2018年04月18日

(映画感想)『パシフィック・リム:アップライジング』 ずいぶん「ドリフト」も安くなったものだ


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日本語吹き替え版で鑑賞。

正直、期待しすぎていたこともあるし、自分の頭が固いこともあるのだが、駄作と唾棄したくなるほど楽しめない続編であった。明るい場面で巨大なイェーガー同士のスピーディな戦闘は小気味好いのだが、心が熱く沸き立って鑑賞できたわけではない。映画に集中できず、没頭できず、大スクリーンで流れる派手なCG動画を延々と見せられているだけのような虚しさがあった。『トランスフォーマー・ロストエイジ』のときも同じような心境だったのを思い出す。駄作具合で言えばアッチが上だが。


「正しく売れる娯楽作品」としての方向性は、本作が正しいのだと思う。明るいシーンが多く、ポップで、スピーディだからだ。しかし楽しめない。いちいち、引っかかるところが多すぎる。私には、合わない映画だった。

映画のストーリーにツッコミを入れるのは、怪獣KAIJYUが敵キャラクターとして登場し、人類がそれに対処すべく巨大二足ロボットを作っちゃう世界のお話である『パシフィック・リム』においては野暮な話。そしてまた、ツッコミを入れる行為自体を楽しんだりするものなのだが、本作では、ツッコミが全てスカスカに貫通するほど器が穴だらけというか、不満の指摘の応酬に過ぎないものであった。前作のノリを踏襲している部分もあるが、全くそうでない部分がはるかに多く感じた。

各所でも散々に指摘されているのだろうが、

1.登場人物らのキャラクターが立っていない
2.アナログな重厚感がない(動きが素早いのは、技術の進歩だとしても、質量感がない。ミニチュアの中で人型ロボットが派手に動き回っているだけに見える)
3.勿体無いキャラクターの使い捨て(マックス・チャンを出すならカンフーロボに乗せろや!マコは満身創痍でスクラッパーに乗るべきだったんちゃうの?)
4.とにかくスケールの小さい世界の話
5.ラスボスをあんなんでトドメ刺すの?

というあたりが気に入らない。

「中国押しがひど過ぎ」「東京の謎のアジア感」「富士山の裾野まで大都会」は、気にしなくて良い。制作会社であるレジェンダリ・ピクチャーズが中華資本になったし、前作が制作費を回収でき、続編の製作が決定したのは中国本土でヒットしたおかげでもある。そしてハリウッドはスポンサーありきの作品しか作らない。ただし、本作が今回も中国でヒットすると思っていたら、頭が少々おめでたいと思う。酷評まではされなくとも、前作ほどの評価は得られないのではないか。


個人的に気に入らなかったのは、主人公他の多数の登場人物らに魅力を感じなかったことである。何をそんな自信ありげに偉そうなのかと不快感すら湧く。英雄の息子だとか実は「やればできる子」設定とかアホらしくて共感する気持ちが1ミリもわかないので応援する気にならない。

ヒロイン面した前作のマコの二番煎じみたいな女も同様。あの時向こうに飛んでたら家族仲良くペシャンコに踏まれて死んでただけやぞ。メカニックさんとスクラッパーを魔改造するとか1人乗りイェーガーの開発に貢献するとかが本来の役割ではないのか。

サブキャラである若い訓練兵たちにしても、なんとも緊張感のカケラもないタルい連中で、どのイェーガーに乗って、どのように立ち回るかなど全く見えてこない。キャラクターが立っていないので、共感する気持ちがわからないし、誰が何をしているか分かりにくい。訓練施設だというが、とても厳しい鍛錬がなされているようにも見えない。危機感を持った識者が平和ボケの集団をみると腹が立って仕方がないというが、その気持ちがわかる気がする。

しかし、こうした点は個人の好みに合致しない瑣末なところだ。
最大の不満は、イェーガーの発進シークエンスが皆無だったところだ。
パイロットが乗り込む巨大ロボットもので発進シークエンスがないなんて、正気なのだろうか?

前作『パシフィック・リム』冒頭部のジプシー・デンジャー出撃シーンが、どれほどのロボット好きのオトコのコの心を鷲掴みにしたか、なぜそのシーンが重要なのかについてを、本作は全く失念している。

ドリフト接続できる信頼しあったパイロット2人が、油臭そうな通路を歩き、コックピットに移動し、傷や汚れのあるパイロットスーツを整備員に着用してもらう。巨大ロボットを動かすのは1人では決してできない。誰もが手慣れた手順で淡々とスムーズに作業が進行するのは、歴戦の経験がため。コントロール・ルームからは馴染みの管制官の声が入り、場の緊張がちょっと和らいだりする。いよいよ発進していくのかと思いきや、なんとパイロットルームはイェーガーの頭部であり、そこから垂直落下して、胴体と合体するのである。胴体にジョイントされた頭部は、そのまま一回転して胴体と強固に接続合体し、ジプシー・デンジャーの上半身がようやく現れる。と同時に、胸の原子炉に火が入る。人類が対怪獣用に建造したイェーガーの途方も無い質量感と、怪獣がどれほどの脅威であるかが、この発進シークエンスで理解できるようになっている。そして嵐の海に出ていき、更に水を利用したイェーガーの重量感を表現するのである。これらは古典的手法と言えばそうなのだろうが、この一連の映像表現で、この監督は「分かっている」「本物」「オタクだ」と確信できてしまう。ロボットものにおいてギミックやディテールは極めて重要なのである。


以上のことから、本作は私には合わない、というか燃えない作品であり、凡庸で残念な続編に過ぎなかった。
期待し過ぎていたのが空回りすることで失望に変わったとか、そんな小難しいことはない。求めていた内容が違った、ただそれだけである。

過去作と同じ路線でいっても、ニッチな人種の喝采を浴びることはできても、大きな収入には繋がらないから、本作への舵きりは間違いではないことは分かるのだが。続編を作る気マンマンで終わったが、果たしてどうなることやら。怪獣に『キング・オブ・ザ・モンスターズ』要素を入れて馬鹿っぽくそたり、怪獣を操って同士討ちさせたりするのだろうか。
 
posted by ぎゅんた at 15:45| Comment(0) | 洋ゲー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月16日

【試乗】マツダ フレア XS(FF/CVT)

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2012年から発売されている初代マツダ・フレアを代車で乗ることができた。
このフレアは、ご存知の通りスズキの『ワゴンR』のOEM。代車だがベースグレードのXGではなくXSであった。NA660ccのFF。簡単なスペックは「52PS・6.4kg・m」である。

スズキのワゴンRといえば、軽トールワゴンの代名詞であり、大ヒットモデルでもある。現行のワゴンRは6代目になるが、この初代マツダ・フレアは、5代目のワゴンRを出自としている。5代目ワゴンRは、行き過ぎたコストダウンを敢行して不興を買った4代目の反省を活かしたモデルのようである。

『ワゴンR』は現在では昔ほどの勢いはないが(軽自動車界は『N-BOX』に席巻されてしまったようだ)、それでも日常生活の相棒としての魅力を失したわけではない。小さい軽自動車であれども中は広くて、快適に走らせることができて、奥行きはなくとも高さがあるから荷物も載る。生活における「便利な足」として、自転車の延長線上になんの嫌味もなく自然に寄り添うように存在するモデルであり続けているように思う。パーソナルカーにしても良いし、所帯・家庭持ちの人のセカンドカーであっても良い。スピードやスポーティを求めて遮二無二なって駆け抜けるスパルタンさが求められるクルマではなく、「緩い相棒感」があればよく、より重要なのは、便利で、維持費を小さく抑えられることである。

今回、試乗できたマツダ・フレアは、5代目「ワゴンR」の前期型モデルである。中身は全く一緒で、名前とエンブレムだけが異なる。



【乗り込む前にエクステリアをチェック】
生活臭が出るトール系ワゴンであるが、このフレアは不恰好さがなく人当たりの良さそうな「角のない」感じである。目を惹く特別さはない。シンプルなデザインといって良い。ボディカラーがシルバーであれば、もう完全に無味無臭な軽自動車として空気に溶け込んでしまえそうだ。

もう少し押し出し感を求める人には「カスタムスタイル」が用意されている。見た目的にちょっと存在感が出る。



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【乗り込んで運転席に座る】
丸みさがあってシンプル一徹なデザイン。相対的に広い面積を占めるインパネ上部は銀色っぽい白さのプラスチック・パネルであり、その下はダークグレーのプラスチック部に切り替わる。明るく開放的な空間の演出を考えているようだ。男が乗るには、少々、可愛すぎる空間におもえる。

助手席駅のグローブボックスのパネル蓋の質感が安っぽいが、スズキですしね。安っぽいんじゃなくて安いのです。俯瞰的にみて「まとまり感」がある方が大切だし、スズキはこの辺のデザインがうまいと思う。

この代車は、ベースグレードで間違い無いと思うのだが、運転席にはシートヒーター、空調にオートエアコンが備わっている。シートヒーターは、スイッチを押すと直ぐに温かくなってくれる。エアコンで車内を温かくするのを待たなくてよい(これもエコである)。助手席の人は寒い。だってお尻の下にリチウムイオンバッテリーのボックスがあるし。

ナビ画面は大き過ぎず小さ過ぎずの標準サイズ。純正かどうか不明。操作の反応は良いが、直感的に扱いにくくて閉口する。




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運転席シートヒーターと可変収納式ドリンクホルダー付。やったぜ。

【走らせる】
シリンダーに差し込んだキーを奥に回せばキュキュキュ…グゥ〜ンとエンジンが目を覚ます。音は静か。エンジン始動にあわせて、速度計とタコメーターの針のスイープが見られる。

速度計の目盛りには発色鮮やかなLEDが備わっていて、エンジン起動時や加速時などは青色、燃費効率の良い運転時には緑色に発光するエコアシスト(?)機能を兼ねる。「イマドキ風軽自動車のソレ」といえばそうだが、見た目的に安っぽさを感じさせず、良いものだと思う。

エネチャージ搭載とはいえ、現行のS-エネチャージとは異なりモーターアシストはない。
小排気量のCVTで、どこまで走ってくれるだろうか。

クリープからアクセルそ少し踏み込んだだけで、ピョンと前に出る無作法さはない。ソロソロと前に出て行く。スピードを欲して踏み込めば直3エンジンがガーッと唸って速度が出る。車体が軽めなのか、平地〜多少の勾配のある坂道では、加速しはじめると直ぐに60km/hに達する。パワーバンドを外さずうまく加速していくようになっている。軽自動車でもあるし、日常用途的にこの辺りが実用速度域に設定してあるような感じを受ける。無論、この状態からアクセルを踏みませばもっと加速していく。

試せてはいないが、100km前後での高速巡航は苦手であろう。常に揺れるし、騒音がキャビンに入り込んでくることになろうからである。複数人で遠出するときクルマに選ぶと全員の疲労感が大きそうだ。やはり普通車とは異なる。

ステアリングは、軽く切るぶんにはDULL(鈍い)というか遊びがあるというか、漫然としている。切りましていけば、もちろん曲がるわけだが、FFらしいアンダーに徹している。誰でも無理せず楽に走らせられるようなステアリングに躾けられているようだ。

これは、このクルマのキャラクタからして当然である。常に路面情報がステアリング越しに伝わってきても疲れるし、キレッキレに曲がったも怖いし危ないし、だれもそこまで求めていないからである。もしカスタムスタイルのターボモデルで、このステアリング特性であるなら(同じなら)明らかに物足りないが、きっと微妙に味付けが異なるはずである。

ブレーキは踏み始めからしばらくは軽く「遊び」部分になっているが、踏み増すとキュッと急に制動がかかり始める。不用意に踏むとカックンブレーキとなり、同乗者を前後に揺らすことになる。

多少はカックン気味になる傾向があっても、確実に速度を落として止めるという目的を果たすための味付けであると言えそうだ。おしなべてブレーキ調整は容易なので直ぐに慣れる。



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前席のヘッドレストを座面に、後席のヘッドレストは、後席足元の空間に置いてある。

【シートアレンジや車内空間などについて】
震災大国であることを常に意識させられている我々にとって、被災生活や避難所生活のストレス、自宅の家屋倒壊の恐れから、少なからず自家用車に「車中泊要素」を求める機運があるように思える。また、被災生活への備え抜きに、車中泊を趣味にされる人も増えている。いざという時、愛車の中で寝られるかどうかは、地味に重要な案件になりつつある。

快適な車中泊のための要件は、それこそ一冊の本にできそうなぐらいに奥深い趣ある世界の話であろうが、素人考えで思いつくのは以下のようである。

1.フルフラットにできること
2.プライバシーが保たれること
3.電源ソケットがあり、家電が使用できること
4.換気が行いやすいこと

その上で「なるべく広いこと」が望まれるものと思われる。
いざという時に、快適な空間で横になって休めるかどうかは、想像以上に大きな恩恵である。

最近の車はよく考えられていて、フルフラットにはならないまでも、シートアレンジで割合に平坦な空間を設けることができるようになっている(フルフラットができるクルマは、それが商品力になるほどだ)。

実際にシートアレンジをした状態を写真に撮ってみた。
まず後部座席のヘッドレストを外し、前にたたむ。シートが沈みながら平坦になってくれる。次に前席のヘッドレストを外し、シートを最前まで移動させた状態で後ろに倒しきる。隙間を埋めるようにに、シートが横になってくれる。ただし腰部のところでの段差は残ってしまう。

この段差のところと前席足元のスペース、インパネ部などに荷物を配置して、頭をリアハッチ側に向けて横になるなら、車中泊はできそうな感じだ。できるとは言っても、快適に横になるための平坦化マットやプライバシー保護のためのカーテンは必須であろうし、せいぜいが小柄な大人2人分のスペースしかない。

1人で車中泊を楽しむ向きには、応えてくれそうであるが所帯では厳しいと言わざるを得ないだろう。もっとも、被災時の車中泊生活を想定している人がこのクルマを買うとも思えないが。

なお、リアハッチは他のドアが開いた状態で乱暴に閉めようとすると「バァガン!」と耳を打つデカイ音が鳴る。リアハッチだけの開閉なら、そんな音はならない。車体剛性、という文字が頭に浮かぶ瞬間でもある。



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軽自動車の後部座席は狭苦しい印象があるが、例えば助手席を最後方まで下げきった状態でも写真のようなレッグスペースが用意されている。後部座席も一段階だけだがリクライニングできるのも立派。「アルトバンVP」の後部座席に比べれば天国である。



まとめ
マルチパーパスな自家用シティコミューターとしての軽自動車であり、維持費が安く済む。そうした特性上、クルマとしての際立った魅力はないのであるが、多くの人の生活に役立つという意味においてバランスよく仕上げられている。

「とりあえず便利そうな軽自動車を」といった需要に手堅く応えてくれるありがたいクルマである。その分、官能性や所有欲を満たす点は犠牲になる。

MTを求める方には、ベースグレードのXGに5MTの設定があり、FFと4WDから選ぶことができる。しかしタコメーターはなくなる(え!?なんで!?)

posted by ぎゅんた at 12:57| Comment(0) | 試乗 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月05日

わたモテ感想[喪132]モテないし先輩後輩の関係


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授業中の教室。3年生になって一カ月ぐらいの時期の日常回の一コマ。

きっと寝不足のもこっちを横目に微笑むネモ。板書に集中するゆりちゃんと南さん。細目気味のゆりちゃんは黒板に書かれた内容を読み取りながら理解に努めているのでしょう。それとも、近視気味で文字を視認しにくいのかもしれません。加藤さんは誰とLINEしているのだろう(辞書を借りる約束?)。



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学園ものの「日常」といえば、やはり休み時間の教室の印象が強いものです。友人らの人間関係がつぶさに見られる時間帯だからでしょう。

休み時間になると席を立って場を離れるタイプと離れないタイプがいます。もこっちとゆりちゃんは明らかに後者ですね。手洗いの用でもなければ自分の席に座り続けているタイプ。

もこっちの席は教室の最後列の端っこ窓際という、いってみればゴルゴポジション。前に加藤さん、横にネモ、斜向かいにゆりちゃんという穴熊的布陣は居心地のいい場所に違いありません。いい匂いがしそう。あえて這い出たい気持ちも湧きますまい。ゆりちゃんは隣に天敵である南さんがいれども、空気のような存在に変えてしまえる精神の持ち主のようなので気にもしていないでしょう。なので、休み時間はもこっちとふたりでボーッとしているに違いありませんし、そんな二人の元に真子さんが足を運んでくるのでしょう。

真子さんはもこっちに少女漫画(単行本)を手渡してきます。友人(誰?)に勧められて読んで見たら面白かったからと。真子さんは又貸しするような人物とは思えませんから、内容が気に入ったので自分も同じものを購入したに違いありません。よく漫画を読んでいるであろう黒木さんにも、面白さのおすそ分けをしたい優しい気持ちが、真子さんにはあるのです。もこっちよりも先にゆりちゃん貸さないのか?とも思えますが、ゆりちゃんは「漫画あまり読まないから」らしいのでスルーしたのでしょう。



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もこっちは少女漫画をあまり嗜まないようで、ふたりにその理由を饒舌に語ります。善意で貸そうとしてくれる真子さんに対して少々、礼を失した態度ですが、この年頃の「好き嫌い」は理屈抜きであり、勢いが強いものなのです。もっとも、忌憚ない意見を述べられるほど気の置けない関係に(自然体で)なってきているとも考えられます。

少女漫画は、女の子のノーミソを心地よく刺激してくれる空想夢想的な世界への誘ってくれるものであります。偏見まじりに語るなら、都合よくイケメンに見染められて振り回されてハッピーエンドを迎えるプロットを辿るものです。黄金パターンといってもよいかもしれません。ライバル出現や危機との遭遇、その克服と主人公の成功……様々な展開があれども、読者代表たる少女諸氏の共感を得るために腐心し計算され尽くされた演出に満ちています。読んでいるうちに、読者は主人公に共感し、物語に没頭し、心地よい夢想の世界に耽溺することができるようになります。

底意地の悪いライバルキャラと和解して親友になる展開が嫌いだし、許す主人公も嫌いだともこっちは述べています。都合が良い奴は嫌いなのでしょうし、現実主義的なのでしょうし、他人から受けた仕打ちを怨恨として抱えやすい気質があるのでしょうし、己の尊厳を大事にする高いプライドが透けて見えます。

女の子は、普通は争いを好まず、お花畑と揶揄されようとも事なかれ主義であったりするものなのです。だからこそ、少女漫画ではライバルキャラとも和解するし、親友になったりする展開は共感を産みやすい。その展開は、なるほど安易だとしても、数々に出来事をお互いに乗り越えたからこそ理解し認め合える間柄に昇華するのであれば、そこには人間の高い精神性を感じずにはおれず、無条件で感動するものです。最終的には、人間同士の和解こそが最も尊いものです。



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同意するゆりちゃん(レア)の姿にビックリする真子さん

もこっちにせよゆりちゃんにせよ、男のコのノーミソをしている、と感じます。好きか嫌いかはもとより、自分の中に絶対的な価値観があり、それを受容しながら依存しているところがある、といいましょうか。物事や事象を常に哲学して、自分なりの解釈に落とし込めている人といいましょうか。やはり二人は陰キャラ。

とりあえずもこっちとゆりちゃんには、『シトラス(香魚子)』という少女漫画を推薦しておきます。しかしこの少女漫画を真子さんに推したのは誰なんだろう。吉田さんだったら「吉田さんから」と明言するだろうから、もこっちと親しくない人なんでしょうね。



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昼休みに中庭のベンチに座り借りた少女漫画を読むもこっち。教室では少女漫画は云々と発言しておきながらも、真子さんに勧められた以上、通読して返却時に感想を述べなくてはならないと生真面目に考えていそうです。中庭にきたのも、集中して読もうとする意思の表れでしょうか(単に昼休みは教室にはいない「日課」の延長線上かも)。

とはいえ、やはりもこっちの共感を呼ぶ内容ではないようです。ベンチの裏の大木からうっちーに覗かれているともつゆ知らず、少女漫画の内容に対して脳内批評とツッコミを楽しんでいます。

そこに現れましたは入試ボランティアの回で知り合った1年生の平沢雫ちゃん。この子は本人いわく「同性に友達ができないので異性に一緒にいてもらっている」とか、およそ世の中の99%のリアル高校生の共感を得られないズレっぷり。少女漫画の主人公ってなんだろう。

もこっちと雫ちゃんが座るベンチの周りに次々と集まる濃い面々。ぼっちかと思っていた黒木先輩に、こんなにバラエティ豊かな友達がいるなんて。みんなに好かれてるんだ。雫ちゃんは自己を内省します。私に友達ができないのは、男子が悪いのではなく自分に問題があるからではないか?

自分自身が同性に好かれないなら、同性の友達なんて出来やしない。これは、正しいことです。そしてまた、同性に好かれていない人間は、異性からは警戒の対象にもなりうることも。同性に好かれない人物がどうして異性から無条件で好かれましょう。そしてまた、その人物の人となりを知りたければ、その人物と交友関係にある人間をみればよい。類友傾向の強い女子であればこそ、それは如実にわかるもの。

「その人物の人格を試してみたいなら、その人に権力を与えればよい」と述べたのはエイブラハム・リンカーンですが、嫌われる人は、意識的であれ無意識的であれ、傲岸であることを隠しきれていないものです。

雫ちゃんは今後、重要な後輩キャラクターとして物語に関わってきそうですね。
ところでもこっちは、ち◯こちゃんのことは後輩と認識していないんですね……






【本日のゆりちゃん】
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今回もゆりちゃんは実にゆりちゃんでした。

額面通りに受け取るなら、ゆりちゃんは冷たい人物に思える描写ですが、それは誤解です。ただの平常運転です。

雫ちゃんのことは無視したのではなく、「知り合い以上後輩以下」であることが分かった瞬間に関心を失っただけですし、ネモに対しては(これでも)十分に親密なコミュニケーションが取れています。

ネモがゆりちゃんのキャラクタに気圧されつつあるのが分かるのがいいですね。もう大概の対応をされても「田村さんだなー」で済んじゃうレベルに育ってきてます。ゆりちゃんの方も、ネモに対して不要な緊張感を抱かず接せられるようになりつつあるのではないでしょうか。

もちろん、ゆりちゃんの態度は褒められたものではないわけですが、自分を理解してくれる人だけが友人として側にいてくれることを率先して強いてくる孤高の選別システムはゆりちゃんの理にかなっています。

今後、もこっちを中心軸に、ネモやゆうちゃんと仲良くなっていくゆりちゃんの姿をみられる日が来るだろうと思うと胸が熱くなります。ゆりちゃん萌え〜

ゆりちゃんは、やっぱ、いいなあ……
ラベル:わたモテ
posted by ぎゅんた at 22:55| Comment(0) | 漫画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月04日

フリマアプリと言えばメルカリとラクマです


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自分にとってさしたる価値はなくとも、他人からすると価値があるモノを、誰しも案外に所有しているものである。自分にとって需要がなくとも、他人のみならず世の中に需要があるのなら、そこには金銭的価値が生じる。捨てることや業者に安く買い叩かれることに抵抗を感じるなら、身近な人で引き取り手がいないのであれば、それは世に金銭的価値を問い、引き取り手を探す好機到来でもある。

スマホを所有することがデファクトスタンダードとなった現代では、世を席巻するスマホアプリの台頭は必然である。ちょっと前の話なら『ポケモンGO』が記憶に新しいが、花々しいアプリは社会現象を引き起こす。アプリは今や、人々のライフスタイルに大きな影響力を及ぼすことのある存在である。アプリには実に様々な、開発者のアイデアに感心させられたりするユニークなものもある。

その中にはインターネットとアプリを組み合わせたフリーマーケットのアプリがあり、現在のトップランナーは『メルカリ』である。次点にくるのは『ラクマ(旧フリル)』だろうか。わけても『メルカリ』登場直後から現在に至るまで圧倒的な存在力でフリマアプリの頂点に君臨し続けている。他にも『ヤフオク!』が有名どころとして昔から存在するが、こちらはオークションなので毛色が異なる。ただ、誰かが出品したものを別の参加者が購入するという意味では同じである。


さてそんな中、私は『メルカリ』と『ラクマ』に出品者として参加してみることにした。

部屋の掃除や所有物の整理をしているうちに、ただ捨てるだけでは勿体無いと思えるものが複数あることに気づいたのだ。そして、古着なりなんなりを買い取ってくれる業者存在は知ってはいれど、端金で買い取られているのに「処分費用がかからずに済んだ♪」と喜ぶほど私は性根が優しくない。そんなことは過去に散々、辛酸を嘗めさせられてきた。「出品する」のは、たとえ手間暇がかかろうが、業者任せにした場合よりも遥かに大きい金銭的見返りを求める気持ちがあるからである。

出品候補アイテムの中には、『ヤフオク!』で高値がつくほど潜在的価値あるものはない。あるにはあっても、それは手放す気持ちがないものだ。なので、『ヤフオク!』は利用しないことにした。流行に乗ってみるのも一興であろうという気概も手伝って『メルカリ』と『ラクマ』を選択することにした。シンプルが一番である。

以降、出品者側で『メルカリ』『ラクマ』ともに、評価が10以上つくぐらいには利用してみての所感を述べていきたいと思う。



売れやすさ
ユーザー数の違いがものをいうことを、『メルカリ』を利用すると思い知らされる。利用者数は5倍ぐらい違うのではないか。母数が多ければ、それだけ出品して売れやすいことに直結する。

『ラクマ』も売れるのだが、キャッチーさに富むブランド品でもなければ、とにかく反応が遅い。需要の高い「必要とする人にピンポイント」な出品物は、どちらでも売れる。利用者が少ないということは、「購入すべきか迷う」人や「ウィンドウ・ショッピング感覚で観覧している人」が少ないことを意味するわけで、それをして「ラクマは売れにくい」という評価に直結している気がする。

『ラクマ』は出品者に販売手数料が掛からない(『メルカリ』は10%かかる)ことから、単純に出品者側にとっては魅力的なのだが、こういうのは売れなければ始まらないところがあるから悩ましいところだ。『ラクマ』ユーザー数も、認知に伴ってヒタヒタと伸びているはずなのだが、やはりまだユーザー数は絶対的に差があるままのようだ。

『ラクマ』で出品するのは、売れることを急かないアイテムが妥当のように思われる。
この場合に注意すべきは、売れない場合に、その原因が価格にあるのか写真や説明文にあるのか、購入候補者側からの反応を元に考察しにくいことである。

いいね!がついたりコメントでの問い合わせがあれば、少なくとも関心を引いている出品であることは分かるから、どう攻めるべきか指針を立てやすいし、また、そこがリアルタイムで面白いところなのだ。

参加者の絶対数が多い『メルカリ』は、出品者として売ってく上で極めて魅力的な市場と言える。

販売手数料10%は出品者にとってみれば暴力以外のなにものでもなし、不満を覚える出品者が大多数だろう。しかし、この販売手数料を差し引いてもメルカリ市場は(今のところは)参加する価値があるのがコンセンサスだろう。悔しい、でも利用しちゃうビクンビクン状態なのである。



匿名配送システムが光るメルカリ便
『メルカリ』には、配送方法に「らくらくメルカリ便」と「ゆうゆうメルカリ便」という特徴的なシステムが用意されている。全国一律で保証付きで配送状況が追跡でき、コンビニ配送も可能で宛名書き不要と、極めて出品者側に優しい特徴がある。最大の特徴は匿名配送が可能であることだろう。相手側の住所も氏名も分からないが、こちらの住所と氏名もまた、購入者側に知られずに済むのである。

『ラクマ』にも「かんたんラクマパック」と類似の使いやすいシステムが用意されているが、残念ながらこの匿名配送だけは実装されていないままだ。この差はとても大きい。

「個人情報なんて、実際のところ筒抜けじゃねえか」というド正論はさておき、それでもやはり、ユーザー間のやりとりで住所氏名を知られることには心理的に抵抗があるものだからだ。取引でトラブった時に、ユーザーが近場であれば事件が起こる可能性を否定しきれない。「住所氏名も分からない相手からブランド品を購入するのもどうなのだろう?」という疑念もないわけでもないが、この匿名配送システムは、出品者と購入者側双方の安全と安心に大きく寄与している優れたものだと思う。利用すればするほど、その確信をあらたにする。

この匿名配送が備わっているから『メルカリ』を利用しているユーザーも、多いのではないか。

つまり『ラクマ』は、一分一秒でも早く「かんたんラクマパック」に匿名配送を実装するべきなのである。それだけで『メルカリ』から『ラクマ』に拠点を移すユーザーが、数多く発生するだろう。私だってそうする。



アプリの使いやすさ
どちらも直感的に使いやすいインターフェイスに仕立て上げられている。動作も、イマドキのアプリから見れば標準以上に優れたレスポンスをみせる。

好みもあるが、使っているうちに気に入ったのは『ラクマ』の方である。出品のための下書きや出品した商品の一覧へのアクセスがしやすいのが良い。ただ、『ラクマ』の方は、出品したアイテムの観覧数のカウントがない。これはちょっと寂しいので改善して欲しいところだ。



ユーザーの特徴
始める前まで「メルカリにしろラクマにしろ、民度の低いユーザーばかり」と聞いていたが、それは杞憂であった。もっとも、今のところ「遭遇」していないだけかもしれない。ただ、ネットでネタにされているほど無法な動物園ではなさそうだ。

ただ、これは警戒すべき相手(地雷)かな……と匂わせてくるユーザーは存在する。

概ね

1.「悪い」評価が目立つ
2.ユーザーネームに「プロフ必読」と付いている(独自ルールの押し付け)
3.言葉遣いがタメ口
4.意味不明な値切りをしてくる
5.写真がネット上から拾ってきたようなもの。業者臭がする
6.◯◯ママ、◯◯mama、アニメアイコン
7.そもそもコミュニケーションが成立しない

こんなところであろう。
関わると損をするリスクを抱え込むだけなので、怪しいと思ったら即座にブロックすると良い。



売れるための工夫?
なんだかんだで出品するアイテムの写真写りが良いことが第一。ビジュアルは文字以上にモノを言う。センスのいい写真がとれた出品物は確実に売れやすい。

とはいえ、写真家のような、プロの技が問われるものでもない。肝心なのは、出品物の様相とアピールポイントが上限4枚の写真に隙なく収められていることである。ハイセンスな写真ではあるべきだが、購入者を騙して購入させるものではないのだから、出品物のありのままを伝える写真であれば良いと思うし、優先すべきことだろう。

次に商品のコメントである。
どのような状態であるかを簡潔ながらも詳細に(余計な情報は抜いて必要なことだけを)記載するべきである。虚偽記載はご法度である。正直に努める方が、結果として信頼され、購入に至るケースもある。出品者が真面目に、購入候補者に向けて書いた文章は熱意があり、読んでいると面白いし、lまた、そのことが購入の後押しにもつながるものである。

ことにブランド物であれば、いつ、どこで、いくらで購入したもので、型番や正規品である証拠などどの情報が不可欠である。未使用品かUSED品であるか。痛み具合があるなら、どのような状態であるかを詳細に記載する。

忘れてはならないのが、配送についてである。
出品物をどのような状態で、どのような方法で購入者に届けるかも忘れずに記載すべきである。

時間指定ができる配送方法を選択しているのであれば、その旨も記載すると良いだろう。



出品価格は送料との戦いだ
『メルカリ』にせよ『ラクマ』にせよ、送料は出品者側が負担するのが慣例となっている。購入者側は、送料がいくらかかるかを気にせず購入できる面で楽だからであり、購入に対する心理負担が軽減される。売れることを考えるなら、送料は自分が負担するべきだ。

出品者はまず出品するアイテムを、いかに最小限のコストで配送できるかを決定しなくてはならない。送料にかかるコストが出品価格を規定する。出品価格は、要するに送料が上乗せされているのである。ときおり最低価格300円の出品を見かけることもあるだろうが、その実態は100円程度の利益でしかない。

出品するアイテムの大きさが大きく送料に影響してくるのだが、もっとも大きな要因は厚みである。例えば書籍は、見かけ上は大きくとも厚さが3センチもない。厚みが3センチ以下でA4版角2封筒に収まるものであれば、匿名配送が可能な「らくらくメルカリ便」・「ゆうゆうメルカリ便」の中でもっとも安価なネコポス(195円)とゆうパケット(175円)を利用することができる。ここに収まる出品物は確実性が高い。書籍、ボリュームの小さな衣類、小物、CD、DVD…

これ以上の大きなや規格になると、基本的に送料はうなぎのぼりである。出品物によってはぼうすいや対破損のための緩衝材の使用などでボリュームが増してしまうことで送料が跳ね上がってしまうことも珍しくない。

いざ配送の段階で出品価格以上に送料になったら、勉強代だと思って呑むしかない。もしくは、悪い評価がつくことを覚悟の上で購入者と交渉しなくてはならない。配送方法に関しては知っておくべき知識やテクニックがたくさんある。私も精進中だ。

ひとまず送料を安く抑えた上で「らくらくメルカリ便」「ゆうゆうメルカリ便」「かんたんラクマパック」を利用するスタンスが間違いがないと思う。保障があり配送状況の追跡ができるものが優先され、普通郵便は最後の手段である(出品物によっては普通郵便が格安で済むが、出品時に断りを入れておくべきである)。



フリマアプリで月に数十万稼ぐってか?
よく見聞きするフレーズだと思われるが、結論から言うと、これは専業でガチでやらなくては無理なタスクである。

出品物も、外国から独自のルートを開拓して入手したバッタ物を売るかせどりや転売を効率よくこなすか単価の高いブランド物を出品しまくるかに限られてくる。「普通のユーザー」は、そんなことはできない。やろうと思えばできるかもしれないが、初期投資が必要な世界だろうし、グレーゾーンに足を踏み込むことも避けられないだろう。

安く仕入れて高く売るのは商売の基本だが、生身の自分とスマホ1つでそれをやるには、労力が足りるはずがない。組織的に効率よくやらなくては立ち行かなくなる

まずは大きな利益に拘らず、肩の力を抜いて取引の手間自体をも楽しむぐらいの気持ちで始めると良いだろう。やってみれば分かるが「色々と見えてくる」ものである。

私は、自分が不要とするものを必要とする人に納得して購入してもらうことで、ちょっとしたお小遣いの捻出になればそれで十分だと考えていた。それは実現できている。

出品するものの選定から出品準備、写真撮影に説明文記載、コメント対応に配送手続きなど、手間暇は想像以上にかかるのだが、それを楽しんでいる自分がいることにも気づいた。

「どうしたら送料を安くできるか?」「これを送る時に、どう梱包するか?」「満足度の高い取引のために配慮すべきことは?」など、取引を重ねるごとに反省や考察が湧き出てきて、次の取引に活かそうと試行錯誤できるところに学びの喜びがある。また、ゲーム的ですらある。

まだ当分は細々とながら続けていられそうだ。



『メルカリ』と『ラクマ』のこれから
ことに『メルカリ』で顕著だが、出品者と購入者の関係においては、購入者側が圧倒的に有利である。購入者を優遇しすぎではないか?と非難されることもあるようだが、冷静に考えれば購入者側が保護される形でなくてはフェアではない。出品者は、参加者が多数いる市場に間借りして「良かったら、買ってください」と品出しをしている存在にすぎない。そう考えれば10%の販売手数料はショバ代そのものである。

匿名配送の存在や、場合によっては購入者側に返金で応じる『メルカリ』は極めて良心的である。この購入者側視点に立った姿勢が、『メルカリ』をスターダム・アプリに伸し上げたのではないかとも思う。『ラクマ』は、この点を素直に真似すると良い。手始めに匿名配送の実装だろう。

『メルカリ』はまた、現状に倦まず弛まず、先をいって欲しい。民度が低いなどと揶揄されて新規ユーザーの獲得の勢いが落ちているなら、それを払拭すべきである。例えば認定優良出品者制度(仮称)設けて、極めて良識ある善良な出品者側は販売手数料を5%にするなどの優遇措置を取っても良いだろうと思う。結果として、出品者の多くが認定優良出品者となるべく、購入者に対して配慮ある対応をするようになり、メルカリユーザーのイメージアップにつながって行くのではないかと思うのである。平等の精神は尊いが、真面目に善良にやっているユーザーにはインセンティブがあっても然るべきである。


※フリマアプリで商売を、と期待するのは勝手だが、それで容易く大金が稼げはしない。ネット上の胡散臭い業者のページには「メルカリで月に20万稼いだ普通の私の云々」などは、アテにしないことである。

と言うか最近は、ウェブで知りたいことを検索しても、ヒットしてくるのは業者が作った血の通ってなさそうなページ(個人のブログとは思えないデザインで、外人の写真とかがイメージ画像で使用されている傾向)ばかりが上位ヒットする。数年前まではもっと、凛とした個人の考えが前面に打ち出されたページがヒットしていたように思うのだが。

 
posted by ぎゅんた at 23:54| Comment(0) | 日常茶飯(ちゃめし)ごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月22日

わたモテ感想[喪131]帰るまでが遠足


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今回は遠足イベント裏話な8P。

ゆりちゃんの出番は少なく、そもそも加藤さんが全てを奪い去っていった勢いに見えるのですが、今後の学校生活でのゆりちゃんの人間関係が(ゆっくりでしょうけれど)発展していきく予感を感じとれる回です。

たった8Pであれども濃密な展開をみせてくれるのが『わたモテ』でありますが、今回もその例にもれません。



電車での帰り道
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帰路を共にするメンバーは「ゆりちゃん・ネモ・岡田さん・加藤さん」の計5人。吉田さんと真子さんは別のようです。うっちーは雌猫の間グループに回収されたはずなのでいません。

どういう計らいか、ゆりちゃんとネモは吊り革立ちです。もこっちの左隣には岡田さん、右隣には加藤さんが座っています。ゆりちゃんはもこっちの前をキープ。ネモは目の前に座っている岡田さんと歓談中。

この一枚絵のゆりちゃんを見ると、

・耳は外している
・吊り革握るのは左手で、ネモ側を開けている
・イヤホンをしているのは、左耳で、ネモ側のは外している
・会話に参加せず、ぼーっとしている

ことが分かります。
耳を外しているのは「恥ずかしいから」ということもありましょうが、遠足気分からいち早く現実世界に戻った心理的な切り替えを意味しています。

嬉しく思ったのは、左手で吊り革を持って、右耳だけイヤホンを外していることです。ゆりちゃんは、ネモと会話をしたいまでの心理はなくとも拒絶していないことが見て取れるからです。

右手で吊り革持ってイヤホンを指していれば、ネモを容易に完全ブロックできるはず。そんな「拒絶の姿勢を見せるゆりちゃんに無理にグイグイと話しかけることは流石にありますまい。もっとも、ネモは前回「これからも田村さんが嫌でもからんでいくよ」とゆりちゃんに伝えていますから、それでもネモが絡んでくる可能性はあるわけで、そんなネモを受け入れ始めている、ともとれそうです。少なくとも、ネモを嫌いでないという気持ちに偽りはありません。私は、ゆりちゃんネモと仲良くなって欲しいと願っているので、今回のゆりちゃんを見て気持ちが明るくなるものを感じました。

会話に加わらずぼーっとしているのは、ゆりちゃんの平常運転。真子さんも吉田さんもおらず隣にネモがいるあたり平時の環境とだいぶ異なりますが、心理的にそれほど緊張感もないはず。これはゆりちゃんの大きな前進です。今後、学校生活での人間関係が、ネモとの絡みから発展していく様相が想像できますし、ゆりちゃんもその未来を受け入れていると思えるからです。

もこっちと吉田さんと知り合い親交を深めるうち、ゆりちゃんは友情を感じ、求めるようになり、少なからず自己反省もして、その構築に積極性を発揮する前向きな姿勢になりつつありあります。ネモと絡んで、振り回されもすれど、友好関係が広がり、ゆりちゃんが成長していく気がします。



この表情は「気づき」かな
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加藤さんに照れ照れでキーホルダーを再び貢ぐ黒木さんを見ても、 フラットなゆりちゃん。この表情は「黒木さんは美人に貢いじゃうタイプか……」と気づいた瞬間のようです。加藤さんに特別な親愛の情を示すためにキーホルダーを渡したのではなく、ただ惚けてしまった末の一種の暴走行動なのだと。

加藤さんの膝で涎流すほど熟睡し起きたら慌てふためいた末に顔を赤くしてモーさんキーホルダーを貢ごうとしているのですから、ゆりちゃんでなくとも、本当に黒木さんらしい行動です。もこっちが目を覚ます時に加藤さんは狐耳を取っていて、狐の化かし感があるのも見逃せません。

少なくともゆりちゃんは、もこっちから自発的にモーさんキーホルダーをプレゼントされています。直前に乗った「モーさんのミルクハント」にしても、もこっちの中学時代の反省の延長上に、ゆりちゃんだけのある特別のアトラクションでした。

本当はのとこ、ゆりちゃんはもこっちから親愛の情を示されていますし、お互いにも特別な相手なのです。ネモと違って目に光があるのは、本遠足を通じて漠然とながらもそのことを理解し始めており、振り回されない余裕が生じているからでしょう。これは、諧謔的に強請ってキーホルダーを入手したネモとの差異に他なりません。


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思えば、この時のゆりちゃんの表情に似ていますね。

もっとも、うっちーにまで自発的にモーさんキーホルダーをプレゼントしていたことはゆりちゃんは知らないはず(花火を見上げてる間に、もこっちとの間に加藤さんがいて距離ができたので)で、それを知ったら目が曇るかもですが。

なんにせよ、ゆりちゃんは今後の学校生活でネモと加藤さんとも絡んだりしてくるのでしょう。真子さんにべったりだった頃と違って振り回されることになるのでしょうが、新たな表情や側面を見せてくれることなるのではないでしょうか。ゆりちゃん萌え〜

ゆりちゃんは、やっぱ、いいなあ……






今回のMVPは初芝氏だと私は思うわけです
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もこっちが一年生の時に初登場して以来、三年生のクラス替えまでその姿のなかった初芝氏(安藤)ですが、『わたモテ』に限って何もないわけがなく、今回、その存在を力強くアピールしてくれました。智貴くん以外にどうに男キャラクター影が薄い作品ですが、このような形で「格好いい男」を出してくるとは、ゆめゆめ『わたモテ』は侮れません。

何が格好いいって、過去に妥協した自分を反省して研鑽を積んでいたこと、元々、絵を描くのが速い特技(?)を有していたにせよ、いまやモブキャラだけに止まらず、人物や建築物、風景に至るまででディテールを逃さず極めて正確に絵を描けるように成長を遂げていることです。

人が有する能力においては、多くの場面で「速さ」は絶対の武器になります。よく言われる「遅くとも正確に」は間違いではありませんが及第に過ぎません。「速く正確に」を遮二無二に目指すほうが能力を向上させる面でも、高い結果が約束される上でも絶対なのです。

描写的に「速さ」を捨ててはいないようですから、初芝氏が2年の間にどれほど努力していたかのか、読者に自然に想像させてくれます。

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何者かになる成るには(三田紀房『銀のアンカー』


初芝氏は進学校の生徒ですし、さすがに20時間はないでしょうが、欠かさず絵を描き続けていたはずです。ネズミーランドで周りが遊んでいる中、ストイックに絵を描くことを選択することもさながら、ぶっ通しで描き続けられる高い集中力は飽くなき修練から鍛え抜かれたものです。

私は絵心のない門外漢ですので、初芝氏がどれほどのレベルなのかもうひとつ確証がもてませんが、それでもこの歳でこれだけの絵をこの速さで、あまつさえパッと見た瞬間を記憶するかのようにキャンバスに落とし込むのは相当の手練れであり、稀有な才能の持ち主のように思います。

初芝氏は美術部ではなく漫研に属していますが、漫画に対して真剣に対峙している感じがまた格好いいですね。美大に進学とかはせず、絵を描き続け、気づけばひとかどの漫画家(やイラストレーター)になっていたりするのではないでしょうか。

初芝氏がもこっちとカップリングする面白そうな未来は『わたモテ』的には実現しないでしょう。むしろ文化祭あたりで間接的に絡むことになった結果「安藤のやろう1年のときのアレはモブ顔だったのかよ!」と気づいて切歯扼腕するもこっちの姿が見られるかもしれません。






オマケ
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加藤さんとのLINEにかまけてスマホ中毒になった黒木智子について 〜 田村ゆり

願わくば絵が描ける人間になりたい……
1日20時間、絵を描いていれば1年でいけるかな?

初芝氏は、すごいなあ……

ラベル:わたモテ
posted by ぎゅんた at 20:40| Comment(0) | 漫画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする