2012年12月31日

冬だろうが雪だろうが降ってなければ屋根はあけろ!(しかし北陸では…)

雪の日も何のその.jpg

今年のオープンドライブも今日でおしまいであります。
昼間、晴れていたので給油ついでにオープンドライブを楽しみました。
走らせながら得た随想をここに記す。

まとめ:冬のオープンドライブは想像以上に快適です


昔、北海道で生活していた頃は二代目スイフト前期型(FF/4AT)にのって年中道内を行ったりきたりしていたものであります。冬は当然、凄い雪でありまして、道路も永久凍土かよ?と文句のひとつも言いたくなるアイスバーン状態。道路は除雪車がよけた雪が、両脇に雪壁を堆く盛り上げたまま放置するので狭くなる。いくら私が北陸出身者といえども北海道の雪道には参ったものでありました。車の運転には、常に適度な緊張感があるぐらいが良いと自動車教習所で教官から言われたものでしたが、雪道はハンドルを握る手がいつも緊張し、神経をすり減らしている感じで、いつしか慣れこそはすれ決して好きにはませんでした。こんなとこ住んだら毎年、雪道を運転させられることになるのかやってられっか!と思ったものでありました。冬以外はいいんですけどね…

ところで道民はAWD信者が多く、スバルは絶大な信頼感が寄せられており大人気でした。(今は知らんが)レガシィは超人気車種。しかし一方、田んぼに突っ込んでいるのもAWD車ばかりでしたけれど。滑っちゃったら結局アウト、過信は禁物と教えてくれたものです。

さてそんな雪の大地からここ石川県に帰ってまいりまして、冬道に対する不安感はかなり解消したのはとてもありがたい。なぜなら、こちらでは主要な道路は道の真ん中から融雪の水がであるからであります。北海道でこれをやったら人工アイスバーンを設けるようなもので交通が麻痺してしまいますが、北陸は大丈夫なわけです。欠点は道路が水浸しになることでしょうか。コスト的には毎年除雪車を走り回らせるより安いのかもしれません。


で、そんなぎゅんたは冬道に対するストレスが軽減され迷うことなくロードスターを購入しました。FRですが、北陸の冬ならいけるだろうと踏んだわけです。アイスバーンになったら流石に怖いですが、道路から出る融雪水のおかげで近年は見なくなりました。また、クラウンだのBMWだの重量級FRも平然と冬道を走りまくっているので、ロードスターもいけるだろうと踏んだわけです。
実際、今のところ冬道は問題なく走れています。交差点や停止からの発進時にリアが空転してお尻を振ることもありますが、北海道の雪道に比べれば恐れるに足りません。アクセルワークに気を配って急発進を避けた運転をしている限りは、多少滑ってもすぐトラクションが掛かるので問題なし。それよりも車高の低さから来る、積もった雪に対する走破性の低さには注意しなくてはなりません。積雪した空き地や駐車場に車を乗り入れると車が浮いてしまって進めなくなるからです。雪トラップに掛かっちゃうとFFだろうがAWDだろうが走行不能状態になるものです。駄目なもんは駄目。自然にゃ勝てません。

そんなかんだで冬道に対するロードスターの目下の注意点は
アクセルワーク(急発進は避ける、飛ばさない)
アイスバーンでないかどうかを注意すること
雪の積もっているところには不用意に入らないこと
ぐらいのものです。

しかし大切なのは
オープンで走りたいが、走れるか
ということでありましょう。オープンで走るために買ったんだから当然です。

結論を言うと、走れます。
軽い雪ぐらいなら、小雨以下の存在。そもそも小雨程度はオープンにしてても濡れません(60km/h以下だと濡れ始めますが)。敵は周囲車両からの視線や人差し指、嘲笑ぐらいのものでしょうが、案外、だれもこっちのことなんて見てませんから気にしなくて良いのです。そもそも目も合わせようとしません。変人に映るからでしょう。それもまたよし。俺は美女に惚れちまったダサ男と同じさ、踏まれても踏まれてもついてきまーすってな
注訳:「冬や小雨時にオープンで走らせることが世間的に奇異に映ることは理解できているが、止められない」の意

霰〜霙〜雪〜吹雪は流石に無理です。
これは涙を呑んで幌を閉じます。オープンカーはクローズド状態にもできる車であります。
粉雪ならいいんですけどね。北陸の雪は牡丹雪が多いので流石に。

気温は、1桁〜氷点下でもオープン走行はできます。むしろ屋根があけれるなら明けましょうのボーナスステージ状態。しかしヒートシーターと暖房がないとやせ我慢会場となります。頭部は寒くともその下は暖かいので、第三者から想像するイメージほど寒くはないのです。ただしサイドウインドウを下げると冷たい風が入り込んでくるので下げないほうが快適です。下げたほうが開放感があるのでこの辺は好き好き。強風でもなければ私は下げます。

冬のオープンの醍醐味は、この頭は涼しいがその下は暖かい温泉状態にあるとおもいます。
助手席に座る人はひざ掛けもあれば、思いのほか快適なことにビックリすることでしょう。
多少風が強かろうが小雪が降っていようが、首から下が暖かければ助手席に座っている人が寝息を立てるぐらいの快適さはあります。本当か?本当です。
ですので、こんな寒い中オープンで走っている男の人って…(--;)と憐れまないで下さい。


しかし北陸ではひとつ問題が

it is snow.jpg
それは、先述の融雪水です。
常に放水されているわけではないのですが、放水されてしばらくは道路が水溜り状態になるのです(排水溝にシャバ雪が溜まり思いのほか排水を妨げるので水が溜まる)。
つまり、車高の低いロードスターは、対向車の水しぶきをモロにかぶることになるわけで…おわかりですね?

ドラマティックに表現すると

あ…ありのまま 今 起こった事を話すぜ!
俺は晴れていたからオープンでロードスターを走らせていたと思ったらいつのまにかぶっかけ状態になっていた
な… 何を言ってるのか わからねーと思うが
おれも何をされたのかわからなかった…
頭がどうにかなりそうだった…

ということになります。
右ハンドルですからね、やったーオープンだーと心躍って走っているときに冷や水を浴びせかけられる思いををするんですね

そんなわけで北陸の冬道をオープンで走らせるときは融雪水にご注意ください。

冬道をオープンで走らせることは痩せ我慢でも自虐行為でもありません。
冬の澄んだ空気を肌に感じながら開放感あるドライブにすぎません。
皆様がお思いになられている以上に快適にできています。


“このクルマを手に入れるほんの少しの勇気を持てば、きっと、だれもが、しあわせになる”
初代ロードスター キャッチコピーより。
この素晴らしい精神はNCにも息づいています。そしてきっと、NDにも。


iPadから送信
posted by ぎゅんた at 21:16| Comment(0) | TrackBack(0) | マツダ NC1ロードスター(RS) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月30日

DeadIsland所感 +α

2012-12-30_00007.jpg
灯台の裏から一望

まとめ:デッドアイランドはやり込むほどに完成度の低さが浮き彫りになるゲーム

他にやることないのかネットプレイで遊びほうけているデッドアイランド(PC版Steam購入)。
箱庭系のゲームで高い自由度を誇り、家庭用移植では見せられない凄惨なバイオレンスと汚い英語、随所にシュールな可笑しさが見え隠れする荒削り仕立てなゲーム。
箱庭系とはいえ、完全自由系にするとゲームにならないのでそこはクエストが用意されている。「お使いゲー」といえばそれまでなのだが、クエストを受注しない限り好きに行動できるのでまあよし。


当初はここまでハマって遊ぶことはないと思っていた(知人とボイチャでワイワイ緩く遊ぶためのゲーム:チャットのついでに遊ぶようなゲーム)のだが、やはりネットを通じて生身の人間と遊ぶテンションは面白いもので、見知らぬプレイヤーと適当に野良coopで遊ぶ楽しさにノックアウトされました。
真面目に助け合ってクエストを進めてくれる人もいれば全く自分勝手な逆のプレイヤーもいるし、こっちを外人だと思って知人同士でオタクな会話をボイチャ垂れ流しにしている人もいれば、グレネードを味方に投げまくってPKまがいのことをするプレイヤーもいたりと様々。
どんなプレイヤーと遊べるかは運任せですし、再び一緒に遊べることも難しいものなのですが、こうしたネット上の一期一会でどこまで楽しめるかを模索しながら遊ぶのが自分の性に合っているのでしょう。

DeadIsland_onlinPLAY_01.JPG

※ジャンプのモーションが可笑しすぎる(なぜガニ又で飛ぶ?)

このゲーム、レベル性なので、自分のレベルが強くなっていくと敵も強くなってくるのですが、この強さのインフレが武器の強さの上昇とともに激しすぎるのが気になります。序盤で活躍する箒の柄やパドル、鉄パイプは身近で手ごろな武器感があり、また気持ちよく使い捨てに出来るようなバランスを感じるのですが、自分のレベルがドンドコ上がっていくと、敵が固くなりすぎて使い物にならなくなります。武器の数値の上昇をもっと緩やかにしてもらい、こうしたベーシックな武器も終盤で使いようによっては活かせるような調整やギミックが欲しかった。鉄パイプや棒切れ、木の板、パドルらが使い物にならなくなったあたりからは、メイスや鎌やら日本刀やら、流石に非日常的で身近間のない、まさしく名のとおりの「武器」に変わってしまいます。その割には硬くなった敵を一撃で倒せなかったりするあたりに、どことなくバランス調整不足というか不満を覚える。自分のレベルが上がっても敵を倒すことが容易になるというよりは、ただスキル振りのポイントが得られるだけの感が強いのです。出る武器も自分のレベル準拠なので、自分のレベルが上がっていくとゴミ武器と化して使い物にならなくなっていくあたり、もう少し煮詰めて欲しかった。出てくる武器を装備するためのレベル設定なんて要るらなかったのではないか。ある種の武器を満足に扱いこなすためには特定のスキルを習得すればよいとかにすればもっとキャラクタの育て方にも個性が反映されて面白いゲームになっただろう。

DeadIsland_onlinPLAY_02.JPG


オンラインで見知らぬプレイヤーと協力プレイをするゲームに退屈さがあってはならない。
小さい島のなかにゾンビや感染者がが無限に沸くというのはどう考えてもありえない設定だが、これはオンラインプレイを前提に敵を多く配置して飽きを越させないようにしたためだろう。逆にいうとシングルプレイをしていると敵の数や無限に沸く配置にうんざりさせられる。特に感染者は猛スピードでこちらにダッシュしてきて袋叩きにしてくる、嫌な敵なのだが、これが複数で襲ってくるのが当たり前のように繰り返されるとうんざりしてくる。特に自分のレベルが上がると、もはや雑魚的といえないような瞬発発火力を持つ脅威の存在と化してくる。タイマンならまだしも複数に襲われると厄介極まりなく、そして自分のレベルが高いことは何の保険にもならないのだ。このあたりのバランス調整がプアである。うまく立ち回れば無傷で倒せるが、そうしたところでさして高い爽快感が得られるわけもない…

ゲームの世界観やデザインは良いのだが、敵やNPCのキャラクターの種類が少なすぎる。以前にも述べたことだが、女性キャラクターの造形はシアンはともかくどうにかならなかったのか。男キャラだけは妙にリアルで不満を覚えない作りこみがされているだけに、女性キャラクター全般の造形のやる気のなさは残念極まりない。

他、オンラインで協力プレイを前提としているにもかかわらず、ムービー中にチャットが打てないのは致命的である。特にエンディングムービーのときに「面白かったね」とか「一緒にプレイしてくれてありがとう!」とかいえないのは辛い。
表示されるチャットメッセージのフォントサイズも小さく読みづらく、チャットログの参照機能もないようなのは不親切というか愚かな仕様といわざるを得ない。ボイチャはともかく、馬鹿なチャットコミュニケーションもゲームを楽しむには大切な要素なので、この辺まで配慮したつくりにしてもらいたかった。


DeadIsland_onlineplay_01.jpg
※目と目が合う〜(銃口を突きつけあっているだけ)


コミュニケーションがたどたどしい英語を用いてでも、一緒にプレイして遊ぶことで気心が知れ友達になれることもある。この画像の人とはエンディングまで遊んで、ゲーム終了後にお互いにsteamでフレンド申請を行った。こういうのもいいものだ。



追記
Dead Island helper という設定変更MODを導入し、FOVをデフォルトの62.5から82.5に変えてみた。
すると途端に視界が開けて遊びやすく、画面酔いのしにくいゲームに変貌した。また、ダッシュ移動時のスピード感が増すのでプレイしていて軽快な爽快感がもたらされるのである。最初からこうしろ。Quake3もそうだが、FOVの数値ひとつでゲームは変わるのだ。

DeadIsland_custumFOV.jpg
↑変更後(微妙に視界が違います)
 

...とまあ、勝手で辛辣なコメントをしていますが、それもまた気に入ったゲームであるがゆえのこと。
オンラインプレイをしてえられるシュールな笑いに飽きがくるまで、もう少しプレイするつもりです。


 
posted by ぎゅんた at 18:24| Comment(0) | TrackBack(0) | DeadIsland | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月28日

新型アテンザ(セダン20S・ワゴンXD) 試乗

mazda6_JetBlackMica.jpg
※from MAZDA.UK website

結論:マツダは確かなフラッグシップを創り上げた


行きつけのディーラーが新型アテンザの発表発売以降、嬉しい悲鳴を上げるほどの盛況ぶりであった。この期間のマツダディーラーのお客様駐車場には、BMWやAUDI、VOLVOなどの高級外車勢(多くはセダン)や国産セダン勢(マークXやクラウン等)が立錐の余地のない感じで駐車場を埋めたので、一見して華々しい光景となっていた。彼らオーナーは新型アテンザに高い興味を示し、少なくともディーラーに足を運んだのである。

新型アテンザのターゲット層のひとつに外車、ことに"BMW 3er"と"AUDI A4"があるから、マツダは我が意を得たり!と膝を打ったことであろう。Volvoのオーナーは安全性にうるさそうなイメージがある。i-Activsenceに興味があったのかもしれない。

高級車路線は過去のトラウマから苦手分野に違いないマツダであるが、このアテンザをフラッグシップに独自のブランドを築き上げていって欲しいと思っている。それは、他の会社の車にはない、マツダ独自のクレドを贅沢に盛り込んだクルマと言おうか。今回の新型アテンザの販売姿勢をみていると、マツダは「高くて快適なだけの高級車をマツダはフラッグシップとは言わない」という意思を感じるのである。個人的に応援したい姿勢である。

調べてみると、新型アテンザの新車発表会でに山内社長のスピーチに、それを裏付けるような発言があった。


(抜粋)
10年前と同様に、またこの車からマツダブランドの新しい1ページが始まります。それは、マツダが「プレミアムなブランドになる」という夢に向かい、一歩を踏み出すきっかけになる車が新型「アテンザ」だということです。決して、高額車を販売するプレミアムブランドになると言っているわけではありません。マツダが目指すプレミアムなブランドとは、お客様の人生において、マツダがかけがえのない存在になること。お客様との間に「特別な強い絆をもったブランド」になることです。そんな私達の願いを込めて、この度、世界で最も美しい赤、新色「ソウルレッドプレミアムメタリック」を開発し、マツダの新しいブランドイメージを象徴するカラーとして新型「アテンザ」から導入して参ります。
(抜粋終わり)


マツダの拘りや技術、企業姿勢を評価して乗っているオーナー全員が欲しいと思えるクルマ。それがマツダのフラッグシップモデルであればよいのである。少なくともそれに乗れば、マツダが目指すクルマがどのようなものかが分かる、マツダのクルマが理解できる、マツダそのものを表すモデルとして。「世に数多ある自動車メーカーからうち(マツダ)を選んで下さったお客様に100%の満足を」掲げてクルマを作らんとするこの企業のクルマは、換言すればメーカー色が強く乗り手を選ぶものだろう。大衆迎合するつもりは毛頭ないからである。しかし求めていたものが合致する人にはこの上なくマッチするクルマをつくる…

世間ではマツダはいまだブランド力の低い二流メーカーの扱いだが、その分、理由があって(マツダ車を)選んだオーナーが多い。
なぜそのマツダ車を選んだのか?
単に「安かった・値引きが大きかった」という理由もあろうが、

・デザインが良い
・ハンドリングが良い
・乗り心地気に入った
・唯一無二の車だから

等、個人の意思を感じさせる理由は多いに違いない。


NCを購入した私にしても、オープンでドライブを楽しみたい理由がまずあって、それから

・MTである
・幌(ソフトトップ)である
・遊び心を感じさせる外装、内装
・160馬力以上(少なくともインテグラTypeS以上の馬力)
・軽量であること
・維持費が安いこと

が条件にあった。

運良く上記条件を満たす中古車が見つかり、さらに試乗までさせてもらったのだが、その時、駐車場から道路へ左折合流する時に明瞭なフロントの軽さを快感として感じて以降、NCロードスターの虜になったのであった。ライトウェイトスポーツこそ、私が求めていた車の在り様であり、NCはそれを見事に叶えてくれたからだ。そして即決の勢いで判を押した。私にしては決して安くない出費であったが悔恨の念はない。なぜなら、私にとってのジャストフィットがロードスター以外になかったからである。


今のNCを手放して新型アテンザを購入することはない。
そのため、試乗することに気が引けたが、新型アテンザには大いに興味があるので懇意に甘え試乗させてもらうことにする。私が乗らなくても母が購入して乗る未来もありうるので、完全な冷やかしにはなるまい。

ディーラーに用意されていたのは、
ガソリンモデルの20S(セダン・ジェットブラックマイカ)

ディーゼルモデルのXD(アルミニウムメタリック)
の二台。
夕方の6時で暗く、天候は小雨であった。

内装に関しては以前の記事を参照にしていただければありがたいが、ひとつ。
新型アテンザのステアリングホイールに巻かれた本革の感触が抜群であった。
運転するときに常に掌に触れるステアリングホイールの素材ひとつでここまで変わるのかと驚いた。本革巻きであればそれで上等なわけではないのだ。レクサスに用いられているものと遜色ないものですとのことだったが、それも宜なるかな。ずっと撫で愛でいたい不思議な触感であった。


20S(SEDAN)
ジェットブラックマイカのセダンは色気と威圧感があり、高級セダンを香らせる。前後のマツダエンブレムを金色のものに換装するオーナーが出てくるのは時間の問題であろう。品位のほどはともかく、黒に金色は単純に高級感がある。下手をすると仏壇コンビネーションと指をさされるが…。

ブラックマイカとジェットブラックマイカの違いは何か、”ジェット”にどのような意味があるのかを尋ねてみることにした。
すると、"ジェット"の言葉に特別深い意味はなく、あくまで語感の勢い的な意味合いが強くもたせたかったのではとのことであった。ただし、黒色としては、従来のブラックマイカに比べ、より「濃い」黒を表現しているものらしい。いずれにせよ、汚れなく光沢がかっていれば車がより映える綺麗で存在感ある黒である。余談だが、つい先日マイナーチェンジしたCX-5にも設定されるカラーとなった(ブラックマイカは廃止)。

乗り込み、シートに腰掛ける。感触は硬めである。もっと柔らかい方が一般ウケすると思うが、大切なのは長時間運転して腰が痛くならないかどうかである。
よくマツダのシートは欧州車的と表現されるが、この新型アテンザのシートもそのような気がする。しかし本当にそうかと凄まれたら「多分…」言葉を濁してしまう。個人的には硬い柔らかいよりもサポートがしっかりしたシートであってくれれば嬉しい。そのうえで腰が痛くならなければ最高である。
以前、妹の日産・Cubeを運転代行した時は、シートがまるでベンチそのもので吃驚したものであった。車のキャラクターを考えると実に合点がいくシートだが、のっぺらでサポートがないので落ち着かなかったものである。新型アテンザのシートは背を凭れかけた時のサポートがしっかりしており、なんら気に障ることはなかった。

そのままイグニッションさせようとスイッチを探すと、ステアリングに向かって左下あたりにプッシュボタンがあることに気づいた。86/BRZで思ったが、助手席側から手が届く範囲にイグニッションスイッチがあるのは落ち着かないものである。個人的にはプッシュボタン好きではない。今の時代、もはや儀式めいた行為であるが、キーを差し込むことはなくても、少なくとも捻ることでエンジンに火を入れたい気持ちがあるからである。

ボタンを押すとエンジンは静かに始動する。
アイドリング時、その音はかなり小さく、エンジンが遠くにあるように感じる。音量の絞られたラジオが鳴っていたが、エンジン音がないので雑味なく聴き取れる。このときのアイドリングの静けさをして、現行スイフトスポーツに試乗したときを思い出した。あれはスポーツモデルにしては静か過ぎて逆に不気味であったが、この場合は車のキャラクターに合っているから、違和感なく自然と受け入れられる。

ブレーキから足を離せば動き出す。
静かにソロソロと動くが、非力そうな20Sでありながら決して重さを感じさせない。店舗から左折で道路に合流する。すぐに流れに合わせる必要はなかったので、オルガンペダルを静かに踏み込んでいく。すると新型アテンザとそのSKYACTIV-ATは実に滑らかに確かな感触を持って加速をしていく。思い違いでなければ、現行アクセラで初めて体験したSKY-ATでは、いまと同じシチュエーションで1速⇒2速に僅かにシフトショックを感じたものであった。しかしこの20Sではそのシフトショックを感じなかったことに驚いた。熟成が進んだのか、そもそもの出来か。

このSKY-ATはやはり素晴らしい。世間ではあまり評価されていない様子だが、SKY-ATはいまだ現行アクセラとCX-5にしか搭載されていないので致し方ないところか。それとも、マツダが思う以上にトランスミッションに関心のないユーザーが多かったのかもしれない。世にはCVTも2ペダルMTも在るというのに、免許の制度上、トランスミッションはMTかATかが問われるのみであるから「ATならなんでもよい(MTでなければよい)」と思っているユーザーが多くても納得できる。SKY-ATはマツダなりの「MTでないトランスミッションとは」に対する回答に思えてならない。SKY-ATの興味深い技術的な話はに譲ることにして話を戻そう。要は、私はSKY-ATは良いものだと言いたいだけである。

短い試乗時間であったが、動力性能に格別の不満は抱かなかった。急加速をする必要性も欲求も感じなかったのである。右足の支配下にあるオルガンペダルは実に素直で扱いやすい印象を受ける。さあゆっくりと加速していこうと少し足を踏み込むと素直に速度が上がってくる。別に当たり前のことかもしれないが、とても自然なのだ。ちょっと踏んだだけでガバッと飛び出す無作法さなど微塵もない。これは現行プレマシーから始まった「リニア路線」であり、ドライバーの意思に忠実に反応するよう躾けられている。無論それはハンドリングにも、乗り心地を含めた体感をも含む。
そしてブレーキも自然であったことに大きな満足を抱いた。それは、現行プレマシーのブレーキは、自然さを謳う割に感触がイマイチで馴染めないのだが(ブレーキの利きが弱く頼りなく感じる)、この20Sのブレーキには一切の不満を抱かなかったからである。カックンにもならず、制動力不足からくる踏み足し調整、停車寸前の微調整が簡単に。まるで乗り慣れている車のように、ごく当たり前のように扱えた。i-ELOOPは動作している様子であったが、その影響がドライブに干渉している様子は全くなかった。そんな装置、どこについているのか?という感覚が正しいかもしれない。

かのように、新型アテンザのこの「自然さ」の調律は車に疎い人でも気づく完成度ではないかと思う。
マツダの言う「100mプレミアム」は偽りでも”飛ばし”表現でもなんでもないのである。
20Sはベースグレードであろうから、この後に試乗するディーゼルモデルが果たしてどのような出来か楽しみになる。


XD (WAGON)
SKY-DはCX-5(XD L)試乗以来である。
あの時に抱いた感想は

・車外にいるときはディーゼル特有の音が分かる(トラックらに比べれば音は小さい)
・とはいえ車内に入ると聞こえなくなる
・ディーゼルは振動が大きいというが、気にならなかった
・ディーゼル臭は感じなかった
・40kgmを超える巨大なトルクは余裕の乗り心地を実現する(絶対的な速さを約束するものではない)
・SKY-ATとオルガンペダルの相性もよく、巡航ドライブが楽でそれが気持ちよい
・シフト周りが100均プラスチック品質で大不満
・ルームミラーに標準装備のバックとサイドモニターが素晴らしい

こんなところであった。
昔ながらの「ディーゼルエンジン」のイメージが強い人であればあるほど、驚くこと享けあいのユニットであろう。低速トルクが豊富で高回転に回して遊ぶエンジンではないので、数字のトルク40kgm↑をスポーツ路線と捕らえてはいけない。このトルクは、高級サルーンにみられる「大排気量エンジンがもたらす余裕のある走り」を2.2Lのディーゼルエンジンで実現するためのものである。世の高級サルーン勢が、燃費が悪くなることを承知で大排気量エンジンを搭載するのは、その過剰な動力性能が公道上でドライバーに常に「余裕」を約束してくれるからである。
換言すれば「いつでも本気を出せるけれども、出さなくてもすべてこなしてしまう」優等生な優越感を感じつつ乗るのは単純に心地よいわけである。尤も、本邦の交通事情では公道で「本気の」性能を出すと即免停になる過剰性能でしかないのだが、こうした奇妙なアンバランスさを内包する車を所有することもまた他者との差異性を浮き立たせることからくる自己的満足感につながるのである。

試乗車はアルミニウムメタリックのワゴン。
小雨模様の午後6時であり、車体のカラーをどうこういえる明るさはなかった。
しかし、雨で濡れそぼったアルミニウムメタリックのボディは艶のある色気を醸し出していた。言葉にすると変だが、過去、アルミニウムメタリックのCX-5でも同じことを思ったのでここに記載したまでである。
アルミニウムメタリックは雨の多い北陸地方では映えるカラーかもしれない。

グレードはXDであったが、ディスチャージ・パッケージがついているのだろう、ライト周りには特徴的な発光シグネチャーがみられる。BMWやAUDIのあの個性的なLEDヘッドライトを彷彿とさせるものの、日本車離れしたエクステリアデザインがあるため、パクリ感や不釣合い感、嫌味な感じは受けない。単純に格好良いものである。エンジン始動時にはアダプティブ・フロントライティング・システムの動作チェックが入るが、その動きが興味深いものだったので動画撮影した。若干ピントがずれているがご容赦いただきたい。

https://docs.google.com/open?id=0B5-hcvfHtATMN1BMVDI2c3l0Sms
※「本当に動いとる!」という素っ頓狂な台詞が入っているのでミュートにしてあります

やはりディーゼルエンジン、車外にいると音ですぐ分かる。
その音量自体はたいして大きいわけではない。個人的には「ああ、これディーゼルエンジン載せていたっけね」程度で気にならないが、人によってはこの特徴的なディーゼルの音が耳障りに感じると思われる。うるさい、我慢ならない、所詮はディーゼルエンジンと不満を述べる人がいるのも頷ける。

乱暴な意見だが、世を席巻するトヨタのハイブリッドが無音〜電気音に近いことを特徴とするように、この音はSKY-D2.2の特徴だと思えば良いのではないか。さすがにディーゼルの音は消せっこないのだ。このSKY-D2.2の音が苦手な人もいるだろうが、ハイブリッドのキーンとした音が苦手な人もいるのである。尚、車内に乗り込んでしまえば、この音は全く聞こえなくなる
私のように鈍い人間には、アイドリング時の音でガソリンモデルもディーゼルモデルの判別はつけられそうもないし、特に気にすることもない。

ブレーキから足を離せば動き出す。
このときのクリープの感触は20Sとそう違いはないのだが、道路に左折合流しようと曲がったとき、さすがにフロントに重さを感じた。ディーゼルエンジンは重いのである。しかし走らせればそこは100mプレミアムであり20Sと同じ感想を抱く。限りなく自然なドライブフィーリングがもたらす心地良さである。そしてSKY-D2.2がもたらす低速からの加速の頼もしさは「余裕」につながる。堪えられないものがある。たとえ坂道斜線であろうとも余裕の追越が可能であろう。

20S同様、キックダウンスイッチの感触を味わえるようなフル加速はしなかったが、それでも少し大きめに踏み込んだときの加速はその体躯に似つかわしくないパワーを思わせた。
回して楽しむ官能的なエンジンでも味付けでもないので、踏み込むことでエンジンが吼えドライバーが血を昂ぶらせることはない。だからといって、加速時の音が退屈なわけでもない。アクセルを踏み込んで行き(確か)2500rpm以降、慎ましく整った音がハッキリと耳に届いてくる。決して煩くはない。粗雑で荒々しい、一種の獰猛さを思わせる音ではなく、「慎ましく整った音」というのがしっくりくる音であった。貴方はエンジンを回したのだから、そのときのエンジンの声を聞いて下さいねといわれているかのようだ。

なお、ここでいう「粗雑で荒々しい」とは、自分が乗っているNCの加速時に感じる音を表現したものである。NCのエンジンは、回した分のパワーに追従して音も高まる自然吸気エンジンらしさ素のままである。嫌いな音ではないが、躾も調律もなく清廉さに欠く。マツダ側もこれは欠点と思ったのか、NC2以降のエンジンには手が加えられ、レブリミットが500rpm引き上げられると同時に澄んだ上質な音に変わることになった。


試乗を終え、マツダの新型アテンザにかける意気込みもその自信にも合点した。
マツダのクルマが好きな人は試乗すれば間違いなく欲しくなるだろう。マツダのエッセンスが詰まりに詰まったフラッグシップなのだから当然のことである。逆に合わない人にはさっぱり魅力のない車だろうが、それでよいのである。

売れ筋はSKY-DのXDだそうだが、CX-5と同じくちょい乗り(短時間しか運転しない)が多い人には向かないことに注意。エンジンの温まらないちょい乗りが多いとDPFに不具合を招きやすいからである。エンジンのキャラクター的に長距離巡航が得意なので、それなりの通勤時間がある人や遠出することをメインに車に乗るユーザーでなければ、よほどエンジンに惚れ込んでいない限りSKY-Gを選択するべきかもしれない。20Sも(乗ってはいないが)25Sも、自然なドライブフィーリングの仕上がりと車重からくる軽快さ、そして燃費の面で魅力が劣るわけではない。
GもDも、どちらも素晴らしい魅力を備えており、新型アテンザのグレード選択は実に悩ましくもあり嬉しくもあるのだ。購入を検討される方は存分に比較試乗を行い、グレードの選択を迷いながらも楽しむことになるだろう。

私が買うとなれば、好みと理想を追求していくと25Sの6MTになるのだが、日本では25SにMT仕様はラインナップされていないので枕を濡らし続けるか逆輸入するかしかない。聞いたこぼれ話だが、ディーゼルにMTがラインナップされたのも開発主査が個人的に乗りたいからだけのことらしい。そんな理由で通ってしまうのかマツダ。きっとマツダのことだから「役員もみんなMTで乗りたかったから」とか理由があるのだろう。20Sと25SにMT設定がないのは残念極まりないことであるが、しかしこの時勢にフラッグシップのセダンとワゴンにMTの設定をすること自体が偉業であることに違いない。他社も見習って、たとえばマークXやレクサスGS、IS-FにMT設定を設けてくれれば喜ばれると思うのだが。

もうひとつこぼれ話。
新型アテンザの開発主査は、開発に当たるスタッフに、新型アテンザの目標であるBMW・3er、Audi・A4、VW・パサートらには存分に乗ってよい、それらの車で仕事場に来ても良いとしたが、それら以外の車に乗ることは許さなかったらしい。感覚が鈍るというのがその理由だそうである。本当かどうかわからないが、たとえレクサスLSやベンツEクラスに乗っていたとしても「鈍ったやつは要らない」と彼に追い返されたのかもしれない。ずいぶんと刺激的なエピソードであるが、本当の話のようだ。とある海外のMAZDA6(25S-L)レビューにその記載がある。

(抜粋)
Kajiyama said his team benchmarked the BMW 3 Series, Audi A4 and Volkswagen Passat. He said they also studied the Camry, Altima and Fusion, but that he wouldn't let his engineers drive them to and from work. Why not? "I told them 'Your senses get dull.'"It worked. The Mazda6 definitely isn't.
(抜粋おわり)

このあたりのお話は、きっと「新型アテンザのすべて(2013/1/15発売予定)」の開発者インタビューの頁で語られるに違いない。


「いいものを作れば売れる」
これは昔から言われている格言であるが、実際にはあまり当て嵌まることのない世の中である。買い替えを前提とした安いだけのものが売れる趨勢にある。
SKYACTIV戦略。CX-5を始めとしたマツダのブレークスルーは、技術一本で良い車を造って勝負するモノ造り革新である。この英断と勝負する企業姿勢はマツダの「飽くなき挑戦」そのものであり、高く評価したいと思うし、心から応援したくなるのである。


まとめ
ぎゅんたはマツダを応援しています
 
posted by ぎゅんた at 21:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 試乗 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月26日

ラブコメディ?の少女漫画「放課後×ポニーテール」(田中てこ)



ここ北陸では新刊は発売日一日遅れ。ようやく手に入れる日がやってきた。
スキップしながら本屋へいき、新刊コーナーへ。本日発売の札とともにそれはあった。
店員が若いネーチャンで、会計の折「え、このおっさん本間違えてない?」風にチこちらをチラチラ見ていたが、無論、ただの自意識過剰である。店員がイチイチ客の買う本をあれこれ思うことはないのである。そんなことよりも万引きという名の窃盗を働く輩を殲滅せねば書店に未来はない。書店は配慮してくれないと

さてコミックス「放課後×ポニーテール」である。
これは実家に転がっていた別冊マーガレットで連載第一話を読んで以来のお気に入りの作品である。ほのぼのコメディ路線+絵柄が好みであり、普段少女漫画を読まないおっさんにマッチしたのであった。単行本一冊で終了してしまったのが惜しまれる。

今一度読み直す。
少女漫画というには恋慕劇が乏しいし、コメディというには力不足の感が強い。
主人公ら二人が、読者を少し置いていきぼり気味に相思相愛状態になって話が進んでいく。そのためか、物語はドラマ的に起伏は少なく広がりに乏しい感がある。ライバルキャラ担当に違いない瀬戸君にしても、ヒロインと同じく漫画フリークでありながら人生二週目のような余裕と器の大きさを感じさせる好漢でありながら、結構あっさりと退場してしまうのは勿体無い。話に収集がつかなくなることを恐れるあまり、登場人物らを規制してキャラクターを掘り下げきれなかったのかもしれない。こんなおっさんに少女漫画をアレコレ言われたくないだろうが、思ったことを素直に吐露したまでである。

まとめ
ぎゅんたは田中てこ先生を応援しています。



ところで
それにしても今年はクリスマスなんて微塵も感じなかったが、これはいよいよ日本人がキリスト教でもないのにアホ騒ぎするなんて馬鹿らしいと悟ったからだろうか。実に喜ばしいことである。クリスマス(騒ぎ)なんてものがあるから、心ある独身男女が恋愛だ結婚だを馬鹿らしく思うようなり放棄するのである。これが、引いては少子化となり国力の減衰となる。由々しき事態を招いていたのだ。

え、支離滅裂な意見だって?うるせぇんだよわかってんだよ
 
posted by ぎゅんた at 23:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 漫画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月25日

面白い漫画教えてくんねの 漫画「蔵の宿」

雪があ.jpg

今日は12/25です。
と、くれば田中てこ先生の「放課後×ポニーテール」の発売日でしたね!みんなもう買ったかな?俺はまだなんだ。買いに行かなくちゃ、ならないんだ。

え、クリスマス?
しらねえよしゃぶれよ


小躍りして本屋に行きましたが、新刊コーナーには置いてない。許せぬ。
俺は怒りに任せてカウンターに直行し、本日発売のコミックスについて訊いた。
一日遅れて並ぶのは明日になるそうである。
ここ石川県は、県民が金沢県だとか都会だとかいくらわめいたところで所詮は裏日本の北陸地方。地方都市に過ぎぬ。なので新刊が一日遅れる。これは必然。そういえばそうだった。設定を忘れていた。

北陸というのは
雨の日のが多いとか曇りの日が多いとか雪は水気を吸った重いべしゃ雪だったりと、関西以西出身者は「気分が暗くなる」と嘆く土地柄なのであります。こんな話題になったとき「え、曇りの日が多すぎってそれホントかいや?」と真顔でコメントしかねないのが北陸人です。多分。ちなみに北陸といわずに越前というと北陸人はちょっと嬉しがる。多分。

さてそんな北陸
貴方も一度は「北陸三県」という言葉を耳にされたことがおありのように、北陸は福井・石川・富山からなります。ぎゅんたの基本生息地は結構福井県に近く、また、生まれは福井(育ちは石川)なので、福井県は昔から馴染みがあり世話になっている県でございます。逆に反対の、金沢より先、能登〜富山あたりはさっぱり足を運んだことがございません。いまだに何があるのかも知りません。県内でありながら能登地方もさっぱり知りません。加賀屋があったかなとかの舞台だったかなとかその程度の知識。しかし能登には竹内のみそまんじゅうといふ知る人ぞ知る銘品があります。美味しいのなんの。まず間違いなく送り先に喜ばれる一品ですので、お土産なり贈答品にどうぞ。類似商品にはくれぐれもご注意ください。

おっと福井の話をする予定であった。そう、子供のころから福井県は馴染み深いという話でした。
そんな福井県、私には不思議なのですが全国的に知名度が低く、日本一存在感がない県なのだそうです。
食べ物は美味しいし、特徴的な福井弁も愛嬌を感じさせますし、人々は控えめで(腹の中は黒いとも言われる)、教育水準も高く住みやすい県だと思うのですが。
知名度の低い原因は、福井県は大のPR下手であるからとのことらしい。
変に有名になって文化と伝統ある福井が壊れていくのは個人的に嫌ですが、しかし良いものが世に知られないままでいるのは、この情報化社会の中では罪なことかもしれません。

こんな流れで紹介したい漫画…と来れば、舞台が福井モノであることは容易にご想像つくわけで。
隠れた名作と脳内認定している「蔵の宿」です。
舞台は福井県蔵岡町(丸岡町がモデル)。
そこで旅館と酒造を切り盛りしていくヒューマンドラマなのですが、この漫画の特徴になにがあるかを箇条書きにしてみましょう。

・登場人物ら福井県民の台詞がガチ福井弁
・昼ドラみたいな展開(ご都合主義的)だが、王道といえば王道なので安心しておk
・拝金主義は否定。つまり敵方は拝金主義である
・職人とはどのようなものか、一種の理想論かもしれないが、その哲学が述べられる
・さらりとお涙頂戴

原作者が西ゆうじ先生なので、

職人はどのように生きるか
日本人として正しく生きることとはなにか、
礼儀作法とは

このあたりが濃い福井弁を解して凝縮されたものになっています。
また、西ゆうじ先生は漫画「あんどーなつ」でも原作を担当されており、こちらは和菓子の世界が舞台になっておりまして、職人とはどのようなものかがドラマティックに描かれています。そういう意味では「蔵の宿」も「あんどーなつ」も路線的には同じといえましょう。しかし「あんどーなつ」は東京下町が舞台です。

いずれにせよ、若干説明くさかったりご都合主義が目立つ内容でありますから、単純な漫画娯楽をお求めの方には向かないと思います。が、一味違った真面目系の漫画を求める方には向いていると思います。
接客自営業、心遣い、日本酒、職人、和の心、福井
このあたりのキーワードに興味を惹かれる方はご一読されてみてはいかがかと存じます。
漫画喫茶なら全館揃っているのではないでしょうか。
 


※とりあえずクリスマスなので(しかし「蔵の宿」とは120%関係ない)
 
posted by ぎゅんた at 23:12| Comment(2) | TrackBack(0) | 漫画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月22日

結納なし待ったなし 〜K-ONフィギア里親探し

pinboke.jpg


いまのところ里親が見つかったのは
梓さん
律さん
です。

まず梓さんを所望する友人宅へ行き渡します。
組み立てた状態のフィギアを前にアヘ顔ダブルピースをしてもらおうとおもったのですが真顔でした。デッドアイランドも真っ青な真顔具合です。
真顔_DeadIsland.jpg
※画像はイメージ

こんな真顔で「おいこれスカートの下からパンツ覗けるぞ」とか言われても困ります。
幸せを邪魔してはいけない。
私は早々に立ち去りました。
次いでもう一人の友人に律さんも届けなくてはならないからであります。
彼は生粋の律さんファンですから遅れるわけにはいきません。嫁だからです。律さん以外には目もくれません。フォーリンラブの体現そのままであります。恋するたっくん。

(渡す⇒冒頭の写真撮影)

一足早いクリスマスプレゼントになりましたが、喜んでくれたようで何よりという結果に。
男から男へのクリスマスプレゼントだが…


まとめ
ぎゅんたは他の娘たちの里親を募集しています
posted by ぎゅんた at 03:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 日常茶飯(ちゃめし)ごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月19日

久々チェックのZAR/JPY

non_title.jpg


放置子のクロス円南アフリカランド君。チェックするとランド高に振れているではありませんか。何があったか知らんが、決済すれば700円と6100円の利益が出るポジションがあるではありませんか。迷うことなく決済して利食いです。レバはx2になりました。
また放置に入りましょう。めでたしめでたし。


さて
これには説明が必要である。

ぎゅんたはFXをやっていますが、世間様が「FX]と聞いて想像される様なトレーダーではありません。モニタの前に張り付いているなんてやってられませんし、仕事の合間にレートチェックをして売買に入ることもありません(出来なくはないが)。

FXは外国為替を扱った金融商品であり、リスクを理解したうえで利益を狙うものです。そのためのテクニックが様々あって、大きな利益を狙うとなると他の金融商品に比べかなりリスキーなトレードが必要となる。そして手の出しやすさやハイリスクハイリターンのギャンブル性があるからこそ、世間では「FXは怖い(けれど大勝ちする人もいる)」という現象が喧伝されるわけであります。でも、地味な方法もあるのよ。

ぎゅんたはFXを「将来的には勝手に円安に触れていくであろうと予測した上でスワップ目当てで放置」というスタンスで、捨て銭でやっております。
マイルールとして
・レバは一時的な自体を除いてx2.5を上限
・スワップ目当てなので基本放置
・600円以上のキャピタルゲインが獲得できるポジがあれば即時決済する
・元本は0円になっても泣かないですむ納得済みの金額
があります。

「レバx2.5上限」は、本来はx1を理想としています。昔はx2以下を絶対ルールにしていましたが、そのころに仕込んだZARがいまよりも高かったので(今のポジションはマイナス状態)、結果としてレバが大きくなってしまっているのです。とはいっても経験上、ZAR/JPYの上下的な振れは他の通貨に比べると「さざなみ」程度なので、x3を越さない限り心配することはないと考えております。今回の決済でレバがx2になったんでまた当面は放置してよいとします。

で、ぎゅんたがFXで狙う利益はスワップ目当て。スワップは、要は金利みたいなモンですが一日ごとに付きます。塵も積もれば何とやらです。FXのスワップも昔に比べれば激減しましたが、それでも銀行口座に適当に寝かせておくよりは遥かに高い利益が見込めます。
FXを始めた当初はショートもロングもあれこれ短期売買をしてキャピタルゲインを狙っていましたが、モニタ前に座っている時間の長さと損切り等で精神が疲弊する割りに利益が良くなかったので「不適格」として短期売買路線はやめました。そこでスワップ狙い路線を模索。あれこれ手を出しましたが、レバをx18とかで放置していたら、一日のスワップは良かったが円高に振れて瀕死状態に陥ったりと精神衛生上よろしくなかった。

様々な経験から、自分にとって納得のいくスタンスを構築して、先述したルールを設けたわけです。ルールがないと、売買のたびに「売らなければ良かった/買っておけばよかった」と後悔仕切りでストレスになりますので、納得の出来る自分なりの厳格なルールは絶対に必要なのです(少なくとも、私のような人間に限っては)。そして決済後はあれこれ「ありえた可能性」について考えない。利益が出たんだからそれで良いじゃないと精神を終了する。損をしなかったことこそが投資の勝利だからです。



  
posted by ぎゅんた at 05:32| Comment(1) | TrackBack(0) | FX | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月18日

非現実的純朴ほんわか少女漫画 「藤代さん系。」



論旨:「藤代さん系。」は個人的イチオシ少女漫画です
Let's go to the bookstore to buy this comics!


藤代さん系。
変なタイトルに思えるでしょうが気になさる心配はございません。
昨今の萌え系ラノベにみられる摩訶不思議意味不明ウケ狙いテイストのタイトルどもに比べれば自然です。

お気に入り連載群がことごとく去ってしまった別冊マーガレットはもはや手に取る気力は無い。
しかしお気にの作者さんをみつけたらコミックスを買うのが人情というもの。ちっぽけなおっさんにできる作者様への応援はこれぐらいのものである。

連載が終了したお気にの作品群は
・魔法使いの心友
・fuffy*
・茜君のココロ
でしたが、茜君のココロの作者様の単行本は既刊ですがまだ買っていなかった。
というわけで日曜の仕事明けに本屋へ赴き少女漫画コーナーへ足を向ける。スーツとコート姿のおっさんが真顔で少女漫画コーナーで本を探す姿はシュールであるが、誰も自分が意識するほど見られているものではないのでキニシナイ。ひょっとしたら、見つけた本を手に取ろうとした瞬間、同時に手を伸ばしてきた美少女との出会いが発生するかもしれないが、そんなイベントはお花畑脳内劇場と少女漫画の中でしか起きない。

type_fujishiro-san.jpg


個人的主観として
少女漫画の良いところは、読んでいて心がムズムズさせられたりホンワカさせられるところにある。
普段、ぎゅんたが触れるメディアが男くさい凄惨なドンパチや殺し合いやばっかりであることも影響している。人はトンカツが大好きだが、ときにふと肉じゃがを食べたくなるのも同じ理である。そういえばそろそろレッドアイズの新刊が補給されるぞ。え、なにガアッ! 

個人的に好ましい少女漫画とは
ストーリーはさておき、読んでいて気持ちがホンワカさせられるかどうか。ここだ。
よくあるストーリーだろうが荒唐無稽な設定だろうが、ヒロインがコマンドー部隊のいっちばん上だろうが、読む俺を夢心地にさせてくれるかがキモなのである。現実逃避に近いがそれでよいのである。現実逃避したいからこそ読むわけだから。漫画の中の世界と現実世界とのあわいをフワフワと、しかし明晰夢のようだと自覚しながらトリップできる。それがたいへん心地よく感じる。これは少女漫画でしか味わえない贅沢な醍醐味。
しかし少女漫画なら何でもいいわけでもない。好みと相性は結構シビアである。だからこそ、理想的な相手に出会えたときの喜びもひとしお。
読後、俺はとても満たされた気分になれた。それですべてである。
 
ところで藤代さん系。は3話で終わるのが勿体無いお話ですね。是非にとも続きが読みたいところ。
こんな読者の声はきっと、作者様にファンレターで届いていることでしょう。
のんびりと続きが読める日を待ち続けようとおもいます。きっと描いてくれるはずと信じて。
 
posted by ぎゅんた at 01:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 湯木のじん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月16日

世界のどっかの知らん人とネットで遊ぶ 洋ゲー「DeadIsland」オンラインプレイ

deadIsland_01.jpg
※オンラインプレイに”つきもの”の怪奇現象。この辺も含めて楽しみましょう


細々遊んでいるデッドアイランド。
ゲームバランスが悪いような不親切なような、細かなインターフェイスが慣れてもやっぱりダメだわこりゃと欠点も多い作品ですが、まあいいかと遊び倒す所存。そもそも昔の洋ゲーはもっと「ゲームとして不親切」という意味で凄かったので、この程度は存分に許容範囲なのであります。

ネットで野良PTする用に、本番用のサム・Bさんでなく、ローガンさんとプルナさんを育てています。
どちらのキャラもFury主体で育ててます。

やってて思ったのですが、サム・Bさん強すぎです。体力自然回復する一発屋ラッパーは伊達じゃねえ。得意武器の鈍器を振り回して暴れるに飽き足らず、手軽にタックルでダウンさせてのストンピングに加えて、特殊攻撃でも強制ダウンを狙えるお手軽さ。両手ハンマーやハンボーを装備しての特殊攻撃のリーチの長さはもう反則レベル。ローガンさんやプルナさんは敵を近づけないよう間合いを取りながら接近戦をしないと攻めきられてしまいます。サムBさんはわりとこの辺ゴリ押しが利くので実に頼もしいわけです。逆に言えば攻略の底は浅いキャラ。しかしぎゅんたは鈍器LOVEなので、続編でもこの鈍器専門の一発屋ラッパーをメインに遊んでいくと思います。続編ではもうちょっと陽気な黒人ぽさを出して欲しいものだが、どうなることやら。外見に似合わず意外に直情的なキャラなのよね。

deadIsland_04.jpg


ところでこのゲーム、女キャラの造形が素なのかわざとなのかやる気なさすぎです。
Act2で「助けて!娘が悪漢どもに倉庫に拉致されたの!」という救出クエストがあるのですが、この娘(推定20歳以下)の顔がこれです。
deadIsland_03.jpg
ババアー!
なんですかこれは助けたことを後悔するレベル
水着のネーチャンたちといい、なぜにこんな顔が老け顔なのか。
DeadSpace2の二コールさんじゃあるまいし。洋ゲーの女キャラは突然変異しすぎ。
nicoleさんの遍歴.jpg
※参考画像

主人公のプルナさんも酷いし…メスゴリラじゃねえか。
どいつもこいつも。あまりにも女キャラどもが濃すぎてもう一人の女キャラのシアンさんが美少女に見えてしまうレベル。なぜこの造形でプルナさんや水着のネーチャンやゾンビを作らないのか。外人はよくわからんな。
deadIsland_02.jpg
※参考画像(しかしよく観察すると髪の生え際あたりがカリアゲっぽいところがある)

そんなかんだでオンラインで野良PTをして遊んでいます。
しかし外人どもはプルナさんを使わない印象。やはり外見がアレだからか。
シアンさんが突出して人気。次にローガン。ついでサム・B。プルナさんは不人気。銃火器のエキスパートっつっても、接近戦で殴る切るが強いゲームだし、弾もあまり持ち運べないしな…PTの補助キャラで決まりですね。Furyもそういう特性があるし。
 

最近お気に入りの「ジャングル-川辺の村」BGM
posted by ぎゅんた at 22:03| Comment(0) | TrackBack(0) | DeadIsland | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

国家の価値は国民の質により

違いがはっきり.jpg


金曜日。
昼休みに市役所へ赴き期日前投票を済ませました。今週の土日は仕事で潰れてしまうからであります。投票先は決まっているので迷うことはありません。字体を綺麗に書く練習みたいなもんです。

平日の昼間ですが、市民の数も多く、また、係員も多いのです。
しかし毎度、選挙で思うのが、係員は暇で気が狂うのではないかという懸念と設備・人件費にいかほどの費用がかかっているのかという疑問であります。選挙は出馬者にも国民にも途轍もないお金がかかるイベントです。より良い政治が実現される未来のため、このイベントに税金が投入されていると思う他にありません。

昨今(というか随分と以前から)無関心層増加と投票率の低下が叫ばれる「選挙」でありますが、参加者には「選挙権」という大きな権利があります。民主主義国家では当たり前のこの権利も、時代や国によっては一部の人間にしか認められなかった。基本、二十歳を迎えれば参政権が与えられるわが国は、民草にとってみれば政治的に恵まれているはずであります。面倒臭いから選挙に行かないとか、たかが自分の一票を投じても意味がないとか、投票用紙に落書きをして帰ってくるといった行為は、自分が恵まれた環境にいることを自覚していない行為になりましょう。確かに、自分の一票が「清き一票」であるところで、実際は塵芥に等しい影響力にすぎない。それでも、数が集って束となった影響力は計り知れない力となる。自分の一票などたいしたことはありませんが、束を構成する一本の繊維となれることは大きい。だからこそ市民は時間を割いて足を運ぶのだと思います。完全に無駄と理解していながらもイベントだからと選挙に行く有権者はいませんものね。

そんな選挙ですが、相変わらず若年層を中心に投票率は低いようです。無関心層の大きさを物語っているかのようです。民主主義なんで、選挙に参加するもしないも自由なのでしょうが、これだけの国政イベントに参加する有権者が有意に少ないのは問題です。そして少子高齢化が顕著となった現代社会では、老人票のウエイトは馬鹿でかい影響力。おっさんとはいえ彼らに比べれば若輩者であるぎゅんたらの一票は比較かなり少なくなります。普通、老人らは真面目に選挙に行きますし、我らおっさんらは仕事や疲れ無関心から、彼らほど投票率が高くない。こうすると、政治家が老人票目当ての政策に重きを置くのは当然の流れでありまして、概ね、政治は老人らに優しい政策となる。ひょっとしたら国を支える未来を見据える勤労層・若者層がないがしろにされている政策に舵が取られている可能性があります。
個人的な考えですが、政治は「これから」を担う若者層のためのものでなくてはなりません。ご批判を承知で述べるなら、年金生活に足を突っ込んだ老人らは選挙権を剥奪しても良いのではないかと思います。それは民権に反するので無理でしょうから、しかし、せめて「若者係数」でも設けて、世代層の票の偏差を修正してもらいたいと思います。今のままでは老人優遇がすぎる。未来を担う層が、将未来生涯に渡って不安なく住める社会を目指す政治が必要なのです。この考えは乱暴だが正しいと思っておりますが、誰も声をあげません。挙げたコメンテーターにしろ政治家にしても社会から抹殺されかねないからであります。要はそれだけ老人票のウエイトは大きい。

結局、未来を担う若年層有権者がみんな投票に行くことが大切との結論になります。それが老人票を脅かし、政治家にプレッシャーを与えるからです。しかしこのことが指摘されても投票率の目立った改善にはつながっていないようです。
そこで乱暴なアイデア考案しました。
選挙にかかった自治体のコストを、投票にこなかった有権者の数で割り、その費用をそっくり請求するのです。皆が真面目に投票すればするほど、投票に行かなかった場合に請求される金額が上がります。半ば強制的で民主主義にはんしますが、これぐらいしてもいいんじゃないでしょうか。選挙にかかったコストも回収できます。真面目に政治に向き合わないと大損こくわけです。国民ももっと政治に興味を抱くようになるでしょうきっと。

しかし本来は、国民は政治に憂うことなく日々を健康で文化的に過ごせる社会でなくてはならないのですけれどね。餅は餅屋。政治はプロの政治家に一任する。素晴らしいことです。しかしそれは理想。とても叶わない。だからこそ、国民は政治家を選挙で監視し、マスコミは国家権力の監視役たらねばなりません。政治は国民の行動や考えを反映します。政治化が素晴らしい理念や政策を打ち出しても国民がついていけなければ政治は国民のレベルに引き下げられますし、国民が優秀であれば、いつしか政治は国民のレベルに引き上げられる。マスコミは国民の大多数にウケれば良いとするプロパガンダにすぎないので、政治と同様に国民のレベルを反映します。いまの日本の政治とマスコミのレベルが低いと嘆くのは簡単ですが、一方これは国民のせいであることは自覚しましょう。

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posted by ぎゅんた at 16:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 日常茶飯(ちゃめし)ごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする