2013年12月31日

アイゴー!イケメン大統領の苦悩 映画「FLU 運命の36時間」感想


アウトブレイク、パンデミック、というキーワードがあれば、いわゆるウイルスパニックものである。本作は、ソウル郊外(盆唐)を舞台に鳥インフルエンザウイルスの変異型の突発性流行を描く映画である。

まとめ
・良質な現代版ウイルスパニック映画
・ミル役の子役がかわいい
・カーチャンと息子ネタはやめろ!(涙腺保護的意味で)


ウイルスパニックものは、そのストーリーは規格定型的にならざるをえない宿命にある。即ち、
1.感染源
2.感染経路と広がり、予兆
3.感染の表在化
4.専門家による「慎重を期する意見」は一笑にふされる
5.初動の遅れは地獄の釜をひっくり返すのと同じ
6.抗体を所持する個体の発見と攻防
7.ちゃんと効く、ギリギリで助かる
8.パニック収束、ハッピーエンド
の流れである。

怒涛のごとく増え続ける感染者に対する治療薬はなく、感染症を治すには抗体しかない、となる。
余談だが、ゴルゴ13のとあるエピソードでは、致死性ウイルスに感染したことを悟ったゴルゴが抗体を持つ猿を探し当て、その猿の血液を自動車のタイヤで遠心分離して血清から抗体を得ていた。感染していても発症していないか、自然治癒した個体の血液に抗体があると踏んだのである。この映画ではそのような活劇的なシーンはないが、抗体が感染症に対する唯の希望であることは一致している。すると映画としてどうなるかというと、自然と、ストーリーは抗体保有者をめぐる攻防劇になるわけである。とはいえ単純な争奪戦で終わらせてはいないのがこの映画の巧みなところ。特に映画の後半、パニックと感染拡大を恐れ力で民衆を抑え込む政府側と真実を知って暴徒化する民衆との衝突が始まってからの勢いは凄まじく、言葉を失うだろう。これが現実世界の出来事であったとして、我々はこうならないといえるだろうか?

こうしたストーリーの流れの中に、人の生死を見せつける情念と悲哀のドラマが織り込まれる。
本作はさらに米国についても話に盛り込んだ。かなり反米のようだが、現実の韓国世論を反映しているのかもしれない。凛々しく信念に生きる大統領像もまた韓国世論の反映だろうか。現実世界の韓国大統領は反日にとりつかれた無能なオバサン大統領ともっぱらの評判だから、世論の反映は色々とありそうだ。

映画の謳い文句には「空気感染、速度/秒速3.4人、致死率100%」とあるが、そこまで凶悪な感染力を有するウイルスには見えなかったのは残念。というか致死率100%だったら抗体どころではない気が。加えて、人類は滅亡するだの人類の未来は主人公に託されただのとデカイことも謳っているが、そこまでのスケールの話には描かれていない。このへんは韓国的誇大文句と思って流そう。

序盤は安っぽいドラマみたいな展開で不安を覚えるかもしれないが、中盤からは勢いが出てきて一気呵成なので心配ない。ただしエンディングは巾着袋を締め忘れたような力不足を感じる。また、説明不足に感じるシーンが所々にあるのも引っかかる(大筋のストーリーの理解に影響はないが)。私の最も不満を述べるとするなら、主人公ジグが、自身の職業が救急隊員であることを超えて、他人を助けようとする人物である理由が不明だったところ。ここにはハッキリとした理由付けの説明があって然るべきであるし、その方がより好いキャラクター像になっていただろうと残念だ。

主役を演じたチャン・ヒョクは泥臭く垢抜けない印象だが、それがいい意味で格好良さに直結している興味深い俳優である。


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2013年12月29日

もうその十年後 映画「永遠の0」感想


まとめ
・四の五のいわずに鑑賞しよう


本作「永遠の0」は本年度最高峰の邦画である。興味のある方は年末年始の休みに是非にとも劇場に足を運んで頂きたいと思う。「どうせ戦争反対メッセージを押し出した左巻きな内容だろ」と決めつけて鑑賞しないのは損失である。邦画はとかく「泣かせる気満々演出や聞き取りづらい小声、唐突に挿入されるソング」が出てくるとそれみたことかと気持ちが萎えることが多く、鑑賞を警戒するところなのだが、本作にはその懸念は要らなかった。実に素直に鑑賞できた。邦画の良いところは、現実世界の延長として物語を捉えやすいところにあると考えるが、本作はまさにそれである。これは邦画でしか味わえない妙味だろう。強いてケチをつけるなら、感情的になっているキャラクターの演技が極端でワザとらしいところか。

この映画のメッセージ性は単純で芯が通っており、かつ(物語の見つめ手である)現代の主人公である健太郎の精神的な成長を追うことで分かりやすい面白さが味わえるつくりになっている。戦争ものはとかく「戦争は良くない!」姿勢にとなりがちだし、別にそれで構わないのだが、本作はそうした路線とは異なる。右も左も関係ないのである。たとえ社民党党員であろうと維新政党・新風党員であろうと楽しめる映画であろう(どちらもケチはつけるだろうけれど)。なにしろ作品に一貫するメッセージが単純で道義的だからだ。「いまある自分は明確な意思の続きの上で生きている」ことであり、つまるところ、己のルーツを知ることを説いている物語だからだ。過去の人々がいたからこそ今の自分たちがいる、当たり前のことを述べているに過ぎない。

人生を歩む人間のフィールドである社会が不条理のドラマの凝集であることと動揺、戦争を論じ考察したところで、答えが導かれることはない。真実から、各個人が各個人で解釈して受け入れる以外にない。戦争に関して、この映画がコメントしていることは簡潔である。厭戦も好戦もない。(よくあるような)零戦を崇めた神格化もない。

私が面白いと感じたには、現実世界の主人公である健太郎が、後半に向けて実態像をもつように見えたことだ。冒頭の健太郎は、中盤の合コン会場シーンでのステレオタイプな若者らと同じように、締まりがない印象を受ける。実態のない虚像というか、肝が座っていないといおうか。外敵に脅かされる心配のない、生かされる環境におかれた野生動物がその凄みを失うかのように、身近に死を意識する必要のない平和な現代に生きるということは、恵まれたことであれども、生きることに真剣になりづらいのかもしれない。これは現代文-評論で出尽くした出涸らしのテーマに違いないが、人生を生きる上では、まず死を意識することが不可欠であることもまた、間違いない。祖父を追う健太郎は、自身の死について意識していたようではなかったが、今ある自分を、祖父の姿を追って見つめることができ始めたからこそ、実態像をもつようになった。そして第三者に「だいぶイイ面構えをするようになった」と言われる。これは彼の精神的な成長を表しており、観客は、確かに彼が映画冒頭の頃より比べて凛々しくなっていると感じるのである。私はこの役者を知らないけれどたいした演技力だと感じた。今後、大成して欲しいと願っている。

160分もある映画だが、中ダレを起こすこともなく最後までみれる。お涙頂戴の感動大作(を期待する)と少し違うので、映画館で号泣する心配はいらない。だが、人それぞれ、目頭が熱くなるシーンは様々にあろう。私は、健太郎が景浦との二度目の対面のあと、不意に彼に抱き寄せられるシーンで熱いものを感じた。男ならだれしもがグッとくる名シーンであろう。

ところで、宮部が(日頃より)密かに筋トレをしているシーンがあったが、あれは零戦のエースパイロット坂井三郎氏を意識しての描写なのだろうか。背面飛行のための宙吊り訓練もかねていたようだが。
坂井三郎氏はパイロット当時、たゆまぬ筋トレで常に見事な体躯を保持していたと彼の著書に記述があったが、それのオマージュだろうか。宮部は筋肉質にはみえないので、やや唐突なシーンであった。
 
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2013年12月24日

スズキさんはやっぱり偉大なのだ

HUSTLER.jpg
※MTはフロア式でCVTのインパネシフトが小物入れになる模様

スズキが発表した新たな軽自動車「ハスラー」だが、なんとMT設定があるではないか。
ただしNAのFFと4WDのみで、ターボモデルに設定がないのが残念だ(燃費達成上の問題か?)。オートマにはCVTを採用しているから、エネチャージやアイドリングストップと合わせての燃費を優先させる制御がためだろう。間違いなくMTに比べて走りはタルそうだ。軽自動車に関しては、エンジンの非力さをMTでカバーさせて走らせるほうが楽しいし、「らしい」と考えている。MTの試乗車が用意されるのを待つばかりだ。

ベースグレードのMTなら105万円からである。
MTだとエネチャージもアイストップもつかないようだが、燃費向上のためとはいえ、こうした機能を望まないユーザーもいるので問題になるまい。むしろ、車体が軽く安くなると歓迎されるかもしれない。少なくとも、私は歓迎する。軽自動車はシンプルなMTでよい。排気量が小さくとも軽量であればそこまで燃費は悪くない。友人が乗り続けているSUZUKI Kei(MT)はターボモデルでありながら燃費は16〜18km/lだという。ハイブリッド車の実燃費を考えると(数値だけで判断すれば)かなり優秀な値だ。それとも、ハイブリッドが喧伝されているよりも燃費向上に寄与していないのか。

ハスラーの大きさは、軽自動車規格でもあり、かなり小さい。なお、友人のKeiと比較するとこうなる。
Kei
全長 3,395mm
全幅 1,475mm
全高 1,525-1,595mm

ハスラー
全長 3,395mm
全幅 1,475mm
全高 1,665mm


高さ以外は同じである。
重さはハスラーが750kgからで、Keiは700〜750kgぐらいだろう。ハスラーはKeiの後継と考えてよいかもしれない。ただし、ハスラーワークスは出ないだろうが…

なお、KeiのOEMがマツダよりラピュタ名前で発売されていたが、このハスラーもOEMでマツダよりフレアクロスオーバーの名前で発売される。Sマークが嫌いな人には朗報かもしれないが、最も重要なことは、フレアクロスオーバーにはMT設定がないことである。自社の車なければZoom-Zoomは追求しない姿勢なのだろうか。それとも、単に軽自動車を売る気がないのか。…後者の気がする。

日本の交通事情を考えれば、軽自動車はやはり実地に即したユーティリティさがある。
肥大化し続けるアテンザやアクセラを出す一方で、小型の軽自動車にも愛を注いで欲しいとマツダファンの一人は思うのである。
posted by ぎゅんた at 21:21| Comment(2) | TrackBack(0) | クルマ(なんでも) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月22日

ランエボだけじゃねえんだぜ 三菱 エクリプス

mitsubishi eclipse (2012).jpg

日本ではイマイチマイナーな存在の三菱のエクリプスだが、北米ではソコソコ人気があったモデルのようで、四代目を2012年まで生産していた。現在は生産していないが、ここにきて次期エクリプスについての発表があった。
2015 Mitsubishi Eclipse R/SD Concept is a Realistic-Looking Design Study [w/Video]

このコンセプトモデルの画像から判断する限り、シャープで格好良いスポーツ・クーペとして人気を博すモデルになるのは間違いない。ただし、コンセプトモデルは常に裏切りの歴史を歩むことから過度に期待してはならないことに注意が必要である。

最終型(4代目)エクリプスはMIVECエンジンを搭載するNA大排気量FFクーペであり、上級グレードは3.8LのV6エンジンを搭載する。いってみればFTOと似たような路線というべきか。次期エクリプスのパワートレインについては不明だが、おそらく駆動方式はFFでハイブリッドやターボではあるまい。AWDやターボにすればGTOやランエボとかぶるからである。お手軽なコンパクト・スポーツ・クーペの路線から逸脱することはあるまい。

FTOは売れなかったとはいえ、いまだ根強いファンを抱える名車。エクリプスが日本でも発売されれば、同じく売れないだろうが、クルマ好きからはもろ手を挙げて歓迎されるだろう。手頃なNAのFFスポーツクーペは絶滅危惧種だからである。


4代目エクリプスの評価
「突出してよくもねえが悪くもねえ、FFだが、気に入ったら買え」といったところのようだ。
2012 Mitsubishi Eclipse Review
インテリアはまんまアメ車の香りでプラスチッキーであるが、俯瞰すると悪くない感じ。実物のスイッチ類や細かな質感や触感はプアなのだろうが、値段を考えれば相応の範疇にあろう。アメリカ生まれの日本車の感がして興味深いデザイン。時代的な流行だろうが、アクセント手法としての青色LEDがふんだんに採用されているのが確認できる。MT設定あり。エクステリアは正直、三菱車というよりは無国籍っぽくある。右ハンドル仕様があればなかなか魅力的なモデルであり、輸入購入を検討する人も多かったであろう。

三菱は本気になればクラストップのモデルを作り上げることが出来る底知れぬ技術力を秘めたメーカーであるが、現社長がスポーツカーやモータースポーツが好きでないことから、エンスーを熱くさせる魅力ある車が消えてしまっている。第三者からみる今の三菱は、さりげなくレベルの高い乗用車を、しかし売れずに細々と、気息奄々と販売している三菱グループのお荷物のような存在に見える。シェア的にニッチなので、独自路線を確保開拓しないと合併吸収されてなくなってしまうかもしれない。過去のリコール問題のイメージが強く、いまだ消費者から疎まれるところもあるようだが、販売されている車の出来はなにも悪くない(クルマ好きを熱くさせるモデルが少ないので目立たないだけだ)。そもそもリコール隠しに関しては大手他社のほうがよほど悪質な印象が…。信頼できる三菱ディーラーが近くにあるのなら、購入には心配も要らない。

While there are no coupes in Mitsubishi's immediate future, it would be interesting to hear your thoughts about Blake's concept in the comments.

今後しばらくのラインナップにはクーペモデルはないようだが、スポーツ・クーペとして新型エクリプスが販売される未来は信じられる。
 
posted by ぎゅんた at 00:08| Comment(0) | TrackBack(0) | クルマ(なんでも) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月21日

加賀の男はめんどくせー疑惑 映画「武士の献立」感想

武士の献立.jpg
注:この和気藹々としたシーンは本編にでてきません
公式サイト

まとめ
・低予算小粒ながらも上手にまとまった良作。
・安信と春心理描写をもっと映画いていてくれれば更によかったのでは


その昔「武士の家計簿」なる新書が世に出て、後に映画化された。舞台は加賀藩だったように思う。タイトルが似ているが、今回の「武士の献立」もまた加賀藩が舞台となっている。

難しい話ではなく、割合にシンプルなストーリー。最後まで小気味良く展開して幕をおろす。特別な嫌味もクセもないつくり。老若男女に受ける人情時代劇映画の風情である。つまり、デート映画でもある。
邦画か…と身構えず気軽に鑑賞すればよい。

この作品のメッセージ性はなんだろう。夫婦の愛だろうか。包丁からなる男子の忠義だろうか。実は今ひとつみえてこない。私が見逃しているか、メッセージ性をあまり強調していないか、描写不足なのか。鑑賞して感じたことを以下に記す。

まず感じたのは、安信の成長が実感しにくいことである。剣に生きていたはずが運命から包丁を持たされることになり心ここにあらずの安信が、春の影響と力添えで料理上手になっていく。…のだが、安信が台所を任されるほどの料理の達人になったようには結局は見えなかった。自身が包丁を握ることに確固たる自信を会得している、ないしは料理が好きになったかのような変化が見えなかった。意地悪くいえば、刀に振り回されていただけの人物に見えるのだ。「思うところ色々あれども、忠義のため私情を殺し刀を捨て包丁を選んだ」風に描けていれば実に格好良い人物になっただろうに。石川県民はお上に使える従順な県民性のはずで、その方が自然であるしウケがよさそうだ。なにはともあれ、料理の上達への過程の描写が乏しかったことと、安信が料理を好きになった(包丁侍への誇りを抱くようになった)様子が見られなかったことが不満である。付け加えて、「(安信には)元々の才がありましたゆえ…」と数ヶ月の手ほどきでみるみる料理の腕を上達させているのは流石に無理があるのではないか。(料理の腕は)一朝一夕にはいかぬものよの、というセリフが劇中で語られたしばらく後に見られる展開なので、才能任せのご都合展開にみえる。

一方のお春は、物語の軸にいる大黒柱なので、行動がぶれなければそれでよいのである。それは達成できているとは思うが、彼女が安信に好意を抱き愛するようになる様子はいまひとつ分からなかった。彼女は安信を愛しているというよりは、ひとかどの包丁侍に仕上げるために寄り添っていた感が強く、いつ安信をどれほどに愛するようになっていたのか、実感しにくい。彼女が安信を想う心があるからこそ物語は暖かな結末を迎えるだけに、彼女がどうして安信を愛するようになったかは、私のような恋愛に鈍い男にもわかるよう、更なる描写が欲しかった。料理を愛するようになった腕の立つ包丁侍の妻となった春が、夫を愛する心があるからこそ成ろう物語だからである。

つまらない不満をあげてしまったが、この「武士の献立」は良い映画だと思う。過激なシーンなどなく、安心して鑑賞できる娯楽作品なので、気楽に鑑賞するとよいだろう。

西田敏行さん演じる舟木伝内が好々爺然としていてとてもいいキャラ。西田さんは「あさひるばん」にも野球部の監督役で出演されておりましたね。あ、この映画にも。


(文春新書)県民性の日本地図 には、石川県民について
…三〇〇年近くも前田家という大藩の強力な支配のもとにおかれたことが、石川県の県民性のある部分を形づくっていることはまちがいない。感情を表にあらわさず穏やかにふるまうかれらの生きかたは、前田家のもとの厳しい上下関係の中からできてきたものであろう(中略)。このような前田家の秩序を重んじる厳しい姿勢が、控え目で忍耐づよく、ともすれば保守的になりがちな石川県民の気質を生み出したと思われる。…
という記載がある。
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2013年12月20日

そして12年 漫画「花さか天使テンテンくん」感動セレクション 全4巻 感想

花さか天使テンテンくん 感動セレクション.jpg

まとめ
・いま読み返しても面白い名作
・コミックス版での読破をオススメ


花さか天使テンテンくんは昔からのお気に入りの漫画である。私が高校生の頃に連載されていたのを思い出す。あまりにも好きだったので周辺の友人らや異性にすすめたのだが、暖かい理解は得られなかったことも思い出す。しかし、おっさんとなったいま読み返しても、やはりこの漫画は面白く、私が愛してやまない作品のひとつである。

この度、書き下ろし最終話を収録した感動セレクションなる文庫版があることを知った。コミックス版は全巻所有しているが、書き下ろしの最終話を読んでみたいことと、いま新たに他人に紹介したい時に全4巻の文庫版なら都合が良いことから購入に踏み切った。

単行本の全17巻が文庫本4巻相当にまとめられており、収録されているは作者の思い入れのある話のようだ。描き直しはない。各話ごとにコメントが収録されており、連載当時の思い出などが綴られている。最終巻には、登場人物らの12年後の話が収録されている。

fromコミックス版テンテンくん.jpg

花さか天使テンテンくんは、基本的には一話完結のギャグ漫画のスタイルをとっているが、ギャグの内容やストーリーからのメッセージ性は、児童向けの感が強く伺える。すなわち、うんこ、ちんこ、おなら、人の心の優しさのエッセンスである。漫画の設定はよく練りこまれており、ギャグ漫画でありながら設定矛盾で破綻することはない。また、主人公ヒデユキがサイダネを飲んで一時的に才能を開花させ局面を切り開く展開がみられるが、これは、ドラえもんポケットから飛び出る秘密道具のスタイルを踏襲しているのはいうまでもない。登場人物らはおしなべて善良(極悪人は登場しない)であり、人間関係も極めて清潔である。また、地味ながらも道徳的エッセンスを織り交ぜた心温まる描写が巧みである。これを週刊少年ジャンプで連載していた作者は只者ではないとあらためて感嘆する。「うんこやちんちん」などの下品なギャグはさておき、安心して子どもに読ませられる漫画といえよう。そもそも子どもは「うんこやちんちん」が大好きである。

この全4巻の感動セレクションについてだが、まず残念な点も記述せねばなるまい。

・書き下ろしの最終話が、ちょっと「コレジャナイ」感
・思い入れのあるいくつかの話が収録漏れになっている

最終話は、12年後の未来が描かれているのだが、絵柄が違っていて違和感が強い。絵の上手下手は私には説明がつかないが、連載時絵柄に比べると線が太く緩慢な印象。内容も、往来のテンテンくんファン必見!といえるレベルではない気がする(無理に読まずに、思い出の中で完結させておけば良い)。その一方で、作者は漫画を通じて、特に子どもたちに伝えたいことが常に一貫していたのだと感じた。他人を思いやる心を大切にして欲しい、それだけのことだ。だけれど、こうした道徳的で直接的なメッセージ性はセリフにして伝えてはいけない。セリフで伝わるものではないのである。下品で子どもっぽい内容の漫画かもしれないが、一貫した作者のメッセージが根底にあったからこそ、当時のジャンプで長期連載を勝ち取れたのだろう。常にアンケート順位との戦いだったようだが、最後まで己のスタイルを破綻せずに連載を終えた作者は傑物といえよう。

私が最も思い入れのある話が、悪魔のゲームの危険性を知らずに遊んだヒデユキのクラスメイトたちが黄泉の国に魂を飛ばされてしまい、それを助けにいく話である。終盤で縛られたヒデユキがみんなが助かったことに安堵しながらも「みんなにはもう会えないんだ…!」と涙するシーンがある。私はこのシーンでボロ泣きし、ますますこの作品が好きになったのである。まさかギャグ漫画で泣かされようとは思いもよらなかった高校生の時分である。この話はギャグの勢いやノリ、オチも素晴らしく、なぜ感動セレクションに収録されなかったのか、首を傾げざるをえない。作者が嫌いな話だったのだろうか…

この感動セレクションは、テンテンくんの入門には向いているけれども、私としてはコミックス版で読んでもらいたいと思う。全ての話が収録されており、おまけに書き下ろされたギャグも面白いからである。全17巻なので本棚を強く圧迫することもないだろう。
 
花さか天使テンテンくん 感動セレクション 1
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2013年12月16日

ダメ。ゼッタイ。 in USA. 映画「オーバードライヴ」感想


どこかで見たことのある俳優だと思ったらザ・ロック様だった本作「オーバードライブ(原題:Snitch)」。それはあまりにも退屈な作品であった。
ザ・ロック、すなわちドウェイン・ジョンソンのファンでもない限りはオススメされる映画ではないだろう。彼の肉弾格闘戦が好きなファンにもオススメできない。

一応は、米国における麻薬を取り巻く犯罪と刑罰に関する問題提起込められた風試作であるようだが、麻薬が身近な存在にない平和ボケなひとたちにとっては、どうも鑑賞していて焦点が合わないからである。平坦な日常シーンがダラダラ流れて冗長な、それでいて肝心のアクションシーンの尺が短いとい、実に物足りない作品=駄作という結論になる。

米国が南米と陸続きがゆえに麻薬犯罪に蝕まれているのは、この作品だけでなく周知の事実であり常識である。本作はその事実に、麻薬犯罪に関わった者がどれだけ重い刑に課せられるかを、現行の法の理不尽さにフォーカスをあてたシナリオ展開させて説明している。まるで中学生にみせる啓蒙的な犯罪抑制ビデオのテイストでもあるのだが、警察や政府への払拭しきれぬ不信を若干におわせたつくりはうまいところだ。だからと言って面白い作品かといえば別なのだが…登場人物らがどいつもこいつも身勝手というか感情的というか、同情できないし感情移入もできないので、話の展開が変わってもノれない。それに加えてアクションシーンが少ないので冗長で退屈なのである。もしDVDレンタルで試聴していたら鑑賞を中断してしまうだろうレベル。勿体無いのが主人公の相棒役で、もっと素直な協力関係にあればサクサク面白い展開となっただろうに。お互いに息子をもつ父親同士というキャラクター対比の狙いを持たせているのは明白だが、それが効果的に働いていたとは思えない。

ひとまずギャグテイストが一切ない顔面神経麻痺を起こしたような映画である。リアリズムに徹すればこの映画のような展開がリアルなのかもしれないが、堅すぎて暗い印象だ。

ところで「実話を元にした」を売り文句にしているようだが、映画のストーリー展開がお粗末であることの免罪符に利用したなと邪推させてしまうのはよくない。このままでは「全米No1ヒット」「大ヒット上映中!」と同等の胡散臭さ殿堂入りの日も近いだろう。マラヴィータといいオーバードライヴといい、期待せずに観にいった映画が不発続きであると財布も心も苦しい。
 
posted by ぎゅんた at 01:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月13日

私もかよちゃん! 別冊マーガレット1月号より「藤代さん系。」感想

hurusesan.jpg

第3巻の発売日も決まって目下イケイケドンドンの「藤代さん系。」であります。掲載順位が後ろにあってなんとなく不穏な雰囲気が心配だが…まさか3巻完結予定で次回か次々回が最終話になるのではあるまいな。「藤代さん系。」が終わったら、もう別冊マーガレットで読む作品はなくなってしまうのだが。しかし今月号を読む限り、もうゴールは近そうな展開だ。藤代さんも久世くんも、相手が好きである自分の気持ちに気づいているからである。あとは久世くんが自分の気持ちを清算(なにか理由があるようなので)して藤代さんに気持ちを伝えれば済む、その辺りまで来ている。きっと古瀬さんがふたりの後押しをしてハッピーエンドに導いてくれるに違いない。

気づけば、私はこの作品のヒロインは古瀬さんであると認識している。いい女すぎる。
古瀬さんは私だけでなく作者のお気に入りのキャラクターに間違いないので、「藤代さん系。」が終わった後は古瀬さんを主人公にしたスピンオフ作品が始まると考えられる(ポジション・トーク)。


まとめ
ぎゅんたは湯木のじん先生を応援しています
posted by ぎゅんた at 23:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 湯木のじん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月11日

あっさり読める人情短編 漫画「あさひるばん」感想

あさひるばん(漫画版).jpg

こちらは原作の漫画版である。テリー山本・画。一巻完結。
映画版は手放しで絶賛する出来ではないが、悪い映画ではなかったし、「あんどーなつ」のテリー山本の絵柄は暖かく好きなので購入したのである。

映画版と大筋は同じだが、より細かな説明と描写がなされており、少しだけの後日談もある。映画スタッフには申し訳ないが、こちらの方が良い出来にまとまっている。シンプルで、人間ドラマがあって、ハッピーエンドで締めてくれる。変に欲張った展開はなく、素朴で直球である。言ってみれば映画化するにはボリューム不足な内容でもある。なので漫画で読むとシックリとくるのかもしれない(これらは、漫画は映画に比べて情報量や演出に劣るという考えではない)。

やはり私は、原作の実写化が好きではない。原作は優れているのに実写化でその魅力をスポイルされている作品はいくらほどあるのだろうか。漫画原作の「実写化=地雷」と囁く人々の存在は、私と同じ思いを抱く人がいることを示している。実際にはマジョリティではないだろうか。

原作を知らない人は、映像化された作品を通じて原作に触れることが多いようだが、その結果、原作の素晴らしさを知らぬまま去ることになりかねない。映画でもドラマでも、原作の漫画なり小説があれば、まずそちらを優先するべきと考える。「映画化に際して原作厨が激おこ」は最近の風物詩だが、その訴えにはきちんと理由があるのだ。商業的義務のためか実情は知らないが、優れた原作を使い潰す実写化は許されるものではない。
 
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2013年12月09日

ご年配以外は置いてけぼり企画 映画「あさひるばん」感想


まとめ
・昔ながらの邦画コメディが好きならどうぞ
・宮崎県PR映画


この映画の鑑賞に付き合ってもらった友人には陳謝する以外にない。
彼は洋画しかみない。邦画が嫌いなのである。誘ったときに当然、難渋をしめしたが『洋画だから「いい映画」なんてことはない(=邦画にも面白い映画は存在する)』と説き、貴重な休日を奪うことにした。結果、彼は自説が正しいことを再認識したに違いない。邦画は、良くも悪くも我々日本人の日常の延長にあることが多く、洋画はすべからく非日常の延長にある。新鮮味があり面白く感じやすいのがどちらであるかは、いうまでもない。決して安くないお金を出す娯楽である以上、時間を忘れさせてくれる作品を望むのは自然なことなのだ。だから、邦画は洋画ほど選ばれない向きがあるのだろう。

この映画は、釣りバカ日誌の原作者の初監督作品である。なので、映画「釣りバカ日誌」と似たテイストに仕上がっているはずと予想できる。同じ人情コメディ路線であるからもう間違いない。初監督として確実な映画に仕上げる以上、映画「釣りバカ日誌」を参考にするには間違いないからである。だから、この映画は釣りバカ日誌ファンは安心してみることができるだろう。私は釣りバカ日誌には明るくないが、きっとそうだろうと思う。なんとも無責任だけれども、なんとなく、この映画から昔ながらの邦画の香りを感じたのである。

派手なドンパチはなく、異世界さながらの非日常的な風景があるわけでもなく、平成25年という割には現在となんら代わり映えのない遠くない未来の日本の宮崎県を舞台に据えた、とても小さくて閉じられた世界のお話。そこに人情ドラマがコミカルなギャグと共に入り組む…TVドラマの延長線上邦画といっても差し支えがないレベル。駄作ではないけれども、名作だ皆みるべきだと声を出す気持ちも起きない。ただ無難で純朴な邦画があるだけだ。笑いのセンスもどうにも時代遅れ感が強く、30を過ぎたおっさんの身であっても失笑するばかりであった。映画に乗れない。見ていられないほど退屈ではないが、夢中になるほど心を動かされもしない。この映画が悪いのではなく、自分自身が乗れないステージにいるのだと分かる。きっと、ご年配の方々にはツボにはいるつくりになっているのだろう。笑わせどころ、泣かせどころも理解できる。だけれど、私の心は動かない。ご年配の方々ほど人生の機微を知らないし、シナリオに野暮なツッコミや不満をいれずにおられない。

たとえシナリオに不備や謎や滑ったギャグが散在していても、それら全てを納得の上で笑って、楽しんで、感動することができない。水の流れに素直に身を任せるように鑑賞するには、心にまだ尖りが張っている気がする。だから、彼らあさひるばんが何としても甲子園に出場したい理由と意気込みを感じさせる描写がなぜなかったのかと不満をぶつけたくなり、ぶつけても仕方が無いと悟り、あってくれれば楽しめただろうにと愚痴をこぼしてしまうのである。

ひょっとしたら漫画版になら私の疑問と不満に答えがあるかもしれない。作画が「あんどーなつ」のテリー山本氏であるから、この映画のストーリーとの相性は良さそうに思える。

冒頭に邦画は云々と書いているが、結局のところ、ただ私は「実写化」が嫌いなのかもしれない。
 
posted by ぎゅんた at 01:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする