2013年04月28日

ここがホームだ 映画「ラストスタンド」感想


まとめ
安心して観れる娯楽映画



アメ車は日本では売れない。
これは昔から蓮面と続く伝統である。

ぎゅんたが抱くアメ車のイメージは…
・デカい車体
・アクの強いデザイン
・パワー重視
・クソ燃費
・ゴイスなパワステ
・AT天国

こんなところであろうか。
おおよそ皆さんも同じイメージだろうと思う。

 大きな排気量と気筒数の多いユニットをフツーに載せるアメ車は、とにかくパワフルなエンジンが積まれる。そしてスペック上の数値と値段を考えるとアメ車はバーゲンセール状態だったりする。アクの強いデザインも、昔の日本の車にみられた、角ばったようなデザインエッセンスが残っているものであり、アメ車にしかない魅力である。アメ車好きはアメ車以外に目もくれない人が多く、人によっては心を鷲掴みにするルックスを持っているといえる。
歴史的に、あの広大なアメリカ大陸を移動するための車を作ってきたわけなので、頑丈な車体を求めた大きなボデイとビッグパワーは当然である。気筒数や排気量の増加は単純に燃費が悪いが、大陸を延々と巡航するのであれば燃費はそこまで悪くない。なおかつガソリンも安い。エコよりパワーであり、大きさが求められる。アメリカン・マッスルはここに端を発するのである。アメリカの歴史と文化を体現しているのは間違いないのだ。こんな魅力的なクルマが他にあるだろうか?大量に生産するから車体価格も安くできるんだぜ。

 だからだろう、日本でアメ車が売れないこそに怒り心頭のアメリカは最近「アメ車が(日本で)売れないのは軽規格があるからだ!TEPPAIせよTEPPAIせよ!」と声をあげている。これは「差別ニダ!」ではないが、なぜ我々の優れたクルマが売れないんだよ!ふざけんなフ◯ック!という自国の自動車産業の誇りをあざ笑うかにしか思えないことからくる感情的な怒りに違いない。彼らは、なぜアメ車が売れないのか理解できない。ドイツ車は売れているというのに。ジャ○プはアメ車だけ売れないように細工していやがる!と彼らが邪推するのもむべなるかなである。だが今後もアメ車が日本で売れることはないだろう。アメ車が、パワフルで大きくアクの強いデザインのクルマを「アメ車」として、アイデンティティとして抱き続ける以上は。
アメ車を売りたいアメリカにアドバイスをするなら、日本政府に対し「自動車税を大幅に引き下げろ」と圧力をかければよい。その姿勢が知られれば自動車ユーザーはかなり喜び、味方となるだろう。そもそも軽自動車の自動車税ですら高すぎる。


 この映画にはアメ車ばかりでてくる。GMフォード尽くしである。敵役の駆るマシンはシボレー・コルベットZR1であり、シュワちゃんが乗るマシンはシボレー・カマロである。どちらも有名なアメ車のスポーツカーの代表選手である。なぜかフォード・マスタングは登場しない。
以前にみた映画「ゴッドブレスアメリカ」では、主人公はカマロを乗り回していたし、映画「トランスフォーマー」のバンブルビーもカマロである。アメさんにとってはマスタングよりカマロの方が人気があるのだろうか。日本ではマスタングの方が有名で人気が高い気がする

 出てくる車は歴史あるアメ車の代表格。とくにコルベットは画面狭しと快走し、そのモンスターっぷりを魅せつけてくれる。コルベットはアメ車のスポーツカーの頂点に位置するだろうマシン(しかも劇中のは1000馬力チューン仕様)であるから、要はラスボスである。シュワらは、こいつを止めるために立ち上がる。
 
 映画の内容は、娯楽アクション映画における様式美ともいえる展開をとっている。程よくギャグがあり飽きさせず魅せてくれるアクション映画である。言ってみれば古い内容なのだが、娯楽アクション映画の本髄をキチンと理解して押さえて撮られている映画である。そして主演がシュワちゃんときている。こんな魅力的な映画が他にあるだろうか?コルベットといいシュワちゃんといい内容といい、まさにアメリカの保守路線である。

firing Vickers machine-gun.jpg
※これはヴィッカースマシンガン

 映画には、目新しいところはほとんどない。
 悪者がいて、頼れるものは自分たちだけで、古い武器を集め、力を合わせて戦い、撃滅する。それだけである。そこに様々なフィーチャーがテンポよく丹念に織り込まれて笑わせてくれる。安心して観ていられる感覚−様式美−の上に成り立っている。面白いアクション映画はかくあるべしという念が、恐ろしく忠実に真面目に織り込まれた、保守に徹した作品。コメディ色に関してはいささか強く主張されている印象を受けたが、物語の軸がアンバランスに振れるほどではない。この映画の監督はかなり手腕のある人物である。


余談
除雪車のようなあのトラックの出番がなぜ一回だけ?
とか 
農家のおじいさん可哀想(どこに乳牛を飼っていたんだ?)…
とか
コルベットのガソリンが持つわけが無い
とか突っ込むのは野暮です。
 
posted by ぎゅんた at 16:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月25日

御伽噺の外の物語 映画「人狼 JIN-ROH」

JIN-ROH_protect gear.jpg

映画館で観ておきたかった映画ないしはリバイバル上映して欲しい映画のひとつに「人狼JIN-ROH」がある。

映画「人狼JIN-ROH」の原作は押井守の「犬狼伝説」である。
このたび、古本で完結編を含む犬狼伝説(作画:藤原カムイ)を入手・読破した。

映画の人狼JIN-ROHは、犬狼伝説とに細かな差異をもつものの、話の大筋は同じである。監督こそ押井守ではなく沖浦啓之であるものの、原作・脚本が押井守である以上、押井ワールドとなることは避けられない。妙に小難しくされた内容が流れて、言葉響きのよい横文字や台詞に溢れ、決して派手なアクションがあるわけでも外連味があるわけでもない…

この作品はプロテクトギアを纏った人間が魅せるアクション活劇ではないし、娯楽作品という位置づけにもできない。しかし私はこの作品が大好きで、ときおり見直すことがある。その度に、劇場で観たかったものだと強く思うのである。


人狼JIN-ROHは、全編に渡って馴染みのない言葉や台詞回しが淡々と語られる。説明調ではない。
唯一説明調であるとするのは、冒頭のナレーションぐらいのものではないか。
そのナレーションにしても、

”あの決定的な敗戦から十数年。占領軍統治下の混迷からようやく抜け出し、国際社会への復帰を図るべく、高度経済成長の名の下に強行された急速な経済再編成がその実を結びつつある一方で、この国は多くの病根を抱えていた”

とこう始まるのである(声は坂口芳貞)。
こんな文章は押井守にしか書けないし、私の心は強く焦がれるのである。


作中の人物らのセリフは、少なく、説明くさいところはない。
語られる言葉はとにかく最小限である。独白も、登場人物らの心中の考えが述べられることも全くない。徹底されているのである。

これは、よく言えば自然だが、悪くいえば(観客には)理解しづらい不親切なスタイルである。
この作品を初見で鑑賞して、話を理解できた人はかなり頭の良い人だと思う。私は初見では物語を把握することができなかった。

象徴的であり魅力的でもあるプロテクトギアにしても、獣の姿をした人を表す記号の役割に過ぎないので、アクションシーンがメインにはならない。これに肩透かしを食らった人は少なくあるまい。この作品には、分かりやすい暴力や性的なエッセンスは少ない(女の脚はよく映るが)。
陰鬱に近い鈍色のシーンが淡々と流れ続ける印象だ。

なんとなく分かりにくい、製作者の押し付けが強いつくりの映画、物語が不完全に終わっている…過去の私のように、このような評価を抱く人が多いに違いない。これはたいへん、勿体無いことだ。人狼JIN-ROHは、観客に対して親切さに欠くつくりであることは宣告承知の上で作られていることを理解しさえすれば、素直に話を受け入れられ、心動かされる力をもつ傑作であると受け止められるからだ。以前にこの作品に低い評価を下した方は、再び観直されることをオススメしたい。見逃していたなにかを発見できるはずだ。

個人的なお気に入りは"Pride"が流れる中盤のシーン。ここでは架空の昭和37年の東京の風景がながれる。と同時に、この作品の特徴のひとつである赤ずきんの寓話が、主人公と雨宮圭の独り言ともつかぬ朗読のように挿入される。どこか懐かしい昭和30年代の原始的な風景が流れるこのシーンは、観客の心を頑なに作品に縛り付ける鋲の役目を果たす。赤ずきんの朗読がやや煩く、せっかくの風景に集中できない気もしないではないが、素晴らしい背景と作画を出し惜しむことなく淡々と流す極めて贅沢なシーンとなっている。

"Pride"の終わりと共に場面は急転し、そして組織間の戦いが克明となり、物語は輻輳し始める。伏は同期で唯一人の友人を含む公安部の面々を、夢の中で雨宮圭にそうしたかのように一切の感情も持たずMG-42で射殺する。そんな彼を最後に待ち受けているものは過酷な現実であった。この作品はお涙頂戴ものではない。あざとい演出もない。暁闇から朝焼けに移り変わった雑多な埋め立て地で物語は幕を下ろす。公安部に対して特機隊が勝利したのかどうか、後日談がどうなるのか(通常、エンディングにて語られるであろう情報)はなんら一切の説明もなく終わる。獣の物語に結末がついたからである。それはハッピーエンドから程遠い、苦渋に満ちて辛辣なものになっている。世間にみられる「Love & Peace」エンドや「愛があるからオッケー」エンドなど、そんなものは禍々しい絵空事にすぎないと皮肉が込めらているかのようだ。

鑑賞するたびに様々な考えが浮かぶこの作品は、やはり、私にとってお気に入りの一本である。



余談
公安部公安局部長の室戸の声は廣田行生が務めている。
Gears Of Warのマーカスが喋っているかのようで実に渋い。

”ひとつの小屋に二匹の犬は入らん。だが二匹の犬のその血が必要なのだとしたら…つがいにすれば事は済む。どちらの血筋が残るかは賭だがな”



pride
posted by ぎゅんた at 20:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月22日

ぼちぼちドラクエ6へ

ido.jpg

「ドラクエは5までしかプレイしていない」ことを友人に述べたところ、「ならば6をやれい」とソフトを貸してくれた。調子こいて「FFも6までなの」と言ったら「ならば7をやれい」とソフトを貸してくれそうだったが、あいにくプレステは今「ポポロクロイス物語U」専用機なので却下。借りる以上、積みゲーは避けねばなるまい。
というか、いい加減ポポロUをクリアしなくてはならん…RPGはいったんプレイを中止するととかく再開が難しいものだ。


ひとまずポポロクロイスUは中断してドラクエ6のプレイを開始。
主人公の名前は思いつかなかったので「つうふう」に決定。とても痛そうである。

プレイ開始してまだ一時間半ほどだが、ドラクエ5よりもインターフェイスが悪く全体的にテンポが悪い気がする。「これはドラクエですか」と問われれば「ドラクエです」と答えられるが、どことなく異質な味がする。というかまだ仲間が一人もいないのはどういうことなのか。いいかげん、棍棒と薬草をもっての一人旅はしんどいのですが。妹は仲間になってくれないのか?

そんなドラクエ6、ゲームの内容はともかく、感心するのはスーファミでありながらクオリティの高いBGM。ハード末期ともなると、ハードの性能を限界まで引き出したキチガイ恐るべきクオリティが確認されることがあるが、このドラクエ6もそうなのだろう。

今のところお気に入りは井戸のある小屋のとこで流れるBGM。
この曲のイントロが流れた瞬間、脳髄に衝撃が走りました。
素晴らしい。ただひたすらに素晴らしい。



曲名は「ぬくもりの里に」なんですね。なぜ井戸小屋(無人)で流れるのかは謎
 
posted by ぎゅんた at 20:41| Comment(0) | TrackBack(0) | レトロゲー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月19日

みんなで崖から落ちよう!! 別冊マーガレット 5月号

lunch time.jpg


月刊別冊マーガレットでお気に入りだった「花と落雷」が最終回になっていた。
コミックス1巻を買ったばかりだというのに…


バゲットを買いにいったら財布を忘れたことに気づきスゴスゴ帰ることになったり、レイトショーの「クラウド・アトラス」を観にいったら時間を30分間違えて(遅刻して)スゴスゴ帰ることになったり、最近の浮世はやけに世知辛いのであります。
 
posted by ぎゅんた at 07:08| Comment(2) | TrackBack(0) | 漫画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月17日

GHアテンザ平均燃費

GH_atenza_fuel consumption.jpg
ひとまず15.0km/Lを確認した。これ以上の数値を求めるのは非現実的である。
この数値は停車することなく延々と60-80km/h走行を続けて得られたに過ぎず、常にこうした運転をすることは公道の「流れ」を阻害するシチュエーションがでてくるからである。従って、これ以上の数値求める行為は無益である。14km/L台にあれば十分だろう。


atenza_aerodynamic performance.jpg
ところでGHアテンザは強風の下にあっても、とてつもなく安定して走ってくれる。荒れ狂う強風の中を走っても普段と変わらない感覚で走ることが出来るのである。給油でスタンドに寄ってドアを開けたとき、強風で腕ごとドアを持っていかれたことがある。停車してドアを開けるまで、車外が強風に荒れていると気づいていなかったため、ドアを開けた瞬間、強風に不意打ちを喰らったわけである。走らせていて、ステアリングが取られるとか車体がフラつくとか、強風の存在を感じていなかった。徹底した空気抵抗の設計によるCd値0.27が利いているに違いない(しかしCd値は係数なので、ボディサイズの大きなGHアテンザの空気抵抗は大きくなる)。

 
posted by ぎゅんた at 21:22| Comment(0) | TrackBack(0) | マツダ GHアテンザ25Z(6MT) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ただ、在ることだけ 映画「遺体 明日への十日間」感想

映画「遺体 明日への十日間」title.jpg

「遺体 明日への十日間」
公式サイト


まとめ
観ておくべき映画

実話を基にしたドキュメンタリー、ではなく、映画である。
しかし、映画的なストーリー展開は全く無い。起伏がない。
伏線と思われるようなシーンがあっても、その回収も無い。
ただ淡々と、シーンが流れていく。
記憶違いで泣ければ、BGMは4度ぐらいしか流れない。上映から1時間ほど経ったあたりに、見知らぬ人が花を添えるように、静かなBGMが流れ始める…


未曾有の大震災にあった地の、ある場所にあった光景がフィルム化されたかのような作品である。
映画としての体はなしていないのではないかと思われるこの作品は、しかし、たいした映画ではなかろうか。被災によって命を落とした者と生き残った者がいる。その中の、ごく一部の人物らに焦点を合わせただけである。在りのままなのである。特別になにか事件が起こるわけでもない。地震や津波の恐怖が映されることもない。舞台が点々とすることも無い。舞台は、中学校の体育館に終始している。得られる情報は、そこに出入りする人にしかない。いうまでもなくそれは、当時の被災された方々の身の上と変わらない。だからこそ、この映画は在るがままに映し完結されている。この徹底さの上に成り立つバランスは実に見事である。

私は、この映画を、日本人はもとより海外の人に観てもらいたいと思う。
あの時、日本のとある場所ではこうだった。人々は、嘆き、苦悶し、自答し、語り、生きてゆくことになった。死者には声をかけて弔った。我々にはことばがあるからである。国も人種も宗教も文化も違えども、みな同じことをする。映画をいたものがどこの国の人であれ、そう思うだろう。ありのままに在ることだけを映した、そういう映画だからである。


iPadから送信
posted by ぎゅんた at 00:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月16日

荒廃した世界と少年とサバイバル 漫画「望郷戦士」

望郷戦士」である。
古本屋で全巻セット300円だったので購入。1989年ごろの漫画で、表紙の絵柄が古く時代を感じ出せる。以前、「後味の悪い漫画とかあったら教えてください」スレだったかで紹介されていた記憶があったので、本棚に並ぶ本作品をみて読んでみたくなったのである。元々、サバイバルものが好きな性分も影響している。少年サンデーで連載されていた本作の内容はいかに。


ストーリーは以下のようである
(抜粋)
ボクたちが出会ったのは戦場。そしてそれは、けっして起こってほしくない未来の姿。現実か夢か、5人の少年たちがじかんを超越して13年後の世界に出現。だが、そこでは人間同士、壮絶な戦闘が繰りひろげられていた!!


いかにも少年漫画ですね、というストーリー。
仲間と力を合わせて生き抜くうちに成長していくし、友情と努力、勝利のエッセンスもある。こうした泥臭い設定に反して、実際の内容描写はやけにアッサリしているのが特徴か。血生臭い凄惨な戦いをしているのに、無菌室で戦っているように読めてしまうというか…。PTAに気兼ねしたんでしょうか?この時代のPTAは強そうですし。

さて、内容がアッサリしているからといってツマラナイとか駄作になったわけではありません。当時サンデーで直に読んでだ子どもたちの記憶には残っているだろうインパクトと内容ある、良作の類にある作品だと思います。子供の頃の印象的な漫画って、大人になっても忘れられないものです。

少年漫画におけるインパクト、その正体はバイオレンスとエロティックにあると考えていますが、本作もその例に漏れません。
バイオレンスは、格闘から銃撃まで、およそオトコのコの大好物で、生き死にが関わってきます。強調が過ぎると凄惨すぎてグロ路線になりますが、禁じられた果実というか、こうした「劇物」は麻薬的魅力を備えうるのが常なので、作者による大小はあれど、無いことはまず、無い。
エロティックはいうまでもありません。性を感じさせる描写はオトコのコの心を鷲掴みにするものです。人前では興味の無いフリをしても、実はじっくり見たくて仕方がない、気になって仕方がない、そうした興味と情念が作品への愛着となる。本作では、おっぱい露出シーンや女を思わせる色っぽい描写が用意されているのでm当時の読者に大きく貢献したであろうことは容易に想像がつきます。特筆すべきは、エリノア・ベンダーでありましょう。様をつけて呼びたくなるこのキャラは、「外人・巨女・筋肉・屈強・ツンデレ」の属性を備えた玄人好みのキャラ。0083で例えると「見た目モーラさんの陸戦型シーマ様」というべきヒロインより魅力的なキャラです。当時の読者少年らの間で「エリノア様に踏まれ隊」が結成された(推測)のは当然だったのであります。

物語のラストはちょっとショックかもしれません。
かなり強引な締めで不満が無いでもありません。具体的に彼らがどうなるかーについては記載が無いので読者が想像する他にありませんが、少年漫画的ハッピーエンドには違いない。どこが「後味の悪い漫画」やねんと読後に思う。人によっては「すっきりしない終わり方」の意味では後味は悪いかもしれない。

そんなわけでこの「望郷戦士」、古い漫画ですがなかなか味のある漫画だと思うので紹介させて頂きました。古い漫画ですし色々とツッコミどころがあったりしますが、それを含めて楽しめる作品だと思います。そしてこの作品の魅力の半分はエリノア様にあります。読めば分かる。


おまけ
同じような設定の世界荒廃系サバイバルものに少年チャンピオンの「BMネクタール」があります。こちらは2000年連載開始になっています。作品の質やボリューム的にこちらの方がオススメです。B級映画が好きな貴方は是非ご一読ください。
 
posted by ぎゅんた at 13:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 漫画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月11日

安易なお涙頂戴モノにあらず。そのこころは  映画「ひまわりと子犬の7日間」感想

ひまわりと子犬の7日間.jpg
宮崎県純度の高い、犬と命を扱う映画。良くも悪くも子ども向けの仕上がり


動物モノは卑怯である。
医療モノと同じで、健気な生命の喪失を換涙させるからである。
ここに邦画テイストが添加されると「主演キャストのドアップシーン+絶叫(煩い)+クソJ-POP挿入」がもれなくついてくる。邦画の感動系映画のPVを見れば分かるだろう。世間の確定事項。みんな知ってるね。

そんなわけで、感動系を謳う(と思しき)ジャンルはくたばれ食指が動かないのだが、おりしも日曜日からの酷い風邪が抜けて楽になってきたので映画「ひまわりと子犬の7日間」をみにいくことにしたのである。本復祈願である。観客は私を含め2人であった。


結果
ううむ.jpg
画像はイメージ

う、うん…。
感動の押し付け路線ではなく、良い意味でドライな仕上がりに徹したか。肝心の映画の出来もドライです
懸念していた「さぁ泣け」プレッシャーも別になし。どことなく小学生にみせる教育番組(例:さわやか3組)のような仕立てです。

まさかその層をターゲットに絞って撮ったとは思えないけれど、小学校高学年あたりの子供たちがみるには色々と考えるところがあり良さそうな映画ではないか。観た人なら、私のこの気持ちがきっと理解できるハズ。

総じて、悪い映画ではないが大人が観るには物足りない映画である。


映画の出来に関して
色々とツッコミどころがある。

・ニーソでなくなった途端に可愛げない性格になる11歳の娘
・監督はゆとりに相当な怨恨と偏見持っているとしか思えない描写(そのゆとりの友達も典型的DQN風味という徹底ぶり)
・女獣医師が主人公と幼馴染という設定がなんら一切まったくもって意味がない塵芥っぷり
・父犬の超絶な不在っぷり
・町の獣医のホームページの記事をみて税金の無駄遣いだと保健所にクレームを入れる市民の声の高火力っぷり

などなど。
ただ、これはツッコミというよりジジイの難癖みたいなものである。
だが抱いた意見は素直に正直に記していきたい。

まず、こうした感動路線モノは、まず人が死ぬか助かるかをキモにすることが多い。絶対価値としての生命をキーにシナリオが構築されるのである。しかしそれは安直なシナリオであると、業界の中には「人を死なせて涙を誘うのは三流」という格言(?)があり戒めていると聞く。その真偽のほどはどうでもよいが、ただ、人の死で感動を誘う路線が安直であろうことは間違いない。この映画はお犬様ものであるので、ああ、最後にわんちゃんが天に召されて観客の涙を誘うのだなと予想させることになる。だが、そうではなかったのである。古典的な忠犬ハチ公や海外版Hachiのようなシナリオではないのである。

盛り込まれたと思われるテーマは、保健所に集められた犬たちの駆除〜犬たちの命について〜行政のルールとの狭間にある保健所所員の苦悩。そして母親の我が子への愛である。タイトルから、犬(ひまわり)とその子犬が主役の映画に思えるが、観るとそれは違うと思わされる。
集められてきた可哀想な犬たちの世話をするだけでなく、なぜかれらの命を奪うことも仕事にしているのか。感情だけで命を救えない現実がある、そのことをまだ幼い子供たちはどう受け止めるのだろうか。子のために我が身を捨てて守らんとする母の姿とは…

これらのテーマをさらりと盛り込んだかのように映画は撮られている。わざとらしく感じなかったので、「良い意味でドライ」に感じた。
しかし、せっかく込められたテーマうまくまとまって深みのある物語になったかというとそうではないのである。中途半端、と評するのは好きではないが、中途半端である。

可哀想だから犬を飼って、殺さないで!という子どもの気持ち。これは正しい。力あるものが弱いものを助けるのは正しいことだからである。だが、社会を形成して、その中で生きる人間にとって、すべての動物の命(この映画では犬の命)を救うことは出来ない。保健所に収容された犬は、期日までに引き取り手が見つからなければ処分される。そこに可哀想だからという当然の感情はあっても、社会秩序と行政のルールが厳然と立ちはだかる。人間は弱く、寄り添って生きながらえる。それが家族であり共同体であり村であり社会である。その社会の中に生きる我々は、無数の生命の犠牲の上に成り立つ、本当に罪深い存在なのである。
そして母親には、子を全ての外敵から守ろうとする無償の愛があり、子は、たとえ覚えがなくとも、母親からの愛を不滅の記憶として身体の中に遺している。だからこそ、我々は他人にギュッと抱きしめたれた時に母親の愛を思い起こし温かな気持ちに包まれるのである。

こうしたテーマは道徳的ではあるものの、大切なことだ。そしてこの作品はこのテーマを伝えたいと思って撮られているはずだ。映画をみれば分かる。だからこそ、「小学校高学年あたりの子供たちがみるには色々と良さそう」と書いたのだ。しかし、せっかくのテーマは、残念なことに昇華し切れていない。だから、この作品は中途半端で勿体無く感じる。それをして「悪い映画ではないが、大人が観るには物足りない」と書いたのだ。


不満、不足に思えたその訳は
保健所に集められた犬たちは、期日を過ぎれば処分される。ボタンを押すのは、期日まで世話をした所員である。仕事とはいえ、仕方のないこととはいえ、ボタンを押す所員の心中はいかほどであろうか。
現実的には、なんの痛痒もなく、「あー、今日の昼飯はなににしようかな〜」など考えながらボタンを押す所員がいるかもしてない。あまりにも多くの命を奪ってきて感覚が麻痺して、そのような境地に達している所員は実在するかしれない。だが、それは社会が生んだ悲劇に他ならない。
あり得る話だが、それをフィルムに映す必要はないだろう。主人公は元々動物園の飼育係であり、そのような人物ではない。それでよいのである。彼は自らの仕事の内容の、矛盾したような行為に葛藤しているのである。助かる命もあれば去りゆく命もある。それは犬たちの運命なのだろうか。ただの人間側の都合の押し付けに違いない。目を背けてはならない大切なシーンである。

しかし、殺処分のシーンは一回しか映されない。不自然である。残酷だから一回こっきりにしたのだろうか?
ひまわりが収容されてから期日の2/28まで、殺処分を行わなかった訳はないはずなのだが。ひまわりの世話をしながら、他に世話をしてきた犬たちを殺処分をしていただろうし、または里親に出すこともあったはずなのだが、なぜか、そうした描写が一切ないのである。ひまわり以外の犬たちの扱いが軽すぎるように見えてならないのだ。「命の重さには明らかに差がある」と私自身は考えるし、世間のオトナが口にしない常識でもあるだろうが、この映画にそんな常識は必要ないだろう。命は等しく大切なものだという姿勢を貫いて欲しかった。残酷なシーンと判断したのか必要がないからあえて撮らなかったのかカットしたのか、私には知る由も無いが、この作品としては大きなミスではなかろうか。命について伝えようとするシナリオが軽くなってしまう。

そしてもうひとつ、シナリオが軽くなるミスを犯している。
それは、主人公の妻、子どもたちの母親の不在についてである。彼女は冒頭の回想シーンにでてくるが、事故で亡くした、と即退場する。彼女について語られることは、ほとんどそれだけである。
物語後半、主人公や子供たちはひまわりの母性に亡き妻との重なりをみる。それが物語の感動につながっていくシナリオになっている…はずなのだが、亡き妻が「交通事故で亡くなった」だけの説明しかないものだから、説得力に欠けている。妻がどれほどに子供たちを思っていたか。ひまわりが子を守ろうとする母の愛に、子供たちは母の心を重ね情念に駆られるのだというのに。少なくとも、「交通事故で子供たちを庇って亡くなった」とするだけでも違っていただろうに。製作陣は気づかなかったのだろうか?そのことに、なにか狙いがあるのだろうか?本作には原作があるようだが、原作通りにしたらこうなったのだろうか?
私は、とても勿体無く思った。


ところで「奇蹟」っのは随分と安い言葉になったのですね。
この作品では物語の最後、ゆとりに「奇蹟だ」といわせるので余計に安っぽい言葉に聞こえる。奇跡ってのは、起きないから奇跡っていうんじゃないか、って、それはある有名なエロゲーにあった言葉ですけれども、そうそう簡単に起こることではありますまい。期日最終日、主人公がひまわりに話しかける。そしてひまわりが、つに心を開くかのように主人公に懐き、結果として凶暴でないことが証明される。そして主人公がひまわりとその子犬を引き取ることになる。それを奇蹟というのはちょっと…描写はされていなかったものの、その傍では殺処分された犬たちも里子にでていった犬たちもいたはずなのだ。そして、ひまわりを引き取ることになったからと言っても、今後も、保健所に同じように不幸な犬たちは収容されてくるのが現実なのである。そのへんは議員が粉骨砕身して愛犬フェアを開いたことで上手くぼかされている。「奇蹟だ」などと言わせるからには、ひまわりを通じて、保健所に連れられてくる犬たちが一匹もいなくなる社会が実現するほどでないと釣り合わないだろう。そしてそんな社会は実現しないだろう。だからこそ奇蹟と言えるのか。軽々しく奇蹟だと言うな。そんなのは、ガリガリ君を買ったら当たりだった、奇蹟だ!なんて喚くテレビの中の蓮っ葉な連中だけにしてもらいたい。世の中には、神というのはただの偶然であると考える人もいるし、奇蹟はただの偶然と片付ける人もいる。私はそこまでガチガチに理系っぽく考えないけれど、しかし最近の「奇蹟」のあまり横溢大活躍っぷりには少々、我慢出来ずにいるのだ。


iPadから送信
posted by ぎゅんた at 01:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月01日

恐竜映画、とは 映画「ダイナソー・プロジェクト」感想

Dinosaur_Project.jpg

思うところあってダイナソー・プロジェクトを観にいった。
公式サイト

恐竜が出てくるサバイバルものと知って食指が動いたのである。単純にサバイバルものが好きなだけで、恐竜は好きでも嫌いでもないのだが、思えば「ジュラシック・パーク3」以来の恐竜モノとなるので、これも何かの導きだろうと思い至った次第。「ジュラシック・パーク3」を観終わった後、友人と共にゲボを吐いた俺には、あれ以上の駄作をつかまされる不安はなかったのである。
ポップコーンLを笑顔で購入し鑑賞に備える。土曜の夜だ、遠慮するこたねえ!

Come, let us be going!



結末
無言.jpg
※画像はイメージ


観ていてツッコミの嵐。どうしろというのか。
こいつらは本当に金払って観たのか?どうせ試写会でタダ観だろコノヤロー

見所
・とても15歳に見えないジョナサンの息子ルーク。趣味はブリーフ漁りと盗撮
・ジョナサンの愛人にしか見えないおっぱい&お尻要員のリズさんは即退場
・残ったのはおっさんたちと現地民ガイド役のアマラ(♀)
猫の額よりも狭い村で、鶏かなんかはいってそうな檻が壊れているのを発見して中二病台詞をとても思わせぶりに吐くアマラさん
・そんなアマラさんはガイド役を仰せつかった観光局職員のくせに「馬鹿馬鹿しい、私は帰る!」とビンビン死亡フラグをおったてる。案の定、それ以降出番なしです
・そしておっさんたちと恐竜が残った
・出てくる恐竜はメイン2種にサブ3種というやる気あるバリエーションの無さ。無名観光地の遊園地みたいなもんです
・恐竜だってお菓子を喰うんだ懐くんだ
・即BUKKAKE
・蝙蝠恐竜が夜に襲ってきた!それは分がる。だが、映画後半、真昼間に当たり前のように活動していたのはナニ。目が見えるのか?睡眠が要らないのか?
うおーっデイブの仇討ちだ〜っ!!
・始終、手ブレカメラの酷い揺れと録画ぶつ切りの応酬で観ていて気が変になりそうだ。「そもそも誰が撮ってんだよ」って場面が多すぎ。念写か?
・落石アトラクションはやたら砂埃まみれ
・ザ・チャーリー 謎の棍棒
・再BUKKAKE
・貴重な画像記録を詰め込んだリュックを滝壺に投げ入れる超度胸(ただ単に絶景の光景を映したかっただけだろうとバレバレ)
・スタッフロールでは妙にいい出来の音楽が流れる(サントラで聴きたい)
・しかしオマケシーンなど存在しない


こんなところです。
面白そう?さあ映画館へ行こう!ポップコーンも沢山用意して臨め!

思えば、〜プロジェクトって類の題名は、低予算映画の走りとなったアレの同類を意味していると気づかなくてはなりませんでした。
しかし低予算映画の出来はアイデア勝負、実際にこの映画も、設定やアイデア、カメラワークの一部にキラリと光るものがあります。でも、それが観客の期待に添えていないだけです。

posted by ぎゅんた at 21:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする