2012年05月31日

映画とパンフレットとヒョウロンカキドリ(AA略)

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仕事休みの6/1(金)は映画感謝デー、だれでもどんな時間でも1kで映画が見れるよー
私は、来るべきその日に虹色ほたるをもう一度みようと考えた。そしてパンフレットも買おうと考えた。
しかし今日は木曜である。明日が待ち遠しい。
…あまりにも待ち遠しくて矢も盾もたまらず、劇場に走りパンフをフライング購入してしまった。
レイトで見たいと思う映画はなかったのでそのまま帰る。明日来るから堪忍な。

映画のパンフレットを買うなんてスカイ・クロラ以来である。パンフ自体、およそ商業的なことしか書かれていないコスパの悪いものが多かったので、ほとんど購入したこともないのである。映画好きの友人の一人は、その昔、劇場に足を運んで観た映画のパンフレットを必ず購入していたが、昨今はそれもやめてしまったようだ。真意のほどは定かではないが、決して安くない映画を観る料金に加えて割高なパンフの料金まで払うことに価値を見出せなくなったのではないか。
確かに、もう少し安くならんかとは思う。「好きな人間は買うから、安く多く売る必要はない」という路線なのだろう・オタ相手の限定商法といえなくもない。ここに映画館の衰退の末端を見た気がするのである。

いまや映画は、見るだけで高く、敷居の高いものとなってきている。ぎゅんた個人は「高いなあ、何とかならんかなあ」とは思いはするものの、まあ、見られなくはない経済状況にある。しかし映画が庶民の娯楽の域を逸脱してしまっているのはヒシヒシと感じる。便利なシネコンが旧型映画館を駆逐し始めた頃からだろうか。便利さの獲得の引き換えに値段と映画愛好家を失ってしまったのか?しかしこう考えるのは早計。昔の映画館がよかったかというとどうだろう?座席指定はないから、見ようと思えば居座って何度も観れたものだが、狭くて不潔な空間だった記憶がある。ポップコーンも湿気ってたし。シネコン形態となった映画館は昔に比べて便利で清潔になった。これでいいのである。

結局は、手軽な娯楽があまりにも多くなりすぎ、映画に割ける時間がなくなったとか、それこそ生活費に困窮する”若者の映画離れ”があるのだろう。映画はかわらず面白く、素晴らしい。駄作は駄作のままで、洋画も邦画も優劣はない。TVドラマ版の劇場版は誰得であることも変わらない。テレビでやれ。


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いつものごとく脱線したので虹色ほたるのパンフに話を戻そう。
700円しますが、それなりボリュームのあるつくりです。A4横版。
ストーリーのネタバレ全開のつくりなので注意が必要です。
鑑賞後、この作品をもっとよく知りたいと思ったら買えばよろしい。

各キャラクターの設定や、背景描写の解説、声優を含めた製作スタッフの細かな情報が載っています。
独特の絵柄と描線は、色トレスと4B以上の鉛筆で描かれているんですな。個人的に好きな表現です。もっとやれ。
後半中盤で、絵柄のタッチが独自路線に変わるシーンがあるのですが、あそこの意図も書かれています。正直、あの描写はちょっとやりすぎでは、とは感じているが、今なら、評価が変わるかもしれない。そこまで挑戦する必要が果たしてあったのかを見極めたい。

というか全編フル手描きって本当だったのか…流石に蛍のシーンは手描き以外の処理を加えているものと思ったのだが。HENTAIすぎるぞ。「劇場版マクロス愛・おぼえていますか」作中におけるオーバーテクノロジーは作品そのものだったというギャグ(?)を思い出す。マクロス・ゼロの空中戦も相当にキてるが…

さえ子がやたらかわいく描かれているのもHENTAI魂に違いない。少なくとも僕はイチコロです。いえロリコンではありませんよ。
パヤオ(国定ロリコン巨匠)にこの映画を見せたらなんとコメントするのだろうか。興味深いものがある。刺激を受けたパヤオは化学反応を起こし、再び「紅の豚」路線の男の物語を作ることになった。・・・らいいなあ。

(パンフ堪能)
ううむ、明日もう一度観たら、終盤のシーンの殆どは涙まみれになり干からびるのではないかと心配である。ばあちゃん…;;

上映映画館を観ていたら、地域によってはこれから公開のところもあるんですね。
夏休みの前にこの映画をみた子供は羨ましいなあと思う。


しかしこの映画、ぜんぜん話題になっていませんね。ネットをしない中高年の間で話題になっているとかならいいのですが。作品的に彼らの胸にはドストライクでしょう。

中道右派の私といたしましては、古き良き日本の原風景を描き残してくれているこの作品には見るべきもが多いと思うし、ノスタルジックだ後向きだと批判されようが、いいものはいいものとして売れて欲しいと思うんですけどね。
あー、あとは正直者が馬鹿を見る今の世の中だけは、日本の国際力が落ちようがどれだけ生活が困窮しようが、是正されたほうがよいと思いますね。社会主義かこれは?
大人になったら、周りには悪い人がいっぱいいて、騙されないように酷い目にあわないように、まず相手を疑って信用しないようになっていくものだが、なぜそうなるのだ。正直者が悪者に騙されて馬鹿を見るなんてそんな酷い話があるか。
昔、小学生は小学生のまま大人になった世の中になればもっと世の中は愉快で面白いものになるのにと心底思ったものであった。勿論、こんな意見は回りに受け入れられなかった。子供だらけで世の中が回らないと。でも、おっさんになった今、結局「大人」は大人の姿を借りた子供の姿をしていて、社会ルールのなかで大人ごっこをしているように思えるときがある。少なくとも俺は、なにが変わったのだろうか?好奇心が減り知識が増えただけで、本体は子供の頃のままな気がする。ゴテゴテと要らないものに拘束されて素直になれない子供のままのような気がするのだ。


また妙なことを書いてしまった。精神が不安定なのかしら。投薬が必要だわ
 
posted by ぎゅんた at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 虹色ほたる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月29日

OST 虹色ほたる

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映画がよかったので、サントラを購入した。映画の感想はこちら
日曜に注文したら今日の昼には届いていた…早過ぎるぞamazon。本屋やCDショップが崖っぷちに追いやられるのも無理はない。

流行のなんたらPOPとやらにはまったく無関心で購入したこともないが、映画のサントラは別だ。
というかサントラ系しか購入していない気がする。歌とかいらないんですよ。しかしクラシックは高尚過ぎて良さがわからんからダメ。ジャズも好きだが、ネットラジオで垂れ流しにするスタイル。このサイトなんかいいですよ。

虹色ほたるは、購入した劇場用アニメーションのサントラとしては、スチーム・ボーイ人狼スカイ・クロラに続き4番目となる。気に入った作品の場合は、応援の意味も込めて購入するのである。無論、曲がよくなければ購入はしないが、曲がいい作品はたいてい、お気に入りになるので無問題。

この映画は静かに感動できる良質な映画であり、多くの人に見てもらいたいと思っているのだが、ネット上の評価をみると癖のある絵柄がネックになっているようだ。

うむ、確かに、劇場サイトで目にするであろう一枚絵がnijiiro_hotaru.JPG
であると思うが、この一枚絵を見ると「紙芝居か何かか?」と思ってしまうだろう。
このシーンは、実際は凄く心揺さぶられる後半中盤シークエンスからのひとコマであります。そしてキャラクターも、この一枚絵からでは「まんが日本昔話」調にしか見えないかもですが、実際は躍動感激しく描かれます。

ヒロインであるさえ子の愛おしさ。
虹色ほたるは萌えアニメではありませんが、さえ子の可愛さは、そんじょそこらの氾濫する萌えアニメのヒロインを凌駕しています。特にお兄ちゃん子属性の方はイチコロになるのは必定。いえロリコンではありませんよ。でも、本当に愛らしく、いとおしいキャラです。
実際にみてくれとしかいえない己の言葉足らずがもどかしい。


残念なのがPVで、いつもの邦画の悪い癖を詰め込んだかのような萎え構成PV(大事なシーンの切り抜き、歌挿入)となっていることであります。PVのテンプレ通りに作っているのだろうが、いい加減、少し変えたほうが良いのではなかろうか。尤も、試写会後のコメントかなんやようわからんが、「感動しました!」「〜〜サイコー!」等と発言している人を映さないPVであるのでまだ良心的かつまともである。もう廃れたのか、最近は流行っていないようだが。


サントラを聴いていたらもう一度観たくなってきた。
石川県で上映しているところは御経塚イオンのワーナー・マイカルしかなく、それも6/2で終了である。
6/1はファーストデイサービスで1000円なので、その日に行くとしよう。二回見に行きたくなる映画は久しぶりである。パンフレットも購入しておかねばなるまい。


まだ観ていない方はお早めにどうぞ。
DVDやBDで観るのを待つのも良いかもですが、劇場の雰囲気で観ないと勿体無いですよ。
 
posted by ぎゅんた at 01:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 虹色ほたる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月28日

店員の居ないすき家 映画「KG カラテガール」

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「いいものなら売れる、消費者は見抜く」と世に商品をプロデュースする側は考える。後々、評価されて、最初の評価が覆り、ヒットコンテンツとなる例は多くある。

このカラテガール、なぜ世に出たのかといえば、どうも監督が主演である武田梨奈の空手の本物さに惚れ込んだからだという。この作品の前進にハイキック・ガールがあるが、みたことはない。ひどい出来だったと友人二人は口を揃える。
レンタルDVDでの視聴となったが、これは友人である悪ガキどものうちの一人が「カラテガールみようぜ!」と持ち込んできたのがキッカケだ。そうでもない限り、個人的にこのような映画をみることはない。3人で視聴。


オープングから気の抜けるナレーションに始まり、ちっとも乗り込めないストーリーと小さな世界。悪者側が空手で世界を牛耳るみたい話をしていたかに思うが(違うかもしれない。これは、真面目にストーリーを追う気力もなかったということである)、舞台は全て横浜完結しているかのような小さな箱庭感。ツッコミどころが多いのは、ある意味よいことだが、これは例外の好例である。

出来のいいパッケージ表紙(もしくはシアターでみるポスター)に心惹かれてシアターで見た人の半分は途中退席を誘発しかねない出来で、脚本家の頸を締め上げたい気持ちに駆られるかもしれない。が、この映画のメッセージは「本物の空手は、カミソリのように鋭く速い。それを見て欲しい」ことにあろうから、ストーリーなぢぶっちゃけどうせもいい類のものであっても構わないところがある。製作者側もそれがわかっていて、あえてツッコミ処満載のままで突っ走って製作したのではないか。というよりは、監督が、見せたいカラテのシーンや型を実現するためのシナリオのような気がする。つまり脚本は、みせたい技がまずあって、それを実現するために後付けでシナリオを用意したのである。…と思いたい。


空手が日本国特有の伝統武道であることは周知の事実だが(何処かの国が起源を主張していて迷惑この上ないのも事実)、ハテ、空手に関わる日本国民の人口はといえば如何ほどにあろうか。空手の技を見て、その凄さが分かる人間がどれほどいようか。

この映画には、ワイヤーもCGも使用しない、生の空手の技が収められている。技のスピード、正確さ、切れはかなりのものであるのだろう。空手や格闘技を少しでも齧った人間ならわかるレベルの凄さはあるようにおもえる。

しかし、私は空手だけでなく格闘技にかんしてはズブの素人である。この映画を見る観客の殆どもそうではなかろうか。凄さが分からないのである。映画として魅せ方が下手である、と切り捨てるには惜しいものがあるので言いたくないのだが、地味で、分かりづらい、見ていて燃えない。
同じワイヤーとCGを使用しない、本物のムエタイをここに、の「マッハ!!!!!!!!」では、素人でもムエタイの凄さの片鱗がわかるつくりになっていただろう。空手よりはムエタイの方が画面栄えする向きもあると思うが、映画として技の魅せ方が上手なのは間違いないところだ。

あとは、主人公らが軽量の体躯であり、いかに技にキレがあろうと、大男を一撃の元に沈めたり吹っ飛ばすには説得力にかける。アメコミの女性キャラのようにムキムキのごつい体格でないと駄目、とまではいかないにしても、しかし、現実的には大男を沈めるには相応しい体格というものはあるだろう。いくら空手の達人の女子高生とはいえ、ラスボスの巨男と実際のガチンコになったら、無理くり掴まれて顔面に頭突きをされ鼻骨が折れ、鼻血をだしながら沈むことになろう。

無論、そんな画面栄えしないシーンも負けるシーンも許されないので、見た目的に軽い技(流石に二人がかり)で巨男は沈められる。やられ役は吹っ飛ばされ、倒れるのである。技は良いが、説得力がない。やはり、凄さが分からない。
黒帯を話に絡めてくるのであれば、黒帯を絞めることが武道の世界で如何ほどに偉大なことを示すのかを描いて欲しかった。主人公は、パッケージの絵のように黒帯を制服に絞めることもない。重要性がイマイチ分からぬ妙竹林なキーアイテムとしてあるだけだ。黒帯に失礼である。
自分が軽くて相手を沈められないなら、演技で吹っ飛んでもらうのではなく、作中でそれに気づいた主人公がエゲツない一撃必殺を見舞って解決させなくては説得力がないし、そうやって空手の凄さや恐ろしさを見せて欲しかった。黒帯は武器所有と同じ扱いなのでしょう?

こんなわけで、ストーリーなど不要で投げっぱなしであることに突っ込む必要もないが、それでも役者は演技をしてシナリオを進めないといけない。
抽象的で何と表現していいものか迷うが、みていると、学芸会のために撮ったビデオをみんなで見るような気恥ずかしさがある。この感じは邦画をみるたびに頻繁に感じる心情であり、これが嫌で邦画を見る気にならないでいる。洋画にも同じような酷い出来のものは多いが、隣の芝生ならぬ異文化の舞台なのでまだ許容出来るものがあるのだが。


この映画の意義は、武田梨奈という逸材を世に再び示したことであり、それ以上のものではない。すき家というあるファストフードが、労働者を消耗品奴隷として扱い、外食産業の多くはブラックであると世に知らしめた役目を終えたのと同じである。なぜ牛丼が安いのか、それは徹底した人件費の削減にあるからであって、お客の財布に優しいことを意味してはいない。働けど評価もされず、されど締め付けられ働かされる。それで清潔で美味しい食事が安く提供されると思う方がおかしいのであって、前の客の使ったコップを水で濯いだだけのコップに水(麦茶?)を注いで次の客に出す。タバコを吸って漫画雑誌を読んだ手を洗いもせずに調理して客に食べ物を提供する。すき家で食事をして腹痛を起こさなかったあなたは運が良かっただけだ。こうしたことを未だに続けていると思われる外食産業が居ること自体が不幸であるが、単に安さを求め続けた消費者が生み出した歪みであることも忘れてはならない。そのことを忘れるな、気づいてくれと我々に警鐘を出し続けるために存在しているのである。次のステップは、店員を一人も配置せず、すべて機械仕掛のフルオートファストフード店にすることであろう。その分、まだ清潔で人件費も削減されるのではないか。

武田梨奈は「ハイキック・ガール」「カラテガール」にて充分にその原石を示した。良いものはよい、それが事実でも、それだけでは売れないのも事実。より大きな銀幕での活躍を期待したい。
 
posted by ぎゅんた at 13:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月27日

インテリアには統一性を 青色LEDには積年の不満に交換の裁きを

土曜の仕事上がりは、まだ空も明るく、風も涼しい。
いうまでもなく、オープン走行が気持ちよいのである。
高速道路の沿岸部を流すだけで魂が抜けそうになる気持ちよさ。中毒患者がここにひとり。金払ってでも走りたくなるってもんよ。犠牲になるのは主に昼飯代である。次に外食禁止令と自販機禁止縛りな。

ここでNC1の高速道路での走りについて。
高速道路では100km/h巡航時に回転数は約2850になる。ちょいとアクセルを踏み込めばこれ以上の速度も簡単に出せる(国内仕様はリミッターかかるので出せないが、最高速度は約223km/hとかだったはず)が、回転数が高くなり燃費によろしくない。また、これはマツダ車に特有の特徴だが、ロードノイズが大きいので、120km/h〜になると助手席との会話が難しくなってくる。MZRの勇ましい音を感じるのは気分的によいものだが、長時間運転していると疲れてしまうのもまた事実。クローズドなら多少はその影響を回避できると思うが、やったためしがない。ロードスターは直線をブッ飛ばす車ではないので、高速道路は80-100巡航が乗員的にも燃費的にも相応しいのではなかろうか。

6thのギア比をもう少し小さくして高速巡航ギアにしてくれんかという要望は多かったらしく、NC2では6thのギア比が若干小さくなっている。NC2の6MTにも一度乗ってみたいものだ。エンジンの改良とインジェクションサウンドエンハンサーがどのようなものか、味わってみたい。

ここで余談をひとつ。NC2の6ATはアイシン製だが、ギア比は現行のクラウンアスリート2.5とまったく同じである。ちょうど良い神バランスのギア比だったのか、走りにこだわるオーナーはMTモデルを買うから、調整はいらんと判断した(コストを浮かしたかった)のかは不明である。

いずれNDが発売された後に、値下がりした良質のNC2を狙うのが現実的な路線だろうか。
だが、NC2は所有するとなると、内装に遊び心がないのが厭である。タンカラーの内装をなぜなくしたのだ…
そんななか、20周年記念車であれば赤x黒(JoinDuty!)のレザーシートで、ソフトトップも備えるのでいい感じだ。しかしボディカラーが白しかない。白は営業車チックで人気色で下取りに有利で汚れが目立つと、およそ個人的な好みからは外れる色なので、ここだけが不満である。尤も、車のボディカラーなど、所有してしまうとさして気にならなくなるものだが…。とはいえ、この20周年記念モデルはタマが少なく購入できる可能性が低いので、素直にNDを新車でポンと購入できる男になっておくのが現実的だ。

NDは本来のロードスターの姿である「小さく、軽く、パワーを使い切る」車に原点回帰するとの話であるので期待している。NCはパワフルなのは気持ちよいが、もう少しパワーがなくとも小さく軽ければとは思う。そんなら最初からNBの6MTを買っとけ!という話だが、内装が古すぎて好みではなかったのである。いまのロドスタを購入するきっかけとなったのも、ピアノブラック内装とサドルタンのインテリアカラーに惚れての後押しがあったのは事実であり、個人的には内装の好みに関しては譲らないことを由としている。その結果、得られたものにも満足している。


それた話が長くなるのはおっさん〜老人特有の病であるから許してもらうとして、本来の路線に戻ることにしよう。

ひとまずこいつを見てくれ
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これは夜間照明時のインパネ周りの雰囲気である。丸で囲ったところは、カーナビのボタン。青LEDが光っているのが確認できるだろう。
NCはライト点灯時に、インパネはオレンジと赤の中間色の照明色に彩られるのだが、この青色LEDがその統一感を台無しにしてくれているのである。そこが我慢ならない。青色LEDは目に付くので、夜間の運転時に目に入ると煩わしい。

青色のLED自体は綺麗な色であり、黒と組み合わせると静謐な美しいコンビネーションとなる。
が、現状の世間を見渡すと、DQNらが「ドレスアップ」とかいって、ゴテゴテとイカ釣り漁船のように光らせ誇らしげに運転している様を見る。
自然界にない希少で美しい刺す様な先進的な光は「DQNと同じ人種であることを宣言するアイテム」と成り果ててしまったのである。

このナビはパナソニックのストラーダだが、世代前のモデルとはいえ操作性が悪すぎる。そして動作も重い。
この機種は、おそらくパナソ信者でも
/\___/\
/ /    ヽ ::: \
| (●), 、(●)、 |
|  ,,ノ(、_, )ヽ、,,   |
|   ,;‐=‐ヽ   .:::::|
\  `ニニ´  .:::/      NO THANK YOU
/`ー‐--‐‐―´´\
       .n:n    nn
      nf|||    | | |^!n
      f|.| | ∩  ∩|..| |.|
      |: ::  ! }  {! ::: :|
      ヽ  ,イ   ヽ  :イ  

となるレベル。

VWのPOLOに乗る知り合いの薬剤師(♀)を助手席に乗せたときに、「あ、このナビは!」と第一声がそれ。
「なんだいな」とたずねると、わたしと同じナビ!とおっしゃる。
「奇遇だね」とか「いいナビを選んだね」とか、おおよそそういう流れになるであろうことはラブコメ的にも普遍的にも想定されるものと思うが、しかし「これ凄く使いづらいよね!」ときたもんだ。たまたまかもしれないが、そう思わせてしまう操作性の悪さが普遍的に在るのだろう。困ったやつだ。

操作性の悪さに加えて、さらに悪いことに、ステアリングリモコン非対応なのである。
ボタンも小さく押しづらく、操作する時はどうしても視線をモニタ画面近辺に移動させなくてはならない。
これは、マニュアル車であることを差し引いても危険な行為であることはいうまでもない。
そして、視線を移動させた先には青色LEDが光っている…

前のオーナーがなぜこんなナビをつけたのか理解に苦しむが、おそらく前車から載せ換えか貰い物だったのだろうと予想する。ガチでつけたにしても、人によっては青色LEDも操作性の悪さもステアリングリモコンが利かないことも気にならないだろうし。…俺は我慢がならない人種であるだけだ。

そんなわけでマツダのディーラーに行って、担当のNさんに相談していたのである。
理想的には、メーカーオプションの純正のカーオーディオを取り付けることである。
こうすればインパネ周りの統一感はバッチリだ。だが、一般にメーカーオプションはショップオプションと違い、出荷時の設定であり、後付は出来ないと聞く。
が、結論から言うと出来なくはないらしい。とはいえ、どうしても費用が高くなるようで、純正オーディオのモノのクオリティを考えたとき、果たして10万円近い出費を払う価値があるかといえば、ないと思います、とのことである。純正部品大好きな自分だが、確かにこれはいただけない値段だ。ヤフオクやネット上のグッズショップでNC1のマツダ純正オーディオがないか検索をかけたが、見つからず。アクセラの純正オーディオ(赤く光る)ならあるのだが、NC1には装着できないだろう。

ひとまず純正オーディオの線は諦め、ロードスターのステアリングリモコンに対応するカーオーディオをつければよいのではないかということになった。勿論、青色LEDはNGなので、オレンジ〜赤のモノか、カラーチェンジが出来るタイプを選ぶことになる。

まずロードスターのステアリングリモコンに対応できるメーカーを確認すると、我らがPioneerであることがわかった。パイオニア最高や!パナソニックなんて、最初からいらんかったんや!

オーディオ兼ナビにおされ、カーオーディオの分野は縮小したようだが、いまもカーグッズショップではナビ/オーディオの一角にて展示デモを見ることが出来る。なんか気に入ったデザインのやつを選んでおかねばならんな、と思った矢先、せっかくなので実物を見に行きましょうかとNさん。勤務時間は過ぎたのかこれも仕事の扱いなのかようわからんが、店長に外出の許可を貰っていた。RPGと同じで、ニューシナリオがでたら素直に従うのが俺よ。そんな流れでロドスタでオートバックスに駆けつける。Zoom-Zoom刺繍の入ったシャツ姿である。着替えてくるべきであったか…と気にしている様子。ドジっ子属性なのか。

ナビ/オーディオの一角には、ありがたいことにパイオニアのカーオーディオのデモがディスプレイされていた。カロッツェリアシリーズである。ロードスターのステアリングリモコンに対応させられる(要・別売り専用ケーブル)ことも確認した。後はマッチするデザインのものを選べばよろしい。

色々あるのだが、どれもボタンの部分が青色LEDである。チクショウ。見損なったぞパイオニア。とおもっていたら、カラー設定が出来るタイプのものがあった。それなりに新しいモデルのようだ。青色LEDに飽きた人が出てきたので、それに対応するようになったのだろうか。なんにせよ、112色から選べるのはよいことだ。ロードスターのインパネの色と合わせられそうである。画面内のディスプレイカラーの変更は、なぜか急に貧相な5色しかないが、これは赤か白に固定すればよかろう。

ひとまず、ナビを外した後釜にはこのモデルではないかという段取りは済んだ。
しばらくはオークション等でNC1の純正カーオーディオを探すが、見つからず、進退窮まりとなればこのFH-770DVDになりましょう。


まとめ
ぎゅんたはNC1の純正カーオーディオを探しています。

 
posted by ぎゅんた at 23:28| Comment(0) | TrackBack(0) | マツダ NC1ロードスター(RS) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月25日

不滅の記憶とともに 映画「虹色ほたる〜永遠の夏休み」感想

映画「虹色ほたる〜永遠の夏休み」である。
現代のまんが日本昔話劇場版かと思い観に行くことにした。
副題に永遠の夏休みとあるが、あのバグのようなホラーを意味してはいない。

金曜日は仕事が休み。
文化人気取りで映画館へいこう。
上映している映画館が近場にあるのはよいが(ちょっと少ないようだ)、レイトがないのは痛い。
ジャンル的にレイト入場が見込めないのだろうか。映画はレイトで見る習慣が出来ているので、平日昼間に見るのは違和感を覚える。贅沢な気分ではあるが…

大人一枚1.700円也。
いつも思うのだが、日本の映画のチケット料金は高すぎる。
フード・ドリンクを込みとすると、1人平気で2kを越すだろう。これはいただけないにもほどがある。
欧米では入場料は500円ぐらいだと聞いたことがある。羨ましい。だが、チケットが安い分は、フード・ドリンク代で回収しているそうだ。
なるほど、ここにアメリカ人が映画館に行ったとすると、おそらく3Lサイズのポップコーンとコーラを真顔で購入しそうだ。ちなみにリフィル可らしい。上映中に売店に行かねばならんが。
まあボリュームはともかく、その二つやその他を購入すれば、流石の「欧米では」でも、チケット代よりは高くなるそうだ。本邦も同じで、チケット代よりもフード・ドリンクからの収益に頼っているらしい。
若者の映画離れ(というか、金がないので我慢しているだけなのだが。この手の表現を持ち出すやつはなぜ気づかないんだ?)といわれるまでもなく、映画館で映画を観る人口が減っているのは確かだろう。映画はつまらなくなってはいない。他に娯楽の選択肢が増えたのかもしれないし、映画館で映画を観ることに魅力を感じない人が増えたのかもしれない。こうなってくると、いよいよ映画館はその存続が危ぶまれる。映画を映画館で観る。これは立派な社会文化なので、ずっと残って欲しいと思う。


簡単なストーリーは公式サイトを確認してもらうことにしよう。
なにも調べず考えずに映画館に足を運ぶのも良い。というか、そうして欲しい。


舞台設定は昭和52年の山村である。
40歳代ぐらいの人は、確実にノスタルジックになってしまうことだろうが、30歳代の人も、細かなディティールを見ると懐かしさを覚えるに違いない。
背景は恐ろしく綺麗に描かれている。美しい背景に囲まれた箱庭に主人公らがいる感じである。
違和感があるといえばあるのだが、気にならないといえばならない。むしろ、人物らがぐるりの自然の中に居ると分かってよい。
登場人物らの描写、表現には独特のくせがある。
昨今の萌え系アニメやアニメ「蟲師」のような一見したとっつきやすい絵柄ではない。
映画冒頭のシーンでキャラクターをみたときに「うお」っと思うだろう。このまま、最後までこの絵柄でみれるのかと少し心配になるかもしれない。が、結局は慣れていくもので、物語が進んでいくうちに、「この絵柄で良かった」と心底思うに至るのである。物語後半中盤にて作画崩壊のような演出があるが、あれは挑戦しすぎで、個人的には要らない演出だとおもったが。
とにもかくにも、絵柄を気にする人は杞憂であるといっておきたい。

主人公の声やセリフは、まんま現代の小学校6年生である。
仕事柄、この年代の少年たちに接することがあるが、しゃべり方と態度、反応がそっくりである。人によっては、子供特有の憎たらしさとして感じられて不快かもしれない。そのぐらいリアル。
一方で、この時代の子供として居るケンゾーは、清々しく好いヤツで主人公よりも出来た子供に写る名脇役である。

ももへの手紙」と同じで、田舎の風景は美しく、人物らに悪人は出てこない。
これはメッセージ性を分かりやすくアピールするためのものであり、その不自然さにツッコミは要らないのである。
実際にこの山村に足を運び入れたら、日中は蒸し暑さを感じるし、至るところに虫はいるだろうし、不衛生な生活環境であろう。だが、そんなリアルさは要らないわけである。そんなのは分かりきったことなのだ。そういうのは実写でやれ。

話は少しずつ佳境へと向むかう。
鑑賞しながら、このコピペを思いだしていた。

128:風と木の名無しさん 2009/07/15(水) 14:11:41 ID:J2ObqiGt0[sage]
大昔は「8月上旬は30度を超える」のが夏だったのだ 朝晩は涼しかった
8月の下旬にはもう夕方の風が寂しくて秋の気配だった

ドロドロになって遊びから帰ってくるとまず玄関入ったとこで台所のお母さんから叫ばれる
ハイハイしてお風呂場行きなさーい!
全部脱いでお風呂入ってる間に着替え(薄い綿の簡単ワンピとパンツ、以上)出してもらう
出るとテレビをお父さんが見てる。枝豆と汗かいた瓶ビールと首振ってる扇風機
食後にチューチューアイスを兄弟で半分こ
8時だョ!全員集合派だった
蚊帳を8畳間にお父さんが吊って、マンガ本を抱えて入る さっと入らないと蚊が入るので忍者のように
読み終わっちゃって次のを取ってきたいけどもう眠い
電気消すと網戸の外がほんのり明るい夏の夜で、蚊取り線香の先っちょが赤く光ってる
のそっとお父さんが入ってきて兄弟の向こう側に寝る 手を振ると振り返す
だいぶ経って扇風機が止められてお母さんが自分の隣に入ってくる うちわを持ってて扇いでくれる
お母さんの方が寝つきがよくてうちわがコトと落ちる
お父さんが起き上がってうちわを取って、扇いでくれる それが止まるのを起きて見られたことは一度もなかった

お父さんお母さんがいた頃の夏
兄弟とこの手の思い出話をしたことはまだない 泣いちゃうから
じいちゃんとばあちゃんになったら冷たい麦茶飲みながら話してみたい 夏は楽しかったね


小学生の頃の夏休みは、虫取りもしていたし、田んぼ道や野山を駆けたりもしたし、海に連れて行ってもらったりもしたし、ファミコンで遊びまくったりもしたものであった。ぎゅんたの実家は田舎といえば田舎であるから、すこうし足を運べば自然があるのであった。とはいえ、蛍を目にすることはなかったが。だが、この作品を見ると心を締め付けられるようなノスタルジックは感じるのである。これは、恵まれていることだ。


歳をとって俺は涙腺が緩んでしまったのだろうか。
大人になると泣かなくなるものだと思っていたというのに。

物語後半の中盤、主人公とさえ子は秘密の場所にいく。
そこでふたりは小さな言葉で大切な約束をするシーンがあるのだが、ここで俺はさめざめと泣いた。
隣に人がいたらそっとハンカチを渡されかねないほどに泣いた。
懐かしいからとかかわいそうだ、とかそんな感情ではない。
そのシーンでの、二人の切なさと美しさに圧倒されてしまった。もう一度観ても同じように泣いてしまうだろう。


物語は終わりに向かって続く。
親友となったケンゾウと別れをかわす。もう会えなくなるのだ…大切なシーンである。

おれはまたコピペだが、思い出した。

名前: 大人の名無しさん 投稿日: 2001/07/01(日) 12:44

十年前、学生生活を送ったボロ下宿を引き払った日のこと。
その下宿は当時でも稀なほどボロくて、貧乏学生が10人ほど住んでた。
俺の卒業時に残ってたのは6人。俺、同学年のOとM、イッコ上のKさんと
Tさん(ともに一回ダブり)、ニコ上のYさん(二回ダブり)。
最後の年は、なにかといえばこの6人でつるんじゃバカな遊びばかりしてた。
殆ど「馬鹿兄弟」の如き仲の良さで。
皆がそれぞれの行き先へ散っていった日のことはとても鮮明に覚えている。
まず「んじゃあ、行くわー」
と言って就職先の名古屋方面に車を走らせて行くO。
次に「嫌やなー…まだ居りたいわここ」
ブツクサ未練たらしく実家の京都に向かうM。
3番手「コケそうで怖ええよ」
バイクのアクセルふかしてYさん。…県の南端までその「布団袋」積んでく気
なんすか。バイクに。
4番手「家に着くまでに一泊しなきゃいけないの、俺だけ?」
…Tさん。東北まで、廃車寸前のマークUで下道つかうのなら当然です。
5番目は俺「Kさんまだ帰んないスか?」
Kさん「まだ荷物まとめてねえからさ、出発は夕方」
俺「あー、んじゃ、俺行きますね。…そんじゃ、また」
Kさん「うーい、気ぃつけてなー」
車走らせながらバックミラーでちらっと後ろ見た。Kさんは下宿をバックに
ずっと立ってこっちを見てた。カーブ一つ曲がって、Kさんも下宿も見えなく
なった。少し走ってから、パチンコ屋の駐車場に入って、車を止めた。
馬鹿みてえ、と思いながら我慢しきれずに泣いた。いろんなことが思い出されて、 お祭りが終わったのを知って、ハンドルにデコ押しつけてしばらく泣いてた。

…なんかスレの流れにそぐわない気もするけど、堪えきれない嗚咽がもれたのは
あのときが初めてだった。長文スマン。



別れは儀式。ちゃんと立ち向かって区切りをつけておかねばならない。
俺の人生にも、別れはあったが、きちんと立ち向かってきただろうか?

別れる二人が成長していることに、この二人も、貴方も気づく。
日常を過ごしてきたあの時はもう二度と帰ってこない。辛いけども、それを受け入れて、さよならを言う。確かにむずむずするけれども、大切な儀式だ。永遠に残る記憶なのだ。だから切ない。
会うは別れの始まりと知っていながらも、人はお互いに知り合い、記憶をつむぎ、そして悲しむ。それが生きている自分にとってのかけがえのないたからものであるから。


これから先はクライマックスになります。

この作品は是非、映画館で鑑賞してください。静かに感動する映画です。ひとりで観に行くことをオススメします。
スタッフロールには、本編未収録(?)のシーンがさりげなく流れますので、席を立たないで最後まで余韻に浸りましょう。
 

しかし予告PVをみると、全く面白そうに見えないのはどういうこと。
予告編をみて「これはないわ」と思った人は多そうだ。 
なぜ客足を遠ざけるようなPVをこしらえるのか。作り方を考えたほうがいいのではないか。

 
posted by ぎゅんた at 13:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 虹色ほたる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月24日

栃木リンチ事件の陰には

昼休み。
フェアレディZのカタログをもらいに最寄りの日産ディーラーを訪れる。

別にZを買う気も欲しい気もないのだが、マニュアル設定のあるスポーツ車両であり、かつオープンモデルの設定があるため、どのようなモデルであるかは、カタログ上の情報であれ知っておきたいと思ったのである。

正面玄関から入ろうとすると、張り紙がしてある。

ただいま閉鎖中です。左奥入口よりご入店ください。

この店は、裏手にも入り口があるのを知っていたので、そこの裏口のことだろうと移動。すると自動ドアの前には張り紙がしてある。

強風のため閉鎖中です。正面玄関へお回り下さい。

そのまま帰った。
日産はやはり縁がない。


過去のログからみて、ぎゅんたは日産をディスっているのをご存知だと思います。
その理由の大きいものに、「とりあえず重い車体」、「スロットル特性を弄って出足が良いと思わせるような躾」、「グローバル企業()」などがある。

もちろん、この時勢にあっても、スポーツカーや2ドアクーペ、マニュアルのグレードを用意してくれるという姿勢には頭が下がる思いである。


そんな日産については、個人的に忘れられない事案がある。
栃木リンチ事件がそれである。
この事件の禍根が残されている限り、やはり諸手を挙げて日産車を購入する気分にはなれないでいる。
幸運なことに、どうしても欲しいと思う日産車はないのであるが。


以下によくまとめられたリンクを貼ります。
色々と胸クソが悪くなることは確実です。涙も止まらないかもしれない。
もしご観覧なさるのであれば、覚悟を決めて下さい。


栃木・リンチ殺人
※読みやすくまとまっています。

栃木リンチ殺人事件 【これは主犯とされている人物の父親が警察官でした】
※ちょっと読みづらいですが、内容の記載が充実しています。

 
posted by ぎゅんた at 19:28| Comment(3) | TrackBack(0) | クルマ(なんでも) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月23日

攻撃魔法に「やみとびだん」なんて名づけちゃうそのセンス SFC「ガデュリン」

who r u.Jpg
※ファナさんではありません



細々プレイ中のガデュリン。

ようやく太陽の神殿にたどり着きました。
長かった…ここのBGMが聴きたかったのだ。BGMが流れた瞬間、懐かしい昔の記憶が蘇る…神殿の中の様子やイベントは綺麗さっぱり忘れていたが。ところでこの巫女の人は誰?なんで仲間になってるの?

それにしてもこのガデュリン、意味もなくメッセージに味があります。
武器屋防具屋道具屋の店主のセリフが妙に感情的なのだ。話し掛けて何も買わず売らず帰ろうとすると「冷やかしならくるんじゃねえよ」といわれる。買ったり売ったりをたらふく行うと「気をつけて行ってきな。時間があるときはいつでも寄ってくれ」とか言っちゃう。店によってセリフも少し違うようだ。

戦闘時も、敵を味方につけたり仲間にしたり(モンスターコールで呼び出すパシリにできる)できるだが、その時のメッセージもやたら種類がある。敵を凍らせた時に「そうだん」で味方に引き入れようと交渉すると「しかし××はそれどころではない!」という風なメッセージが真顔風味に出てきて笑える。美味しい食べ物で仲間に寝返ってくれんかと釣っても「しかし××は受け取るとすぐに捨ててしまった!」とかでたり。妙に細かい遊び心の横溢。


「そんなとこに力を入れ込んでないで、なぜシステムをもっと洗練させなかったんだ…」とツッコミのひとつを言いたくなるのもしれない。そう言わせたいがために故意に仕様に組み込んだのか?とも思うし、真顔でやっちまっているのか?とも思ってしまう。多分ガチである。
だが、不思議なことにガデュリンをプレイしていると「こんなRPGいいじゃないっ」感が身体を包み込んでしまい、気にならなくなるのである。ぷれいやー は きが ふれて しまった!

こうなってくると、

涙の一撃で不条理に死んでも
いちいちトロい徒歩でフィールドを延々移動させられても
ROMカセットのくせに場面の切り替えに時間を要しても(しかそれでも摩訶摩訶ほど長くはない)
街を歩いていたら「ならず者」に襲われ戦闘になっても
セーブデータが当たり前のように消えてたりしても

…気にならなくなってくるのだ。…わりとマジで。


とはいえ、愚痴というか、ツッコミたいところは大いにある。

タオ・ホーという、世に名を響かせる偉大な大魔導師がいて、彼の協力が必要となり、会わなくてはならなくなる。このタオ・ホー、散々のお使いの末に仲間になるのであるが、それまで共に死線をくぐり抜けてきたルードという魔導師はここでお別れになってしまうのである。それもタオ・ホーが「おまいさんじゃ ちと 役不足 じゃな。ここからはわしに任せろ」とディスり放っての強制退場。
確かに魔導師同士でキャラが被るにしても、目の前に強そうな敵がいるんだから一緒に戦えばよかろうに。
そこまで自分の強さに自信があるのか。
アッサリ帰っちゃうルードさんも、引き止めもしないリュウもファナも淡白すぎる。

とはいえ世に誉れ高い大魔導師タオ・ホー様でありますから、悪いがルードさんとは比較にならぬ強さのはずである。ルードさんとの別れは辛いし寂しいが、偉大なる大魔道師様が参戦してくださるのなら…と、喜び勇んで目の前のボスに立ち向かう。

hatty.Jpg
※ボスはこんなナリですが、やっているいることは幼女誘拐・立て篭もりです

しかし
タオ・ホーは弱かったのである。
なんでお前レベル15なんだよ。ルードさんのマイナス11レベルってなんの嫌がらせよ。習得している魔法も全然少ないし。舐めてんのか!ルードさん返せや!

俺は酷い脱力感に襲われた。
ルードさんがいれば「回廊壁」も「闇跳び弾」もガンガン使えて楽しく戦えたであろうにコンチクショウ。
案の定ボスにヤキをいれられ(涙の一撃)昇天する大魔導師タオ・ホー。もう知らねえよ。しゃぶれよ。

(ロードしてやり直し)

再戦しても埒が明かないレベルなので、タオ・ホーを仲間にした瞬間に踵を返しレベル上げに勤しむ主人公ご一行。しかしレベルが15では「回廊壁」はおろか「闇跳び弾」も覚えるようになるには一苦労である。25ぐらいまではあげないといけないハズ。


レベル上げが面倒臭くなってしまったので、タオ・ホーはお荷物扱いと決め込み、ボスをゴリ押しで倒すことにした。

しかしこのボスはすぐ「守り風」を唱え、攻撃しようとした主人公が吹っ飛ばされてしまい、ダメージを与えるのに苦労する。「ふっとび」状態になると、数ターンは直接攻撃でダメージを与えられなくなる。そして、いちいち画面が上下に震動するので煩わしいことこの上ない。

「守り風」⇒攻撃⇒吹っ飛び

吹っ飛びing.Jpg
※四ターン吹っ飛び中のイメージ

「守り風」⇒攻撃⇒吹っ飛び
吹っ飛びing.Jpg
※繰り返し

下手をするとずっとこのループパターン。ストレスがたまる…
だがこのストレスフルな状況に対し、同じく怒りを共にしたファナさんが「極めの一撃」を発動し、一撃の下にハティーをSATSUGAIしてしまった。
ファナさん最高や!タオ・ホーなんて、最初からいらんかったんや!


とまあ、こんなことがありました。ルードさんからタオ・ホーになり、同じ思いを抱いた人は大勢いるはずである。
結局、レベルも上がればタオ・ホーも普通に戦力になってくれるんですけどね。
しかし大魔導師という割には覚える魔法がルードさんと全く変わらないのアレ具合。
ひとまずその後、シナリオを進めたら太陽の神殿の曲が聞くことができたので満足です。

何だかんだで面白いので、ほそぼそとプレイし続けてしまいそうです。
しかし、とにかく時間がかかるゲームだ。
クリアは出来るのだろうか。


うpしてみました。
太陽の神殿
https://docs.google.com/open?id=0B5-hcvfHtATMc3FSRVNjc2c2SjQ


まとめ
ここは誰も欲さないことを淡々と続けるおっさんのブログです。

 
posted by ぎゅんた at 23:14| Comment(0) | TrackBack(0) | レトロゲー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

スキンヘッドに赤ネクタイではない殺し屋の物語「キラー・エリート」感想

sniper.Jpg


映画キラー・エリートである。

殺し屋モノ映画は、たいてい男の美学とか殺しの美学やら男の苦悩やらを描いた硬派な内容であることが多く、食指が動く分野だったりします。ありがちな様式美としては「凄腕だが、”仕事”に疑問を感じた主人公は引退する/している。腕を買われて仕事がまいこむ。断れない状況ある主人公は…」というものである。しかし
この辺のお約束を意識して外すとslaughterビデオになったり悪趣味なスナッフ映像もどき映画になってしまい面白くない。王道は王道でよいのである。この作品も、その辺は例に漏れない。

細かなストーリーは公式サイトで見てくれや、ってなもんなので書きません。
よしんば、ここに書いたとして、貴方がそのストーリーを読んでも「あまり面白くなさそう」と、私と同じ感想を抱くであろうからであります。
要は、期待せずシネマに行ったわけです。「誰もいなさそうな劇場でポップコーンをたらふく食いたかった」と捕まった犯罪者が呟いたら絶対にネタにされそうな気持ちが90%ほどありました。
世の連中はどうせ宇宙兄弟とかテルマエロマエとかみてんだろ、そんななかこの様な面白くなさそうなアクション映画をポップコーンと共に観ることこそ我が道である。
レイトでみたが、チケットを購入した20分前の時点で、俺以外に誰も席をとっている鑑賞者はいなかった。すわシアター独り占め全裸鑑賞祭りかと胸を高鳴らせたが、現実は非情、それはかなわなかったのである。…とはいっても、劇場にとっては大赤字であろうは必定の人数だったが。


「キラー・エリート」は、度量の広い凄腕の殺し屋が繰り広げるガチンコ"仕事"の物語。
主人公は必要以上の殺しは決してしない男である。
そんなのハッキリ言って甘すぎる映画設定だが、だからこそ「引退した男」である説得力にはなっている。

ストーリー上、ターゲットはただブチ殺すのではダメで、犯行を自白させた上で事故死に見せかけねばならないという縛りプレイとなっているので、ありがちなスコープを除いて顔をフッ飛ばす作戦はダメなようです。というか、この映画にスナイパー・ライフルは登場しません。拳銃と体術、知恵と小細工、男は度胸なんでもやってみるのさ、の三重奏で話が進む。意外にこれは新鮮で面白い設定ではなかろうか。

こういった暗殺者物の映画には過去、洋ゲー「HITMAN」を原作とした映画「ヒットマン」がありました。
この作品は、主人公(Codename:47)が4キロ先のターゲットをスナイパーライフルでワンショットワンキルしたりAudi S5(6MT)を華麗に運転したり、スタイリッシュ銃撃戦が見所なだけの内容でしたが、それに比べると本作は地味であります。
どうにも「思い出さないか、この肉と肉のぶつかり合い!」テイストが強すぎるように思えてしまうのであります。いえでも、それでいいんですけどね。ロバート・デニーロさんが物語中盤から美味しい役を持っていってくれるので、結局、気にならないようになっておりますし。これこそが「マチューテ」にこっそり出演している安心のデニーロ印なのであります。あんま知らん役者だが。


作品の舞台設定は1980〜1年であるので、登場するお車はみんな古いヤツばっかりであります。
砂漠を縦横無尽に走り回れるのは、この映画を見る限りはTOYOTAのランクルであるのは間違いないようです。ベンツはエンジンを打ち抜かれて終了する役のようです。かわいそう。この時代のベンツの三ツ矢サイダーマークは小さくて控えめで美しいですね。

シナリオもテンポよく進みすぎて製作者側も分からなくなったんじゃないか感が強いですが、ストレスなく見れる展開が続いてくれるので良いのでしょう。ポロリのサービスシーンもあるよ。SATSUGAIのシーンもありますが、生々しい殺しはありません。痛々しい死体は出てきますけど。カップルで見る映画のようなそうではないような気がする。女は守られるだけの役かよムキーッ!となる最近の三次女に辟易している人には安心のオススメ保障。興味が湧いた貴方はいますぐ観に行きましょう。思い立ったが吉日というではないか。

次は虹色ほたるがみたいね。しかしレイトがない涙目上映スケジュール。
平日の朝一に、文化人気取りでみにいくか。
ぎゅんたの風体では、いいとこフリーターのおっさんでしかないが…


hit_m_3.Jpg
久々にHITMANを遊びたくなってきた。引っ張り出してきて遊ぶか。
エージェント・スミスはギャグ萌えキャラ。
レッドアイズのヘイデンさんみたいなもんです。
 
posted by ぎゅんた at 00:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月20日

よーし じゃあ 12月発売の超有名新作ソフトを…

egg fight.jpg


憎たらしい卵を割るゲーム。flashなんでブラウザから起動して遊びます。
ブラウザで遊ぶフラッシュゲームは以前に流行りましたが、今でもあるんですね。
英語ですが、英語がわからんでも遊べます。

DISASTER WILL STRIKE

全自動卵割り器ではないので、自分で何とかして憎たらしい顔付のタマゴを全滅させましょう。
TOP画像を貼りたかっただけちゃう?という無粋な質問は却下。
 
posted by ぎゅんた at 15:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 洋ゲー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月19日

はるかとおくのそらで ゆめをみますか? はい/いいえ SFC「ガデュリン」

実家の自室に帰ると誘惑を放つ懐かしBOX(親にいい加減捨てろといわれるも懐かしいくて捨てられない過去のアイテムシリーズが詰まっている)。
ついつい手が出て遊んじゃう。本もおもちゃもこの中さ。

以前の記事にガデュリンのOPテーマ(YouTube)を貼りました。
その関連(?)でソフトを発掘しました。パッケージと説明書は紛失しております。
戦闘システムやアイテムにややクセがあるので、説明書がないのは心細いが仕方があるまい。

起動すると流れ出す感涙もののオープニングテーマ。
これを聴きたいがために起動して放置させていた人は多いはず(多分)。
セーブデータは残っていました。記憶違いでなければ、途中でバグあって進めなくなって詰んだデータのはずである。どうせ途中からやっても進行具合は覚えていない。

というわけで、最初からのNEW GAME  を開始。
スーファミなグラフィックで物語が始まります。懐かしすぎる。
サイヤ人が惑星間移動に使っていたようなポッドから物語はスタート。ポッドの側にはジジイがいてプルプルしています。
フィールド画面上のキャラのグラフィックは中途半端な出来で、造形が摩訶摩訶のようなテイストであります。
主人公の初期装備はレーザーガン(無限エネルギー)と宇宙服(翻訳ヘルメット装備)ですが、のちに剥奪、壊されてしまいます。否応なく剣と鎧と盾と兜というファンタジー系の装備となる流れはいまでも斬新な流れに思える。急に弱くなるし。

しかし、フィールドを歩いて敵に遭遇すると、とてもスーファミ初期とは思えない質の高い敵キャラクターのドット絵が拝めます。タイレックなんてド迫力で初見はビビること間違いなし。生え抜きのドット職人が魂を込めて打ち込んだのでしょうか。案外、質の高さもわからず作って世に出したら予想以上に出来のよいものだった系かもしれんが…真相はSeTaのガデュリン製作スタッフのみぞ知る。

トレス疑惑2.JPG
※トレス疑惑フォルダから友情出演。カビ男だったかな?

…感慨深いものを感じていたら、タイレックに放り投げられてしまいました。
恐竜に掴まれて投げられる。こんなの普通に想像して大ダメージな印象ですが、なぜか一切ダメージはうけません。しかし戦闘中ずっと主人公が吹っ飛んだまま(しかしコマンド入力はできる。行動は反映されないが)になってしまいます。
4ターンは吹っ飛び続けます。いつまで吹っ飛んでるねん。

吹っ飛びing.Jpg
※画像はイメージ

そして涙の一撃を喰らって終了。これは通常攻撃の12倍ダメージだったはず。こちら側も同じ設定の「きわめの一撃」を極稀に発動しますが、敵も同じなわけです。食らったら死は免れない。
多分、心臓を突き刺されたとか動脈をぶった切られたとかを意味するダメージなんでしょうが、ランダムなので運以外に防ぎ様がないのはなんとも。リアル路線ととれなくもないが…直前にセーブしておいてよかった。
細々と進めるとしよう。

このガデュリン、世間評ではクソゲーらしいですが、なんの、そんなことはありません。
システムは独特なものがあるものの、遊ぼうと思えば凝れる戦闘システム、妙に現実の人間臭いNPCのセリフ。
SFファンタジーRPGの世界は立派に確立している作品ではないでしょうか。
言葉回しがファンタジー路線に過ぎて同人ゲームくさい感もありますが、とくに鼻に付くわけでもありません。

例)セーブ:「たましいのほかん」
”まどうしが なにか つぶやいた。リュウ(主人公)の からだから だんだんと ちからが ぬけていく・・・いきが すうっと とまった・・・。”

セーブポイントは、フィールドに突っ立っている神官が主である。ステータス回復や死者を生き返らせることできる(有料)
ところでこのセリフの発言主は「神官」になっている。あんた魔道士ちゃうやろ。催眠術か?

BGMは独自路線。ループは短め。凄く良いわけではないが、妙に耳に残る曲が数曲あります。これをプレイしたのって1991年だから、うーむ、小学生〜中学生あたりだろうか。その時に「なんかいいなー」と思った曲は意外に覚えているもので、聴くと同時に当時の記憶がありありと鮮明に思い起こされる…というほどの事はない。だが、思い出補正を差し置いても良いものは良いのは事実である。機会があれば直録うpでもしたいところだが…

しかしセーブするところが神官で、その神官がフィールドに散らばって棒立ちしているのは何とも妙である。
ドラクエ3のように王様に謁見するのもままアレかもだが。そんなだからプレイヤーの多くはダーマ神殿入口の大臣?を終生のセーブポイントにすることになるのだ。神殿に入ってすぐいるもんね。
ぎゅんたのようにサマンオサの王様をセーブポイントにするのは少数派だったのである。イシスの人はいそうだが…。なお、友人らはすべてダーマをセーブポイントにしていたのは確かである。

思えばDQ3に、町を作りたいと商人を必要としている爺がいて、ここに商人(男)とお別れするイベントがありました。大多数のプレイヤーは、戦士・勇者・僧侶・魔法使いだと思われるので、というか普通は商人を選ばないようなので、この爺にはLv.1のフレッシュ商人を連れて行くことになります。イベントが進むと「勇者さんと一緒に冒険できたことを〜」と懐かしむセリフをいったような気がしますが、大多数のプレイヤーにとっての彼との冒険は「スーから向かう途中」だけでありまして、なおかつ途中でうっかり死なれちゃ叶わんと"般若の面"等、呪われた防具を装備させたりという、およそ「仲間」「冒険」という感はない。
あまつさえ名前は「ああああ」だったりするわけであります。思えば酷すぎる。しかも女の子商人を連れていくと爺は拒否るしな。フェミが騒いだのか知らんが、SFCリメイク版では女商人でも大丈夫になったようだが。しかし大多数にプレイヤーにとって、あいかわらずこの爺にはフレッシュ商人を連行して行くイベントであろうことは間違いない。
ぎゅんたの場合、パーティーは勇者・武闘家・商人・僧侶だったので、まあOKだったのですが、せっかく育てたキャラと別れるのはいやで、フレッシュ商人(替玉)をわざわざ連れて行った記憶があります。

RPGは周回プレイが基本だったのが当時の少年たちのスタンスでありまして、二週目ともなれば色々と遊び心を加えるようにはなる。しかし大概このイベントはあどけない少年たちの格好のおふざけの場になるわけでして、連れ行く商人の名も「ちん◯ん」「ちん◯」「たまきん」「う◯こ」「おしり」「けつ」とかになるわけであります。大人になって汚れてしまったおっさん風にいえば「さおバーク」「ふくろバーク」「ア◯ルバーク」と言ったところでしょうか。しかしこれは、公開されたブログの記事である以上、最低限の品位を保たねばならんのでこの程度の表現で済んでいるのは言うまでもない。大人は嘘つきだ。

なお、ぎゅんたは商人「はん」をつれていった。バークの意味も分かってない子供だったんですね。ハンバーグとかけたつもりなのでしょう。昔は汚れていなかったのである。

今プレイしたらどうしよう。ドラクエの商人=トルネコなので「とるねこバーク」だろうか。しかしドラクエ3の商人はあんなモモンジャみたく丸くない。そもそも「とるねこ」と平仮名なのも締まらない。学のない小学生中学生がMMOでプレイヤーキャラクターに「kuraudo」と名付けるのと同レベルのにおいがする。
そんなわけで、あまり恥ずかしくない名前にしようと思う。「つうふう」とかピッタリカンカン。
ガデュリンよ、なぜプレイヤーキャラクターの名前が変更できないのだ…

まとめ
ぎゅんたは細々とガデュリンをプレイしています。

 
posted by ぎゅんた at 13:41| Comment(0) | TrackBack(0) | レトロゲー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする