野党になれば現与党は必死こいて働くようになる。

身も蓋もない話だが、あなたが期待する候補に投票することで、あなたが期待した政策が社会に反映されることを期待してはいけない。実現されるにしても、相当にゆっくりと形を変えて行われる。「即実行」を喧伝する候補者は少なからず存在するが、過度な期待をしてはいけない。あなたがまず冷静に判断べきことは、自分の理念に近い党理やマニフェストを打ち出している党があるかどうかである。自分の理念に100%合致する政党はないものだが、そうした中で、最も近い政党を支持政党に据えるか、支持する政党がないとするかを決める。支持政党が得られたら、党の理念通りの考えを体現しているような議員を応援すると良い。「わが党は○○の路線を打ち出していますが、実は、私はそれに反対の立場で〜云々」などと述べる議員は信用ならないし、そうした議員を多く抱える政党はブレている。

本来、国民は政治は政治家に任せて無関心であるぐらいが理想だと考えられる。自分たちで選んだ議員が、信頼に足る働きぶりをすれば、だれだって政治は政治家に任せっきりで無関心でいられよう。政治不信だ投票率の危機的低下だというのは、社会にのどこかに狂いがあるのである。狂いのない社会を私は望むけれど、それは夢想である。社会の狂いを修正してくれるのが政治家であろうけれど、それを政治家に求めすぎるのも絵空事にすぎず、自らがと立ち上がる気概も更々ないのである。なので、政治にあまり文句は言えない。有権者の一人として選挙に必ず足を運ぶことがせいぜいである。

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2016年06月20日

映画感想「スタンド・バイ・ミー」子どものころも大人になっても、夏休みの夜にみよう



名作の誉れ高い作品。
主人公が、12歳のときの自分を回想することから物語は始まる。当時、いつもつるんでいた仲間4人と死体を目的に探しに町を出た、あの小さな冒険を思い出すのである。


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時代を感じるシャツイン


大人からは変わらず子ども扱いを受けるけれども、子ども時代の終焉の認識と決別の準備が始まる年齢が12歳であろう。来年からは中学生になる、小学生時代の最後の夏。あの頃の自分はなにをしていただろう?なにを考えていただろう?この映画を観る人によって様々な答えがあるわけだが、きっと全員が、懐かしい気持ちにさせられるはずだ。あのころは、自転車ひとつあれば、どこまでだって行ける気がしたものだ。一方、いつまでも無邪気に遊び続けていられる身分ではないことへの解答を見つけ出さなくてはならなかった。現実世界の、あらゆる面が自分を向いていることに気づき、それと対峙していかなくてはならないことを受け入れなくてはならないのだった。


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こっちの世界とあっちの世界を隔てる分かりやすい記号が河であり橋である


この作品のメイン・プロットはひどく単純なのだが、登場する人物らとその心情描写はかなり奥深く仕込まれている。見返すと、新たな発見や捉えかたが出てくるタイプの映画である。八方美人というかフレキシブルな内容といおうか、一律的な感想を述べようとすると難しい。大人になる過程で誰しもが経験した、あまりにも地味で普遍的な感傷をノスタルジックに絡めて仕立てられているからだろう。


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飲酒運転上等!助手席には若かりし日のジャック・バウアーさん


この作品に登場する人物は、おおまかに、主人公ら12歳の少年グループ、年上の不良少年グループ、大人〜老グループの三つの群に分けられる。主人公らのグループにとって、不良少年らと大人たちは、ただ過酷な現実を突きつけてくる記号的な存在に思えた。自分たちを理解しようとしない、無遠慮で不愉快な連中なのである。圧倒的に優位な位置から一方的な暴力を突きつけてくる理解しがたい存在である一方、逃げ切ることは出来ず、対峙を避けることが出来ない存在でもある。乗り越えなくてはならないのだ。


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線路は目標への道しるべ。歩みは努力。努力は成功のためのコスト


少年たちにとって、この冒険は日常の遊びを少し超えただけのちっぽけなものだった。通過儀礼でもなんでもない。いつもの遊びに毛が生えた程度のもの。しかし、町に帰ったゴーディは「たった二日の旅だったが町が小さく違って見えた」と感想を漏らす。いうまでもなく、彼が成長したことを示している。彼が成長できたのはクリスのおかげである。一方のクリスもまた、ゴーディによって自分の将来を自分の手で掴むことを決意するのである。「スタンド・バイ・ミー」を語る上でこの二人の友情は避けて通ることが出来ないところだ。一方のテディとバーンは、彼ら二人のような成長は得られなかったようであることも分かる。しかし、それが彼らの人生にとってマイナスだと断ずることはできやしない。これ以降、学校で顔を合わせることはあっても以前のように遊ばなくなった間柄になった、というだけのことなのだ。


結論
映画史に残る名作。
もしまだ観られたことが無い方がおられたら観賞をオススメします。
 
posted by ぎゅんた at 00:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月02日

映画感想「ルパン三世」お金かかってる!頑張ってる!ぜんぜん面白くない!不思議!

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存在しない公式サイト


漫画原作がアニメ化されると「わかっている」作品になることが多い。
漫画原作が実写化されると、とんでもないものが産まれることがある。
皮肉ってわかってるか?

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Boob!


ルパン三世という作品にさしたる思い入れはない。子どものころにTVでアニメをやってたな程度の印象。この作品を視聴して、やれ原作無視だ改悪だ冒涜だと拒否感が沸き起こることも無い。ルパン三世という題材を用いる必要性はなかろうとは思った。いずれにせよ、まったく面白くない。

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真っ二つにはならない


一流どころの俳優を適材適所と割り当て、派手なアクションシーンやビジュアルをしてルパン三世の世界を実写フィルムにしたかったのだろう。予算は潤沢で、画面栄えするシーンがあり、俳優を前面に押し出した商業サービス精神豊潤な一本に仕上がっている。しかし、まったく面白くない。

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屋上BBQ


漫画原作だろうが過去作品のリメイクだろうが、とにかく邦画ビジネスを存続する上では、映画は撮られ続かなくてはならない。本作も、そうした事情にあったのではないか。業界が、自身らの仕事を継続していくために必要とされない仕事を用意するわけである。そうした仕事は、やはりピントがずれてしまうものだ。そうでなければ、この作品の摩訶不思議なまでのつまらなさを説明することが出来ない。
 
posted by ぎゅんた at 09:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする