2017年11月14日

【試乗】ステップワゴン SPADA HYBRID G・EX(FF)


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まとめ
ミドルサイズミニバンに燃費と先進性実用性を強く求める人にオススメ


新型ステップワゴンもマイナーチェンジを迎え、ホンダ自慢のi-MMD:intelligent Multi Mode Drive)が搭載されたハイブリッドモデルが登場した。システムはオデッセイハイブリッドのものと同一だという。過去のホンダのハイブリッドモデルに使用されていたIMAは、シンプル安価であったが、EV走行ができなかったりハイブリッドに期待されるほどの好燃費を叩き出せなかった。なによりエンジン主体で違和感のない走行感は、ハイブリッドの名前に掛けられる「先進性」に欠けていたためにトヨタのTHSに大敗を喫することになった。エンジンを黒子のようにアシストするIMAは運転フィーリングが自然な点が好きであったが、あと一歩の物足りない感は否定できなかった(CR-Zの最終型でモーターアシストを意図的に最大化するPlusSportスイッチがステアリングに装備されてかなり魅力的になったが、遅すぎた)。

i-MMDはモーターを発電用と走行用にモーターを2機搭載している。オデッセイハイブリッドに搭載されているものと同様とのことだが、オデッセイハイブリッドに乗ったことがはない。メカニズムについての詳述は避けるが、基本的にはモーター走行であり、EV走行ができることと燃費が極めて良いことが特徴のようだ。加速が良くて燃費が良いためのホンダのハイブリッドである。

マイナーチェンジによってフロントマスクに押し出し感が強まっている。ミニバンに威圧感を求めても仕方がないと思うが、威圧感がなければないで商用車みたいな素っ気なさと味気なさに見舞われるので、需要のあるトレンドなのであろう。昨今のミニバンに代表されるドヤ顔レースの中では、ホンダらしい良いシンプルなデザインまとまっており、精悍さがうまく表現できたのではないだろうか。

ステップワゴンの売れ筋はスパーダだそうであり、ハイブリッドモデルはスパーダにのみ設定されている。スパーダでないステップワゴン(要するに『ステップワゴン』)は、全てのグレードでホンダセンシングが装備されたこと以外に大きな変更はないようだ。スパーダのためのマイナーチェンジといえよう。なお、スパーダは標準のステップワゴン全幅は同じ1695mmだが全長が70mm長い4760mmとなる。車内の広さを求められるミニバンで5ナンバーに固辞した点は好感が持てる。これより大きく快適でスタイリッシュなミニバンを求めるならばオデッセイを、というところか。なお現行オデッセイの全幅と全長は1820×4830(mm)となっている。エリシオンとの統合もあったのだろうが、大きくなったものである。



ドライビング
座席に座ったところ、ミニバンでありながら視点が低いことに違和感を覚えた。着座位置の高いはずのミニバンなのに、視界が悪く落ち着かない感じがしたため、シート横の高さをアジャストするレバーをコキコキと動かして、座面をあげて違和感のない位置を合わせる必要があった。着座位置は低い方がドライビングプレジャーに溢れるが、ミニバンにそれを求めても仕方がない。やや高い位置から前方を見渡して安全のための視界を積極的に確保するべきであろう。

停車状態からの発進はハイブリッド車特有のEV走行であり、静かなものである。国道に左折で合流して速度をあげようと緩やかにアクセルペダルを踏み込むと自然な加速フィールであることが分かる。ECOモードとの切り替えも可能であるが、想像していた「動力性能の去勢(急加速をできなくして燃費を稼ぐためのもの)」とは異なり、動力性能がガタ落ちする感じはなかった。動力性能を犠牲にせず「努めて省エネ」にするのだろう。これは使えるECOモードだ。街乗りでは常時ECOモードでよかろう。試乗なのでOFF固定で走ることにする。

「モーターは最大トルクを瞬間的に発揮するものなので、EV走行は加速がゴイス」と聞いていたにで、坂道をキビキビ登るためにアクセルを強めに踏んでみる。途端にキーンとかミーンという高周波的な、ガソリン車では聞くことのない種の音が途端に耳に届くようになり、ゴーッと車体が音とともに猛加速を始める。今まで静かだったくせに急に大きな音が鳴り加速が始まるわけだから、同乗者は驚きそうだ。加速時にパワーユニットが自身の存在を主張することは、機械が備える魅力のひとつと考えることができる。もっとも、ノイズが多く混じると不快な音=騒音となるから、無条件に歓迎されるおのではない。ステップワゴン スパーダハイブリッドの加速時に耳に入る音は、あまり好ましく感じられるものではなかった

ステップワゴン スパーダハイブリッドの加速性能は高い部類に入るだろう。おそらく0-100kmは8.5〜9.0秒ぐらいではないか。ファミリー向けミニバンにしては立派な動力性能であるが、必要以上過剰以下なので韋駄天ではない。

ブレーキはカックン気味であり、低速走行時の速度調節が神経質であることが気になった。減速時にカックンにならないようペダル操作をすればいいだけであり、慣れで解決する問題だろう。制動力は高く、安心感がある。

ホンダセンシングに備わる車線逸脱防止機能を実験してみようと、わざとステアリングを切らずゆっくりと車の鼻先を車道外側線に向けていくと、ステアリングにベンベンベン!と振動がきて、車の鼻先が自動的に道路の中央に戻ることが確認できた。もっとも、白線が老朽化で剥がれたりして途切れていたり、2車線道路の中央に引かれた車線境界線では反応してくれない様子なので過信は禁物だ。追突防止機能やアダプティブクルーズコントロールは今回の試乗で試していない。こうしたありがたいセーフティ機能は、ドライバーの疲労軽減のためのアシストであり、それをして自動車事故を未然に防ぐための転ばぬ先の杖である。およそ自動車事故ほど理不尽で救いのない厄災はないので、普及が進んでいくことを喜ばしく思っている。なお、ハイブリッドモデルのみ、アダプティブクルーズコントロールに全車速追従機能(渋滞時追従機能)が追加されている。

カーブを曲がるときは、ある程度以上の速度であると車高ゆえに揺れが感じられる。ステアリングは全般的にアンダー基調であること隠さずに、安定性重視の安全性優先がみて取れる。操舵に要する力は平均的であり、軽自動車や他社競合車種のようなフニャ◯ン・ハンドルとは異なる。コーナーをクリアしていくためにステアリングを切って曲がり始めたら、そのまま切り増しせず保持していれば綺麗に曲がるラインをトレースするようにスーッと気持ちよく曲がっていく。ミニバンに運転の楽しみを求めても仕方がないことかもしれないが、ドライビングプレジャーの追求を放棄していないホンダらしい作り込みが感じられる。



ユーティリティ
新型ステップワゴンの大きな特徴はリアの「わくわくゲート」と左右独立格納式になった3列目シートであろう。4代目ステップワゴンの3列目シートは一体型で床下格納式であった。グルンと回転してシートが一瞬で床下に収納されるメカニズムは、胸を熱くさせるギミックであった。新型ステップワゴンでは、更に進化して左右独立格納式になった。これをして、わくわくゲートの存在意義がより強調されるパッケージになった。3列目シートの左側だけを床下に仕舞えば、わくわくゲートを開けてすぐに3列目(右側)に座れるからである。3列目シートに常に2人が座るわけではないし、多少の不自然さはあれど、片方が床下に収納されてフラットな床があれば、3列目シート特有の閉鎖的圧迫感も解消される面で有利だ。自家用車における3列目シートは、元来エマージェンシーな存在であり成人男性が長時間座っているにはいささか窮屈なものと相場が決まっている。私は身長176センチ体重68kgのおっさんだが、実際に3列目シートに座った状態で移動してみた(嫁が運転)が快適であった。足元がちょっと狭い分は2列目を少し前にスライドさせれば解決する。シート座面が薄めとか固いとかはあるにせよ、現行プレマシーの3列目シートに比べれば天国である。

3列目シートを展開しておき車内からの荷物置き場にするか、床下収納にしてカーゴスペースを確保しておくかは乗り手次第。左右どちらの3列目シートを展開している状態でも、折りたたみ式ベビーカーを載せられる程度のスペースが確保されている。細かな収納スペースや工夫は、車内の至る所に存在する。

わくわくゲートはリアのデザインのシンメトリーを損なっており、一見してゲテモノであまり好評ではないようだが、実際に使用してみれば「これはアリ」と思えるホンダらしいギミックであることに気づくだろう。カマを掘られたり後退時にリアをぶつけたりする事態は考えたくないが……。

いま新車でミニバンをなにか買おうとするとき、このステップワゴンは有力な選択肢になるだろう。アクの強すぎないフロントマスクと真面目に追求されたユーティリティ、ハイブリッドを求めないならガソリンモデルも用意されている。個人的にはガソリンモデルを気楽に末長く乗ってみたい。







ガソリン車であっても加速時にはエンジン音で車内が煩くなるものだが、直4以上の気筒数のエンジンや大排気量エンジンであると、音色を楽しめる余裕がもたらされる場面が多い。ヘボな直4や1.5Lクラスだとイマイチだが、2Lの直4なら、荒々しい獰猛さを感じられる音になり、4気筒以上だと迫力のあるビート音が奏でられている気分になれたりもする。大排気量の自然吸気エンジンは、もうそれだけで無条件に素晴らしいと屈服させられる悪魔的魅力に満ち溢れている。エンスーの多くは、やはりこうした音が好きなはずで、それは私も同様である。

GHアテンザ25Zに載るのは2.5LのMZRで、実用トルクと経済性重視のロングストローク型であり、エンスーを熱くさせる要素は少ない。2500ccで170馬力(レギュラー仕様)と聞けば、おおよそ想像がつくであろう。ただ、2500回転から上に回していくと肚の底を刺激する迫力ある音を出す点で気に入っている。たった500ccの差が、大排気量エンジンの小さな片鱗として組み込み隠されている感じだ。単に自分が長く所有しているから贔屓目で判断してしまうバイアスがあるにせよ、やはり私は自然吸気の直4以上のガソリンエンジンの感覚を捨て去ることができない。



いまやミニバンよりSUVか?
スライドドアを諦める変節を発動して流行りのSUV市場に飛び込むのも良いだろう。その場合、3列目シートを備えるSUVがターゲットになると思われるので候補は絞られてくる。

トヨタ・ランドクルーザー
レクサス・LX
スバル・クロスオーバー7
三菱・アウトランダー
三菱・パジェロ(ロング)
マツダ・CX-8

海外勢力も候補に入れると

ベンツ・GLS
アウディ・Q7
ランドローバー・ディスカバリー
ボルボ・XC90
キャデラック・エスカレード

などが挙げられる。
 
posted by ぎゅんた at 08:39| Comment(0) | 試乗 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月11日

ミニバンへのステップアップのかほり


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子どもたちの笑顔がやっぱり、全てやなあ…


家族を持つと嫁はミニバンを求める。
いま乗っているGHアテンザ25Zでは役不足だと嫁から突き上げを食らうのである。

後部座席にチャイルドシートを二機搭載して快適なドライブができるしトランクスペースにチャイルドカートも搭載できるのに何が不満なんだこのメス豚ァーッ!と拳をあげそうになるが、父母と一緒に出かけられないと訴えられると拳を下さざるをえない。しかし父母を交えた第三世帯移動をする機会が、年に何回あるというのか。そうした場合、レンタカーを利用するのが賢い消費者だと私は思うし、異論を唱える男は少なかろう。もっとも、嫁にそんな理屈は通じない。可愛い女の子がイチャイチャしていたら百合カップルかな?と思ったり、いい男ふたりがイチャイチャしていたら薔薇族かなと思ってしまう現象と同様、嫁がミニバンを欲するのはまさしく理屈抜きなのかもやしれぬ。

GHアテンザももう10万キロをこえたベテランの域に育った。
一般に走行距離10万キロを超えたクルマは、需要の高いモデルでなければ値がつかない。東南アジアやロシアに横流しして儲けるのはわかってるんだよバカヤローと悪態をついても始まらない。値段がつかないなら走行不能になるまで乗り続けて最後まで添い遂げる気概もあるものの、これは故障寸前の古いパソコンを意地でも使い続けるようなものである。男は、愛着のあるものを末長くいつまだでも手元に置いておきたくなるものだが、我儘で非生産的な行為にすぎない。特に本人の趣味の類である場合はなおさらだ。モノを大切にしている姿勢を免罪符に、周囲の迷惑を顧みない朴念仁と化しやすい。

GHアテンザ25Zは、中途半端で非力なMZR2.5(直4)を積んだハッチバックにMT設定のあるなんちゃってスポーツにすぎない。贔屓目に評価すれば加速時に重厚でパンチのあるエンジンフィールと流麗で洒落たエクステリア(斜め後ろから見ると格好よい)を有するマイナー車種であり、私自身はMTが好きなこともあって気に入っている贔屓の目で見なければ「燃費良くない、威張り利かない、たいして速くない」三重苦に見舞われる。不人気マイナー車種が好きで、多少はスポーティで、MT設定があって、中古でお買い得なクルマを求める人に向いている。以前にもこのような感想を記事にした記憶があるので、私の中でのGHアテンザ25Zの評価は変わってないのであろう。なお、0-100kmは概ね8.5-8.7秒であり、コンパクトカーよりは速いが、見た目ほど速くはない。


地方ではクルマがなくては生活できない、のはホント
マイカーがなければ生活に大きな制限を喰らい、周囲の同調圧力に常に晒される地方の田舎に居を構える子連れの家族に必要なクルマは、結論はミニバンなのである。いざという時の実用的な3列目シートもしくはカーゴスペースを確保しており、スライドドアを採用しているところから実用性が高いことである。それでいてハイエースと違ってファミリー向けな気配りがなされていて乗りやすく扱いやすい設計になっていることだ。ルックスは、箱型になるが故に大きな制約があるためにスタイリッシュとは無縁になる。もっとも、スタイリッシュなクルマで自己表現自己満足を得ようとすると実用性が犠牲になるわけで、要するに相容れないのである。

スライドドアは、やはり所有してみるとありがたみが分かるモノであり、小さい子どもがいる場合はなおさらだ。これは子どものドアパンチを防ぐことにありがたみがあるのではなく、ドアを全開にできない状態で子どもの乗り降りを強いられるストレスから解放される面で意義がある。ドアパンチを防ぐために最も必要なのはスライドドアではなく躾である(スライドドアが子どものドアパンチ事故を防ぐ有効なセーフティであることは事実だが、周囲の確認もせず車内から飛び出していく子どもであれば別の事故に見舞われてしまっては意味がない。パッシブなセーフティは重要だが、躾の方がより優先される)。道路も駐車場もとにかく広い国であればスライドドアはさほど求められないだろう。しかし日本はそうではない。狭い国土に、まだまだ多くの道路や駐車場が「旧車規格」のまま、昨今のクルマの肥大化に追従することなく存在しているからである。


家族と乗るクルマ
多くのミニバンの制作コンセプトには「家族」が打ち出されている。販売ターゲットが子どものいる家庭向けなのだから当然であるのだが、それをしてミニバンはファミリーカーであり、生活臭を払拭できないクルマにならざるをえない。昔の私もそうだったし、独身貴族のクルマ好きはミニバンに拒絶反応を示すものであるが、その禍根はミニバンの生活臭にある。ミニバンは走りがたるいだのMT設定がないだのという文句はお為ごかしにすぎない。ミニバン乗りは運転が横暴だの下手だのという意見も耳にするが、言っちゃ悪いが黒色の軽自動車やプリウスの方が当てはまる気がするし、それすらも、実際は母数の大きさの問題であり、「よく見るクルマ=売れているクルマ」であるからこそ目立っているにすぎない。ミニバンは売れているということであるし、世間の家庭の半数はミニバンを所有しているだろう。私は、それでいいと思う。ミニバンは利便性を真剣に考えて作り込まれている商品力の高さがあるし、良いものは良いものとして消費者が選ぶ、消費活動の本来的な実態が認められるからである。

ガソリンモデルの現行VOXYに試乗したしたとき、若い父親像を押し出したキャラクターには同調できず欲しいとは思わなかったものの、ミニバンとして考えられたパッケージングであることは理解できた。限られた制約の中で精悍さを表現したり、ブランドイメージを打ち出したり、遊び心を感じさせるエッセンスがインテリアに込められたり、ミニバンに求められるユーティリティに妥協していないと思わせてくれたからである。

ミニバンというのは、愛する我が子を含め家族で行動するための優れた道具であり、所有することで生活がより豊かになるのであれば、それは我が子がお金で買えないことと同様、プライスレスな「生活の中の楽しさ」をもたらしてくれるだろう。子どもも、広くてバスのような車内空間が好きなものだ。ミニバンは確かにクルマ好きの琴線に触れるどころか逆撫でしたりもするが、所有するクルマに自分の趣味性をかぶせることよりも、子どもと過ごす時間を大切にしたい親の想いは尊いものである。文章にするとなんだか気恥ずかしいが、間違ってはおるまい。現状、販売されているミニバンのほとんどは過酷な市場競争で凌ぎを削ってきた生え抜きばかりであるから、好みと相性に合致するモデルを選べば間違いはおこさないだろう。中古で過去のモデル群から選ぶのも楽しい。マツダの・ビアンテとか三菱・デリカD5とか渋くてステキ。


会うは別れの始まり
さてGHアテンザとお別れしてミニバン迎えることになる未来は、次回の車検までに訪れそうだ。どうなることやら分からないが、次は、「私のクルマ」から「家族のクルマ」になることは確定である。おそらくスライドドアを備えたミニバンになるのだろう。マニュアルトランスミッションともお別れだ。私にできることは別れの日までGHアテンザを大切に乗り、想い出を作っておくことだけである。お金ないんですけどそれは

posted by ぎゅんた at 17:24| Comment(0) | クルマ(なんでも) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月08日

(書評)「難しいことはわかりませんが、お金の増やし方を教えてください!」


思うところ
普通預金や定期預金の金利が極限的に低い現代社会では、「貯金しておけばお金は増え」なくなりました。雀の涙ほどの利息も、ATMの手数料で吹っ飛んでしまうかもしれない。銀行の口座には、もはや、現金を預かってもらう意味しかありません。カーチャンに取り上げられ貯金されていたお年玉の金額が雪だるま式に増えていたあの時代はもう戻ってこないのであります。

でも、お金は増やしたい。
でも、なにをどうしたらいいのか、分からない。
定期預金に入れておく方法しか、知らない…

こういう人は、資産運用だ!といざ思い至っても失敗する未来が待っております。

なぜなら、世の中には、善人ヅラをしてあなたのお金を狙っている連中がわんさといるからであります。詐欺師と断じて良いでしょう。詐欺師との違いは、犯罪者と断罪されないスタンスを取っていることです。自分に利益を もたらすために、自分の正しい仕事だと思っていることです。

口座に振り込まれた退職金を手にする顧客に心配げな表情で「今後の生活のために投資で増やしませんか」と勧誘する銀行マンなどはその代表選手であります。顧客の無知不安に漬け込み手数料まみれのぼったくり金融商品を売りつけ食い物にしているのだから。顧客の大金を種銭に自分たちに手数料を貢がせる仕組みを作るのが彼に課せられたノルマなのです。金融というのは、人の不幸を銭に変える仕事でありますから、例えばこうした銀行マンも、人間として真っ当な人は良心の呵責に耐えられず潰れるかプッツンするか顔面神経麻痺的人格を会得するかのいずれかの運命をたどります。「弁護士や歯医者はいまや儲からない仕事」と囁かれるのと同様、銀行は退職率の高い極めてブラックな業界であることが周知されています。元々フツーでない人か、フツーでなくなった人たちで構成される職場であり組織なのですから当然です。そんな人たちが勧めてくる金融商品が、あなたの大切なお金を増やしてくれる手助けになるものかどうか、うがった姿勢かもしれませんが、疑ってかかるべきでありましょう。

他人をアテにしても始まらん、自分の資産は自分で増やすべし!と株やFXで投機に走ることもオススメできません。時間があってモニタの前に張り付いていることはできても、そのことが資産を増やすことに直結しませんし、そもそも投機は満身創痍になりながら生き抜いてきたプロでも勝ち続けることはできない茨の道。ハイリターンは魅力ですがあまりにリスキーです。

投機には、結局のところ射幸心を排除できないものです。射幸心ほど恐ろしいものはありません。アルコールと同じで、なぜかシレッと人間社会にまぎれていますが、油断ならぬ相手であります。「そんな奴だから」と理解の上で好きであることは自由ですが、決して気を許さないようにしておかなくてはなりません。一向に減ることのない自殺者の中には、無鉄砲な投機で破産したり借金まみれになってしまった人が少なくないのが現実です。射幸心を満たすなら「買ってはいけないギャンブル」の代表選手である宝くじの方がマシかもしれません。購入して、当選を夢みていれば良いだけの安全設計(リターンの望みはほぼゼロ)だからです。

投機は飲酒運転や保証人になることと同じようなものだと考えて良いと思います。決して手を出してはいけません。それは冒険心のないツマラン姿勢ではあるでしょう。ですが、それで良いのだと私は確信しています。



おおよそ、こんなところ
本書の内容は、対談方式で極めて平易に仕上げられています。諧謔を交えたスタイルで「知っておくべきこと」がバランスよく記述されている感じです。金融関係の本は、たいてい「ツマラナイ=読破もままならない」例が目立ちますが、本書はかなり読みやすく好印象です。

「銀行に近づくべからず」
「手数料の存在をまず考えよ」
「外貨預金はクソ」
「医療保険は不要」
「持ち家はリスク」
「NISAを使うと税制面で有利」
「確定拠出年金(iDeco)お得」

などなど、他書でも昔から述べられている内容であったりします。
だからこそ、重要なことですし、あなたが考慮すべき事実なのであります。


とにかくは、

1.金融機関の言いなりにならない(ボッタクリ金融商品をつかまされるから)
2.常に手数料の存在を考えよ

これだけでも頭に叩き込めるだけで良いと思います。日本人は人の良い人がやはり多いのでしょう、「銀行はお金を預かってくれているから」と好意的に解釈している人が目立ちます。その高い精神性を否定することは野暮ですが、実質は「(我々は)銀行にお金を貸し付けているだけ」であることは知っておくべきです。そしてまた、彼らが勧めてくる金融商品は、彼らの財政を潤すことのみが追求されていると考えればよいわけで、安易に飛びついてはなりません。

以前にラテマネーの話を記事にしましたが、手数料もまた、ラテマネーです。人のポケットから奪い取られる小銭を極限まで減らした状態に整えるだけでお金は減りにくく貯めやすくなります。


財産を増やすことだけに人生を費やす人は少数派でしょうし、お金のことばかり考える人生が楽しいわけがないと思う人が多数派でしょう。それでも、投資が人生に必要だというのであれば、選ぶべきものはシンプルにして、長期的な展望をもったものにするべきでしょう。要するに自分は働き、貯蓄と投資に回すお金を稼ぎ確保し、投資の方は放置プレイというやつです。社会人の大多数は仕事をしてサラリーを得る人生を歩んでいるわけですから、投資は等身大に徹したパートナーであれば良いとする考え方かなと思います。お金がお金を稼いでくる、手間のかかならない小さな仕組みをつくればよいのです。本書はその確かな一助となってくれるでしょう。ベストセラーなだけある本です。

posted by ぎゅんた at 08:33| Comment(0) | 漫画以外の本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月03日

わたモテ感想[喪124]モテないし友達の関係


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ゆりちゃんの本心が吐露されていた回だと思います。破壊力の高い回です。

わたモテの特色である、「情報量の多さ」は今回も健在ですが、それらを拾っていくと確証のない予想や考察が雑多に入り混じるため、ゆりちゃんを中心としたコメントに徹したいと思います。

読後、アンケートを送信した私は『ツァラツストラはこう言った』の「硬くなれ、苛酷になれ!」の頁を思い出しました。
「どうしてそう硬いのだ!」──あるときダイヤモンドにむかって木炭が言った。「われわれは親しい同族ではないのか?」──

どうしてそう軟らかいのだ?おお、わが兄弟よ、この"わたし"はそうたずねる。あなたがたは──わたしの兄弟ではないのか?

ツァラトゥストラはこう言った(下)第三部 古い石の板と新しい石の板 [29] ニーチェ(著)/氷上英廣(訳)岩波文庫



今回の話のまとめ
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ゆりちゃんのもこっち好きすぎ問題が顕在化(画像はイメージ)


思えばゆりちゃんはもこっちのことを黒木さん名前を呼んで話しかけているのに、もこっちは一度もゆりちゃんの名前を口にしていないんですね。自分から話しかけたりも、きっとあまりないのでしょう。それでもゆりちゃんは「黒木さんも自分と同じ、人付き合いが苦手な人」であることを確信しており、そのことが仲間意識を生んでいたはずです。クラスメイトであれども親しくなろうと考えたこともなかった人と、修学旅行で同じ班になったことがきっかけで学校生活でつむるようになった。これは間違いなく縁があったわけですし、ゆりちゃんの中でもこっちの存在感はどんどんと増していきました。元来、ゆりちゃんは積極的に他人と関わろうとしない内向的な性格ですが、真子さんの存在もあってもこっちと親交を深めていきます。3年生でも同じクラスになる夢も叶いました。ゆりちゃんの学校生活はこれで順風満帆!とおもいきや…


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いつものように一緒に帰ろうともこっちに声をかけたところ、「今日は用事があるから」と断られます。クラスメイト小宮山さんと、知らない人と会う約束があるようです。真子さんと2人で帰ることになったゆりちゃん。それはいままでの放課後のパターンだったのですが、今はもう違うのですね。
寄り道すがら、どことなく上の空でそぞろ歩き。もこっちのことを考えているに違いありません。恋する乙女です。この場面のゆりちゃんはどのようなことを考えているのでしょうか(設問)。

と、喫茶店にもこっちを含む3人の集団を発見し「黒木さん!」と声を出します。そこにいますは小宮山さんと1人の見目麗しい女の子(ゆうちゃん)。
黒木さんはあの可愛い人に会いにいっていたのかな?と真子さんは実質的な爆弾発言を口にします。店内の3人に声をかける真子。もこっちの友人であることに気づいたゆうちゃんは2人に同席を促しますが、社交辞令であることは明らかでありますから、真子さんは丁重にお断りをいれるわけです。ところが「あっちの席なら5人座れるけど…」とゆりちゃんが乱入コンビ発言。真子さんと読者に驚きが走る瞬間であります。


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激情が渦巻いているときのゆりちゃん特有の表情。ゆうちゃんとの「間接キス」がスイッチに…


席につき、初対面のゆうちゃんと挨拶を自己紹介を始める真子さん。この席に加わろうとしたのはゆりちゃんなのに、両手を脚に挟みながら会話に耳を傾けるのみ。黒木さんにはもこっちというあだ名があること、もこっちと呼ぶ成瀬優さんをゆうちゃんと呼んでいることを知ります。私のことを名前で呼んでもくれない黒木さんにこんな可愛くて優しくて気配りのできる友達がいた事実を突きつけられることになります。


これはゆりちゃん拗ねますわ……。


もこっちはいまや「自分は他人から好かれるわけない。いわんや、異性をや(モテない)」と、達観の境地に達しているようです。ゆりちゃんが自分のことを好いていることに気づかない鈍感さに繋がっていますし、そもそも友達=親友と極端な思考をしているようにも思えます。もこっちにとって友人は親友であるゆうちゃんだけであって、その他は、その実態は友人関係であるにも関わらず、知人か気になる存在として記号的な認識をしているのではないかと。実はこれ、「狭く深く」のゆりちゃんも同様な心理にあることが分かるわけで、要するにこの2人は同族なのです。

ゆりちゃんが修学旅行中のもこっちの失敗談の一部をまくしたてるシークエンスが始まります。このとき、ゆりちゃんは説明のつかない焦燥に駆られていたはず。黒木さんは私と同じはずなのに、学校外であだ名で呼びあう親友がいたんだ。そのことへの妬み嫉みを押し留めることができません。その矛先は、もこっちであり、ゆうちゃんであります。私は、あなたが知らない黒木さんを知っている。私だって黒木さんの大切な友達のはずなのに。

このシーンのゆりちゃんはとても痛々しくて胸が苦しくなります。
いたたまれないのは真子さんで、ゆりちゃんを化粧室にログアウトさせます。

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ゆりちゃんのパワー・ワード「え?なんで?」


興奮状態にある暴徒を制圧する際に拳銃に求められる性能は、なによりもストッピングパワーであります。真子さんは暴走状態にあるゆりちゃんを鎮めるために2人きりの場を設けました。目を覚ましてもらうために、なんと伝えればよいのか?軽く懊悩したことと思いますが、一言、「なんか…南さんみたいだったよ」と伝えます。現状を客観的に捉えてもらうことで冷静になってもらうために選び抜いた言葉だと思います(顔に汗かいてますし)。しかしゆりちゃんから脊髄反射拳を腕にもらってしまいます。「あいつ(南さん)と一緒にしないで!」という、純粋な怒りの感情が暴力の形で発露した瞬間です。

尤も、ゆりちゃんも馬鹿ではありませんから、客観的に自分の振る舞いが誤りであったことを悟ります。「……私 帰る」は心の中が自己嫌悪の気持ちでいっぱいになってしまったからでしょう。表情はわかりませんが、脚が力なく曲がっているようなところから推察するに半泣きに近い虚脱した表情だと思われます。もう心の中が嫌悪感でいっぱいで余裕がないので、この場から立ち去りたい気持ちに支配されていることが「バッグ後で持ってきて……」と「あの人に謝っといて…」のセリフに掛かります。

真子さんが偉いのは、ゆりちゃんが逃げることを許さないところです。ゆりちゃんが甘えの気持ちを自分に掛けてくることを理解していますが、それを拒絶して正す意思を曲げない。いかなる衝突が生じようと関係に亀裂が入れども、この2人の友情は脆くないからこそできるのです。作中で明かされてはいませんが幼馴染なんじゃないでしょうか。親しき仲にも礼儀ありといえど、幼少時からの長い付き合いは、いかなる衝突をも納得の上で呑み込み受容し受け流せる理屈抜きの関係に育つからです。そしてまた、ゆりちゃんは幼い頃はスクールカーストの頂点にいたのではないかとも、私は思うわけです

ゆりちゃんはゆうちゃんとLINE登録する際に自分の非礼を謝罪します。ゆうちゃんの目をみつめての真剣な謝罪でないところがゆりちゃんですが、それでも謝罪できるのは、現実から逃げず踏みとどまり状況を受け入れたわけですから大きな意味があります。ゆうちゃんは、ゆりちゃんを気持ちが分かっていたのですね。だからこそ、「あとでまた(LINEで高校でのもこっちの話を)聞かせてね。私は中学のもこっちのこと話してあげるから」という言葉がけができたのです。これでおあいこ!の意味も含まれているでしょう。なんとスマートで温かな対応でしょうか。ゆり選手完敗です

真子「いい人でよかったね」
ゆり「そうだね 黒木さんと違って」
真子「そういうこと言う」

ゆりちゃんはもこっちを自分と同じ人種(人付き合いが苦手・悪い人でははないがいい人でもない)であることを確信しています。だからこそ友人でありたいし、その確証を得たい気持ちに飢えているのです。加えて、真子さんもゆうちゃんも、私には眩しすぎるというコンプレックスを感じさせる発言でもあります。真子さんは瞬間的にその意味を悟ったに違いありません。そして、強く否定したい気持ちがあるはずです。



結局のところ
もこっちがゆりちゃんを名前(できればあだ名で)で呼べば事態は収束に向かいます。

救いがあるのは、もこっちが「あっちは黒木さん呼びだが、いまさら田村さんって呼ぶのもな」と考えているところ。2人の関係は既に特別枠だと認識しているからです。あだ名があればいいけど、あいつ友達いないからな…ってのは話のオチ用のギャグであり、もこっちがゆりちゃんを下に見ているわけではないでしょう。

もこっちとゆりちゃんがどう呼び合っていくことになるかは、今後のお楽しみですね。
「田村さん」と「ゆりさん」はNG扱いされて「ゆり」か「ゆりちゃん」を強制される一方で「黒木さん」呼びのままだったりして。

そんなゆりちゃんの精神性は、相当に幼いことは間違いありません。
そかし、成長する余地があるわけですから、無欠のクール&ビューティゆりちゃんに仕上がる未来が考えられます。ゆりちゃん萌え〜 

ゆりちゃんは、やっぱ、いいなあ……



そのほかの情報
・ネズミーランドへの遠足は来週
・放課後のもこっちはゆりちゃんから誘われ、真子さん、吉田さんの4人で帰宅することが多い様子
・ゆりちゃん=2つ結びのメス豚(こみさん視点)
・こみさん=ヨゴレ芸人
・ネモと岡田さんが冷戦中
・飲み物を口にした後に口元を手の甲で拭う女子はもこっちぐらいのもの(おっさんすぎる)
・修学旅行3日目、4人で行動時にもこっちが調べてあった食事処も2日目同様、味がイマイチだった
・修学旅行の帰路の新幹線では4人一緒だった。寝ぼけたもこっちが寝ていた吉田さんの胸を触った



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高校三年生にしてはゆりちゃんの精神性は幼くアンバランスなところがあります。一人っ子でしょうし、家庭環境になんらかの問題があるかもしれません。高校生の昼食にミスドはちょっとどうかと…朝、誰もいない食卓の上に500円玉が置かれている家庭を想像してしまいます。
ラベル:わたモテ
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2017年10月21日

わたモテ感想 [喪123]モテないし弟が3-5にくる


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今回はもこっちが最後に二コマしか登場しない箸休め会です。
主たる登場人物は智貴くんとゆりちゃんとこみさんであり、MVPは伊藤さんです

主人公がいなくても面白く話ができるというのは素晴らしいことであります。これもまた、今までの話の地道な積み重ねがあったからこそで、ファンは感慨深いことでしょう。6ページと短いのですが、密度はなかなかのものです。

今後の伏線になってきそうな直接的な情報は、

1.遠足の行き先がネズミーランド
2.ダンボーさんはやっぱ強キャラ感がハンパねえ

のふたつでしょうか。
しかし、間接的な情報は多い。それこそが『わたモテ』の骨頂、豊富に散りばめられています。


今回の話のメインパーソンは智貴くんで、もこっちに呼ばれてお弁当を受け取りに来たところからスタートです。呼び出しておきながらもこっちはトイレで不在だったので教室前、窓際に背をして待つことに。上級生のクラスに入ることは心理的抵抗が大きいしタブーだからです。そこにいますは上機嫌の吉田さんで智貴くんを笑顔でコゾー呼ばわり。卒業式の日に「お前なにメンチ切っとるねん!」と絡んで来た姿とは違ってなんと見目麗しいことでしょう。可愛いの一言に他なりませんが、智貴くんは喜怒哀楽が激しいとかマジヤンキーだなとバッサリ。あまつさえスマホに映るネズミーランドをみて「そういえば遠足でネズミーランドに行くと言っていたな…ネズミーで浮かれるとかどこまでもヤンキーじゃねーか」と姉に負けず劣らずナチュラルにヤンキー罵倒。黒木家がヤンキーをディスる子育てをしたとは思えないので、これは姉譲りと考えて良さそうです。それはさておき、智貴くんが三年生の遠足のいきさきが行き先がネズミーランドであることをしっているのは、家庭でもこっちが学校行事について発言していることを示唆しているわけです。いえ「3年にもなってネズミーに遠足って、ヤンキーぐらいしか喜ばねっつの」とか発言していたことも容易に想像できるのですが。

それはさておき、ヤンキー吉田さんの見たこともない上機嫌さに癒される…のは読者だけであって、智貴くんはちょい引いてます。「なにガン飛ばしてんだ」的邂逅があったこと(喪116「モテないし二年目の卒業式(裏側)」)と、機嫌がいいからとはいえコゾー呼ばわりはアレだからです。

ここの展開、一夜漬けの試験当日のテンションがおかしくなった体験を思い出しました。他人との心理的な距離感の取り方の調整が効かなくなっていて、試験を控えた緊張と相まって、不可思議な心理状態に陥り、普段はそれほど親しくもない相手なのにお互いに既に打ち解けあっているような錯覚を覚え、勢いがついた妙なコミュニケーションをとっちゃったあのテンション。ネズミーランドに行きたくてたまらなかった吉田さん(喪106「モテないし最後の冬」参照)も同じ状態に陥ったのではないかと私なんかは思ってしまったわけで、なんともムズムズします。しかし横にいる智貴くんにとては、ただ居心地が悪い。もこっちに連絡をつけます。混んでんだよ!ロッカーにあるからもってけ!といつもの逆ギレ的罵倒指示。散々です。


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失礼しますと足を踏み入れた上級生のクラスにはヨガマットの上で柔軟しているダンボーさん。休み時間にこんなことをしている女子高生はプロのアスリートを目指す選手でもなければ存在しそうもありません。実際にポテンシャルの高さから、超人系運動選手の可能性があります。とばいえフツーにみれば奇行に他なりません。クラスメイトが総スルーなのも見逃せないところです。我が道を行き過ぎ。

智貴くんは発見した姉のロッカーからお弁当を探します。イヤホンで音楽を聴いていたゆりちゃんがその存在に気づき「そこ…黒木さんのロッカーだけど…」と躊躇なく声かけ。ここはあっさりとした展開ですが、ゆりちゃんは他人に無関心な娘。こんな行動を取るなんて信じられません。「黒木さんのロッカー」だからこそ行動に出たことがわかります。それも自然に。

智貴くんがもこっちの弟だと知ったゆりちゃんは、「弟がくるんだ」と嬉しそうだったもこっちを思い出します。お弁当を持ってきたもこっちが、席の近いゆりちゃんに話したのではないでしょうか。ゆりちゃんの受けた印象に間違いがなければ、智貴くんを得意げに紹介する意思があったことが伺えます。

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「なんかイメージと違うけど」というのは、ゆりちゃんの中で「黒木さんの弟」は、お土産に刀のキーホルダーを貰って喜ぶような男の子の印象(喪75「モテないしおみやげを買う」)が少なからずあったことと、「あの黒木さんの弟(想像)」があったためでしょう。いずれにせよマイナスのイメージは持たれなかったようですから、とりあえず智貴くん有利です。もしこの場にもこっちがいたら「こいつが、刀のキーホルダーを喜んでた私の弟」なんぞと紹介して台無しにしていた可能性が否定できないからです。

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弁当を発見し目的を達成した智貴くんは帰ろうとしますが、ここでゆりちゃんが「あの……ちょっと待って」と袖を引っ張ります。上級生の美少女にこんなことされようものなら普通の男ならイチコロですが、智貴くんは動じません。あんな蠱惑的な姉がいるので、もこっち以外の異性への興味が憧憬の念が薄くなっているのかもしれません。そんな2人の姿を目にした小宮山さんの暴走っぷりが今回のハイライト。酷いものです。ゆりちゃんはメスブタにされてしまいましたし、伊藤さんをドン引きさせる辣腕ド変態っぷりを華麗に披露してくれます。

小宮山さん気づいた智貴くんは「この人も同じクラスか!?やべー奴この組に集めたのか!?」と狼狽した様子を見せます。姉のクラスに弁当を取りに行ったらモンスターハウスだったのですから当然です。「やべー奴」というのは、もこっちと小宮山さんと吉田さんが該当しそうです。ゆりちゃんと伊藤さんはひとまず常識人扱いで除外だと思われます。

もうひとつ意図が読めないのが、もこっちが智貴くんが教室に来ることをゆりちゃんに嬉しそうに語っていたことです。たまたま機嫌が良かったのか、もこっちが何かを企てていたのか?しかし、教室呼ぶことで小宮山さんと智貴くんと会わせたい意図だけは間違いなくないはず。リア充であろう弟の存在を周囲に紹介することで、自分の立ち位置をあげるつもりがあったのか?以前のもこっちならいざ知らず、最近のもこっちがそのような行為にでるとは思えません。ゆりちゃんに弟を紹介するつもりがあったのかもしれませんが、そういう仲だろうか?と考えると否定したくなる。教室から帰ってくる智貴くんと出会っても「あ!(弁当を)もう取ったか!」という至極フラットな反応があるだけです。謎といえば謎なので、今後の伏線かもしれません。



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今回のゆりちゃん
いつも通り「ゆりちゃん可愛い」で流せてしまうのですが、注目したいのは「黒木さんのために」行動をとっていることです。というか、そのことしか意識になさそうな感じです。ファンの一部が夢見る「ゆり×智」は、今回の話からはまだ成立しそうもない段階です。袖を引っ張ったのは、もこっちが戻ってくるまでの時間稼ぎの必要あっての咄嗟の行動にすぎません。

「黒木さんのために引き止めたいけど…年下の男子と話すことなんかない……」

ここは最萌ポイントで、多くのゆりちゃんファンを沈めたに違いないコマです。ゆりちゃんには弟がいないとか、男子慣れしていないとか、やっぱりコミュ障気質であることなどが伺えます。野辺に咲く花の美しさに気づいた旅人が、ふと足を止めてしまうような儚さのある時間ですが、小宮山さんにブチ壊されます。だからと言ってゆりちゃんが狼狽したり不満げに思うことなどはありません。立ち去る智貴くんをみながら「黒木さん戻って来なかった」と平常精神です。もこっち好きすぎです。

思うにゆりちゃんは、友人と気持ちを共感することを強く求める娘なのでしょう。もとより他人と適当につるむのが苦手でできない(疲れる)ので、一緒にいても平気な人以外とは距離を置くスタンス。交友関係は「狭く深く」のタイプであります。いまでは真子さんだけでなく、修学旅行を経て親しくなった吉田さんやもこっちを特別に大切な相手だと考えています(喪 120「モテないし打ち上げる」)。

智貴くんが来ることを嬉しそうにしていたもこっちのために、ゆりちゃんは智貴くんを引き止めました。それは、もこっちと智貴くんを会わせたいがため。もこっちがなぜ嬉しそうだったのか、その理由を知りたい気持ちがあったはずですし、起こるであろう「黒木さんらしい結末」を共有したい気持ちもあったはずです。その気持ちの先行をして、智貴くんの袖を引っ張っちゃったのでしょう。ゆりちゃん萌え〜。ゆりちゃんは、やっぱいいなあ…
 
ラベル:わたモテ
posted by ぎゅんた at 18:22| Comment(0) | 漫画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする