2013年03月31日

GHアテンザの魅力や不満とは

GHアテンザ平均燃費.jpg
論旨:GHアテンザは、エクステリアデザインが気に入って、速い走りでなく余裕あるどっしりとしたクルージングを望むマツダ好きにオススメ


早いものでGHアテンザ(二代目アテンザ)25Z後期型を購入して一ヶ月が経った。

今のところ快調で問題なく生活に溶け込んできている。GHアテンザは以前のNC1に比べて刺激と開放感に乏しいことに不満を覚えるものの、それが非現実的な無い物ねだりであることも、結局自分のはライトウエイトのオープンカーが必要であることも自覚している。いつかセカンドカーにオープンカーを持てば良いのである。生活に余裕がでたときに趣味に走って乗ればよい。何年何十年あとのことであろうとも、MTのオープンカーは必ず残っているはずである。


さて中古で購入したこのGHアテンザはワンオーナー車で、おそらく前オーナーは、現行アテンザ(GJアテンザ)のXD(6MT)を購入のために手放したものと思われる。彼が現行のアテンザを気にいって乗ってくれていれば嬉しいと思うと同時に、彼が手放したGHアテンザのオーナーとなってた私が得た気持ちを記しておきたい。なお、オーナーとしての贔屓の気持ちが込められたものであることは、予めご理解いただきたい。

以下にGHアテンザのお気に入りポイント及び魅力を語りたいと思う。併せて、不満点も。



1.エクステリアデザイン
なにはともあれエクステリアが気に入っている。
二代目アテンザは、目にするたびに美しく魅力的なクルマに感じていた。特に公道で、右斜め後ろから走り去っていくリア姿が極めて綺麗で魅力的であった。
一方で初代アテンザは、世間がいうほど格好良いともデザインが美しいとも思っていなかった。むしろ、アテンザとアクセラ区別もついていなかったのである。要は初代アテンザは私の興味を惹く魅力を備えていなかったわけだ。それをして、マツダスピードアテンザは色々と残念な車なのだ。二代目アテンザをAWDにしたマツダスピードアテンザや、海外にある3.7L-V6エンジンを積んだものなら相当に魅力的なのだが…マツダは国内には用意しなかったのである。売れないからである。アテンザは海外での売れ筋モデルであり、国内販売事情には力を注がなかったのである。可愛らしく表現すると「(国内市場は)好きな人が買ってくれて気に入ってくれればいいかナ…」ぐらいの気持ちに違いない。実際に、二代目アテンザは国内ではあまり売れなかったようだ。不人気なのである。しかし、オーナーの声を分析すると、その殆どは惚れ込んで乗っていることがわかる。換言すればオーナー以外にのみ不人気なのである。

そんな彼らオーナーの意見の多くには、エクステリアデザインの素晴らしさが挙げられている。とりたてて奇抜なデザインでも造形でないが、どことなく香り立つ麗しいラインを思わせるデザイン。フロントからリアへ、デザインのバランス(抽象的で申し訳ないが、うまく説明できない)が破綻することなく調和しているので、自然にそこに在るクルマになっている。後から知ったことだが、二代目アテンザのチーフデザイナーはNBロードスターやRX-7のデザインを手がけている人なのであった。納得である。

賛美的、陶酔的にデザインの評価を下すと「芸術性の込められた、分かる人には分かるデザイン」といったところ。ハマる人にはハマるデザインとみる。
そもそもデザインは個人の好みの合致、相性の感覚である。八方美人なデザインはデザインにあらずともとれるし、デザインも芸術も、気にいるか気に入らないかである。私にはGHアテンザのデザインが好みに合っているだけであるが、世の中にはダサいと感じる人も当然いるわけである。そこにはなんの異常も特殊性もない。

エクステリアデザインの話に戻ろう。
GHアテンザは、初代アテンザに比べると熟年寄りのエクステリアデザインであり、現行のアテンザに比べると男らしい格好良さに欠けると思われる。しかし私はGHアテンザのデザインが最も良いと思っている。だからこそ購入したのだ。

お気に入りは、やはりリア周りである。後ろ姿に色気のあるデザインが好みなのだ。この点でいうと現行のアテンザはリア周りがもうひとつであり、不満を感じている。フロントからサイドまで力強く大胆なデザインであるのに、リアで綺麗にまとまるには力不足というか。必要もないのにBMWの影響を受けた(パクった)かのような、「らしくない」デザインに感じてならない。昔からマツダはBMWコンプレックスがあるようなので仕方がないことかもしれない。マイナーチェンジに伴うデザイン変更でリア周りが改善されることを期待しているが、難しいだろう。一度決定されたデザインはそう簡単には変えられないのである。CR-Zも、格好良いエクステリアがリア周りでスポイルされていると感じる一台だが、マイナーチェンジでリア周りのデザインに変更はなかった。相変わらずリア周りは残念なままである。逆にいうと、貴方が心底惚れ込んだデザインのクルマを所有することは、永続的な満足感が約束されることでもある。長く愛したいクルマが欲しいなら、心底、惚れ込むことのできるデザインのクルマを探すのが近道である。


2.燃費
備え付けのインフォメーション機能(CF-NET)の平均燃費を信じるなら14.7km/Lである。2.5Lにしてはよいのでは。エアコン常時OFF、60-80km/h巡行、早めのシフトアップ(できる限り高次のギアで走る)を心がけている。急加速は決してしない。いわゆるユックリ運転である。公道の流れを妨げていない範囲の運転と思われるが、先を急ぐせっかちなドライバーからみるとトロい運転には違いない。とはいえ、そういうドライバーはさっさと追い抜いて行ってくれるものである。

なお、信号グランプリを行うとアテンザに「急発進です。アクセルワークに気をつけて下さい(セリフはうろ覚え)」といった、機械的な声で冷たく注意される。そして丁寧な運転をしても褒めてくれない。


3.ステアリング
重めと思われるが、手応えがある重さで好みの味つけである。そもそ軽いステアリングが嫌いなのである。重さは、片手運転を長時間続けていると重さで手が疲れてくるぐらいのもの。片手運転をするなということである。
電動式だが、それを感じさせない…というよりは、そもそも油圧式と電動式の区別があまりつかない。よく出来た電動式パワステといった評だろうか。油圧式の方がきっと自分の好みなのだろうが、ただのバイアスのような気がする。

ステアリングは、重めで舵を切った分だけ素直に曲がるリニアな性格であれば文句はない。クイックすぎずダルすぎず、25Zのステアリングフィールはかなり気に入っている。


4.インテリア
今まで乗ってきた車(二代目スイフト初期型4AT、インテグラタイプS5AT、NC1ロードスターRS)に比べるとダンチの高級感である。タイトさもない。快適なのである。
ドライバーにとって快適な車というのは、本来の(車の)姿にゴテゴテ余分な装備がつくことを意味するので、本質的にはZoom-Zoomからが遠ざかっている気がしてならないが、そこは目をつむることにする。アテンザはフラッグシップモデルだからである。しかし後席にエアコン送風口はないので後ろの人は暑かったり寒かったりする。

インパネ付近からシフトゲート、そしてステアリングにかけて、グレーのヘアライン調のデコレーションパネルとピアノブラック加飾コンビネーションが美しい。ソフトパッドのシボが採用されているが、なぜか助手席側だけで運転席側のは硬いプラである。現行のアクセラやCX-5は、運転席側もすべてソフトパッドだというのに…そしてパッドの柔らかさや厚みも負けている。

マツダはインテリアのデザインセンスは悪くないのに、採用されている材質がイマイチで、結果としてスポイルされている残念さがどの車にもある。どうしてこうも詰めが甘いのか。「だから安い」とか「その費用が足回りやエクステリアに回されている」いわれればそれまでだが…。


5.シート、座り心地
25Zはハーフレザー仕様である。厚切りポテトみたいな溝がついているフラットウーブンの触り心地がよくお気に入り。レザーは安物のソファーに採用されていそうなもので硬く、質感はよくない。その分、頑丈そうな感じはある。座ると硬めで、いつものマツダなシートである。二時間以上運転をすると腰が痛くなってくる。シートのポジション調整にまだ不備があるのかもしれないし、このシートのクオリティかもしれない。

後部シートはなぜか妙に柔らかい座り心地になっている。


6.静粛性
いままでに乗ってきた車に比べれば静かだが、高級車を名乗れるほど静かではないだろう。フラッグシップのサルーンを目指すならもう少し頑張らないといけないだろう。尤も、より高い静粛性を望むなら現行アテンザに乗り換えになる気がする。
25Zはハッチバック構造であるためか、後ろからの音が車内に響くようなこもるような…機会があれば、セダンのGHアテンザに乗って静粛性を比べてみたいものだ。


7.クラクション
ビーッ!という神経に障る安っぽい音ではなく、とても上品な音である。
しかし出番が無い。



まとめ
キビキビ走り込むキャラクターではなく、どっしりとした乗り味を楽しむ車である。その意味では、「スポーツグレード」を謳う25Zは、なにがスポーツなのだろう?と妙なしこりが残る。多分、5ドアで排気量が2500でマニュアルでリアにスポイラーがついているからスポーツなのだろうが、安直に過ぎる(詐欺グレードとは言わんが…)。控えめに贔屓目に言っても「ちょっとやんちゃに走ることもできなくはないぐらいのグレード」であり、ありていに表現すると「どこがスポーツやねん!」となる。

こうした意見が寄せられたからか開発陣に思うところがあったかどうかは分からないが、現行アテンザにはスポーツグレードが存在しない。おそらく、今後、設定されることもあるまい。中途半端なスポーツグレードを設定するぐらいならマツダスピードアテンザを出す余地を確保したのだろう。

そして私はマツダスピードアテンザクーペを切望しているのである。


iPadから送信
posted by ぎゅんた at 21:53| Comment(2) | TrackBack(0) | マツダ GHアテンザ25Z(6MT) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月30日

各世代のアテンザからみるマツダのフラッグシップ(私見)

アテンザはモデルチェンジごとにキャラクターが大きく変わってきた。
名前こそアテンザだが、クルマの方向性がまるきり違うのである。

思うに、
初代アテンザは、若々しさと軽快なスポーティさを
二代目アテンザは、クルマが正しく成熟することの意味を
現行アテンザは、確立の上に揺るぎのない意思を

それぞれに持たせたかのように成っている気がする。世代ごとに別物なのである。

なので、初代アテンザに惚れ込んでいる人は二代目と三代目に乗っても不満を感じることになる。初代にある軽快さは二代目以降にはないからである。逆に初代の軽軽快な乗り味は、少なくとも三代目にはないものである。どちらが好みかは乗り手次第だろう。アテンザはマツダのフラッグシップモデルの位置づけなので、こういう成長過程になるのだろう。

マツダはスポーティさをZOOM-ZOOMに結びつけてクルマを作っているが、フラッグシップモデルとしては、やはり世にいう高級サルーンの方向性に持っていきたい気持ちがあるわけだ。ポルシェのように、フラッグシップを911にするほどの姿勢はない。911はセダンでも5ドアでもない、生粋のスポーツカーである。また、911はRRレイアウトを採用する孤高の孤高のモデルであり、いまだ世界のスポーツカーのヒエラルキーの頂点に居る()。

マツダはマツダで、ロータリーエンジンを載せた孤高のスポーツカーを作り上げてもらいたいと思うし、それをフラッグシップにしてもらいたい。いまだ囁かれるRX-9がそうであればと願うばかりだ。
思えは、レクサスも採算を度外視して、メーカーのブランドイメージの向上とアピールのためにLFAを世に出したではないか。ホンダもまた、次期NSXを世に出そうとしているではないか。採算を度外視するのはマツダには酷なことでしかないが、しかし、マツダのロータリーエンジンを載せたスポーツカーを渇望するクルマ好きは多いのだ。マツダのロータリーにかけてきた歴史と物語は、マツダファンのみならず日本人全員が知っておくべき誇りである。ロータリーエンジンを搭載したスポーツカーを作りあげてきた経験が、今のマツダが作るクルマの細部にまで行き届き活用されているの言うまでもないことなのだから、再びロータリースポーツを世に出して欲しいとおもう。その経験が、未来のクルマ作りへの確かな技術と糧になるのだから。

※しかし最近のポルシェはパナメーラやカイエンといったスポーツカーメーカーの姿勢を疑わせる車種を出しているが、これが売れるに売れて「やめられない」状況となっている。ホンダと同じで、いったん売れるモデルができてしまうと味をしめてしまって昔の姿勢に戻れなくなる病にかかってしまったのではないかと(主に私の中で)心配されている

iPadから送信
posted by ぎゅんた at 13:36| Comment(0) | TrackBack(0) | クルマ(マツダ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月23日

SKYACTIV-MT 新型アテンザXD(MT)試乗 

Atenza_shiftknob.jpg
写真では分かりづらいが、とても格好良い造形のシフトノブ

【アテンザ開発者への10の質問】Q.4 なぜ今MTを設定したのか?
まずはこれに目を通してもらいたい。

MTを知らずしてよいATを作ることなどできない。
それは当然である。MTのネガな部分をATで克服するのだから。技術の進歩とは、不便さを便利さに、苦労を楽に変えたいとする人間の情念からくるものだからである。
実際にSKYACTIV-ATの出来は素晴らしいものがある。高価なツインクラッチなんて要らないだろうとおもわせるマツダ傑出のトランスミッション。しかし、それでもシフトを自ら動かして得られる感触からもたらされるプレジャーとシフトフィーリングはSKY-ATであっても実現できない。「アナログ的な良さ」というものは、いかなることがあっても、最終的には否定できない絶対の価値がある。たとえどんなデメリットがあっても。殆どの人がアナログ的なよさを求めない事情があるとしても。求める人がいる限り、決して絶やしてはならない、必要なものなのだ。


さてこのたび、GJアテンザセダンXDのMTの試乗車に触れる機会があった。
ボディカラーはメテオグレーマイカである。パッと見で新色だとすぐに分かるような艶やかな魅力はなく、堅実保守的なグレー、一昔前のBMWのスペースグレー、そのような印象を受ける。地味といえば地味だが、グレーが好きな人はこの色に即断即決である。

ほんの少しの試乗であったが、私なりに得られた感想を述べていきたい。

まとめ
・SKY-Dは洗練されたディーゼルエンジン
・SKY-MTには、マツダなりのシフトフィールへのこだわりが感じられる
・回転数を考えないギア選択をすれば普通にエンストする



まずは馴染みのN氏が運転席へ、私は後席へ。パッセンジャーとしてリアシートの居心地を味わってみたかったのである。
リアシートは特別に狭いわけではないが、身長175センチの私が座っても頭上には余裕がある。
ただし後部にかけてなんとなく閉鎖感がある。後ろを振り向いても視界が狭い感じなのである。RX-8ほどではないが、閉所恐怖症の人はすこし辛さを感じるかもしれない。ディーゼルエンジンを思わせる振動や音は全く感じない。

ディーゼル鬼トルクのお陰で、1速に入れたら判クラで楽勝発進できるとのことである。実際に試してもらう。後部座席に座っているのに発進時の車体の「軽さ」を感じる動きをする。エンジン回転数が上がった音が聞こえなかったので、アクセルを煽ることなく本当に半クラ発進をしたようだ。こんな大きな車が静かにスルスル動いて発進していくのは異様に感じる。

「ちょっとわざと加速してみますので、どんなものか体感してください」と、国道の流れに合わせて合流するために強めの加速をかけてくれた。静かなエンジンは唸るように声を上げ始めたと思ったら車がとんでもない加速をしている。流石ディーゼルの2ステージターボチャージャーである。この加速時には、飛行機が離陸するときのようなターボの音が控えめながらも聞こえてくる。これが男心をくすぐるような、渋く、とても良い金属音なのである。ターボ車の加速時の音が好きなひとは気に入るに違いない。

このSKY-Dエンジン、トルクの高さに比べて馬力は175であるから、車としての絶対的な速さには結びついていないが、とにかく前に出ようとする力強さは圧倒的である。追い越、高速道路、坂道では殆どの車両を圧倒する無頼エンジンであろう。まだまだ初期不具合も懸念される新エンジンだというのに、このエンジンに惚れ込んで契約する人が多いのもむべなるかなである。

ところで乗り心地は予想していたより悪い気がした。座っていて不快ではないのだが、もう少し柔らかくてよいのではないかと。後部座席に座るのは運転から隔離された人なので、乗り心地が悪いとそれだけでマイナス評価を下すだろう。ただ快適に乗っていられるだけを望むからである。それとも、車の後部座席というのはこういうものなのだろうか。判断するに経験不足なのは明らかなので、高級サルーンの後部座席にもっと座らないといけないだろう。そんな機会はなさそうだが。


運転を交代する。
シートは電動ではないが、わざわざMTモデルを買う人は私を含めて「電動シートなど重くなるだけだから要らん」と考える人が多数であろうからこれでよいのである。我慢がならない人は後期型の発売を待つべきである。その頃には、おそらく、ほぼすべてのグレードにMTを設定してくるだろう。勝手な予想だが、マツダは今後「MTの車を買うならマツダ」という企業ブランド(?)を確立させていくだろうからである。MTを選ばない人には傑出のSKY-ATがあるし、そのSKY-ATも、話によれば6ATを7ATに多段化することが元々可能なように設計されているとのことである。そして7速となったSKY-ATを新型アテンザ後期型に載せてくる可能性がある。

クラッチは想像以上に軽い。ハッキリ言って軽すぎる。そしてミートポイントは広く半クラッチに持っていくのは容易である。初代デミオのクラッチに似ている。敷居を低くするためにこうした味付けにのだろう。スポーツカーではないので、クラッチを重くミートポイントを狭くつながりを鋭くする必要は無いのである。

待望のSKY-MTだが、シフトフィールに硬さがあった。走行距離300kmも行かない個体なので、まだギアの渋さが取れていないのであろう。初々しいのである。
シフトフィールに拘りぬいて作ったというこのMTの出来はどのようなものなのか?

知りえている情報は、
・ワイヤー式
・ショートストローク化(他のワイヤー式に比べての話か?)
・節度感を高めた
・従来型よりも軽量化
ぐらいのものである。
自分のGHアテンザの6MTとどこまで違うのだろうか。

シフトチェンジに要する力は少し重めである。
ショートストローク化した、というのはすぐに分かるものではない。しかし操作していると確かに短いな、と分かってくる、そんな微小なものである。こちらの長さのほうが私好みである。ショートストロークすると、チェンジの手ごたえがしっかりしていないと面白くないが、そこを「節度感」が担当する。これは分かりやすく、手ごたえを感じる。わざとらしいぐらいの味付けにも感じたが、新品のマニュアルトランスミッションゆえの「かたさ」からきているところもあるだろう。マツダが謳う「吸い込まれるような」感覚は、当たり前だが、本当に吸い込まれるわけではない。シフトを一定以上動かしていくと、シフトが動かした先に誘導されたかのように収まる感触をいうのである。
シフトフィールの味付けとしては、とにかく「シフトチェンジをしました」感じを分かりやすくドライバーに伝えてくれている方向に思えた。分かり安すぎて人為的・人工的ですらある。自然な感じではないと判断する人もでるかもしれない。これぐらい分かりやすい味付けでないと、ワイヤー式にありがちなフニャフニャしたシフトフィール(マニュアルなのに操作してい楽しくない)につながるとマツダは考えているのだろう。そして、どんなにワイヤー式の味付けを頑張ってもロッド式が至高であることは変わらないとも自覚しているようだ。しかし少しでもロッド式に近づけたいその上でロッド式のネガな部分を消したトランスミッションを提供したいと考えているようだ。

こんなことをアレコレ考えさせられるトランスミッションであった。
時代遅れともいえるマニュアルトランスミッションを、こんなアレコレ作りこんでくるマツダという会社はやはり素敵である。

クラッチをミートさせて半クラにするだけで車体はスルスルと、巨体の重さを感じさせず動き出す。ステアリングを切って公道へ合流する。操舵はクラッチの軽さに比べれば重いが、GHアテンザよりは軽い。ここに違和感がある。クラッチの軽さに合わせて更に軽い操舵にすれば違和感は消えるだろうが、そうすると軽々しいステアリングとなり、あまりアテンザには相応しくない気がする。やはり、クラッチがもう少し重いければよいのにと思う。フロントの重いFFなので、軽快感の在る回頭は味わえなかった。

1速からの発進して、2速へ、そしてアクセルを強めに踏み込むとエンジンはタービンの音を含む硬質な唸り声を上げるとともにドライバーの体に加速Gを伝えてくる。耳と体に届くこの刺激は快感である。

ところで、ディーゼルの鬼トルクがあるからエンストはしないだろうと、回転数が1000ぐらいでシフトアップしていくとガタガタ振動が出始める。場合によってはそのままエンストしてしまう。車は走っているのに6速でエンストするお洒落エンスト(?)が可能なのである(走行中なのでクラッチ踏んでスタートボタン押してエンジンをかければバレずにリカバリーできる)。
半クラ発進が可能な鬼トルクを有するとはいえ、回転数と使用するギアを考えずに操作すればエンストするのである。そして街中では6速にいれる必要がない(せいぜい5速まででこと足りてしまう)。

アイドリングストップはありがたい機能だが、MTだと、慣れないうちはエンストしたのか否かがわかりづらい。一定以下の速度でニュートラルにするとアイドリングストップがかかる調律のようなので、車と操作に慣れるまではアイドリングストップをOFFにしているほうが安全かもしれない。
 

posted by ぎゅんた at 22:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 試乗 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月21日

サマータイヤに交換

Atenza_25z.jpg

ようやく寒波も去り忌まわしい花粉が飛び交う春の気候となった。休みを利用してタイヤを交換。
NC1の純正17インチアルミホイールとグッドイヤーのアイスナビZEAUから、社外18インチガンメタホイールのサマータイヤ(ポテンザ)へ。このガンメタホイールとポテンザは前のオーナーが使用していたものである。ダサいわけではないが、デザイン的には純正の25Zのアルミホイールの方が好みであり。とはいえ、中古で買っている以上、こうしたアレコレままならない事情は仕方あるまい。
ディーラーに希望すれば25Zの純正アルミホイール取り寄せもできるらしいが、コスト的にそこまでは…スタッドレス用にはNC1の純正アルミホイールがありますし(NC1の形見でもある)、乗ってしまえばホイールのデザインなど分からないのでこのままいこう。


さてサマータイヤに履き替えて試してみたいこと、それは高速巡行時の安定性である。
スタッドレスのときに110km/h以上の速度で不安定な感じを受けて恐怖を感じたが、それはお世辞にも一流品でない新品スタッドレスタイヤが原因だったのではないかと考えた。もしもサマータイヤでも同様に不安定感があるとすればハッキリ言って欠陥車両である。アテンザは高速巡行が得意です(MAX230km/h)との謳い文句がウソになってしまう。安くない大金をはたいて買った車がそうだったら始末におえない。

さてサマータイヤに履き替えて乗り心地はそう変わらず。どう変化しているのか説明できない。一般道は0〜70km/hの速度だが、この速度域では鈍い私には判断がつかない。
走らせていての挙動は安定したというか、ステアリングの手ごたえがもう少しハッキリした感じはある。より好みのステアリングフィールになった。高速巡行は期待してよいのではないかという気分になる。
ロードノイズはスタッドレス時よりも小さく感じる。しかしとても静かになったわけではない。もう少し静かだと嬉しいのだが。


肝心の高速巡行を高速道路で試す
結論から言うと、スタッドレスのときと全く異なり高い速度域でも安定して走らせることが可能であった。高級車はよく「気づくともうこんな速度に」という現象が起こるが、それに近い感覚があった。速く走らせているのだが、ドライバーに速く感じさせない(逆に言うと速さを感じられない)というアレである。この車のキャラクター的には当然こうなっていてしかるべきことなので満足した。高速道路にはあまり乗らないが、乗ったときには快適な高速クルージングが約束されていると分かると気分がいい。

せっかくの機会なので追い越し時に3速にシフトダウンして加速性能を確かめる。速さを体感しにくいので、NC1の加速時のような爽快感は無いが満足のいく加速をしてくれることが分かった。25Zは見た目に反してジェントルに流す運転が心地よく思っているので急加速をする機会自体は殆ど無いだろうが、いざという時に急加速ができることは心得ておかねばならない。常に余力を懐に忍ばせておくのである。

尚、この25Zにはクルーズコントロールが装備されている。あって便利な装備ではあるが、アクセルを踏んでないのに車が進んでいく感覚はどうも慣れない。右足がとても疲れて休ませたい状況か、延々と一定速度で巡行させるときぐらいしか使用することはあるまい。ところでこのクルコンにはレーダークルーズコントロールがないので、クルージング中に前車に近づいても速度が自動調整されたりはしない。ボーッとしていると平然とおカマを掘ってしまうわけである。あるには便利だが、常に使うものではあるまい。なにごとも使い方である。


急ブレーキ試験
車通りの殆どない一般道で実験。
60Km/h巡航時からフルブレーキ。いざという時にガツッと停止できるか?を確認する。

思いっきりブレーキペダルを踏み込んだ瞬間、身体が前のめりになり衝撃とともにガッチリ停車した。あまりにも早く停車したので当たり前だがエンストしてしまった。しかし25Zは相当に頼もしいブレーキ性能を有することは分かった。二度と味わいたくないので、そんな機会が来ないことを祈るばかりだ。


posted by ぎゅんた at 00:47| Comment(0) | TrackBack(0) | マツダ GHアテンザ25Z(6MT) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月19日

自由になれた、とは 映画「フライト」感想

flight 2012.jpg

初めて飛行機に乗った人はドキドキしたに違いない。空港、ロビー、機内、そして離着陸。凄い非日常感に胸は昂まり思い出となった。
いつしかそれにも慣れてしまって、新鮮な気持ちは薄れゆきて残渣。夫婦の倦怠期、中世的停滞期、不感症、マグロ…いまでは席についたらただの読書の時間の始まりにすぎない。窓の外を食い入るように眺めたりカメラで写真を撮ったり興奮することはない。電車と同じ過ごし方なのである。座ってなにかしら時間を潰す…。しかしiPadで文章を書いたりデータの整理はできない。機内モードのiPadを触っていると注意されるのである。なんのための機内モードかと問いたくなるが致し方あるまい。電車内の携帯電話の電源ON/OFFと同じで色々な理由があるのだろう。結局はあらゆる電子機器の使用を一律に禁ずるのが最もスマートな措置に違いあるまい。電波を出さないために機内モードがあるのだとしても、使用それ自体を禁じてしまえば手っ取り早い。なので使っていると注意される。機内モードにしていることの是非もクソもない。黙って従うなり最初から手にしないなりして、時間が過ぎるのを座って待っていればよいのである。


本作フライトはおっぱいから始まる。しかしおっぱいには終わらない。つまり駄作である。

というのは冗談だが、

デンゼル・ワシントンのファン か
アルコール依存症について考えたい人 か
嘘つきは泥棒の始まりどころかヒトモドキの始まりだと信ずる 人

以外にはさして面白い映画とは言えないのではないか。

映画のキーワードは神と嘘とヤク中・アル中である。これらが上手に組み立てられ、一人の男が立ち直る感動路線を狙ったストーリーになっている。感動ボロ泣きするものではないが、ジンワリいい映画だったな、と思わせたいような、そんなタイプに仕上げたようだ。それは上手く行っていると思うし、感動して高く評価するひともいるだろう。私は特に感動しなかった。主人公に共感できなかったし、言動もみていて不快だった。私は酔っ払いが嫌いなのだった。デンゼル・ワシントンの演技がそれ程に素晴らしいということなのだが、酔っ払いやアル中の被害にあった人はみていて不快な気分になるかもしれない。

酒は飲めないわけではないが、飲まない。
飲んだら運転できなくなるから、という理由もあるが、酔っても気分高揚や酩酊が得られるわけでもない。つまり、肝心の飲酒のメリットを感じないのである。そればかりか、酒を飲むと高い確率で頭痛が生じる。毒みたいなもんである。人生のマイ薫陶書である自助論のとある一節にアルコールについての記載がある。抜粋してみよう。

(抜粋)
当時ミラーは石屋職人だったが、このような仕事の常で、同僚はみな酒を飲むのを毎日の楽しみにしていた。ある日のこと、ウイスキーをふるまわれた彼は、コップで二杯一気に飲み干してしまった。ところが、家に戻り愛読書である『ベーコン随筆集』を開くと、中の文字が目の前で踊りだし、さっぱり意味がつかめないのである。ミラーは後に語っている。
「あのときの私のていたらくときたら、まさに堕落そのものでした。非は自分にあるのですが、何しろしばらくは体が沈みこむような感じで、ふだんのように頭が働きません。決心などできるような状態でもありませんでしたが、とにかくその時、私は心に誓いました。”今度は絶対に、酒に溺れて知的な喜びを棒に振るような真似はすまい”とね。そして運よく、私はその決意を守ってこれました」
(抜粋終わり)


この箇所を読んだとき、その通りだ、俺もアルコールは摂らないぞと強く決意したものであった。
元々、酔っ払いがところ構わず大きな独り言を喚いていたり呂律回らず絡んでくるのが大嫌いだった。それがアルコールの影響だとはいえ、飲むことで一緒な存在になりたくなかった。人間は自らの思考で己を規定するのだ。思考なき自己は自分ではない。アルコールで思考活動が鈍るのは間違いないのだから、そんなものは必要ない。俺の思惟を邪魔してくれるな。
これ以来、止むを得ない場合を除いて自らアルコールを手にしたことはないのである。


主人公はアル中のみならず喫煙もヤクもキメる。飲酒運転上等。ヤクのバイヤーも当たり前のように出てくる。アメリカはスゲェ。アル中、ヤク中が深刻な社会問題である現実の背景を表しているのだろう。

主人公は本音ではアル中から脱却したいと思っているらしく、真面目に禁酒するのだが、しかし、なにか心理的なストレスに見舞われると手を出してしまう。そしてアルコールを飲むことを正当化する。身体がアルコールでグダったらヤクを決めればシャキっとできる裏技もある。

アル中は立派な病気である。
自分はアル中だとまず認め、正しい治療を受けて治さなくてはならない。俺は飲んでいない、たったビール瓶二本だ、俺はアル中じゃない、こうした虚偽の告白は自身に劇薬として寄り添い続け、アル中を覆い隠していく。

映画終盤、主人公は一枚の写真をみて硬直し、呟き、決意するシーンがある。ここが映画のクライマックスであり、人々の心に訴えかけるシーンとなっている。もし貴方が「不良が更生する」ことを大変よいこととポジティブに考える純粋に良心的な人であれば、このシーンは名演とあいまってグッとくるだろう。しかし「不良が更生したところで、ようやく当たり前のステージに立っただけじゃないか」と考える人には、良いシーンだけど引っかかるところがある…、そんな感想を抱くのではないか。私はどちらの感想も持ったが、後者寄りであった。映画なのだから、カタルシスを持たせたいがためこうした流れにしたのだな、そうした下衆な勘ぐりに違いない思いがあった。人間の捨てきれない良心に残された輝きを知って欲しい、そうした流れにもっていくのなら観客に下衆な勘ぐりをさせては行けない。引っかかりなく素直に感動させて欲しい。この原因はなんだろう?主人公がなぜアル中に至ったのか、アル中から脱したい思いが本気にあるのか、ここが説明不足だったからではないのか。この辺の説明がもう少し込められていれば、主人公の気持ちに共感ができて、辛さからくるアルコールへの逃避もそのことへの心理的な葛藤や苛立ちなども理解できたであろう。それをして、クライマックスが本当に素晴らしいシーンになっていたと思うと残念でならない。結局、彼にとってはアル中が悪かったんだね、みたいな姿勢が透けて見えるのである。

そんなわけで、この映画は無難にオススメはできるのですが、とてもいい映画だよ!と手放しでオススメはしないのである。
しかしデンゼル・ワシントンの演技力は凄いですね。クソ酔っ払いをあそこまで上手に演ずるとは恐れ入ります。

posted by ぎゅんた at 20:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月14日

ゴーゴーカレー

カツカレー.jpg
※カツカレーには世界を征服する力があると信じられている


カレーを外食することがない。

昔はココイチのカレー(ポークカレーライス800グラム)を腹膨れるまで食べることに情熱を注いでいた時期もあったがそれも過去の話。
友人らと食事に行った際にココイチのカレーをトッピングせずに食べるなんてお前は馬鹿かと突っ込まれたのが原因である。るせートッピングすると高くつくだろーが(ただでさえ高いのに)!と笑って答えていたが、確かにトッピングでもないと単調で飽きる味になっている気がする…飽くことなく貪り食っている俺は味覚御地なのか?「あの客、トッピングもせんと大量にくっとるw」と厨房でバイトのネーチャンが俺を嘲り笑っているのではないか?そう思うと食べられなくなっていた。青年の心は酷く傷ついていたのである。

そもそもカレーは給食のカレーかキャンプのカレーか J( 'ー`)し の作ってくれたカレーか自炊したカレーが最高に美味しいのであって、外食するような類の食べ物ではないと思う。自分で作って腹いっぱい食べられるものを、わざわざ外食で食べるなぞ正気の沙汰ではない。ケチな俺はそう結論付けて外食にカレーを食いに行かなくなった。それがいつしか当たり前になったので、カレーは外食時の候補に挙がらないようになった。

ところで懐かしい記事を発見した。
ご覧になられた記憶のある方も多いだろう、 「日本のカレーライス」を熱愛する米国人記者が語る『ゴーゴーカレーNY店 である。これを読んだとき、いつしかゴーゴーカレーには行ってみたいなぁと思ったものであった。が、現在に至るもそれは実現していなかった。石川県にいてゴーゴーカレーに行ったことがないのは、東京タワーに登ったことの無い東京都民みたいなものかもしれない(それか魚沼コシヒカリを食べたことの無い新潟県民)。案外に地元民は行かないものの類な気がする。いつでも手が届くところにあるものを追っかけることをしないのが人間というものだ。そして失った時に強く後悔するのも。

ドライブレコーダーの取り付けの相談に行った折の雑談時、ふと上記のことを思い出したので、チャンピオンカレーには行ったことがあるがゴーゴーカレーはないと発言してみることにした。すると「何ですって!よし、じゃあこれから食べに行きましょうぜ」とナチュラルな流れとなったのは、単にあんたが食べたいだけだろうとツッコミを入れるべきなのか、ククク今日この日のために今までゴーゴーカレーに行っていなかった甲斐があったぜ…と呟けば良いものなのか逡巡することになった。0.5秒後に後者を選択した。かくして晩飯は連れ添ってのカレーとなったのである。よくわからん成り行きであったがCX-5の助手席に座ってシートにくずおれるごっこをしているうちに店に着いた。食券システムである。よくわからんがカツカレーが世界を救うことは知っていたので、カツカレーのファーストクラスにした。キャベツを多くすることも可能だったのでそうする。なんというか黒く濃く重たいカレーであった。ブラックカレー!!が実在すればこんな外見なのだろうか?あまり辛くは無いし、美味しいかといえば難しい。旨い感じはする。ルーに小麦粉が多いのだろうか。炭水化物まみれフードで危険である。

このカレーは確かにロースカツとのタッグを組まれると戦闘力が高い。アメリカ人にはチーズを乗せればバカウケするのもうなずける。彼らはチーズマカロニをソウルフードに育つのだ。基本的にチーズのトッピングに弱いのである。いまはラーメンがブームらしいから、きっとチーズのせのトッピングメニューもあるに違いない。

これこそB級なカレー。流石に他で食べるのことも自分で作ることもできまい。
味もココイチ、チャンピオンカレーより遥かに好みである。


まとめ
石川県を訪れたカレー好きな方は、是非ゴーゴーカレーをご賞味ください。


おまけ
ゴーゴーカレーNY店のレビュー
posted by ぎゅんた at 23:09| Comment(2) | TrackBack(0) | お店 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月12日

Atenza 25Z 後期型 について(追加)

atenza_sport.jpg
まとめ
・ロードノイズは大きめ
・高速走行時の安定性に?
・6速で100km/h巡行時の回転数は2500rpm
・平均燃費は13.5kmぐらい。


ロードノイズ
前回の記事で「いままでの車に比べて静か」と書いたが、静かとはいえ、ロードノイズ限ってはやはり大きいと思われる。マツダの車の中では小さい方なのだろうけれども、静かであればあるほど高級車であると盲信するジジイババア人たちには受けが悪いのである。そういう方々の為にクラウンがあるのである。

世の中にはマツダのクルマと聞いただけで二流扱いをする人々が、ことに中高年で目立つ気がするが、私の気のせいだろうか。マツダの弱点は、ディーラーのサービスのクオリティの低さ(悪くはないがどことなくツメが甘い)と内装の貧弱さ(プラスチッキー)ぐらいだと思っているのだが、いかがなものだろう。「それが我慢ならねえんだ」と思う人は他のメーカーのクルマにしなくてはならない。
マツダは、「マツダのクルマだからマツダを求める人に最大の満足を与える」クルマを作るメーカーなので、合わない人にはとことん合わないのである。私はマツダもマツダの作るクルマも(概ね)好きで相性も良いと思っているので第一選択になっている。贔屓にしている。

高速走行
ETCのチェックを兼ねて高速道路を走ることになったのだが、新品のスタッドレスタイヤ(グッドイヤー:アイスナビZEAU)が故か、事故の記憶が故か、走らせていて不安定なフラつきをおぼえた。120km/h以上はスピードを出そうにも怖くてアクセルを踏み込めないのである。路面が少し濡れていたからだろうか。もしサマータイヤで同じ感触であったら高速巡行に不向きなアテンザという評価となり、存在意義が問われることになる。

なお、100km/h巡行時の回転数は2500rpmであった。NC1が2850rpmであったので少しだけ下がったが、二代目アテンザのキャラクターを考えると2200rpmぐらいでもよい気がする。ちなみに5速にすると2900rpmになった。わずか400しか下がらないギア比というのは若干アレな気がする。6速は高速巡行用にギア比を大きく下げてくれる方が嬉しいのだが…買う前に調べられる事実を棚に挙げて後に文句をいうのも筋違いか。

燃費
平地であれば6速からシフトダウンしなくとも結構走ってくれる(エンジンが粘る)ので、低速時でも6速で走って低燃費を狙うことは出来る。40km/hだろうが普通に走る(坂道は無理なのでシフトダウンしなくてはならない)。いまのところ平均燃費は13.5ぐらいである。インテSが12、NC1が10だったのでいい感じだ。たとえ排気量が2.5Lであっても、飛ばさない低燃費運転を心がければよい数値になるということである。


ロードノイズと高速走行時の安定性についてはタイヤの影響もあるので、サマータイヤに履き替えた後にまた違いを探ってみたい。


写真で見るマツダ「アテンザ」シリーズ


余談
マツダに限った話ではないが
中古車を買う時は、買うグレードとついているオプションを厳しく吟味精査するべきである。所詮は中古車、ナビがついていればOKという向きもあろうが、メーカーオプションやディーラーオプションでついているものが何かぐらいはチェックしたい。当然だが、現物チェックと試乗もするべきである。出来ないなら買わないぐらいの姿勢の方が良い。安い買い物ではないのだから、買った後に不満や後悔があると愛着がもてずに粗末に扱ってしまう。それはオーナーにとっても車にとっても安全においても不幸なことだ。
そしてマニュアル車を買う人は試乗してシフトフィーリングやクラッチの付きを確認したい。マニュアル車はオーナーの癖がついているものでもあり、乱雑に扱われたトランスミッションはギアが刃こぼれしていたりクラッチがへたっていたりするのである。しかしMT車を中古で求めると、個体数の少なさがゆえ、自分が求める条件すべてを満たす個体は現れないと思った方がよい。どこかしら妥協しなくてはならないのである。私の場合はボディカラーで、本当はミッドナイトブロンズマイカの25Zが欲しかった。しかしそれはほぼかなわない望みであった(ミッドナイトブロンズマイカは新色のくせに超絶不人気色だったので即絶滅)。

結局、マニュアル車に乗らんとするものは新車で購入して末長く愛する姿勢がベストな気がしている。
次の車は間違いなくNDロードスターなのだろうけれど、そのときこそは新車で買いたいものだ。

Sounds great!
 
posted by ぎゅんた at 20:01| Comment(0) | TrackBack(0) | マツダ GHアテンザ25Z(6MT) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月08日

Purna Jackson the Leader. 「Einer für Alle, Alle für Einen」プルナ育成について

PurnaJackson.jpg

小説版だと四人のリーダーを務める。鷲鼻美人設定だが、ゲーム版ではなぜあんな造形に…。非情に見えるほどのリアリストであり、とにかく4人で生き残ることを最優先に行動する。出会った当初の"平和主義者"のジンに(心情的に)苛立ちと不満を隠せなかったが、行動を共にするうちにジンを理解するようになる(とは言えジンはサムに心を許していたようでプルナになつくことはなかった)。元オーストラリアの警官であり、銃器の扱いに長けている設定は同じ。DQN相手の交渉も得意な様子。でも堪忍袋は切れやすい様子。意外と口が悪い。



特徴、サマリー
銃器エキスパート、スキルも銃撃に関するものが豊富。素直に銃器の達人に育てよう。このゲームはFPSであるが銃器は弱めの扱いで携帯可能弾数も乏しいので、トリガーハッピーにならないことに注意。

序盤のリゾートでは銃を満足に使えないので、よっしゃ銃キャラ!と選ぶと裏切られる。玄人向けと思われるキャラなので、初回プレイには選択しない方が良いだろう。攻略も厳しめ。

とにかく「なんとなく弱い」キャラ。特に囲まれ近づかれると辛い。
銃強化系のスキルを振り、改造を施し銃器を用いればきちんと戦えるようになるものの、それもレベル40後半あたりからの話。それまでは耐える。

プルナはパーティのサポート系キャラクターである。フューリーやサバイバルのスキルがまさにそれに相当する。

サバイバルツリーの中には、レアアイテムが拾いやすくなるスキルがある。アイテムハントも楽しめるキャラである。いい武器がでたら仲間に渡すなり換金するなりしよう。

銃器は遠距離から敵を叩ける。複数のインフェクテッドが現れても遠距離からヒットさせて始末するなり怯ませることが出来るのは頼もしい。

積極的に敵を倒すにはヘッドショットを正確に決めることの出来る腕が必要になってくるし、敵との距離も近くなる。ショットガンを上手く使いこなせばかなり戦えるが、隙もでかいので万人向けのスタイルとが言い難い。いずれにせよ第一線で敵を倒しまくるキャラではないのである。プルナの役割はパーティサポートとレアアイテムハントにあると割り切ること。

育て上げるまでは弱いので、ローガンと並び初プレイにはオススメできないキャラ。ようやく銃を手にしても、その時点では近接攻撃の方が強かったり携帯可能な弾数が少なかったりと不遇。しかし苦難に耐えて育て上げた喜びはひとしおである。ローガンと同じである。ただし育て上げても、ローガンのように大火力で全てを圧倒出来る方向にはいかない。戦闘で活躍したい人はローガンを選ぼう。

ストーリー中盤までは近接戦闘を主軸に戦って行くので、コンバットツリーの近接戦闘に関するスキルにポイントを振りたくなるが、最終的に死にスキルに等しくなるので辛くてもポイントを振らないこと。
コンバットスキルにある、Gender wars と Maintenance は、どちらからをLv3にしなくてはならない。最終的な強さ求めるならジェンダーウォーを選ぶ。銃は耐久値の設定がないからである。

銃器改造系の設計図、弾作成系設計図は全て揃えることになるが、そうするとサイドクエストこなしたり、メインクエストから外れたところに設置されている設計図を取りに行かねばならない。オンラインプレイはどうしてもメインクエスト一本道になりがちなので、ソロプレイで集めてしまおう。デッドアイランドはオンラインゲームであり、シングルプレイ(オフラインプレイ)は退屈なのでオススメできないがやむを得まい。設計図を持っているプレイヤーに頼んで改造してらうのもオンラインならではの遊び方でよいと思うが、色々とハードルは高いので素直にシングルプレイで取得に行くのがよいだろう。プルナにとって銃の改造と弾自作は不可欠なのである。

リボルバーとマグナムはなぜか改造できないので趣味武器。

ピストルかヘビーピストルのどちらを選択するかはお好みだが、ピストルの方が扱いやすいのでオススメ。銃の威力の大小はヘッドショットで補える。

改造や弾の自作でBleech と Metal scrap を大量消費するので、トレーダーがこれらを売っていたら買いだめしておくこと。特にメタルスクラップは不足しがち。

レジェンダリ(オレンジ)の銃はまず手に入らない…


パーティサポートについて
レイジのガーディアンは発動中にパーティメンバーに様々な恩恵をもたらす有益なもの。
発動タイミング次第ではダウンした仲間の蘇生も可能(離れすぎていると不可)。
発動と同時に自分を含むメンバー全員のHPを回復できたり、クリティカル率アップやスタミナ消費減少などのボーナスが付与される。発動時のボーナスがありがたいレイジなので、最終レベルの Guardian Angel まで習得しよう。リボルバーの火力もそこそこあるが、ローガン程使い勝手はよくない。また、敵に接近され過ぎると攻撃できない弱点がある。ボーナス目的で発動するぐらいでも良い。

サバイバルツリーの Boost series も、気持ち程度とはいえ、自分の周りのメンバーのダメージ、フォース、ハンドリングなどを向上させる。最終の Boost Aura まで習得したプルナの側で戦うと少し違うのが分かる。とりあえずオンラインプレイではプルナの近くで戦うとよい。


レアアイテムハントについて
サバイバルツリーのピッキングとジャックポットをLv3にしよう。チェストやドロップからの良い武器がでやすくなる。青色のアイテム程度は他キャラに比べ明らかにゲットしやすい。集めてよし、売ってよし。妙なレアアイテムならオンラインで他プレイヤーにプレゼントにも使える。
ピッキングは全キャラで習得可能なスキルだがジャックポットはプルナだけである。Lv60のプルナを育て上げられれば、アイテムハントはプルナに一任出来るので他キャラはピッキングを覚える必要はなくなる。


以上のようにプルナを育て上げると、銃器の達人でありパーティサポーターでありアイテムハンター(良いものを拾いやすいだけだが)になる。

スキル振りは下記のようになってくるのではないか。

フューリーツリー
Guardian(1)

Grim Inspiration(3)

Guardian Spirits(1)

Righteous Fire(3)

Guardian Angel(1)

コンバットツリー
Blade Fighter(1)

Vampire(3)

Gender Wars(3)

Firearms Training(1)

Cold Rage(3) + Executor(3)

Wunderwaffew(3) + Rapid Fire(3) + Piercing Shots(3)

Gun Kata(1)
※同段左のスキルを優先

サバイバルツリー
Boost Mood(1)

Deeper Pockets(3) + Picklock(3)

Conditioning(3)

Boost Ambience(1)

Providence(3) +Recycler(3)

Rain Of Bullets(3) + Jackpot(3)

Boost Aura(1)
※同段左スキルが優先


銃を扱って満足に戦えるようになるには高レベルからである。
戦略的にはまずサバイバルツリーを優先的に埋めてコンバットのガンカタまでまず到達させる。ここまで振れる時期には銃で戦うことをメインに出来る頃なので、ヒューリーツリーを最後まで埋める(ヒューリーは改造した銃器で敵を倒すことが前提のスキル振りなので)。その後にコンバットツリーとサバイバルツリーを仕上げる流れになる。


プルナはソロプレイで育てていくのはとてもシンドイ。マルチで助けて貰いながら育てると良い。ローガンと同じである。

enjoy!
posted by ぎゅんた at 13:27| Comment(0) | TrackBack(0) | DeadIsland | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月03日

私にとってのラーメンは醤油味だけです 来来亭

油と塩の塊だ!.jpg

〜 ラーメンについて、 鬼丸美紀

日本人はラーメンが大好きである。それは私とて例外ではない。
しかしラーメン店めぐりをするとか様々な味を研究するとか、そういった積極性は無い。自分が気に入ったラーメンを探し当て、それだけをひたすら食べるスタイルなのである。自分が気に入ったもの以外を積極的に食べることは無い。保守的といえば保守的であるが変化はに乏しい。こうしたスタイルは第三者からすると病的に感じるらしい。大好きなものだけを愛でるのは大切なことだが、それ以外をないがしろにしている意味では、「好きなものしか口にせず」の偏食に見えても仕方が無い。私が本当に苦手なものはワサビとカラシと魚の頭ぐらいのものなのだが。にんじんはグラッセにしなくても食べられる。しかしカラシが添えられたおでんやシューマイは決して許さない。

自分がいつラーメンが好きになったのか?そこには必ずきっかけがあるはずだ。
記憶をさかのぼると、それは5,6歳ぐらいの時分にたどりつく。
このころのインスタントラーメンの中でお気に入りだったやつがあった。ラーメンといえばそのインスタントラーメンであった。他は「それ以外のラーメン」だったのである。買い物のときに親にせがんで買ってもらった記憶が残っている(知らんぷりしてレジ直前にカゴに放り入れる作戦)。
そのラーメンは気づいたときに見られなくなったので、今ではもう売っていないようだ。
記憶には、オレンジ色で細い段のついた丼のようなプラスチック容器で、中華そばの名称があった。白色の蓋の上には商品の情報が記されたカラー用紙(中華そばという名前と中身のイメージ画像が描かれている)が乗っていて、食べるときに容器の下敷きに利用できた。記憶に最も近い外見からいうとこれになる。とりあえず、私にとってラーメンが好きになったきっかけはこのインスタントラーメンだったのは確かであり、ラーメンなるものの原点となっている。好みのラーメンの方向もまた、このインスタントラーメンが決定づけたのである。

私の中でラーメンとは
・醤油味
・あっさり系
・細麺(ストレート)
なのである。規定されているのである。
いわゆる「中華そば」系統がそれに当たる。スープは鶏系。記憶のなかのインスタント「中華そば」の味がそうなのだ。もうどうしようもない。仕方ないね。

ラーメンはたまに食べる。
ふと、フラッと食べたくなるものだ。
その場合は来来亭に足を運ぶ。理由は言わずもがなである。味が記憶のなかのインスタント「中華そば」に酷似しているのだ。もうそれだけで良いのだ。化学調味料の味がするだとかチェーン店だとかどうでも良いのである。あの味をたのしめるのならそれでよいのだ。ちなみにトッピングの一味唐辛子は抜かなくてはならない(ニンニクは頼めば出てくる)。
なぜ梅干が食べ放題なのかは永遠の謎である。
 
posted by ぎゅんた at 20:20| Comment(0) | TrackBack(0) | お店 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月02日

Atenza 25Z(6MT)後期型 街乗り感想

mazda6_20.jpg

支払いと任意保険の切り替えも終わり、納車されたアテンザ25Z。
予想していたとはいえ、車体はかなり大きい。堂々たるスポーツセダンである。リアにウイングがついている。エアロ系のパーツは個人的に好きではないが、MTを選ぶとなるとこのスポーツグレードしかなく、ウイングは自動でついてきてしまうので諦めるしかない。

ところで現行のアテンザからはスポーツグレードが消えたが、それは2500CCのスポーツグレードが(少なくとも国内では)売れなかったからと思われる。もしくは、マツダスピードアテンザを復活させる予定があるのかもしれない。そうなるとすると、現行アテンザのマイナーチェンジの際に追加グレードで出ることになりそうだ。この二代目アテンザにも限らず、マツダのクルマはマイナーチェンジ後の後期型でクルマとしての完成度が高まるので、現行アテンザ購入を将来的に視野に入れている人はマイチェンを待つのが良いと思われる。ちなみにマイチェンではエクステリアやインテリア等のデザインにも変更が生じるが、なぜかやたらアクが強い感じに変更される傾向にあるので注意が必要である。ロードスターもNC1とNC2およびNC3は全く別物である。
いずれにせよ、マツダのクルマを購入することを考えたらマイチェン前と後の違いは調べておいたほうがよい。


納車されて
今のところ0〜80km/hの速度域でのみの感想となるが、別に飛ばす車ではないのでこれでいこう。日常的な街乗りの範囲でのインプレッションとなる。設計・性格的には高速巡航が最も得意なクルマであるはずなので高速巡航が目下の楽しみである。遠出が実現した日には高速度域での感想がえられるだろう。


乗ってみて
静かである。今までに乗ってきたクルマに比べればの話だが。これで車内会話も楽勝だ。
この車内の静かさは私のような鈍い人でも気づくレベルで、乗ってみたところの高級車感は確かにある。
しかし走らせると途端にバタ臭くなってロードノイズが車内にこもり…ということもない。マツダなのでロードノイズは大きめだろうと思っていたので良い意味で裏切られている。

とりあえず静かなのは言いのだが、逆に軋み音や小さな異音が耳につくことに気づいた。いままでは聞こえなかった音が聞こえてしまう現象というのだろうか。静粛性を高めるとつまらない異音が天敵になるのだろう。
世にある高級車勢はこの辺もすべて含めて仕上げているのだと思うと素直に感心する。レクサスLSなどは世界トップクラスの静粛性を誇ると聞くが、異音が出ないように気が狂うような精度で選りすぐりの最高品質の部品を組み立てているに違いない。レクサスのLはどう見てもロッテリアマークだが、あまり馬鹿にできない気持ちになる。そんな恐るべき静粛性を味わったことはないが、そこまで行くと「異常な静けさ」が逆に気分が落ち着かなくなり危険なのではないか。勿論、買えない者の僻みである。


ステアリングフィール
ステアリングはこの手のセダンにしては重めなのではないか。個人的にかなり好ましい感じで気に入っている。穏やかに弧を描くように曲がっていく時に掌に伝わってくる重さが心地よい。握っていて安心感があるのは、路面の情報が自分に適して伝わってきているからだろう。そして以前のマツダの剃刀のようなステアリングとは異なりリニア路線である。時代的にも、現行のリニア路線に舵を切り始めたころの車なので間違ってはおるまい。過渡期には違いないので、どっちつかずの中途半端なステアリングかもしれないし、折衷的ともいえる。おそらく後者である。中立帯から少し切ると遊びはわずかで、舵を切った分に曲がり始める。いわゆる不感帯であるが、これは少ないのである。現行のアテンザよりも少ない気がする。切りまして行くと適度な重さを掌に感じさせつつ曲がっていく。やたら曲がるわけではないので、クイックではない。
ステアリングを緩やかに一定に、速度を一定にしたままカーブや交差点を曲がっていくと、腰の下から上半身にかけて車体の重さが力強く伝わってくる。ドライバーは自分の運転する車の安定感を感じたような気分となり、それが心地よさとなり面白さとして感じられる。すべての曲がる動作でこの感触が得られるものではないが、おそらく上手な運転をすると感じることが出来る種のものに違いない(マツダのクルマを運転していて思うのは、適当に操作していると60〜70点の手ごたえがドライバーに伝わってくるに過ぎないが、ある条件が揃った時にはいきなり100点を発揮する、そんな特徴がある。100点を出すためにはどうすればよいかドライバーは考えて運転することができる。逆に運転自体が好きでないとか、体調不良や気分が乗らず運転の調子が悪いときは面白さを感じにくいものになる)。

二代目アテンザは決して軽くないフロントヘビーなFFであるが、だからといって楽しさがないと不満に直結するわけではない。それは運転してみればわかる。確かにFRのNCロードスターに比べれば回頭性や軽快感に相当に大きな差があるのだが、逆にNCにはなかった楽しさを味わえるのも事実である。
そもそもFRの良さはライトウェイトでこそ発揮されると信じている。このアテンザがFRになったところで軽快感や運転しての楽しさに直結することはないだろう。それだけ重いのだ。NCと違う楽しさを探っていくのは楽しい遊びになりそうだ。


アクセルレスポンス
発進させるためにクラッチを踏んでギアを1速に、アクセルを踏んでクラッチをつなげていく。
半クラで発進ができるトルクは十分にあるのだが、公道でそれを行うとエンストのリスクがあるし、出足が遅れがちになることからくる後続車への迷惑につながるおそれもある。なので軽くアクセルを踏んでエンストしない程度のパワーで発進するのである。このアクセルレスポンスは自然とは言いがたく、軽く踏んだ瞬間に回転が跳ね上がってしまい扱いづらい。車体が重いので、繋げた跡に機敏に発進できるかといえばそうはならない。素早く発進していくには、1速を繋げた瞬間にすぐ2速にしてアクセルを踏むなりしないといけないだろう。とはいえそうした発進は燃費の悪化を招くだけでよいことはない。スタートダッシュは苦手なのである。しかしスタートダッシュが得意な車である必要性もない。不満があるとすれば過敏なスロットル特性だけである。アクセルワークに慣れればまた感想も変わってくるかもしれないし、それを願っている。

急加速は殆ど試せていないが、少しだけ試した感じでは、4000rpm付近から怒涛のエンジン音が慎ましく聞こえてくる。演出としては控えめなので「まわせーっ!」と血が騒ぐような荒々しさはないが、音はNC1のそれよりも好ましく感じた。どうせなら、もう少し控えめにしても良いのではなかいか。こうしたクルマが回した瞬間に勇ましい爆音を立てて加速するのは下品で違和感を覚えるからである。そういうのはスポーツカーかラテンカーで味わえてこその官能性となる。とりあえずマツダのクルマのなかでは、かなり黒子に徹しようとするキャラクター仕様ではないだろうか。


ブレーキ
踏めば不快な遊びも無く利き始め、踏み込めばグッと利く。NC1とほぼ同じフィーリングで不安もなく満足している。踏力はそれほど必要なく、速度調整もしやすい。停車前にギアをニュートラルに入れてショックなく停車させることも容易。

シフトフィール
ワイヤー式のMTである。NCのときはロッド式だった。一般にロッド式のほうがダイレクト感があるとされている。
ワイヤー式か、ロッド式かー
それならばロッド式のMTの方を望む気持ちはある。それは自分の中に「変速する行為を楽しみたい」気持ちがあるからだ。ロッド式の方が操作して楽しそうな気がする。

軽自動車のワイヤー式のMT(Suzuki・Kei)とNCのロッド式とを比べたにすぎないが、NCの方が重厚で手応えがあるようには感じたものであった。ただNCのそれは気軽にシフトチェンジするにはやや重いし、ギアの入りも渋い所があった。結局、ロッド式はスポーティだから良いのだと結論づけるのは早計だと思う。そして、どちらのタイプにしても、その車のキャラクターに合わせたフィーリングに躾けてあることが重要ではなかろうか。最も簡単に思いつくのが、電動パワステが強く効いた、ステアリングの軽い車のケースで、その場合はシフトも軽い方が合っているだろう。軽いステアリング同様に、軽く力を込めなくても変速できるのである。軽さ過ぎると変速時の感触が乏しくなるが、スポーティに走ることなど考えないデイリーユースな車はこれがベストだと思う。運転で変に疲れても仕方が無いからだ。
逆に、ステアリングが重めな、ドライバーに多少の汗をかいてもらう(スポーツ)方向性の車は、やはりシフトフィールは重く節度のあるタイプが似合うし、それが自然な姿でもある。
手に伝わってくる重さが、両手ともに等しくあるのが感覚的に望ましいのだろう。ステアリングがやたらと軽いのにシフトフィールが重々しかったりすると、左手と右手の入力と出力がチグハグになって違和感となりそうな気がするのである。実際にそんな酷い車には出会ったことはないけれど…
アレコレ好き勝手に述べているが、しかし言ってみれば、フィーリングは感覚であるから、その良し悪しの判断は個人の好みが多分に影響してくる。私個人に限って言えば、シフトチェンジが気持ちよく感じられる重さとストローク、変速したことが確実に掌から伝わってくる感触があれば良いのだ。少なくとも現時点で、この25Zのシフトフィールに不満は感じていない。

6速100km/h巡行時の回転数はまだ確認していない。2500rpm以下であって欲しい(NCは2850rpmもあったのでもう少し低ければと不満だった)。

シンクロが異常に強力なのでダブルクラッチをサボっても殆ど許容される。しかし、心の師匠であるこごりさんの教え通り、機械に負担を与えない操作に務めることを忘れてはいけない。シンクロが強力とはいえ、ダブルクラッチで回避できるのであればダブルクラッチをすればよい。ダブルクラッチを一切しないで済むためにシンクロ容量が拡大されたわけではない。ギアの入りが渋い瞬間に車体が不安定になることを防止したいだけであろう。



以上は、街乗りを中心に乗り回してみてえられた感想である。
これから乗り慣れていくにつれ、新たな発見や訂正があれば報告したいところ。


ところで、納車されてすぐにナビ本体の機能が一部壊れていて即効で保障修理の対象に。なぜ気づかないまま納車に。「マツダで車を買うと、納車翌日にディーラーにいかなくてはならない」という世間評は本当だったのか…色々とチェックのツメが甘いんですかね。

商品を買った客に対してなんて失礼な、プンプン!と強く憤慨する方にはマツダはオススメしにくい。
車は買って終わりじゃないでしょ、買った後から付き合いが始まるんでしょ肩の力抜けよと思う人にはいいと思います。ディーラーの担当者との相性もありますけどね。
 
posted by ぎゅんた at 20:46| Comment(0) | TrackBack(0) | マツダ GHアテンザ25Z(6MT) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする